2009年06月28日

偶然か悪戯か

もう既に、初夏のよう・・・・。梅雨はどこへ行ったのだろうか・・・と、おもう。夕刻のいま、ここ、大阪の、生野区の、小路の、2階のベランダに出てみると、時折吹く、西風が、以外と、心地良い・・・・。風鈴も、時折、連呼する。まだ、あの、ねっとりとした、夏じゃぁないからだな。

これを読んでいる人の、同じ時刻の、それぞれの場所によって、その風向きも、、その気候風土も、何よりも、その心地良さも含めて、大きな違いがあるのだろう・・・・・・・・・・。自分の家をリフォームする時に、もっともっと、この風を取り込めるように、工夫したら良かったなぁ・・・と、少々、後悔する。

日曜日の、今日は、目の前の、いまとここが、目まぐるしく変化した。まるで、小旅行のようで、何というのか、な~にもない時は、な~にもないのに、物事が重なる時には、重なるものだなぁ・・・とつくづく、おもう。それは、偶然の事なのか・・・、それとも、神の意地悪なのか・・・。

神があるのなら、神は、きっと、悪戯ら好きなのだ・・・と、時としておもう。

早朝、箕面観光ホテルで、朝の露天風呂に入った。大阪の町を一望に見渡す絶景で、きっと、眼下の住宅やマンションから、裸の姿が、見られているのだろ・・・・・・・・・・・。勿論、初めての体験でもあって、こんなにエエ景色が見られる露天風呂のあるホテルがこんな身近にあったのか・・・と、少々、驚いた。それは、土曜日の前日から、中学校の同窓会を一泊でする、という企画であって、箕面観光ホテルで、そういうパッケージがあるのだという。

ゆっくりと、同窓会を楽しむ予定だったのだけれど、そんな時に限って、偶然と予定が重なる。前々日に、1年半前に竣工した、森小路教会の方から電話連絡があって、別件とこの日曜日の日曜礼拝のお誘いがあって、ちょっとしたイベント事も重なっての、お誘いであり、数週間前にも、礼拝にお誘いをして頂いていたのに、行かなかった事も気になっていたので、急遽、参加する事にする。

それで、昼から、平野区に、現場監督をしていた時から20年来、お世話になってるお宅に、打ち合わせに行く予定もあったので、資料を取りに帰るついでもあって、朝9時頃、そのまま家に一端、帰る。というのは、前日の土曜日に、いたずら好きの神様の気まぐれだろう、打ち合わせが、幾つも重なった。それで、同窓会の約束の時刻に、間に合わず、少々慌てたせいで、まんまと神の悪戯に、はまり、その打ち合わせの資料を車に積むのを忘れてしまった・・・・・。

大阪平野一望の露天風呂の絶景から、45分後には、生野区の小路の長屋が並ぶ下町の我が家の景色に一変し、その30分後は、森小路教会の礼拝堂で、礼拝に参加する私がそこに居て、会堂建築と牧師さんの姿が目の前の景色だった。

ところが、教会の予定が、少々長引いて、お昼の約束の時間に少し遅れ、平野の町に着くと、丁度、数日後に控えた、「だんじり」祭りの練習のため、だんじりを道路に出して、太鼓と鐘の練習を始める時間と重なった。

目の前には、だんじりとコンチキチンの音色。そして、20年以上も前に、現場監督としてリフォームした、家の光景が目の前にあり、その家を見ながら、いろいろと、反省させられる部分や・・・、頑張った部分や・・・と、内面的な事柄が見え隠れしながら、景色のように、心模様としての景色が目の前にあった。

それが終わると、奥方の友人の喫茶店をリフォームし、そのオープンが明日に控えていて、そのダメ工事の仕上がりのチエックとオープンの準備を確認するために、その店のある伊丹で、奥方と、落ち合うことになる。

駐車場に車を止め、森小路教会で頂戴したお弁当を車の中で食べようとし、何気なく、ナビのスイッチをテレビに替えてみると、石川遼が、「9打」をたたき、その動揺とざわめきの後での、ティーショットを、力強く、豪快に打つ映像が目の前の景色として飛び込んできた。凄い17才だなぁ・・・・とおもう。ほんの数時間前に同窓会があって、当時の中学生の頃の思い出話と共に、当時の自分の姿に接した後だけに、アイツに比べて、当時のオレは、いったい、何をしていたのだぁ・・・と、少々嘆いてみたくもなるではないか・・・・・。

2時間ほど、オープン前の喫茶店の様子が、私の目の前の光景として展開していた・・・・。明日からのオープンの幸運を祈って、スタッフの皆さんと別れて、伊丹から自宅に向かう阪神高速池田線の大阪方面に向かう景色は、今日、2回目の映像となって、目の前を通り過ぎていく。

そして、いま、自宅で、ブログを書く「はめ」になっている、「私」が、ここに居て、冒頭のような、下町の光景が目の前の映像として、ある・・・・・・。

似たような事、誰にでもあるような出来事だとおもう、それは、神の、軽~い、悪戯に、違いない・・・・。

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2009年06月21日

スペシャルな体験

中部国際空港スペシャルツアーというのがあり、要するに、自分たちが乗ってきたバスで、滑走路の中に入って、飛行機を間近で見るというのが、スペシャルなツアーだというのだ。それは、先日の会社の研修旅行での事で、INAXの工場を見学した後の、午後からのひとつのイベントだった。

ところが、まぁ、いえば、たかだか、飛行機を見るために、一週間前から、免許書などの身分証明書の提出をひとりずつ求められ、当日、提出者と違う人がいると、ダメです。と、プレッシャーまでたっぷりとかけられて、それにしても、考えてみれば、私たちは、何というのか、工務店の集まりで、どちらかと言えば、家を見学すべきなわけで、飛行機に興味を持っているわけでもないのに、きっと、旅行社と打ち合わせした日の私の脳の調子が可笑しかったに違いない、成り行きもあって、こんな企画になってしまった。

とにかく、ひとつひとつが、大層で、いやいや、何だか、ちょっと、滑稽な訳で、それで、定刻の時刻に、軍隊のように整列をさせられ、人数のチエックを受け、空港内の、会議室のようなところに通され、ひとりずつ、事前提出の身分証明書と持参の身分証明書との照合をさせられる。そこそこの時間を費やしたあと、今度は、会議室の扉の外で、ボディーチエックをひとりずつ、受けるのだった。

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両手両足を開けて、入念なチエック。正直、その光景は、可笑しい・・・。その、長い待ち時間を費やしたチエックを終えて、ほっとして、そのまま、お便所に行くと、係員が来て、もう一度、列に戻って、ボディーチエックを受け直して下さいと、窘められる。

要するに、お便所で、また、不審物を持ち込むかもしれないというのだ。それを知りながらも、わざと、便所に行って、もう一度検査を受ける、反逆者もいて、それはそれで、頼もしいではないか。

バスの中に乗り込むと、今度は、わざわざ係員がバスの中に乗り込んで来て、全ての手荷物の検査まであって、いやぁ、何だか、映画のよう・・・・・、いや、いや、落語の話なのかも・・・・。ここまで、されると、このまま、バス一台を飛行機に乗せて、海外まで行って、戻ってくれば、きっとスペシャルな気分。

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先導車に誘導されながら、2重のゲートをくぐり抜けていくのは、まさしく、映画のようだけれど、もう少し、「遊び心」があっても。ボディーチエックの記念写真を撮ってくれるとか・・・・・、滑走路の飛行機の前で記念写真とか・・・・、飛行機を誘導する体験をさせてくれるとか・・・・。

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DSC08552伊丹空港に着陸する飛行機を阪神高速道路の下から見るほうが凄いでぇ・・・・、川の側から夜に見るほうが、もっと迫力あるでぇ・・・という人もいて、それよりも、バスの中での飲酒をお断りしますというのが、大層なぁ・・・・、そこまでする必要があるのぉ・・・という人が、多々。バスの中で、「隔離」されている訳でもあって、ビール片手に、大らかな気分で、見るぐらいのほうが、良いのかも・・・。

そんな訳で、滑走路の間近で見る飛行機がスペシャルツアーだといえるのかどうだかは疑問だけれど、この一連の、体験は、確かに、どこにもない、スペシャルな体験であるような気がする・・・・・。

それにしても、世の中の、セキュリティーとか、チエックとか、コンプライアンスとか、何だか、そういうものが、厳しくなってきて、少々、窮屈になってきたのは、事実。いやいや、確かに、必要不可欠で、守るべき事柄も沢山たくさんあって、心しなければならない事が山ほどあるのも理解できる。のだけれど、少々のことは、笑い飛ばすぐらいの大らかさは、必要なの、必要でないの・・・・・。

なんて事を、突然思いだしたのは、今日の、この、蒸し暑い天候のせいだなぁ・・・・・。

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2009年06月14日

場所性(北斎と富士とB級グルメの旅その6)

むしむしする。夏が近づいてきた気配をそれとなく感じる・・・・。そういえば、数日前に、梅入りだと、宣言されたようだ・・・・・。

DSC08852生野区のN邸の前を車で通過しようとすると、たまたまご主人が、家の前で、水槽を洗っておられ、 声をかける。それで、屋上に、ズカズカと上がらさせて貰って、それは、1年ぶりぐらいのことであり、その屋上緑化の成長ぶりを見て、あぁ・・・、エエ感じ・・・と、しばしの間、和む。

建て売り住宅が建ち並び、高いフェンス越しに、家々の屋根を眺めながらの、屋上の景観は独特で、生野区的でもあり・・・・。その水槽には、カメさんがいて、施主のNさんは、亀平ブログ なるものも運営している、カメ好きで、それに、この建物を設計した林敬一さんもやっぱり、そういった類の好き者で・・・・。そんな訳で、この住宅は、設計者と施主とそれに私たち工務店の三者がうまく絡み合って出来上がった家かなぁ・・・・・と、夕日を背に浴びながら、脳内が呟いていた・・・・。

DSC08805堺で、タカヤマ建築事務所設計による木造住宅の上棟があり、大工さんというのは、 まぁ、なんとも軽やかに、梁と梁の間を飛び跳ねながら、渡っていくものだなぁ・・とおもう。
なんて事を書き出してみると、脈略もなく、あの「全盲のピアニスト」のテレビでの映像がよぎる。鍵盤の上を飛び跳ねるような軽やかなあの指。そして何よりも、それを支え続けている家族のあの姿。全力の全盲のあの「姿」と「音」から、その「背景」まで、なんとなく想像してしまい、少々目頭が熱くなった・・・・。

DSC08831 大阪の平野区の「平野郷」の中に、正業寺というお寺があり、うちの会社が建築した建物ではないのだけれど、そのお寺や家のメンテナンスに、何十年間も出入りさせて頂いている。いま、ダイニングキッチンのちょっとした、リフォーム中で・・・・。それはそうと、その門は、平野郷で一番古い門だという。いつも、そこにお伺いする度に、その門を眺める。そして、その門を造った、名もなき大工の技とセンスを見て、エエなぁ・・・・・・・・と、いつも、溜息をつく。

 

溜息・・・・。そう、富士山が現れない、「北斎と富士とB級グルメの旅」の話を完結するべきものなのかどうか・・・。DSC08907 出発の前日に、こんな地図を作成し、10カ所の富士山の写真を貼り付け、そのうちの9カ所を廻ろうと計画した。1日目に4カ所ほど廻り、2日目のこの日には、4カ所を廻る予定だったのだが、予定外の行動ばかりが続き、せっかく見えかかった富士山も「桜えび」に時間をとられて、すっかり雲の中に隠れ、夕方近くになっても1カ所しか回れずにいて、それでも、脳の中では、取り敢えず、その場所に行き、写真だけでも撮ろうよ。と呟いていたのだとおもう。

DSC07865北斎富嶽三十六景東海道江尻田子の浦略図

北斎のこの絵は「東海道江尻田子の浦」で、それらしき場所に行くと、釣りをする人がいて、レジャーボートが停泊してあり、それらしき方角に人々を見守る富士山がありそうな気配・・・・・。きっと、北斎は、このあたりに出没したのだろう・・・。

そういえば、由比には安藤広重の美術館があり、今回は時間的な事もあって、見学しなかった。それは、北斎も安藤も同じような富士山を描いているのだけれど、北斎の描く富士山は「富士山を見ている人々を見ている富士山」、「富士山の絵を見えいる「私」をその富士山が「私」を見ている」、そんな描かれ方なのだとおもう。それは安藤広重にはないような視点なのかもしれない・・・・・。

DSC07875北斎富嶽三十六景駿州大野新田
車で少し行くと、「駿州大野新田」だった。それらしき場所を車でうろちょろして、探す。ますます天気が悪くなり、それらしき方角の富士山は、見えそうな気配が全くなかった。

DSC07876この写真のすぐ横には、日本製紙の巨大な工場があり、煙突からモクモクと煙が噴出し、何とも言えない臭いが周辺に立ちこめていた。「この周辺の人って、この臭いをずっと嗅いでいるのぉ・・・・」と、奥方が、心配するほどの臭いが、かなり離れたところまで、臭っていた。

北斎の絵のように荷物を運ぶ馬の姿はないが、道路上には、大きなトラックが、何台も何台も走り続けている。写真撮影の背後に走り続けるトラックの音と振動を感じながら、「場所性」というものが、きっとあり、場所の持っている記憶というものがあり、それは、遺伝されるのだと、その時おもった。

生物的な遺伝をする遺伝子を「DNA」というらしい、文化を遺伝する遺伝子を「ミーム」というらしい。場所性を場所の記憶を遺伝する遺伝子は、何と呼ぶのだろう・・・。と、その臭いに辟易とし、とにかく、その場から、一刻も早く脱出したいという気持ちに、そわそわしながらも、脳内ではそんな考えが、くるくると駆け巡っていた。

DSC07889北斎富嶽三十六景駿州片倉茶園ノ不二日が暮れそうだった。駿河湾沿いに沼津から三島に向かう。「駿州片倉茶園ノ不二」がその目的地だった。ところが、そんな雰囲気の場所はまったく、見あたらない。富士山の方角も見当違いなのかも知れない。近くに新幹線が通過する陸橋があり、新幹線の通過する姿を見ながら、撮影をしてみる。

それにしても、この北斎の描くような、楽園的な茶園など、全く見あたらなかった。きっと、このあたりでは、その場所の記憶は遺伝されなかったのだ・・・・。いや、この絵に近い「場所」が、どこかにあるのかもしれない・・・。とにかく北斎の気配すら、富士山の気配すら感じる事が出来なかった。それに、ほとんど日も暮れて、探そうという気力も、ほとんど残っていなかった。

北斎富嶽三十六景山下白雨 そんな訳で、あとひとつの北斎「山下白雨」の富士を残し、B級グルメは富士宮焼きそばを残して、日が暮れてしまった。それで、夜の三島の町をうろちょろしながら、鰻を食べることにした・・。なんで、三島で、鰻やねん、なのだけれど・・・・。

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2009年06月07日

「現地」「現場」「経験」「体験」

ある中古住宅を見に行くことになったのだが、打ち合わせが重なって、その時間には行けそうになかった。それで、グーグルで場所を検索し、スクロールをすると、ストリートビューが開き、その家の外観が現れた・・・・・。

とても、不思議な感覚だった。現地に行かなくても、その周辺の雰囲気やその建物の様子が何となく想像できるのだった・・・・。「情報」としての「現地」をバーチャルに「体験」出来るのだった・・・・。こういう事も「体験」と呼ぶのだろう・・・・・。テレビだって、映画だって、小説だって、それと似通った「体験」なのかもしれない・・・・。それにしても、「仕事上」で、こんな「体験」をしてみると、「情報革命」なんていう言葉が、まことしやかに思えてくる・・・・・。

そのうち、家の中まで、見通されたりして・・・・。

世の中が、こんなふうになって行けば、行くほど、自分自信の「五感」で、実際に「体験」してみる「現地」とか、「現場」というものが、ますます興味深くなる。「リアルな現場」でしか読み取ることの出来ない、感じることの出来ない「何か」・・・・・。「私たち工務店」の役目は、そんなところにあるのだろう・・・・。

と、真面目に考えてみるにしても、ストリートビューを見て、現地に行く必要がないとおもうのか、現地に行きたくなるのか・・・・・。ストリートビューだけで、旅行に行った気になって、もう旅行に行く必要はないのか・・・。そんな事を、問答してみると、やっぱり、「工務店」にとっては、「リアルな現場」が、なによりも大切で、「現場での経験」というものを大切にすること。「現場に行こう!」だなぁ・・・と、あらためて思い、反省もする。

さて、先週の日曜日と月曜日にバス一台に57名ほど乗り込んで、研修旅行に行く。社員や大工さんや業者の方々。まるで、小学生の遠足か修学旅行のノリ。小学生より少々タチが悪いのは、お酒が飲めるってこと。バスの中では、隔離されて良いのだが、一歩外へ出ると、ちょとヒヤヒヤする。人様に、ご迷惑を、お掛けしないものかどうかと・・・・・。

明治村で、フランクロイド・ライトの帝国ホテルを見て、INAXの陶器の製造工場とタイル博物館を見学したのだけれど、今回の旅行の事前に、資料を調べてみて、そして、現地での案内を聞いて、意外な事実を知る。

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それは、INAXの創業というのは、ライトが帝国ホテルのために造らせたスクラッチタイルの職人さんを、その製造が終了後、雇い入れた事から、INAXの創業が始まったのだと・・・・。全然知らなかったなぁ・・・、ライトとINAXの意外な関係性。

今回の研修旅行では、明治村で、明治の建築の説明をゆっくりと聞くつもりだったのだが、旅行の行程の配分がまずく、帝国ホテルだけしか見れなかった。それは、行程を製作した旅行社の若い担当者が、紙の上とインターネット上だけで行程を製作し、「リアルな現地」を体験していなっかた事による、ちょっとした、調整時間の読み違いによるものだった。べつに、批判的なわけではない。工務店の現場監督なら誰しも、何度か経験する、読みの甘さだった・・・・。

とにかく「経験」してみること。そして、経験者は、未経験者に、何をどう伝えるのか・・・・。そんな事が、ほんの数分間だけ、バスの中での真面目な話題になり、そして、数分後、お酒の「あて」となって、その他の雑多な「あて」と共に、笑いの渦の中で、ごちゃ混ぜになって、醸造された・・・・・。

なんて事を書いてみると、今週は、いったい、私自身は、どんな「現場を体験」したのだろうかと、振り返えって見たくなる・・・・・・。

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大和郡山に新築工事中の現場があって、目の前に水田があり、2階のLDKからの水田の眺めが素晴らしく、その手摺りをどうするのか・・・・・。見通しの良い手摺りを造ると、水田の眺めは良いが、道行く人からも、家の中を眺められてしまう・・・というのが、現場での「悩み」のようだった・・・・。

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大阪市内のとある民家。高い塀があり、コンクリートの門があって、このデザイン、何とかならないものですかねぇ・・・・・という「悩み」。いわゆる外構工事というのは、町並みとの問題もあって、難しいものだなぁ・・・・。

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八尾市内にコンクリート住宅のリフォーム工事があって、ウチバラシ(内部解体)が終わり、現場に行く。会社の打ち合わせ室で、お施主さんと一緒に、それなりに打ち合わせをして来たのだが、「現場」がはじまると、設計図では、考え切れていない、ちょっとした問題が、あちらこちらに、見え隠れし、「悩ましい」ものだなぁ・・・・

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高槻まで、リフォームの現地調査に同行する。分電盤を見ると、その家の建てられた年代も、何となく分かり・・・。立派な分電盤があり、どちらかと言えば、大きな家とも言えそうだ・・・・。


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家が傾いている・・・というので、奈良の平群まで、出かける。今回は、うちの工事部長のTくんと、「揚げ屋」さんと一緒に、現地を見る。それぞれの立場から、それぞれの「経験」からの意見を聞くと、ためになる・・・・・。
それにしても、二間続きの和室に入ると、欄間からの漏れる光が、天井に写り、それなりに美しい。今週に見た、帝国ホテルのライトは、こんな欄間を、あんなデザインへと、昇華させたのかなぁ・・・と、おもいながら、柱と襖をみると、かなりの隙間と傾きが・・・・

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偶然にも、我が高校の母校のすぐ近くで、懐かしいなぁ・・・と、母校を横目で見ながら、中古住宅を見に行くと、確かに、現地でしか、読み取れない、問題点も多々あって、購入金額の問題もあり、リフォーム工事代金の問題もあり・・・と、中古住宅を購入するのには、勇気がいるなぁ・・・とおもう。確かに「中古住宅購入は悩ましい・・・」

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夕方の6時、現場の近くを通ったので、リフォーム工事中の現場に立ち寄る。塗装工事中なのだが、職人さんは帰った後だった。どんな仕上がりになっていくのだろう・・・・。と、右見たり、左見たり、上見たり、下見たり、あと、もう一息だなぁ・・・・。

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以前に新築工事をさせて頂いたお宅のすぐ隣の家へ、リフォームの相談でお伺いする。住人にとっては、見慣れた窓からの光景が、初めての「私」からすれば、凄く、新鮮な光景であった・・・・・。


やっぱり、「現場」だなぁ・・・・・と、反省もしつつ・・・・。
それでは、皆さん、今週も、グットウィークを!

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2009年05月31日

桜えびの味(北斎と富士とB級グルメの旅その5)


北斎富嶽三十六景駿州江尻 この光景に出会うのが、次の予定だった。「北斎富嶽三十六景駿州江尻」。ところが、想定外の行動が連続し、この旅は、北斎の旅であった事すら、すっかりと忘れていた。流石に、12時をまわる頃になると、内面のどこからか、何かが突き上げてきた。「そろそろ決めた目的地を目指せ」 そんなふうに指令されているようだった。これは、「私」が、適当に決めた、遊びなはずなのに・・・・。

まぁ、それでも、その感覚に突き動かされようとおもう。次の目的地は清水だった。すぐ近くなのだけれど、海沿いのいちご街道を走ると、のろのろと渋滞していた。その遅~い流れに身を任せながら、IPODのイヤホンを耳に差し込む。ランダムに、そして、おもってもみない、選曲が繰り返される音楽を楽しみながら、ちらっとバックミラーで家族を見ると、奥方も息子も、それぞれがIPODで音楽を聴いていた。おかしな光景だな・・・。

「三保の松原」に寄り道をしてみた。どう考えても、駿州江尻の絵は、三保の松原で描かれた絵には見えないのだけれえど、確か、中学生の頃、家族と訪れたその記憶と、今も残るその時の写真の楽しそうな光景が、そうさせたのだとおもう・・・・・。

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以外と、観光客が多い。大きな松。黒い砂浜。笑顔。いわゆるビーチとは違う独特の景観。以外と以外と幸せそうなムード。それで、ここを、今回の駿州江尻にしようともおもい、富士だとおもわれる方角に向かって撮影を試みる。が、どうも違う・・・・。この北斎に登場する人物は、「生きる」人々なのだ・・・・。ふじやまは、どこだ・・・・。

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まぁ、とにかく、近くの神社に立ち寄って、祈願でもしてみようと、何となく、足が神社に向かった。「ぼくは、富士山が見えますようにと、祈ったでぇ・・・」「おとん、と、おかん、は、何を祈った・・・」と。えぇ、おとん。そんな呼ばれ方するのかぁ・・・・。

もう少し粘ってみようと、清水港周辺をうろうろする。清水エスパルスの臨時駐車場に入って、接岸する船を横に見て、海から富士山の方角を眺めてみる。・・・・・・。

あっ、うっすらと、富士山が・・・・・。目をよぉーくよぉーく凝らさないと見えないのだけれど・・・・。息子は、え、どこどこ・・・と、急遽、メガネをコンタクトに入れ替えて確認した。このおかしな写真撮影を呆れた様子で、車から眺めていた奥方も車から這い出して、喜喜として海からの富士を確認する。

DSC07843-1北斎富嶽三十六景駿州江尻
写真には写っていないので、手を加えてみる・・・。嘘のようで、本当に富士をみた・・・。

港で働く人々や風が舞い上がる街道を行き交う人々の姿は見れなかった。ノンビリとゴールデンウィークの釣りをする家族の姿を富士山が、ひっそりと見守っていた。風で吹きすさび林立する木立はみれなかったが、対岸には作業を休んでいるクレーンが何本も林立していた。そして、富士山が、うっすらと、見守っていた。

北斎のこの絵には、わざと、傘で顔を隠して描いているようだった。北斎富嶽三十六景東海道江尻田子の浦略図そして、他の絵も、顔を見せないように描かれているシーンも多い。今回の旅の撮影も、それに、従って、顔を隠した撮影にしてみようとおもう・・・・。 次の目的地は「江尻田子の浦」で、時間的には30分ほどの距離。それで、国道で目指す。

DSC07850由比に近づくにつれ渋滞し、渋滞の車の正面に富士山が、時として、ハッキリと、時として、うっすらと、見え隠れしていた。渋滞と富士山を眺めているうちに、そうだ。桜エビだ。桜えび祭りだと理解してきた。

すでに時刻は2時。朝、焼津で、食べ過ぎた事もあって、空腹ではなかったが、その店で見た、桜えびの釜揚げの姿がちらついていたので、漁港に立ち寄ってみる。何だ、祭りは日曜日に終わっていたのだ。それでも、本日も既に桜エビは売り切れました。との表示があり、やっぱり人気があるのだなぁ・・・・・。

DSC07854 売り切れるほどの人気なら、是非、食べてみたい。由比の町に立ち寄ろうと、脳内が呟いたのだとおもう。B級グルメの「静岡おでん」を諦めただけに、やっぱり桜エビを食べよう! と、奥方も急に活気づいて・・・・。ところが、どの店も、満員で、それも、6組も7組も待つ店ばかり、奥方は闘志満満なのだけれど、私と息子は、何度か懇願して、諦めてもらう・・・。

それにしても、諦めきれない様子の奥方の後ろ姿を見ながら歩いていると、3組待ちの店を発見し、「ここどぉ」と指示がでて、こういう時に、素直に従うようになったのは、最近の事で、きっと、それは歳のせいだとおもう・・・・。

それでも20分ほど待つ苦行が必要で、そして、その末に出される、ざるそばに一枚の桜えびの釜揚げを見ると、このために、かれこれ、一時間近くも・・・・と、おもうと、何だか、腹立たしい気持ちにもなるのだが、とりあえず、気を取り直して、食べよう・・・・・。

と、確かに、美味い。 あぁ、丼にした方が良かったかなぁ・・・。いや、もう何枚か頼んだほうが・・・・。などと、「旨味」には勝てない、げんきんな「私」がそこにいて、この苦行を受け入れて良かったかなと、それとなく、奥方の判断に感謝するのだった。

そんな訳で、一転して、由比の町が好きになり、駐車場に向かって、町を歩きながら、息子が、「海があって、川があって、富士山があって、桜えびがあって、ノンビリした町があって、ここに住んでもエエかなぁ・・・・」と、呟いた・・・・・・。

 

そんなこんなの、由比の町と桜えびと旅の話を、新築の打ち合わせ中のお施主さんに語ると、その奥さんが、曰く。私、その町の出身です・・・・・と。小さい頃から当たり前に、いつも富士山があって・・・・、大阪に来て、久しぶりに郷里に帰り、久しぶりに富士山を見ると、富士山っていいなぁ・・・・。いい町だなぁ・・・・と。・・・・・。

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次の週の打ち合わせ日の事、郷里からわざわざ桜エビを取り寄せて、打ち合わせに持参してくれた・・・・。その「桜えび」の味は、「美味い」と「感謝」と「旅の思い出」が交錯する味だった・・・・。


PS
それはそうと、本日と明日、会社の研修旅行、別名、慰安旅行とも言いますが、社員と協力業者の人々を交えての催しがあります。それで、月曜日は、臨時休業となりますので、ご理解のほど、よろしくお願い致します。

そんな訳で、前回の決意と違って、今回も、この旅のブログを完結する事が出来なかった。記憶もそろそろ薄れかかっているのだが、「続く」となりそうだなぁ・・・・。

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2009年05月24日

断熱(北斎と富士とB級グルメの旅その4)


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家の断熱というものをどのように考えるのか・・・・。そんな事を、あらためて、勉強してみようという事になり、社員や大工さんや手伝いさんを交えて、野池さんに、講習会を開いてもらったのは、今週の事だった。

それは、省エネ改修促進税制 とやらが、4月1日から創設されたのだとか・・・・。次世代省エネ基準が等級4で、それは・・・・。等級3が、通称、新省エネルギー基準と呼ばれ、それがつまり・・・・・。それぞれの壁の断熱材はグラスウール相当で、これぐらいを入れる必要があり、天井は・・・、床は・・・・。と、野池さんが語ると、大工が、「グラスウールかぁ。あれ、カユイからイヤやなぁ! 大工の体に悪いのは、住んでいる人にもエエことないでぇ!!」と。椅子席から、ヤジを飛ばす。皆から笑いがわき起こると共に、「なるほど」と、なんだか納得したりして・・・・。

そんなこんなの、吉本新喜劇風の、ベタなやりとりや、ヤジが飛び交う、講習会ではあったものの、次世代省エネルギー基準とやらが、ほんとうに、この大阪を中心とした、関西の住宅にとって、相応しい基準なのかどうか・・・・。確かに、それは、間接的に、CO2削減に貢献し、地球環境に貢献するのだろう・・・・。まぁ、とにかく、そんな事が、住宅の善し悪しを決める基準のひとつになるのら、それぐらいの事は、いつでも簡単にクリアー出来る、その態勢は、整えておきたい。と、おもう。

最近のリフォームでは、断熱性能を上げたいという要望と、耐震性能を上げたいという要望は、ベーシックな事柄になってきているようだなぁ・・・・・。なんて事と、新型インフルエンザと白いマスクと休校の学生達とそれらが及ぼす経済への影響と家にいる子供の姿が支離滅裂に錯綜するのだった。

 

そうそう、「ゴールデンウィーク、北斎と富士とB級グルメの旅」の続きでも・・・・・。

DSC07632大井川での宿泊は、列車が鉄橋を渡る音が、時として、うるさく、2、3回、眠りから引き戻されそうになる。いや、それは、「風情」だと思えば、それなりに、「フゼイ」でもあった。夜の9時頃に寝るなんて事は、年に、数度の事で、流石に、目覚めは早く、夜明けと共に、鳥の合唱があちらこちらから聞こえてきた・・・・・・。

DSC07634折りたたみ自転車を取り出して、川沿いを一時間ほど散策すると、家族も起き出し、息子はスケートボードを取り出して、ゴロゴロと滑り出し・・・。そん事をしている間に、お腹も空いてきて・・・・。そんな通常とは違う朝だった。

  次のチェックポイントは「駿州江尻」で、それは清水港の周辺で、富士を見る予定で、国道を使っても1時間もかからない距離で、到着まで○○分です。と、ナビが、女性の声で、それが、親切か不親切かは別として、伝えてくれていたとおもう。

DSC07641とりあえず、製紙工場の煙突から出る煙を眺めながら、出発した。その大きな工場を見て、「そうそう、このあたりは、パルプで有名なんや」と、「現役」の息子が、社会科の知識を言うと、そうそう、習ったワ・・・・と、夫婦そろって同時に発声し、少々の見栄などもはりながら、朝早くのガランとした島田の町を通り抜けた。

朝ご飯を探しに、取り敢えず、焼津港に立ち寄ってみる。朝の7時過ぎなので、開いてる店は、マクドナルドとか・・・。流石に、そこで、食べる気は起こらず、それは、今回の旅は、B級グルメの旅でもあって・・・、それじゃぁ、マクドナルドは、いったい何級なのぉ・・・と、考える事ぐらいにとどめておいて、通り過ぎる。

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焼津港周辺をうらちょろして、諦めかけた頃に、開いてる店を見つけた。漁業組合が経営しているのだろうか、朝の8時前だというのに、満員で、地元の人らしき人や、観光客らしき人、ライダーなどなどが、ぞくぞくと、入ってきた。結局、朝食が出てくるまでに30分ほど待つことになる。

朝から、丼もんを食べた記憶がないのだけれど、とにかく、廻りの人々の食べる勢いと、その皿のその美味しそうな雰囲気に圧倒されて、マグロが入った三色丼とやらを食べる。目の前の同じような観光客が注文した桜エビのよせ揚げを見て、あぁ、それにすれば良かった・・・と、恨めしく思えるほど、美味しそうに見えた。それにしても、待ちくたびれたことを帳消しにするほどの、かなりの満腹感と満足感。

だいたい、満腹になると思考回路もだらしなくなりだし、道路標識にあった、「登呂遺跡」というのに、反応してしまい、予定には全くなかったのだけれど、ちょっとだけ、寄り道をしてみようという気が起こる。まぁ、考えてみれば、この旅全体が寄り道のような旅でもあった。

DSC07657 縄文の遺跡には、野や山や川や海や湖があり、風光明媚で、あちらこちら、それなりに巡ったのだけれど、弥生の遺跡には、あまり馴染みがなかった。あらためて、見ると、それは狩猟採集でなく、水田だぁ。稲作だぁ。とおもった。

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ほんとうに、その当時の木組みが、こんなふうであったのかどうかは、定かでなく、疑問の余地もあるのだけれど、木組みの、小屋組の、原型のような展示だなぁ・・・・と、考えながら、水田跡のあぜ道を歩いていると、気になるアプローチに出くわす。

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芹沢美術館というらしい。アフリカの造形という展示をしているらしい。朝食におもわぬ時間がかかり、予定外の登呂遺跡に立ち寄り、もう既に10時になっていたのだけれど、寄り道ついでにもう少し寄り道を・・・と、おもわせるほど、ちょっと、ぞくっとするアプローチだった。今回の旅では、「感動的な富士山」を見ることはできなかったのだけれど、何よりもの感動は、この建物だったのかもしれない・・・・・。

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入り口に入りると、石とナラらしき木組み風の天井が不思議な融合をし、やっぱり、ぞくっとする。受付の人に設計者の名前を聞くと、 白井晟一 だと・・・・。そうか・・・。そういえば、五島列島を旅行し佐世保に立ち寄った時に、親和銀行を見忘れた事に、少々後悔した事を思いだした。写真撮影してもいいですか、と聞くと、観覧者に迷惑でないようにお願いしますと、笑顔で、快く応じてくれる。

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不思議な世界感だった。展示の関係か、自然光が入らないように、窓にカーテンがしてあり、そのため中庭の池がみえなくて・・・、光が入った空間が見れなくて・・・、それが、何よりも残念だったのだけれど、見学して良かったなぁ・・・・、寄り道して良かったなぁ・・・・と、おもえた。

そうそう、近くにあった移築された芹沢邸が、最近の工務店がつくる、木組みの家づくりの原型のようでもあって、それはそれで興味深くもあり・・・・・。

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そんな訳で、ブログ上でもクドクドと寄り道をしてしまい、まったく、先に進まず、そろそろ、この旅のブログも疲れが見えはじめ、もっと、端折って書いて、次回で終わりにしようとおもうものの、富士の旅のはずなのに、富士の写真がほとんどなく・・・・。いやぁ、最後まで、その写真をお見せできそうにもなく、あぁ、「おち」がない事にも気づきはじめ、その自分自身と、この旅のブログへの焦燥感なども、少々わいてきたりして、ちょっとした、断熱状態に陥りそう。そういえば、新型インフルエンザからは断熱したいねぇ・・・・。

という事で、唐突ですが、冒頭の写真は、芹沢美術館でのラウンジからの庭の眺め。そこで頂いたお茶が、その部屋の雰囲気と相まって、美味しく感じたなぁ・・・・・。

投稿者 木村貴一 :23:54 個別表示へ ⇒




2009年05月17日

保険(北斎と富士とB級グルメの旅その3)


保険会社の人が、尋ねてきて、火災保険を上手に選択すると、家のメンテをするのに、費用が出る項目が多々あって、中には、24時間態勢で、水漏れがあれば、駆けつけます。なんていうサービスもあり・・・・。家を守り、維持していくためとして、工務店さんから、是非、有用で、エエ火災保険を提案してあげて下さい・・・・・。

今週の前半の朝に、お会いした方との、そんな様子をふと思いだした。その大手保険会社の担当の方は、つい3年ほど前に、関東で、自宅を建てた。設計士と工務店と一緒に家づくりをした、その期間が、もの凄~く、楽しかったなぁ・・・・と、満面の笑顔で語ってくれた。週末に夜行バスで、家に帰るのが、何とも楽しみで・・・・。帰りすぎて、お金がちょっと・・・・・。

この背後で、奥方は同窓会同窓会とバタバタバタバタ、ガサガサガサガサと騒いでいる。時として、見たこともないような、カバンとかアクセサリーが出てくるのに、少々、驚いたりするのだった。息子は、家の前の道路でバスケットボールをしている。わりと、典型的な日曜日。

そういえば、つい最近、近所の子供達が、家の前で、バスケットボール遊びをしていて、うちの家の窓硝子を割ったらしい。もちろん、ゴメンナサイと、ちゃんと謝って帰って行ったという。それで、その窓硝子をなおすのに、うちの長年お付き合いしている三木硝子さんに連絡をして、直ぐに硝子を取り替えてもらった。

でも、その費用は、どうするのぉ。と、一瞬考えた。そしたら、奥方が、いま加入している、火災保険で、そのお金でるねん。それに一時金として、ほんのちょっとした、お金やけど出るのぉ。と言った。・・・・・。いまここで、そんなこんなの様々な事が、頭の中を、出たり入ったりしているのであった。


そうそう、「ゴールデンウィーク、北斎と富士とB級グルメの旅」だ。


袋井のお風呂屋さんで、湯船に浸かり、普段、全く見ることもない競馬を見て、レストランの椅子に腰掛けると、目の前が茶畑だった。ここは静岡だ。と、ようやく、気付いた。奥方が、突如として、「お茶」 「買ぅぅ」 と、まるで、外国人のような文法で、言葉を放つ。テーブルには、B級グルメの「袋井宿たまごふわふわ」がひとつだけ、ポツンと置かれ、皆で、少しずつ、食す。うまい!とは言い難いお味。まぁ、でも、この旅は、「経験」が、遊びなのだ。

もう4時近くになってしまう。次の目的地は日坂宿で、「遠江山中」で、こんな光景と出会うハズ・・・・。

遠江山中

ナビによると袋井から日坂宿までは、30分ほどだった。国道1号線を進むと、その1号線のバイパスが次々とあり、気が付くと、目的地付近を通り過ぎていた。引き返す。小さな集落の中をうろちょろする。製材所を見つける。進む。停まる。バックする。また進む。曲がる。停まる。進む。なんだか不審者のような気がしてきて・・・・、早々に見切りをつけて、今回は、「遠江山中」は、ここだとする。

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「ここ、知りあいなん?」と奥方が突拍子もなく聞く。確かに、私は、工務店を営んでおり、そうそう、吉野には、今はもう、死語に近づいてきた、銘木屋さんが、親戚にあり、林業を営む吉野の山持ちさんが、親戚にあり、ちなみに、吉野川沿いにある、「こばしの焼き餅屋さん - Google 検索」も親戚であって、小さい頃には、数ヶ月に一度、吉野に住む親父のお兄さんが、そのやき餅を持って、大阪にやってくるのが、かなり楽しみだった。

こし餡が好きか、つぶ餡が好きか、どちらが「通」かで、いつも楽しく論議したものだ・・・・・。これもB級グルメ、ご当地グルメと呼ぶのだろうか・・・・・・。それはともかくとして、大阪からこんなにも「遠い山の中」に、知りあいは居なかった。

「木」や「お茶」を生業(なりわい)とする人々、が、この界隈には、何軒か、生活しているようだった・・・・・。出かけよう!北遠へ-ふるさと散歩道  「大鋸=おが」は製材に使われました なんていうホームページにも出くわす。この北斎の描いた絵を眺めると、巨大な木材の上に乗って、大鋸(おが)という鋸(のこ)を使う職人さんの、その「腰」の、あの「丸み」が、何とも、エエ感じ・・・・と、いつもいつも思うのだ。「リアルな何か」を感じるのだった。

そして、その絵を見ると、小学生の時に、描いた、家を建てる大工さんの絵を思いだし、その絵の中で、大工さんが、木材を2階に引き上げる作業姿の、その絵の、腰つきを、いつもおもいだすのだった。

それにしても、富士山は見えない。ほんとうに、この辺りから、富士山が見えるというのだろうか・・・・。そんな気にさせらがゆえに、見てみたいとおもった。どこかで、富士山が堂々と隠れて、見守ってくれている。ハズだった。

日が暮れていきそうな気配。やっぱり、今日は、大井川までは、金谷宿までは、目指そうと思う。旧の国道か国道1号線か、どの道を進むめば良いのかわからなかったので、なるべく、狭くて、曲がりくねって、ゆっくりと進む道を選択する。

曲がりくねった山坂道だった。近くに石畳があります。という標識が通り過ぎていく。時折、歩く人。あの「腰つき」で自転車をこぐ人。と、すれ違う。この道を走ってようやく、私たちも東海道五十三次の一部を走っているのだと実感がわいてきた。あぁ、今から思えば、金谷の町に寄り道すをるべきだったかなと、ちょっと、後悔する。

東海道金谷の不二

次のチェックポイントは、「東海道金谷の不二」だっDSC07588た。川を渡る。越すに越されね大井川を渡る。その当時の一大イベントに出会えるハズもなく・・・・・。後続車が後ろにピッタリとくっついていた事もあって、何だか勢いで、大井川を渡ってしまった。あぁぁぁという間の出来事だった。あっけなく島田宿に到着してしまう。

DSC07589 「情緒」は諦めて、兎に角、写真撮影だった。さて、どうして、写真撮影をすれば・・・・。そういえば、「蓬莱橋(ほうらい橋)」という木造の橋があるらしい・・・・。暮れていきそうな大井川沿いを走り、その木造の、とにかく長~い橋に辿り着く。以外と、まだ、多くの観光客が、その橋を渡っていた。橋を渡る通行料金を支払う。その時、おもった。あの高速道路の1000円は安いのだろうか・・・高いのだろうか・・・・・。

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さて、その橋から、取り敢えず、撮影してみると、どうも方角がおかしい。「その方向、絶対間違ってるとおもうワ。」というダメだしがある。確かに・・・・。いったい富士山はどこに・・・。影も形も気配さえも感じられなかった。方角を変えて取り直す。DSC07615 DSC07620

この橋を往復するのに40分ほどもかかった。人間の心理とはおかしいなものだなぁ・・・・。なんだか、途中で引き返すのが、「諦めた人間」と思えてきて、往復しなくては、「ダメ人間」のような気になるのだ・・・・・。ほとんどの多くのカップルが、語らいながら、仲良く手をつないで、往復していた。

帰りの改札所で、おっちゃんに、富士山の方角を聞いてみる。「ここ一週間ほど、まったく見えないね。橋の真ん中で見ると、山の上に富士山の美しい姿が見えるんですがねぇ・・・・・」と、その言葉を聞いて、富士山を見た気分にすることにした。

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当時の人々は、この川を渡るのが、一大イベントだったに違いない。この川を渡る事で、いろいろな「決意」を固めたのだろうか・・・。富士山に見守られながら、川の真ん中からその決意を富士山に向かって誓ったのかもしれない・・・・と、ちょっとセンチメンタルな想像をしてみた・・・・・・・。

 

この後に及んで、旅行に来て、全く、遊んでいないぃ!!と、息子が、言い出した。体を動かしていない。と・・・・・・。えぇ、先ほど、歩いて、橋を渡ったのは、運動ではないのぉ。と問いかけるのはムダなことだと、最近気付いてきた「私」。

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川と芝生と夕暮れの青空と飛行機雲と月と鉄橋と夕焼けが同居する中で、サッカーのボールを思いっきり蹴り。キャッチボールのボールが見えなくなるまですると、不思議にまた、お腹が空いてくるのだった。今夜は、この河川敷で、宿泊すると決め、食料を求めて、近くのスーパーに行く。「生しらす」とか、造りとか、お寿司とか・・・・、それに、朝方に買った変わった種類の「ちくわ」も・・・、それらを夕食として、ほとんど人のいない、大井川の河原で食す。

満腹感。それよりも、背後から迫り来るブログへの切迫感に観念した。その河原で、ノートパソコンを広げ、「あっぷ」したのが、「あれ」だった。もちろん、その直後、この長~い一日を終えて、寝られることが、何とも嬉しくて、あっという間に眠りについた。

投稿者 木村貴一 :17:19 個別表示へ ⇒