Voice of 木村工務店 http://WWW.kimuko.net/blog/ ja 2010-03-07T21:21:51+09:00 祈り http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/03/post_283.html 雨。いまも、だらだらと降り続いている・・・・。
そうそう、以前、てるてる坊主を見たのは、何時のことだろうか・・・・。

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今週、不順な天候の中で、木造2階建て住宅の上棟があって、天気予報というのは、有り難い訳で、雨が降るよ。と予報していてくれているのであって、それが、今回は、吉野杉の化粧材を使うので、雨に濡れるのは、かなり、まずい。

弊社の会長が、加工場で、その吉野杉を手加工をしている状況を眺め、「あの杉はな、雨に濡れると、なかなか、その「しみ」がとれへん杉やから、雨降ったら、建て方は止めて、上棟式は、ずらさな、あかんで」と、めずらしくも、わざわざ忠告に来てくれた。

そんな事もあって、大工や現場監督や設計者、それにお施主さんとも相談し、雨降ったら、どうしようかと悩む。止めようか?

ところが、日本の伝統文化の中に「上棟式」というのがあって、それは、「ものづくり」という、その「過程」を苦労し、楽しみ、祝福するのであれば、とっても素敵な文化であるとおもうのだけれど、その宴のために、わざわざ施主の皆さんが、食べ物や飲み物を用意して下さるわけで、その時、もし、雨で、木組みが、何にも出来ていなかったら、いわゆる、しゃれになれへん。もし、中止したら、食べ物どうするねん。って事に。

天気予報は、くもりのち雨。建てだして、完成するまでに、途中で雨が降るのが、もっとも辛いパターンで、化粧の杉はだいなしになり、何よりも、上棟式という祝宴はどうなるのぉ。用意した食べ物と飲み物は・・・・。木組みが出来ていないのに、式だけするのも、ちょっと、間抜け。

だいたい、曇りのち雨と言われても、朝曇って、朝のうちに雨が降り出しても、曇りのち雨。朝曇っていて、夜になってから雨になっても、曇りのち雨。今は、雨の降る時間まで、正確に知る事が出来るんでしたっけ・・・・・・。

そんな状況の中で、施主のお父さんが、「とにかく、まぁ、やろうや!」と、言ってはるでぇ・・・。と伝え聞くと、天気予報をあてにするよりも、その勢いとカンを頼りにしたほうが、確かにエエ時もたまにはあって、その時はなぜか、皆が、「ほんだら、やってみよか」と、心底、そうおもった。

その日の朝は、曇り。いや、晴れ間さえも見えている。な~んや、天気予報! ってつぶやく。大工や鳶や現場監督が、早朝から勢いよく会社を飛び出して行くのを見送った。ところが、最近の天気予報は、それなりに当たる。午後3時頃、確かに、雲行きが怪しくなり、雨がポツリポツリ、そのうち本格的に・・・。それで、心配して、現場に電話をする。

「いやぁ、何とか、養生できるまで、ぎりぎり間に合いました・・・・」と、嬉しそうな返事が返ってくると、こちらも嬉しくなってきて、現場に到着し、現場の前に立って、そのラッピングされた木組みを見れば、職人さんたちの皆の努力が感じられて、とっても嬉しい。それに、自らの手で、文字通りの、手加工をし、雨に濡れずに無事上棟できた、大工のF野と通称ワンダーの、その笑顔をがとっても素敵。

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そんな訳で、これは、棟梁F野の日頃の行いが良かったからだ。いやいや、現場監督F川の日頃の行いが良いからだ。いやいや、それとも、設計T中の行いが良いからなのだ。いやいや、何と言っても、木村工務店の「私」の日頃の行いが良いからだ。などと、自分を自慢し合いながら、意気揚々と上棟式に赴くと、足場にひっそりと、てるてる坊主がぶら下げてあった。

達筆で、何とも、心のこもった、てるてる坊主。それをじっくりと眺めると、何よりも何よりも、施主の「祈り」の御陰だったのだなぁと、気付く。今までも、施主の方々の誰もが、上棟の無事を祈ってくれていたのだ。と、今更ながらの感謝です。

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木村貴一 2010-03-07T21:21:51+09:00
つぶやく http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/02/post_282.html 氷上を腰を屈めて滑りながら、カーリングをする女性の顔が、ま正面から写し出される、あの「映像」が、何ともカッコエエとおもうし、その表情が、特にその目が、とっても凛々しくて、しびれるぅーー。でも、試合のルールは、いまいち、把握出来ていない。

キムヨナがインタビューで、「金メダルは神様が決める。自分にはどんな結果も受け入れる用意がある・・・」というようなニュアンスの言葉を語り、浅田真央は、「金メダルが欲しい。けれど、・・・・、」というような言葉を語った。結果はともあれ、キムヨナの言葉が、とっても、印象的だった・・・・・。

今朝の枕元で、女子の団体スケートの追い越しとやらが、コンマ何秒かで、銀で、・・・、と騒いでいるので、テレビ映像を見ると、何だか、とっても不思議な競技で、誰がこんなの考えたのかね・・・・。

スキー板を付けて、バームクーヘンが割れた様なジャンプ台から飛び出して、クルクルと何回転もする競技は、こちらの目が回ってしまいそうで、とっても不思議な感覚。人間の持つ身体能力の不思議さを感じる・・・・。そうそう、女子アイスホッケーの、カナダとアメリカの女性の肉弾戦も、迫力があって、それにシュートを放つ、女性の顔が、勇ましくて、とってもキュート。

こうして、書くと、冬期オリンピックで、印象に残ったのは、女性ばかり・・・。凛々しいとか、勇ましいという言葉は女性に使う言葉だったけ。それにしても、オリンピックの女性が、カッコエエね。いや、凄いねぇ・・・・・・。なんて言う、「つぶやき」を書き込むのが「twitter」というらしい。

昨年の秋、長男から、「twitter」がオモロイでぇ。と、聞いていて、お正月に、教えてもらい、一月末に「木村工務店の公式twitter」なるものを、ひそやかに、やろうとしていたのだけれど、未だに、よく、理解していないわけであり、何だかよくわからないままで、まぁ、でも、兎に角、やってみよう! ということで、これからは木村工務店の私と社員が、公式に? iphoneから「つぶやく」予定なのであります・・・。

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そうそう、「つぶやき」ついでに、長ったらしく、「つぶやく」・・・と、高速道路の無料化が、社会全体にとって、エエのかどうか、「私」には、判断は出来ないけれど、個人的には、「車」で旅するのが、好きで、「車中泊」とやらも、快適とはいいがたいものの、独特の楽しさがあって、それなりに、病みつきになってしまう。それで、無料化になれば、今まで以上に車中泊をしながら、旅したい。そんな偏った立場では、無料化は嬉しい。

それよりも、なによりも、この週、淡路島まで行く所要があって、まだ、工事をするわけではないのだけれど、行ってみると、意外に、近い。大阪の生野区の小路から車で、1時間30分ほど。高速道路が無料で、淡路大橋という世界的な日本の土木技術が、無料で提供されるなら、通いで、海を越えて、仕事が出来るかも。

木村工務店は、いわゆる地域工務店であって、東京では、仕事ができないけれど、それは、自分たちと、呼吸の通じ合う職人集団のほとんどが、大阪や神戸や奈良や京都なわけで、その、親しい職人さん達が、1時間内外で、まぁ、1時間30分ぐらいまでで、通える距離ならば、それに高速代金という経費が、最小限ですみ、木村工務店を求めてくれるお客さんが、いらっしゃるのであれば、可能な限り、「距離」を超えて、家づくりをしたいとおもう。そこそこの遠距離恋愛オッケーで、「近い」よりも「合う」を選択する傾向にあるのかも。

グーグル等々、「無料化」という波が、様々な仕組みや、既得権を変えてきているように、高速道路の無料化と土木技術の社会的貢献が、渋滞を招かずに距離感を縮めてくれるのであれば、テレビの「秘密のケンミンSHOW」ごとく、その地方独特の文化や嗜好やライフスタイルを、ケンミンさんと一緒になって、お互いどうしで、「カミンクアウト」しあいながら、「家づくり」に反映してみたいものだねぇ・・・・・。

そうそう、「淡路大橋を走るのは、とっても気持ちがエエねぇ」。「ブログ更新しました」。なんて言う、「短いつぶやき」が「twitter」では、エエのかね?

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木村貴一 2010-02-28T17:17:06+09:00
古材の魅力って何なのかね http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/02/post_281.html お城を持っているベルギー人が、ヘリコプターに乗って、古材を買いに、日本にやってきて、まるまる一軒の古民家をベルギーに移築し、それを「スパ」にしたという写真を見せられると、日本の古民家の文化的価値を誇らしく思うものの、私たち工務店の今、現状の家を造る「スタンス」は、これでエエのかと、それなりの自問自答をしてみたくなる。

ハワイという、あのトロピカルな場所に、古材で出来た、古民家が移築再生されているその写真を見せられると、日本の大工が精魂込めて、脈々と造り続けてきた、民家建築という庶民の文化的価値が、日本の浮世絵のごとき、芸術的価値があるのだな・・・・と、思えてきたりする感覚が、何とも不思議だった。

ベルギーの大工が造る予定だった、その移築再生が、実際にやり出してみると、施工が出来なくて、わざわざ日本から大工が行く事になり、日本の大工が造りあげたのだ。と聴くと、大工という日本の技術と文化を誇らしく思うものの、そんな事よりも、その地で、言葉をしゃべれない日本の大工が、牛乳を買うために、自分の胸を絞るジェスチャーをしたそうだ・・・・・、とか、パーティーでは、トムクルーズもやってえきたらしいよ。なんていう話のほうに、かなりのリアリティを感じている「私」が居て、でも、もうそろそろ、年齢的にいっても、そんな事で、喜んでいる場合ではないのかもしれない・・・・・。

それは、今週、森田建築設計事務所の森田さん設計による、工事中の現場で、古材を使うために、滋賀の島村葭商店(しまむらよししょうてん)へ古材を見に行った時に、お聞きした話であって、以前にも、同じ森田さん設計のナンバパークスのURBAN RESEARCHや、難波神社裏のDOORS DAININGで、島村葭商店さんの古材をうちの加工場に搬入してもらって、加工はしたのだけれど、現地を訪れるのは、初めてだった。

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事務所件自宅を拝見させて頂く。200年前の民家を移築したそうだ。それもこの民家はこれで、2回目の移築になるのだと聞くと、数奇な運命を辿っている民家だともいえるが、それにしても、この民家の木組みを設計と施工した大工の棟梁の精魂がたっぷりと宿っているから、生き残り続けているのだろう・・・・・。

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数寄屋の座敷を二間みせてもらう。古材を使った大胆な木使いだった。社長のお話を聞かせてもらいながら見る、座敷には、確かに、不思議な魅力が溢れていた。この古材を使った、魅力は、いったい、何なのだろうかね・・・・。

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作業場で、今度の現場で使う古材を検品する。何よりも「洗い」の技術が素晴らしいことに、感心する。古材を古材らしく使うために、手間暇をかけて、風合いと、味を残したまま、「洗う」事が必要で、それは、「掃除」を超えた、ジーパンの洗いざらしのような工程といえるのかもしれない。

一緒に同行した施主の方が、古材が立ち並ぶ姿を見ながら、「この古材が、うちで使われるのを待っていたかのように見える・・・・・」という呟きが、印象的だった。

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その古材を加工するために搬入される、うちの加工場では、先日の吉野で検品した、吉野杉の梁を、大工と一緒に、そうそう、現場監督や設計者や施主も交えて、木取りをし、どの場所に、どう使うかを、あーだ、こーだ、ケンケンガクガと、打ち合わせをした。めんどくさいけど、楽しいねぇ・・・・・・。

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まぁ、大げさに言えば、そんな「神聖」ともいえる加工場で、この土曜日、90人ほどの協力業者の社長さんや番頭さんや職人さんを交えて、弊社で施工した清見原神社の宮司さんに来て頂いて、初午の安全祈願祭をする。また、この機会に、木村工務店での「いま」の取り組みを職人さんたちに、生の声で、お伝えもした。

社員で、豚汁をつくったり、焼きそばをつくったり、おでんをつくったりして、職人さんたちをおもてなしする。もちろん、たっぷりのお酒も。それは、社員皆の協力があってのことで、感謝です。それにしても、夜の12時を回っても、少々、声が大きかった数名は、近隣に、ご迷惑をお掛けしていたのかも・・・・・、この場を借りて、陳謝。

来週には、この加工場に、あの古材が搬入されてくる予定。今度は、じっくりと、その古材と対峙して、その不思議な魅力を探ってみようとおもう・・・・・。

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木村貴一 2010-02-21T23:00:33+09:00
オリンピックのある日曜日 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/02/post_280.html オリンピックが始まっても、そんなに楽しみにしている訳でもなく、どうしても見るのだとおもう訳でもなく、ところが、朝からテレビをつけると、モーグルの予選がやっていて、見てしまうと、妙にドキドキして、それに、日本選手が滑る前は、こちらが緊張している。そういう自分自身の中に垣間見る、人間心理が、おもろい。

上村愛子が滑る前は、見るの、どうしようかなとおもうぐらいになっていて、そういう「私」がおかしい。それに、そのあとの特集番組もついつい見てしまうと、あぁ、メダルを取らしてあげたいなとおもう、そういう心境は、これ、いったい、何なのだろうかね・・・・。

モーグルの決勝が始まると、なぜか、その日に限って、たまたま、家族が家にいて、一緒に見る。日本人選手に一喜一憂し、上村愛子が滑る直前、奥方は、クッションを顔に覆って、見られヘンと、叫ぶ。次男は胸がバクバクしてるわ。と、ゴロッと座るクッションンから呟く。長男は、スツールに腰掛けて、冷静。私は、メダルを取らしてあげたい気持ちと、アカンかもという気持ちの交錯を眺めながら、ソファーの奥方の横に座る。

上村愛子が、滑り、暫定2位のあとが、大変。あと4人で、3人が失敗して欲しい、という、人の失敗を心待ちにする、寂しい気持ちに、少々の罪悪感を感じながら、皆で一喜一憂する。それだけ、誰もが上村愛子のがんばりを認めて祝福するものの、あと一歩のアグレッシブで挑戦的な滑りが、なかったのかも・・・・と、私の内面では、呟いていた。そういう意味では、失敗したものの、里谷多英の滑りは挑戦的だった。

最後の二人の選手が滑る前の表情を見ると、あぁ、上村愛子のメダルが遠のいていくのを予感させる、気迫と、挑戦的な雰囲気があって、それに、滑る姿に安定感が同居していて、確かにミスもなく・・・・と、凄いねぇ。メダルを取るためには、繊細さや慎重さだけでなく、挑戦的なエネルギーも必要で、相反するものが同居していないといけないのかね・・・・・・。上村愛子が素直な涙を流す、あのインタビューに涙する。

そうそう、そのテレビを見る前には、朝、お風呂に入ったのだ。11日の祝日の朝は、高井田にあるスーパー銭湯に行った。月に2、3度、日曜日か祝日の、朝か夜遅くに、スーパー銭湯に行く事があって、いつもそれなりの人が入っている。そういえば、設計の打ち合わせなどで、皆さんの話を聞いていても、最近の家づくりでは、家のお風呂に力を注ぐ人が少なくなってきて、ユニットバスで充分だという人が多い。近くに、安くて、エエ温泉付きのお風呂が出来たりしているからだろうなぁ・・・・・・。

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オリンピックのある、家族で過ごす、日曜日、さて、晩ご飯は、どうしようか・・・・・。

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木村貴一 2010-02-14T17:53:47+09:00
界隈 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/02/post_279.html DSC04310DSC04307 

コトバノイエの店主のお誘いがあって、そうそう、木村工務店にとっては、お施主さんでもあって、それに会社の応接室というのか、お施主さんとの打ち合わせ室の本棚のセレクトをしてもらった協力者。とよんで良いのかどうか。まぁ、そういう入り組んだ関係性でもあって、とにかく、中津のワンコインブックストアーのラストショーに出掛ける。

IMG_0236それで、数冊の古本を買った。いわゆる古本屋さんに行くのも久しぶりだし、えぇ、ブックオフを古本屋さんとよぶのかどうかは別にしての事で、そんな訳で、勢いも含めて、買ってしまう。ワンコインで買う予定が、合計で、ワンペーパーに。

いままで手に取るのも拒否していた作家の本を一冊。いつか「岬」を読もうとは思っていたが、まだ買っていなかった、その作家の本を一冊。確か学生時代に初版を立ち読みした記憶のある本を一冊。コトバノイエの30冊をセレクトした時にセレクトした本を一冊。何となくその日、唐突に興味を持った本を一冊。あっ、そうそう、この人、今どうしているのだろう。それに、この一冊、立ち読みしたよなぁ・・・という、同じ人の本を二冊。

その中の1冊を今週、パラパラと見る。「界隈」という、ちょっと、忘れてしまいそうだった言葉に、「再会」する。「それらどこの都市に行っても人があつまる場所があり、人と環境がにつまったクライマックスのような部分のあることだ。私はそのあたりを「界隈」と呼んできた。しかも私たちはその界隈の在り様によって、都市のイメージをとらえている。決してモニュメントやスカイスクレーパーではなく、そうしたごちゃごちゃの人間くさい部分にはっきりとそれぞれの都市固有のイメージが焼き付けられている。素通りではなく、その都市の中で生活したい、生息したいと思う都市にはきわめて人間くさい居心地のいい界隈がある。」浜野安宏著。

で、クライマックスのような、そんなたいそうな「界隈」でないにしろ、今週、「私」は、どんな「界隈」に「出没」したのだろうか・・・・・。
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火曜日。堺の美原町界隈の住宅地に出没する。7年ほど前にリフォームをさせて頂いたお宅の双子のお子さんが、もう中学生になるという。それで、その双子のための部屋を「改造」するご相談。

自分たちの食器やお箸は自分たちで作って、それで、食事をしているのだと。双子のひとりは、リフォームした時の印象が強くあって、「建築」を志しているのだと聞くと、ちょぴり、嬉しい。と、同時に、ちょっとした、社会的な責任感も感じる・・・・。───────────────────────────────────
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水曜日。吉野界隈に出没する。お施主さんと一緒に、久しぶりに吉野の阪口製材へ行く。そのついでに、蔵王堂近くの「やっこ」で、柿の葉ずしを食べる。吉野で食事する時は、だいたい、ここ。あと、こばしのあんこまんじゅう。蔵王堂界隈はいつもながら。とってもエエ感じ。
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阪口製材界隈を阪口の息子さんの案内で、うろうろする。「製材」を核とした、独特の界隈。それにしても、天然乾燥された吉野杉の色つやの美しさを再認識する。化粧となる構造材の梁と柱は吉野杉。隠れる構造材の梁は米松。柱は檜と杉。土台は檜。オール国産材とカッコ良くいきたいところだけえれど、コストパフォーマンスを考慮したうえの選択は、エエのかどうか、まぁ、大阪的でもあるわけ。 ───────────────────────────────────DSC04359
ついでに、同じ吉野の丸岡製材界隈にも立ち寄って、床材に使う、吉野杉の板材を見学する。国道と山と製材所。吉野川からの冷たい風が吹いてくる。界隈と呼べるかどうかは別にして、ぼくとつとした社長がエエ感じ。
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木曜日。天王寺区の細工谷界隈に出没する。安藤忠雄さん設計のコンクリートの町家住宅の横を通過して、住宅の密集する界隈をうろうろして、迷いながら、リフォーム工事の現地調査にお伺いする。坂と密集がエエ感じ。わりと好きな界隈。
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金曜日の朝。鶴橋上本町界隈に出没する。ビルとビルに挟まれた「隙間」で、鉄骨3階建ての上棟式があった。独特の景観。ある意味、カワイイ。M設計事務所の設計で、 さてさて、どんな建物になるのでしょうか・・・・・。そういえば、鶴橋界隈こそ界隈と呼ぶにふさわいいクライマックス的な界隈なのかも・・・・。
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おなじ金曜日の夕刻。鶴見区の花博界隈に出没する。H設計事務所設計の住宅の社内検査があって、いや、まだ、少々、工期に追われていて、まだ、残っている工事がちらほら・・・・。道路ではガスの引き込み工事をしていた。道路を隔てた目の前には、花博の公園と、子供達の歓声があって、またひと味違う界隈。 
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土曜日。天王寺区真法院町界隈に出没する。リフォーム工事のお引き渡しがあって、そのお引き渡しの最中に、完成を祝って、御神酒で乾杯をした。これは初体験。でも、なんだか、とってもエエ気分で、こちらこそ、感謝。
───────────────────────────────────DSC04094DSC04451DSC04457真法院界隈には有名建築もあって、エエ感じの界隈。リフォームした住宅には、神社の鳥居をくぐって、到着する。考えて見れば、おめでたい住宅なんだ。2階の窓越しに神社の屋根がど迫力で迫って見えるのが、とっても新鮮。───────────────────────────────────
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いつも、出没するのは、生野区の小路界隈。生野区の小路界隈は「私」の生息地であって、その長屋が建ち並ぶ中の一角に弊社があって、そこに戦前からの加工場があり、10年前までは、丸太も切れる製材所と同じ帯鋸まであった。ほんまもんの加工場だったけれど、音の問題等々、時代の流れに従って、大きな加工機を全部処分して、手加工だけができる、「スペース」とした。

その「スペース」が加工バーとなったり、餅つきバーとなったり、ほんとうの加工場となったり・・・・・。その吉野からの材木や海外からの米松や九州からの杉材や山陰の檜材や「ごちゃごちゃ」の産地の材料をこの加工場に集めて、大工の手加工で、木造の新築住宅を只今、加工中。
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この小路界隈には、長屋の中で、ものづくりをする家が沢山あったのだけれど、先週のブログのように、どんどん、減ってきた。子供世代は、「外」に出て働くことを選択する。それで、かなりの高齢化。まぁ、そんな中で、店舗を構える数十件が集まって、数年前から、1ヶ月半に1回だけ、新聞に折り込みチラシを入れている。「私」も、その世話人のひとりで、ゆるやかな連携をとりながら、細々と継続している。

きっと、共通のおもいは、派手でなくエエ感じの雰囲気として、持続可能なエエ「界隈」となれるように、皆で、模索しているのだと思う・・・。───────────────────────────────────
エエ感じの「界隈」か・・・・・・。
カイワイとカワイイがちょっと似ている・・・。

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木村貴一 2010-02-07T14:44:26+09:00
日本は何をつくるのか。日本で何をつくるのか。 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/01/post_278.html DSC04079 DSC04078
カトウセイサクショカンパニー」というセルロイドの万年筆を手づくりする「人」が、弊社が建つ、生野区の小路東に住んでおられ、その住宅兼作業場を、弊社で手がけさせて頂いたのは、もう何十年も前の事で、私が、建築に携わる前後の事らしい。

その「匠」が、つい先日、お亡くなりになられ、その後の家の安全性など、「家を守る」ために、お伺いした。その時、初めて、奥の工房を拝見させて頂く機会を得る。

見た瞬間。おもわず、「カッコエエ・・・・・」と唸った。

まだ、ものづくりの息づかいが、聞こえてきそうだった・・・。職人さんの温もりが、まだまだ宿っていた・・・・・。それで、お願いをして、写真を撮らせて頂く。この作業場だけは、戦前からの長屋のままで、工事中も全く手つかずで、他の誰にも触らせず、自分で、改良を重ねたそうだ。無垢の床の雰囲気。壁の雰囲気。机。椅子。

なんだ、このカッコエエ照明器具の付け方は・・・・。聞くと、最初は水平に真っ直ぐ付いていたのだが、それを、このように改良したそうだ。なんだ、この椅子は・・・・。棚のアングルを使って造ったらしい。なんともいえないテーブルの微妙なカット・・・・。きっと、丹念な作業をしていたに違いない。感じのエエ道具たち。道具ひとつずつに「存在感」があって、その道具の、どの配置にも、「意識」が宿っていた。・・・・・。

リラックスした暖かいムードであるものの、背筋がぴんとした。

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大阪で、日本で、価格の競争に巻き込まれるよりは、海外に出て行くのだ。と言って、この生野区の小路という、大阪の下町にどっぷりと住みながら、海外を目指したのだと聴く。同じような、そんな心持ちだけは、弊社にもあるものの、実際にひとりで造って、ひとりで海外に売り歩いたという、その営業的な行動力と繊細な匠の技を併せ持ったバイタリティーには敬服する。

IMG_0232そういえば、先日、NHKのテレビを見ていると、「日本は何をつくるのか。日本で何をつくるのか」という東芝の液晶テレビのものづくりを題材にした番組がやっていた。私のノートパソコンのキーボードの目の前におかれた、もはや、跡を継ぎ、造る人がいなくなってしまた、カトウセイサクショカンパニー製のセルロイドのボールペンを見ながら、この文章を書いていると、「日本は何をつくるのか。日本で何をつくるのか」という問いかけの重みが、じわじわと伝わってくる・・・・・・。

この土曜日、お餅つきをした。会社の社員の家族と一緒につくお餅。というのが基本スタンスなんだけれど、今まで、設計施工で工事をさせて頂いた、ちいさな子供さんのあるご家族をお招きをした。それに、ついでに、というのもなんなのだが、最近、弊社で取り組んでいる、「グリーンウッドワーク」という活動もご紹介すると、それが、意外にも子供さん達が興味を持って、皆が、楽しんで木を削りだしたのには驚かされた。

手づくりのスプーンやボールや椅子や取っ手やその他・・・・。そんなのを皆と一緒に楽しんで造ってみようかとおもう。ホワイトデーには、社員ひとりずつが、手づくりのスプーンなどを、奥さんや彼女にプレゼントする予定・・・・・かな?

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PS
お餅つきも3年目になり、来年は、また、もう少し、輪を広げる事が出来るかも知れない。お子さんがいるのに、ひょとして、漏れがあった家族があれば、ご一報下さい。それに、そんな事は、関係なく、久しぶりに、木村工務店に遊びに来たい人がいれば、来年は、是非、お立ち寄り下さい。また、ついでにメンテの依頼もどうぞ。そうそう、グリーンウッドワークに興味のある方は、メールでも電話でもお尋ね下さい。

木村工務店は何をつくるのか。木村工務店で何をつくるのか。・・・・・・・なんて。

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木村貴一 2010-01-31T23:11:18+09:00
過程 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/01/post_277.html 冬の雲ひとつない青空。いつしか、春がやってくるのだ。と感じさせる、朝の日差し・・。

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この週、雑誌の取材があって、昨年の年末にお引き渡しをした、大阪市内の新築住宅のお宅にお邪魔する。カメラマンや、取材の編集者が到着するほんの数分前、バーチカルブラインドの間から、曇り空の間を縫って差し込んだ突然の朝日。蓄熱暖房器からのまろやかな暖かさと相まって、ほんの一瞬の心地エエ瞬間 。

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キッチンの横に洗面所があって、そこに電動で開閉する天窓があり、冬のどんよりした曇り空の合間から垣間見える、きまぐれな青空を眺めてみる。

DSC03955リビングダイニングの天井に、その洗面所に開閉する内倒しの木製窓があって、夏には、大阪市内に流れる西風が、リビングダイニングを通り抜けて、内倒し窓を通過して、洗面所の天窓から通り抜けていく「予定」。自然という神々が、そんなデザインを受け入れてくれて、そうしてくれるものかどうか?

DSC03986その後、同時に、大阪市内で、もう一軒の取材がある。間口2間、3640幅の新築住宅で、ユニットバスが2階にあって、その湯船に近い窓の向こうが、南面で、リビングの小さな吹き抜けになっていて、その向こうに窓があって、外を眺める事ができる。DSC03989

後で聞くと、道路を隔てて少し向こうに高いマンションがあって、そこから覗かれるのかどうか、心配した施主の方が、マンションまで出向いて、自分の家を眺めさせてもらって、・・・・、大丈夫そうだなぁと、確認し、ブラインドも取り付ける事もなく、月を眺めながら、湯船に浸かっているのだと云う。この吹き抜けにも電動の天窓があって、風が通り向ける「予定」。

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冷蔵庫の上に神棚が鎮座していたり、階段下が、テレビとオーディオスペースで、その前に縁なしの畳があって、炬燵をおいて、座ってテレビを見て、食事もする。その畳は無農薬の本床で、独特の柔らかさがあって、確かに心地良い。

それら全ての事は、お施主さんとのコミュニケーションの「過程」から出来上がってきた事で、設計担当のK本くんの提案もあれば、「私」の提案もあり、施主の提案が大いにあって、それを図面化し、見積としてT桝くんがまとめて、それに、現場では、大工のB處くんやF野くんのカイゼンがあり、それらを現場監督のI尾くんやT田くんが調整作業をし、少々のエッセンスを加えて、出来上がった訳で、そういう、「工務店流のものづくり」には、皆で、こだわる。

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この週始め、奈良の佐保川近くに行く所要があって、通過すると、映画のロケをやっていて、この橋の向こうでは、どうやら、高橋克典さんが演技をしているのだと・・・。ほんの少々テレビにも関わらせてもらった経験もあるが、映画の撮影スタッフや監督には憧れるなぁ・・・。あの現場での「ものづくり」の「過程」とその肌で味会う感覚が羨ましい。

マイケルジャクソンの「This is it」も、叱咤激励と、一生懸命さと、あの愛情とが宿る、その「過程」に拍手した。工務店流のものづくりも、施主の方を含めたものづくりに関わる皆で、エエ「過程」を共有したいものだなぁ・・・・・。

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木村貴一 2010-01-24T12:23:55+09:00
組合せ http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/01/post_276.html 寒いというより、冷たい。冬だなぁ・・・・。

この週、雪がちらつく中で、石井修さん設計で、弊社で施工をさせて頂いた、目神山の家22に、学生さんと見学に行く用件があって、久しぶりにお伺いする。

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テーブルに座りながら石井修さんと会話をした事を想い出す。「正直な家」「落ち着き」「うちから」そんな言霊がよみがえる。急な勾配を上がる階段なのに階段を上り下りするのが楽しい。吉村順三さんの軽井沢の山荘のような家を創って下さいと石井さんに依頼した施主の方が、石井さんから聞いた事を伝えてくれる。「川のような階段」なのだ・・・・と。なるほど。

それから、あらためて、石井修流の木組みも眺めてみる。施主の方が、吉村順三さんの家には木組みが見えない空間だけれど、石井さんの空間は民家風の木組みのような気がします・・・・と。なるほど。

若い人たちに聞くと、こういう木組みの方が新鮮に感じるのだ・・・と言う。ソファーに座って、目を細めて、味わって、お茶を飲んでいる3人の女子のくつろいだ姿が、この家の眺望の良さと落ち着きを物語っているのだろう・・・・・・。

後で、学生に感想を聞くと、あるひとりが、真ん中には窓がなく暖炉になっていて、両端にだけ、コーナー状に窓があって、普通は部屋の真ん中が「使う空間」なのだけれど、「部屋の隅」が生きた使える空間になっているのだなとおもいました・・・と。なるほど。

私にとっては、石井修さんとの不思議なご縁と、弊社で施工したことと、見学のご理解をして頂いたお施主さんと、感じの良い大学生さんたち、という組合せがあって、経験できたこと。感謝。

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縁あって、奈良・佐保川にある「夢窓庵」で食事をする。建築的な表現をすれば、女将の企画設計力と料理人の腕がうまく絡みあった、美味しい料理だった。器も生け花も美しく、部屋の雰囲気も丁度良く・・・。それにしても、料理の写真を撮ることなど、めったにない、それに、どうも、食べる前に撮るのが苦手で、しっくりこない。

DSC00620お正月に奥方が、食事の写真を撮るのだと言って、出てくる料理にあわせて撮るのは良いが、肝心のメイン料理の写真を撮り忘れて・・・、息子からツッコミを入れられていた。お互い、きっと、食い意地の方が、断然張っているに違いない。

私にとっては、iPhoneを持った物珍しさと、無窓庵さんとのある不思議なご縁と、料理と器の見た目の美しさと、その味に惹かれた、その組合せがあって、何とか撮影したのだろう・・・・。感謝。

DSC00600 そうそう、そう言えば、今年、最初に、「面白い」と思った光景は、英字新聞の上に乗っている焼き芋の姿。宿泊したホテルに暖炉があって、そこで、焼き芋を焼いてくれていて、それに、白馬のスキー場には西洋人のお客さんが多いことにビックリしたのだけれど、そのホテルにも西洋人の宿泊客が何組もあって、そんな訳で、スキーと、暖炉と、焼き芋を焼いてサービスしてくれた感じの良い年配のおばさんと、焼き芋を食べそうな私たちのような家族と、そこそこの数の西洋人の観光客。この組合せがあって、この光景が成立したのだろう・・・。

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木村貴一 2010-01-17T19:04:46+09:00
始動 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/01/post_275.html DSC03769

何を受け継ぎ、何を受け継がないのかという「選択」は、繊細で、微妙な問題だな。と、今の政治経済を見ていると、つくづく思うし、「文化」を受け継ぐこともそうだし、「工務店」というものを受け継ぐのもそうだなと思う。

「長~く続いているものが「文化」とも言えるのとちゃう」と、語ったのはうちの長男で、お正月に、家族で、「静かな」会話をしている最中の言霊だった。「全ての動きが静止したかのような、お正月の空気」というものが、好きだ。あの、何となく慌ただしい師走から一転して訪れるお正月の静寂。お正月の「静寂」と「笑い」の組合せの中に、日本文化の奥深い何かを感じる。

そういう空気が、少しずつ薄らいでいくのが少々、寂しい。お正月の静寂が薄らいでいるところから発せられる、テレビの「お笑い」にも食傷気味。世の中の様子は、政治経済文化のすべてがリセットされようとする時期なのか・・。リセットと放棄と選択と集中と新設との間に揺れ動いている問題が、あちらこちらに。「リ」セットの仕方とか、「り」ホームの仕方とか、そういう物事に対する、「考え方」と、その「過程」が問われているのだろう。

1月6日が初出で、地元の清見原神社へ皆で、参拝して、お祓いを受けるのは、木村工務店で、長く続いている行事であって、それはひとつの企業文化といえるのかもしれない。そうそう、今年は、1月1日の朝にも、家族4人で、リニューアルされた神社の拝殿で、お祓いを受けた。幣殿の檜の床に、格子からの朝日が、美しい絵模様となって神秘的に入り込み、神殿に向かって拝む宮司さんの後姿が、朝日を浴びて美しかった。その静寂と共に、「日本」を感じた。

2010年賀それを受け継ぐのが今の時代に相応しいのかどうか、良くわからないが、1月6日の参拝の後、お昼から、職人さんや業者の方々70名ほどが集まって、新年交礼会を催す。「畳」に座って膝をつき合わせるのが、やはり「気分」だ。それにこだわる。もちろん、私は、皆の前で、新年の挨拶をするわけで、この挨拶は、「私」にとっての、新年の楽しみと苦しみの混在した、「気」の入る行事でもある。兎にも角にも、お祓いと笑顔があって、ようやく、木村工務店のエンジンが軽快に動き出すのだった。

IMG_0136 そうそうそう言えば、上の写真はiPhoneで撮影していて、年末の大掃除の日に、社員の携帯を全て、iPhoneに替えたのが、昨年の最後の大きな出来事かもしれない。「ソフトバンクの罠にまんまとはまったな・・・・・」と、足下のスリッパが呟いている・・・・・。 

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夜明け前の静かで美しい時間が通過した。営繕工事をさせて頂いている企業さんへの年始の挨拶廻り。引き渡し前の社内検査。初めての方との顔合わせ。社内定例会議。地鎮祭。お施主さんとの設計打ち合わせ。・・・・・・・と、意識的な「選択」を肝にして、「始動」です。

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木村貴一 2010-01-10T17:58:13+09:00
家で過ごすのが楽しい。 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/01/post_274.html 昨年の6月にリフォームをさせて頂いた施主のKさんが、木村工務店にお見えになって、家をリフォームしてから、外に出るより、家で過ごすのが、何よりも楽しい・・・・と、語った。昨年の仕事納めの最後のお客さんでもあった。

ことのほか、年末年始は、家で過ごすのが楽しい・・・・・。家族や両親や義理の父母、兄弟姉妹や甥や姪や・・・・、皆と、新たな気分で、挨拶を交わすのが、何よりも嬉しい。それが、自分にとってのお気に入りの家であれば、なおのことだろう・・・・・。

年末の29、30、31と1、2日があっという間に通り過ぎた。もっともっと家で、ゆっくり過ごしたい。もっともっと家での時間を贅沢に浪費したい・・・。そんな気分だった。うちの休みは、今日3日と明日の4日と5日があるのだから、そのように過ごせる可能性も。

DSC00626それが、なぜか、今、信州の白馬にいて、こんなシチュエーションでブログを書いている。冬の白馬は25年以来のことだ。奥方のコーディネートで、白馬にあるSホテルで宿泊し、久しぶりに、八方でスキーをした。やっぱり、八方はタフなスキー場だな・・。

早朝に大阪を出て、たっぷりの雪道を運転し、すぐに滑走した。それと、運動不足。コブやらターンやら酸欠やらで、スキー酔い?をしてしまい、一時、顔面蒼白。レストランで数十分間、仮眠して、回復するも、息子達は一斉に「としやなぁーー」と捨て台詞を残し、私たち夫婦を置き去りにして、滑りに行ってしまった・・・・。

そうそう、息子が、「お正月、ホテルに泊まれるのぉ、嬉しい。この頃、家か、キャンプか、車か、そんなのばっか。たまには、ちゃんとしたホテルで泊まってみたいわ」と、生意気なことをぬかす。まぁ、確かに。その気持ちもわからないでもない・・・・・。

東京で学生をしている長男が、年末に家に帰ってくると、家族でゆっくり。どころではなく、久しぶりの友達が、入れ替わり出入りして、大晦日の紅白歌合戦の時間帯には、5人のむさ苦しい若者が、家で、年越しそばを食べていて、初詣に、京都や、住吉大社に行くのも、めんどくさい・・・と、弊社で大改修工事をして、初めてのお正月を迎える地元の清見原神社の初詣に、皆で、参拝してくれたことは、大変有り難い事であり。

しかしながら、、木村家では、何十年来、お正月のおとそは8時頃から始まるわけで、その時間帯に、長男は、確かに、座敷のおとその席に座っていたのだけれど、長男の部屋では徹夜麻雀をしている4人の若者が、まだ、残っていて・・・・・と。家族4人が、4人だけで、ゆっくりと、会話をしながら食事をしたのは、今日の夕食が、年末年始で初めての事だった。

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そんな訳で、お読み頂いている皆さん、新年明けましておめでとうございます。新年は、美しい雪の白馬からの発信となりましたが、木村工務店では、「ものづくりの職人さん達と、できるだけ近い位置で建築をつくる小さな工務店」として、「ものづくりの喜びをお施主さんと共有できれば」と願っております。本年も変わらぬご愛顧を賜りますよう、よろしくお願い致します。


追伸
そうそう、先ほどの、話。 確かに、時には、「家」でない「旅」の時間が楽しい・・・・。
のだけれど、「家」に帰ったときの奥方のいつもの第一声は、「やっぱり家が一番」だ。

という事で、それぞれのライフスタイを反映した、それぞれにとってのエエ家をつくれるように努力していきたい・・・・。そんな改まった気分で、このブログ上で、皆さんとお会いできることを楽しみにしております。

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木村貴一 2010-01-03T22:51:13+09:00
師走 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/12/post_273.html 流石に、師走という言葉が似合う、あわただしい一週間だった。それに、郵政民営化になってから、25日までに、年賀状を届けて下さいという、アナウンスがあって、あれが、どうにも、納得いかないのだけれど、それが余計に、慌ただしさに拍車をかける。

そうそう、そのうえに、23日の祝日というのが、大変有り難くもあり、しかしながら、何というのか、微妙なタイミングでもあって、年末に押し迫った仕事とプライベートとのバランスが、錯綜し、入り乱れる祝日のタイミングな訳で、そんなこんなで、やっぱり師走。

祝日の前日の深夜。高校時代の友人3人で、忘年会をする。35年の歳月があっても、時間と空間をタイムスリップして、何時間も、何の違和感もなく話し続ける訳で、不思議と言えば不思議な現象。昭和町にある、半年先まで予約がいっぱいの串カツ屋さんでの、和むひと時。

祝日の朝。息子が打楽器に興味があって、小さい頃から、だんじりに乗って太鼓や鐘を叩いていて、それで、最近、ドラムを習いたいというので、昔から顔見知りのジャズドラマーのI川さんに、頼んでみると、快く引き受けてくれ、田辺にあるご自宅にお伺いしての初レッスン日が、その祝日だったわけ。兎に角、横で聞いていて、ひとつだけ、ハッキリ解った事は、「オレには、リズム感というものが、全くない」 という事。

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この3ヶ月ほど、水曜日の午後からの時間を拘束される用件があって、ところが、たまたま、水曜日にしか休みの取れないお客さんが二組あり、そのどちらの方とも、充分な対応できない状態が続いて、その上、リフォームさせて頂いた、そのお宅のお引き渡し日が先週の水曜日だったわけで、そんな事情で、立ち会う事も出来ず仕舞いになっていた。ところが、まぁ、偶然にも、そのお宅が、そのドラマーのお宅の近くだったので、昼から、引っ越しの最中にも拘わらず、お邪魔した。そして、最後に、皆で記念撮影。「感謝」

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その祝日の夜。「神戸のルミナリエ」に行った奥方の友人が、あまりの長蛇の行列で、結局は見る事を断念して、帰ってきたのぉ。という報告を受け、夜の9時頃から、「中之島 光のルネッサンス」を見に行く。意外と人が多いし、意外と素敵。御堂筋を車で走りながら見るイルミネーションがエエ感じ。竹中工務店の簡易的なイルミネーションが「建築的」で流石でもある。

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「人と光」を見ていると、なぜ、人は「光」に惹かれるのだろうか・・・・・という、考えが、どこからともなく脳内にやってきて、また去っていった。先週の日曜日のクリスマス礼拝で、教会建築のための祈りというのがあって、その一文に、社会の「光と塩」になれますようにという言葉がある。その「光と塩」という言葉が、引き続いて脳内にやってきて、しばらく留まったあと、気が付いたら走り去っていた。

「光」から帰宅すると、テレビニュースでは、皇居の様子が放映されていた。それを見ていると、国民の幸せを祈ってくれる存在が、何千年間も存在しているという、その事が、とっても不思議な事だな・・・・・という感覚が、やっぱり脳内を走り去った。

24日のクリスマスイブの素敵な出来事は、また何時か、書く機会があれば書くことにしようとおもう。そんな訳で、今年も走り去っていこうとしていて、気が付けば、今年最後のブログになってしまったわけで、それにしても、「静かに、立ち止まる」と、なんとなく感じる見えざる読者の方々に支えられているブログだな。という気持ちがわき上がってくる。一年間ご愛読頂いた皆さん、ほんとうに、感謝です。

木村工務店では、28日に仕事納めをし、29日の午前中は大掃除をした後、皆で、ささやかなお昼の納会をし、一年を終えます。新年は1月6日に清見原神社に参拝をした後、業者の方々も集まって、新年会を催します。営業は1月7日からです。何十年間も変わらない、年末年始のスタイルです。

それでは、皆さん! 良いお年を!

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木村貴一 2009-12-27T21:12:48+09:00
この時期 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/12/post_272.html DSC03407

確かに、冬がやってきた。寒い。けど、この身が引き締まるような寒さが時には嬉しい。毎年、この時期になると、丹沢の山小屋からリースを届けてくれるのだけれど、寒さを肌で実感して、ようやくクリスマスの気分になった。

DSC03554教会建築を施工させて頂いた、森小路教会も新会堂になって、2年目を迎え、本日のクリスマス礼拝に参加した。これで、かれこれ5年近く参加しているわけで、もはや、これに参加しない事には、クリスマスがやってこない気分。それに、久しぶりにお会いする教会員の方々と、笑顔で挨拶を交わし会える事が、何よりも嬉しい事だった。「感謝」

DSC02833神社建築として、今年は、2年がかりで施工した地元の清見原神社の増改築工事が無事に竣工し、「神」との不思議なご縁が続いた事も、「ありがたい」ことであった。何十年来も続いている、木村工務店としての新年の祈願祭が、過去を継承した拝殿と真新しい吉野檜の神殿との融合に抱かれて執り行われるのも、新年の楽しみのひとつである。

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そういえば、今年は、平野郷で、一番古いと伝えられている「門」を持つ、正業寺というお寺のリフォーム工事をさせて頂いた。考えて見れば、教会や神社やお寺を通じて、「神」との関わりを感じながら、「感謝」と「祈り」という機会に巡り会えている事が、なによりもの「感謝」であるのかもしれない・・・・・。


この時期は、年内の「お引き渡し」というのが、何軒かあり、その上、カレンダーをお配りするという、年末の恒例行事もあって、現場や社内ではそれなりのバタバタ感がある。

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引き渡し直前のあるお宅に行くと、三木硝子の硝子職人のK合さんの仕事姿に、久しぶりに接する。若い頃は、そのKさんから、硝子の事も教わったが、職人さんとしての心構えや段取りの仕方やその他・・・、エエ職人さんの「体つき」とその振る舞いを学んだ。

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久しぶりに現場でその姿に接しながら、ゴジャゴジャと世間話をする。「その技術、誰か継ぐ、若い子いてへんのぉ・・・」「それが、なかなかなぁ・・・・」「ワシは好奇心が旺盛やから、現場に行くと、いろいろな事に興味があって、他の人の仕事も、建築も、何でも興味もって、しっかり見るんや・・・・」「今の若い子には仕事への好奇心がなぁ・・・・・」と。

それを側で、一緒に聞いていたのが、INAXの代理店とサイディングの販売施工をしている東洋スレートのM納さんだった。これはどうしてるんですか・・・・、あれはどうしているんですか・・・・と、好奇心旺盛に、いろんな質問をしていた。

引き渡しの時は、器具の取り扱い説明などを、業者の人に来て頂いて、一カ所づつ説明するのだけれど、その中で、インタホンの使用説明があって、誰かが外に出て、お客さんの役目をしてインタホンを押す。その役目をM納さんが担って、「はいはい」と気さくに、腰軽く、玄関から外へ出て行った・・・。

ところが、暫く待っても、インターホンの音が鳴らない・・・・。何だか、外が、騒がしい・・・・・・。「すいません。すいません。」と賑やかな声が響き渡っている・・・。それで、かなり経ってから、ピンポンという音が鳴ると、「間違って、隣の家のインタホンを押してしまいました。隣の人が出てきて・・・・・」と。好奇心旺盛すぎ・・・・。

いやいや、そんな訳で、このブログの背後では、「M1」選手権がやっていて、笑い飯の「鳥人」という、とんでもないネタを聞いた。「JIN」もこれから始まる・・・・・・・・・。まぁ、「こんな時期」な訳。

良いクリスマスを!

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木村貴一 2009-12-20T21:03:20+09:00
忘年会 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/12/post_271.html 気が付いたら、「忘年会」という季節になっていて、という事は、もうすぐしたら、お正月がやって来るわけで、それにしても、「そわそわ」するような気分でもなく、それは、「私」だけの事なのか、いやいや、世の中の景気というものが、そうさせているのか、と考えて見るものの、メディアで騒いでいるほどの、「景気」に対する実感に乏しい「私」がいて、きっと、少しずつ、「季節感」と「景気感」を喪失しているのだな・・・・・・。

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会社の忘年会があって、いつものように、社員と大工さんと手伝いさんの28名ほどでした。雇用関係としての社員は、その半分ちょっとなのだけれど、大工さんたちとは、言わば、ファミリーのような関係で、やっぱり、一緒でないと、とっても寂しいのだ。

現場で造る、一点ものとしての、「ものづくり」には、「ハート」の結びつきが必要なのだろう。「職人さんたちとのエエ関係なくして、エエ家は出来ない」と、気付かされる事が、今年は、何度かあって、私がこうして、3代目として引き継げているのも、先代と先々代が、長い時間を掛けて培ってきた「職人集団」があっての事だ。と、先代から諭されたのは、つい先日の事だった。

先々代が亡くなる2年ほど前に、今まで「世話になった」協力業者を集めて、一席を持ちたいと号令をかけ、ミナミの寿司屋さんで、ささやかな宴を開いた。その日の事を、ここ最近、思い出すのは、先代の言葉を聞いてからだ・・・・・。

「工務店というのは、桶の「たが」の役目とちゃいまっか」と、協力業者の防水屋さんの社長が、私に諭してくれたのも先日の事だった。我々協力業者は、曲板のようなもので、柾目で丁寧に局面加工された板が、しっかりとまとまり、水一滴も漏らさないで機能するには、「なんぼエエ板使って、丁寧に加工してあっても、「たが」が、しっかりとしてへんかったら、水がだだ漏れでんがなぁ・・・・・」と。

DSC00450 宴会での2時間が、あっというまに過ぎた。数十名での2次会も深夜まで及んだ。3次回も深夜の深夜まで及んだようだ・・・・。時には、馬鹿騒ぎも楽しい・・・。翌朝、いや、正確には、当日の早朝になるのだろう、出社すると、会社の和室で、3名ほどが爆睡していた。3人が交代で3度起こして、ようやく目覚めた後は、爆発した頭髪を気にしながら、元気に現場へ飛び出して行たのは、「若さ」だなぁ・・・・・・。あっ、そうそう、もう既に、若くもない、所帯主のK林さんが、その中に混じっていて、若者以上に元気だったのは、木村工務店の関係者なら、誰でも知っている都市伝説でした・・・・・。

さてと、ドラマは滅多に見ないのだけれど、「JIN」だけは何となく見ていて、初回を見逃していたのが、再放送されたので、先週はそれを見た。やっぱり再放送するぐらいの人気なんだ。今晩、楽しみに、見てみようと思う・・・・・・。

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木村貴一 2009-12-13T16:23:04+09:00
モニュメント http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/12/post_270.html DSC00372DSC00377DSC00378
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今朝、大阪管区気象台跡の顕彰碑記念式典というのがあって、記念碑を建立するという事を「けんしょうひ」と呼ぶのだなと考えながら、心のこもった祝辞の数々を聞いた。

生野区に勝山公園という公園があって、かつては古墳で、昭和40年代までは、大阪管区気象台というのが建っていて、私も、小学生ぐらいに、そのあたりを通ると、巨大なアンテナ塔と、コンクリート建築の独特のムードがその周辺から漂っていて、何だか秘密の実験場みたいだった。と、記憶として残る。

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その石碑を造る工事の依頼があり、もちろん、木村工務店は家を造るのがメインだけれど、何よりも、「ものづくり」の会社であって・・・、そんな訳で、工事部長のT桝くんが、要望をお聞きして、製作をする。その石碑の裏面には、かつての気象台の写真が貼り付けてあり、それは昭和初期のコンクリート建築であるらしいのだが、よく見ると、何とも、レトロモダンで、カッコエエ。

祝辞のお話しの中で、「室戸台風、ジェーン台風、第二室戸台風という三代台風をこの気象台が迎え撃った」と、表現された。当時の気象台の館長が、避難をメディアに強く主張し、災害から府民を守ったのだ・・・・と。工務店という仕事に携わる私たちは、いつも、天気予報のお世話になっており、気象台の「おかげ」という事が、たくさんあったのに、そう言えば、感謝する事もなく・・・。そんな訳で、気象台というものの役目を改めて、考えさせられ、そう言う意味では、感謝の石碑でもあるのだ。とおもう。

その「歴史」が、大地の記憶に残された事を、微笑みと共に、ささやかに喜ぶ、気象台OBの年配の人たちの姿が、とっても、印象的だった。


それはそうと、若い人たちの姿がとっても印象的だったのが、先週の日曜日に、ブログを書いた後に訪れた、京都、清水寺の夜景のライトアップだった。

紅葉のライトアップを見た事がなかった。京都の紅葉を真面に見たのも昨年が初めてで、確かに、大徳寺にある高桐院の紅葉は、圧倒的な美しさだった。それで、次は、ライトアップの紅葉でも・・・・・、いや、きっと、内面のある部分が、ブログネタの「取材」として行こうよ。と、そそのかしていたのかも。

DSC02913少々小雨交じりの清水寺の坂の下に到着したのは午後5時半を廻っていて、まさか、入場するのに、30分以上も並ぶとは思っていなかった。それに、廻りを見渡すと、若い人たちが圧倒的に多い。年配の人たちばかりかと想像していたのだ。「私」の二十歳頃は、紅葉を見に行く事が、デートのひとつには、なかったなぁ・・・・。

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ちまちました日本人。というような言葉を聞いたことがある。でも、この清水寺のライトアップに接すると、先人達の、構想力の大きさに感服する。それに大地との関わり方が何とも言えず魅力的。それに、工務店の私たちからすれば、よくも、まぁ、見事に、施工したものだなぁ・・・・と、その「ものづくり」の実行力にも感心する。

もちろん、宗教施設であるのだが、大胆かつ繊細に、大地に刻まれた「ものづくり」の歴史的モニュメントでもあるのだなぁ・・・・と思えてきたのは、今日の顕彰碑記念式典の「おかげ」だとおもう。

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木村貴一 2009-12-06T15:45:27+09:00
ものづくりにちかいいち http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/11/post_269.html DSC02854

もう秋晴れと呼ぶには、限りなく冬に近く、かといって、冬と呼ぶほどの気候でもない。京都では紅葉が真っ盛りだと、朝刊の写真にあって、紅葉を見に行くのもエエなと想いながら、パソコンに向う・・・・。


DSC02889(1)「ゆず」をもらって、それに、母親が、数日おきに「ゆず」を届けてくれる。「ゆず湯」に入ったらどぉ!という事だろう。確かに、お風呂に入れると、独特の香りがして、血行がよくなり、気持ちがエエ。冬の楽しみでもあって、実に、日本的な習慣で、ところが、それが、秋というのか、冬というのか、とにかく、その辺りの季節感がとっても曖昧な昨今・・・・・。

DSC02908家庭内での一連の掃除ブームがあって、レコードを無造作においている棚を掃除していると、レコードが聴きたくなり、弟が保管してくれていた、レコードプレーヤーを届けてもらい、何十年ぶりかで、レコード盤の上に針を置くという、動作をした・・・・。

DSC02749DSC02830DSC02752DSC02832DSC02833DSC02757 DSC02755DSC02834DSC02764 大学生、数十人が、うちの会社を見学にくる機会があって、学生達が、魅力的に感じる、小さな工務店とは、どんな工務店なんだろぅ・・・・。どんな現場監督なんだろぅ・・・。どんな設計者なんだろぅ・・・・。どんな大工なんだろぅ・・・・。と考えさせられた。

今年一番の忘年会が、一昨日にあって、それは、祖父の代から40年以上も営繕工事等をさせて頂いている、上場企業だ。その企業のある方が、言うのには、「企業が大きくなるにつれて、協力業者との関係がシビア-な金銭的傾向と、品質品質品質という傾向の比重が、かなり大きくなり、人間的な「情」のある付き合いの比重が、めっきりと減る。それは仕方ない事であるけれど、良い商品を創り、産みだそうとすると、協力業者との人間的な「情」のある付き合いがないと、出来ないのでは・・・・・」と、語る。

「ものづくり」に、限りなく近い位置で、建築をつくる小さな工務店でありたい。協力業者とも人間的な付き合いが出来る工務店でありたい。と、妙に、センチメンタルな気持ちになるのは、今、この、背景で、レコード盤からの、古い、懐かしい音が、プチプチという雑音を交えながら、流れているせいなんだろう。

さて、これから、ライトアップされた、紅葉でも見に行こうかと想う。

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木村貴一 2009-11-29T14:12:46+09:00
老舗 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/11/post_268.html どんよりとした天気。ちょっとづつ秋も深まり、冬がやってきそうな気配。ちょっと寒い。マフラーを首に巻いて、「ミナミ」へ出掛ける。といっても、無印良品で、買い足したい物があって、高島屋の駐車場に車を止め、百貨店の中を通過し、いやほんと、凄い人人、雑踏をすり抜けて、店舗の外に出て、交差点を渡って、無印の店舗に入る。

久しぶりの、無印訪問。奥方の意向というものが、ナビゲーターとなっていて、そのおもいに引きずられながら、グルグルと店舗内を徘徊する。目線がこんな風に、彷徨う・・・。

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買ったのは、クッションと小物入れと小さな木工と・・・。それにしても、相変わらずのシンプルなデザイン。うちの工務店としての建築も、こうありたいものだな・・・・・。

外に出ると、雨が降り出していた。傘を持っていなかった。ほんとうは、堀江の方まで行く予定だったのぉ。と、ナビゲーターが、悔しそうに空を見上げていたが、高島屋の食品売り場をうろうろして、珈琲を飲んで、・・・、そうそう、「今井のうどん」でも買って、夜は、鍋で、「うどんすき」を食べようという事に急遽決めたのだ。きっと、「寒い雨」が、そんな気持ちにさせたのだとおもう。

DSC00223 心斎橋まで、歩くのかと聞けば、今は、地下の食品売り場で、売っているから、というので、食品売り場に行く。ところが、うどんの玉だけのパックはひとパックしか残っておらず、あとは、「きつねうどん」と鍋焼きうどんのセット。他にも、大阪の有名店の冷凍もんが、こうして、売られているのだ。と、ナビゲーターが、解説をしてくれる・・・・・。

うちのナビゲーターは、先日は、息子の中学校の親たち8人ほどを連れ立って、「鶴橋ツアー」をナビゲートしたらしい。この、歩いている最中も、そのツアー参加者のひとりから、奥方への携帯メールがあって、今日は、娘を連れ立って、ふたりで、先日のコース通りに歩いているのぉ・・・・と。

冷凍棚に、今井のうどんの玉がないのを見て、ふたりとも、戦意が喪失した。舌が、既に、鍋の中に、たっぷりの野菜と今井のうどんが入って、湯気が上がっている状態の舌になっていた。その時に限っては、それ以外の組合せを、舌が拒否していたのだろう。たまに、そういう時がある。それで、そのまま、食品売り場を通過して、雨の中を駐車場に向かい、車に乗り込んだ。

DSC00226途中で、出掛けていた息子と奥方がメールでやり取りして、息子をピックアップした。息子が車に乗り込んでくるなり、「腹へった。メシ。そう、そう、餃子でエエは」と言う。そんな訳で、なぜか、「今井のうどん」が、「王将の餃子」に化ける・・・・。

それにしても、最近の王将の餃子のブームは凄い。うちの会社が営繕工事をしている、町工場の会社に、昔から、その餃子の皮を作っている会社があって、先日は、その会社の外壁の塗り替えをさせて頂いた。それほどの、ブームなんだ。

学生の頃は、十皿食べるとタダ。なんていう時もあり、数年前は、根強い人気はあったものの、そんなにブームというわけでもなく、何となく、店舗も、寂れたような感じだったのが、見事な復活で、凄い。餃子という原点に回帰して、本気で力を入れ直したところなど、企業としても、見習うべきところと、ヒントとなるところがあって、興味深い。

そうそう、そう言えば、うちの家から車で5分ぐらいのところに、「一龍」という、知る人ぞ知る、超老舗の焼肉店があって、25年以上前に、そこで、初めて骨付きカルピというものを食べて、こんな美味しい肉があるのかと、ビックリした記憶がある。最近は、焼肉店が乱立していて、その店へ行くのをご無沙汰していたのだけれど、奥方の誕生日を兼ねて、久しぶりに、訪問する。食べると、やっぱり、ひと味違う、美味しさだった。

「老舗」と云う、ひと味違う、何か。そういう、何かを大切に守り育てていくというのは、大切で、大変な事だなぁ・・・・と、改めて、考えさせられた。

キネマ旬報社が創刊90周年を記念して、日本映画と外国映画のベスト10を発表したというニュース記事があって、キネマ旬報社というのが、90年も続く「老舗」だと知って、改めて、へぇー、と感心した。それにしても、立ち読みは何度もしたが、一度も本は、買ったことがない・・・・。

ところで、その映画の順位を見ていると、なんだか、興味深い。日本映画のエントリーなどは、意外な結果だなぁ・・・。「私」は格別な映画ファンという訳でもなく、そういえば、先日は、ほとんど「アラカン」、還暦に近いひとをそう呼ぶのだと、つい、昨日、知ったところ。その仕事関係の「アラカン」のひとから、私の楽しみは、奥さんと二人で、毎週、毎週、映画を見に行く事で、50歳を超えると、1000円で、夫婦二人で、映画が見れるんやでー・・・と、教えて頂いた。

その話を聞いて、毎週とは行かないにしても、月に何度かの週末に、夫婦で、映画館に行くのもエエなぁ・・・と、少々憧れた。そんな中での、ベスト10の発表であった。唐突だけれど、この時期になると、ナショジオのベスト30というのが、始まって、最近は、それを楽しみにしている・・・・。そういえば、ベスト??に弱い。意外と単純だな。と気付く。

順位はともかくとしても、小津安二郎、黒沢明、成瀬巳喜男と、いわゆる「老舗」が上位を占めているのが、不思議な感じ。いや、当然とも言えるのだろうけれど・・・。1、2、3位と、4から10位までの、アンバランスさも、また、面白い。映画館でこれらをもう一度、上映して欲しいね。順番に、続けて、見たいものだな。とおもう。改めて、夫婦で、それも1000円で、見たら、どんな、印象をもつのだろうかね・・・。

外国映画ベスト10も、やっぱり同じように興味深い。先日、このブログに、偶然登場した、マーティン・スコセッシ監督の「タクシードライバー」が、こんな上位にあることに驚く。それに、「私」はどちらかと云えば、ヒッチコックファンなのだけれど、「めまい」がエントリーされていて、それが、「鳥」じゃなかった事は良かったが、「裏窓」とか、その他・・・。などと、おそらく、それぞれが、それぞれなりに、あの監督のあの作品なら、こちらの方が・・・と、皆が、あーだ、こーだと言い合えるところなど、このベスト10の面白さだなぁ・・・・。

いつも、「脳」というのは、脈絡もなく、唐突なものだな。とおもう。「第三の男」のエントリーを見て、映画の場面を思い出そうと想像したら、なんと、昔、ラジオ放送で、浜村淳さんが、あの独特の語り口と「話芸」で、映画紹介をしていた記憶が蘇った。まるで、実写の映画を見たような気分だった、あの「話芸」。あぁ、久しぶりに、その「話芸」を聞きたい・・・と、唐突に脳が呟いた。

この映画ベスト10を見て、今まで見た映画で、自分自身は、エエ映画だとおもい、好きだったのに、友達や奥方や、まわりには、あまり評価されていない映画が、あって、そういう映画の事が、急に、「脳」に去来する。そのひとつに、ジャン・ジャック・ベネックスの「ディーバ」というフランス映画があって、1980年代に、映画館で見て、ディーバファンになったのだけれど、その映画が好きだという人がどれほどいるのか・・・・。と、「脳内」で、不可思議なフラッシュバックが発生した。

まぁ、そんな訳で、今度は、マフラーを首に巻いて、ミナミの映画館に、夫婦で出掛け、次は、私がナビゲーターとなって、「老舗」の映画を1000円で見てみよう・・・・とおもう。

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木村貴一 2009-11-22T23:50:25+09:00
コードレス http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/11/post_267.html DSC02717 掃除機はコードレスがエエな。とおもう。
いつも会社で愛用している、通販で売っている掃除機のギアーが壊れて、歯医者で治療をしている時のような、なんとも、不快な音をたてて、ギアーが空回りし、停止した。もう、かれこれ、これで何台目なのか・・・・。

「もの」の割には、意外と値段が高い。それで、近くにある、ディスカウントショップのDに行くと、半額以下で売っていて、それを2度ほど購入したが、通販で売っている品物に比べて、かなり短時間で、ギア-が破損するのだった。バッテリーの電圧も持続時間も、気のせいか、短いような気がする。

正規品の品物の方が、そういう、ギア-など、見えない部分に対して、品質の良い品物が使われているのだろう。そういう目に見えない部分に対する品質を守るというのは、大切な事だな。と考えさせられた。そういえば、先日、24年ほど前に設計と施工をした家に訪問する機会があって、そういう、目に見えない部分への品質の事に関して、深く、考えさせられる点があって・・・・・。

それはともかくとして、その、コードレスの掃除機の吸引力は、大した事はないのだが、やはり、コードにつながれていないという、手軽さと気軽さが、何とも捨てがたい魅力があり、吸引力と手軽さと金額とのバランス考慮すると、また、買ってしまうのだった。

最近の家づくりにも、同じようなところがあるのかもしれない。コストと品質とデザインのバランスが解る、分かり易い、詳細な見積書というものが必要で、施主の「好み」を反映した「チョイス」というものが必要な時代だな。と実感する。

会社で掃除をするのはエエにしても、家でもちゃんと掃除をして欲しい。この先、子供が成長して二人っきりの生活になったら、どうするつもり! と、タンカをきられたのが、今朝の出来事だった。

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数年前に、奥方が、ダイソンの掃除機を購入したのは、勿論、知っていて、そのデザインの格好良さは、「遠く」から、眺めていたのだけれど、情けない話、使ったのは、今日が初めてで、確かに、良く吸う。ノズルの先の回転の仕方としくみも面白い。掃除機の嫌な臭いもしない。ただ、板の間では、どうなのか・・・・とか、ゴミの捨て方が捨てにくいとか・・・・。

ダイソンのホームページを見ると、スティック型の掃除機のしくみなど、その発想が面白いし、それに、あの、羽根のない扇風機は、発想も含めて、カッコエエなぁ・・・・・・・・・。それにしてもだ、掃除機はコードレスになって欲しいものだな。と思う。パソコンの廻りを見ても、マウスとか、キーボードとか、テンキーとか、イヤホンとか、コードから開放された時の、あの自由度が、何とも、快適ではないか。ジャス的に言えば、コードからモードへの移行といえるのかも。

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例の、掃除機を、何度も何度も買っていると、やっぱり、コストとしても、結局は割高で、もう少し値段が高くても、性能と耐久性のあるコードレスの掃除器はないものかなと、検索して調べてみると、うーん、やっぱり、性能と価格のバランスが、帯に短したすきに長しだな。と、眺める・・・・・と、そうそう、建築現場の現場で使う掃除器こそ、コードレスになれば、どれだけ快適か。それで、建築工具を作っているマキタのホームページを見る。リチウムイオンで14.4Vの掃除器があった。これ、どうなんだろうか? 高いかな?

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よく、考えて見ると、今流行りの、エコでいえば、電気を使て充電し、バッテリーも使うコードレスの掃除器より、「箒」の方が、エエではないかとおもう。うちの会社では、竹の柄とほうき草で出来た、座敷箒を皆が愛用していて、やはり、これに優るものは、ないのかもしれない。

それでも、確かに、「掃く」という事においては、最高なのだけれど、ゴミを「吸う」というのが、やっぱり大変で、集塵機で吸い取るとか・・・・。ちり取りを使うと、腰も少々痛くなり、掃きこぼしもあったりし・・・・と、いや、なんだか、年寄り臭い発言。

DSC02730DSC00653そうそう、お盆に訪れた、四国の内子町の街道沿いに、箒屋さんがあって、それがなんだか、とっても良さそうな箒だったので、買ってきた。お盆の旅行での唯一のお土産でもあった。その箒の、掃き味が、かなり良く、奥方が言うのには、フローリングの時は、ダイソンを使ったあと、もう一度その箒で掃いて、ダイソンで吸い込むのぉ・・・・・と、箒がエエのか、ダイソンがフローリングにはいまいちなのか、何とも判断がつかないが、確かに、普段使い慣れている、座敷箒よりも、よく、掃ける。

箒はコードレスなのだ。やっぱり掃除はコードレスがエエなぁ・・・。

そうそう、まぁ、いろいろと反省させられる事が 多かった一週間でもあって掃除をしたのだと、深層心理の中には、あるのかもしれない。いやいや、そんな事は、関係なしとして、掃除をしたのだ。としておこうと、思うのだけれど、奥方からは、取り敢えず、「やれば出来るやん」と、お褒めのお言葉を頂戴した事を、付け加えておこうとはおもう。

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木村貴一 2009-11-15T22:46:20+09:00
現場監督 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/11/post_266.html 川渡りの問題」というのがあって、それは紀元前からある、話だという。「狼と羊とキャベツを持った男が、川を渡ろうとしていて・・・・・」という話。その話が、何となく好きで、おそらく、その話を知ったのは、大学生の頃だったと思う。

卒業をして、現場監督という職業をしてみて、気が付いたのは、現場監督の職業は、「その男」の仕事に似ているなぁと思った。男がいないと、狼は羊を食べ、羊はキャベツを食べ、船にはどれかひとつしか積めず、「無事」に向こう岸に渡るのに、どんな工程を考えたらよいのか・・・。例えばそれを、狼さんが塗装屋さんで、羊さんが大工さんで、キャベツさんが左官屋さんだとすれば・・・・。

それぞれが、同時に現場に入ると、良い仕事が出来ず、邪魔し合うので、まずは、羊さんに現場に入ってもらい、それから、狼さんを連れて行き、その時に、一端、羊さんを、連れ帰り、現場から抜けてもらう。っていうのが、ミソなんだろうが、今度は、キャベツさんを現場に連れて行き、最後にもう一度、羊さんと一緒に現場に入る、というのか川を渡る。そんな訳で、職人さんどうしが、ぶつかり合う事なく、「無事」に家が完成する・・。

工程を何とか3回で、収めようとするのではなく、ある意味では、無駄で、面倒くさい事だけれど、羊さんを一端、連れて帰り、また連れていくという、工夫をする事で、都合4回にはなるけれど、5回でも6回でもなく、「無事」に、もの事が運ぶのだ。と、建築の現場の工程に携わってみて、はじめて実感した。

現場監督は、何度も川を往復し、しかも、皆が「無事」に、いくように、余分な1回を、ハッキリとした意識と工夫を持ってする事で、それは、時として、羊さんを説得し、理解してもらう事にもなるのだろうが、そういう面倒くさい事をしながら、そういうエエ工程を考えて、そういう何度も何度も往復をするのが、現場監督の仕事であって、何よりも「無事」に事が運んだ事が、最大の喜びとなる職業なんだ・・・・とおもう。

ゲツク、月曜日9時のドラマあたりで、キムタクに、建築の現場監督の役柄をやって欲しいものだなぁ・・・・・。建築現場における、現場監督という職業が、外から見ると、何だか良くわからない仕事だけれど、もう少し認知されるようになり、それに、現場監督も、誰よりも豊富な知識と経験と誇りを持って、現場を切り盛りして欲しいものだなぁ・・・・・・。と、なぜか、そんなふうにおもった。

何で、今日の朝、こんな事が、突然、頭の中に、浮かんだのかといえば・・・・・。

そうそう、先週の日曜日の朝、起きると、寒かったので、テレビを付けて、天気予報を見ようとすると、「Aホーム」というハウスメーカーの社長がテレビに出ていて、不況化でも業績を伸ばして・・・・と、インタビューを受けていた。その番組の中で、徹底的に建築現場の無駄を省く研究をしている・・・というのが主な内容で、それなりに興味深かった。

考えて見れば、工務店では、そんな、無駄の排除や、コストダウンや、工程などの様々な工夫を、現場監督が、「喜び」として、「好き」として、やっていたのだ・・・・。時代の流れとともに、いつしか、そんな、プロフェッショナルな現場監督が少なくなってきたのかも知れない。と、テレビを見ながら、頭の思考が、クルクルと回り始めた時に、唐突にも「川渡りの問題」を思い出したのだった。

「川渡りの問題」のような個としての「男」の存在と必要性とその努力が、忘れさられ、そういう工夫は、企業化し、システム化していっているのだろう・・・・・・か。まぁ、でも、多様で、個性的な、オンリーワン的な家々が造られるためには、もちろん設計が大切だけれど、やっぱり、これからは、しっかりした現場監督の存在が不可欠なんだ・・・・・と、そのテレビを見ながら、おもった。

今日の朝は、穏やかな気候で、たいへん過ごしやすい・・・・。確か、先週の日曜日は、寒かったような・・・・、朝、起きて、テレビを付け・・・・、そうそう、「川渡りの問題」・・・・。

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木村貴一 2009-11-08T21:30:28+09:00
ものづくりの現場 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/11/post_265.html 気が付いてみると、マイケルジャクソンの映画「This is it」を見に行くことが、日曜日の予定に組み込まれていて、息子と奥方の3人で見に行くのだ。という。何でも2週間限定の世界同時上映らしい。兎に角、奥方は、そんなキャッチコピーにめっぽう弱い・・・。

布施にある昭栄座という小さな映画館で見るのだと言って、自転車に乗って映画館に向かう。久しぶりだ。この映画館に入ると、中学生の時に、同級生と「寅さん」を見ながら、廻りの人とも一緒に、あのサビのメロディーを合唱したことを必ず思い出す。そんな下町の商店街の中にある、小さな映画館だ。未だに残っているのが、不思議なくらい。

映画を見るのに、ポップコーンとコーラが必要かどうか、それはよく解らないが、やっぱりアメリカの映画で、それも音楽の映画なら、コーヒーよりもポップコーンとコーラの方が、それなりの気分かも。息子の手元にあるポップコーンの容器に手を出して、ポリポリと食べていると、暫くして、あの「ビート」と共に、映像が始まった・・・・・。

前もっての、映画の予備知識が、全くなかったので、想像していたよりは、エエ映画だった。そういえば確か、1980年代の西宮球場でのマイケルのコンサートにも行ったのだが、いまいち、記憶がはっきりしない。当時、少年の殺害事件か何かがあって、その事をマイケルが追悼したのだ。そのあたりから、少年少女が付きまとっているのかも・・・?マイケルの事や、音楽の事は良くわからないが、個人的には、「バッド」や「スリラー」な素材より、もう少し「グッド」な素材やコンテンツを選択して欲しいなと思っていただけに、最後は、ちょっと寂しい結末。それにしても、あの「バッド」の映像をMTVで初めて見た時は、映像として、ビートとして、カッコエエなぁと、思った。

そういえば、音楽の映画と言えば、私は、ザバンドの解散コンサートを映画化した「ラストワルツ」を思い出すのだけれど、大学生の頃に見た、その日、その時の、シチュエーションも含めて、印象に残る映画だった。のちのち、その映画監督が、「タクシードライバー」のマーティン・スコセッシで、マイケルの「バッド」の映像監督も彼だったと知る。

確かにカッコエエあのマイケルのダンスより、私の今の立場では、「ものづくりの現場」の方が気になる。その雰囲気。そのプロデュースの仕方。そのスタッフとのやりとり。映像を見ていると、やっぱり「ものづくりの現場」はエエなぁと思う。あぁ、建築業界の「ものづくりの現場」はどうなってしまったのだろうか・・・・・。うちの会社の「ものづくりの現場」も、エエ雰囲気でありたいなぁ・・・・と願う。

それはそうと、映画を見終わった後の奥方の第一声が、「お互いに、反省せんとアカンわ。同い年で、あれだけ、カッコ良く踊れるのぉ。あの細い足。あの体。あのビート。」と言いながら、私のお腹周りをチラリと見る・・・・。比べんといてほしい・・・・・。

私も、明日からは、ダイエットやわ。と言いながらも、昔から布施にある自由亭と言う洋食屋さんで、Aランチを食べるのだという。それも結構なボリュームなのだ。カウンターの中を見ると、昔からのおじさんの代わりに、若いご夫婦が、二人で仕切っていた。以前のような、気合いの入った、ちょっと緊張感のあるビシッとした雰囲気とは違うのだけれど、古い洋食屋さんを息子さんご夫婦が受け継いで、若い夫婦で一生懸命働いているところに、凄く好感が持てた。新鮮な雰囲気の「ものづくりの現場」が、ここにもあった。世の中は、あちらこちらで、世代交代が進みつつあるのだ・・・・。

今週は、うちの、「ものづくりの現場」へ、バタバタと訪問する機会があって・・・・。

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弊社での、施工例は少ないのだけれど、半地下の駐車場と、外階段の木造3階建て住宅の引き渡しが、天王寺区であった・・・・。引っ越し後に、外階段に手摺りを設置する予定。

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会社から自転車で行ける距離で、お風呂と洗面所をやり替えるリフォームがあって、そのついでに、LDKのクロスを貼り替えるにあたって、天井の回り縁だけは撤去させてもらった。まぁ、オーソドックスなリフォームもあります。

DSC02346そのリフォームの帰り道に前川畳店の前を通ると、ちょうど、畳表の加工中だった。うちのもっとも古い取引業者で、黙々と真面目に取り組む、姿勢が好きだなぁ・・・。

 

DSC02356会社に帰ると、木組みの登り梁の合掌の真ん中に取り付けるドリフトピンの加工がうまく出来ているかどうか、仮組をして、調整していた。こういうのを見ていると、大工ていう仕事はエエなぁ・・・と、憧れる。


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中古住宅を買ってリフォームをして、お引き渡しから、1年ちょっと経過した、お宅の雑誌取材があって、久しぶりに訪問する。いろいろとインテリアを工夫しながら住んでいる姿を見るのは、嬉しい事だなぁ・・・・とおもう。

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タカヤマ建築事務所設計による堺の家のお引き渡しがあった。この空間に、トラックの家具や、グラフの椅子が入るという。楽しみだなぁ・・・・。家具が入ってから、また、見に行こうとおもう・・・・。


DSC02429 左官の掻き落としという手法で出来ていた、古くなった塀をもう一度、掻き落としで塗り直すために、古い壁を落としている様子。左官という職業も、魅力的な職業のひとつだなぁ・・・・とおもう。


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新築にするかリフォームするか悩んで、リフォームした長屋の住宅があって、その雑誌取材がこの土曜日にあった。居間の壁面にある現代仏壇が何ともエエ感じだなぁ・・・・とおもう。屋根の上にあがる階段を止めて、通気窓に変更すると、風が流れだした・・・。

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リフォームのウチバラシ(内部解体)をすると、かなり、傷んだ状態で、いやぁ、これからが、何とも悩ましい・・・・・。大工さんと現場監督と設計者が集まって、補強の方法を決めて、施主に説明をする。 
ものづくりの現場。

DSC02505夕暮れ時の別のリフォームの現場。大工さんと現場監督が、次の段取りを打ち合わせする様子。これも、ものづくりの現場のいち風景だな。



DSC02517 何とも大胆なリフォームの様子。ほぼ、完成なのだけれど、ものづくりの現場のようなエエ感じ。建築家の矢部さんのオープンハウスが、本日あって、沢山のひとが集まっていて、そうそう、「This is it」を見るために早々においとましたのでした・・。

「ものづくりの現場」が好きだなぁ・・・・・・。

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木村貴一 2009-11-01T22:48:49+09:00
歴史と人柄 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/10/post_264.html へんな一週間もある。ゴルフをするのはおそらく年に4回で、それもプライベートで行くこともなく、全てコンペ。それも、うちの協力業者の会が、年2回あって、その第78回目のコンペが、今週にあった。もう一つ、年に2回開催される、とある上場企業PI社の協力業者のコンペがあって、それも年に2回で、その第74回目のコンペが、やっぱり、今週にあった。一週間に2回もゴルフしたことあったけ・・・・・。1週間に2回もゴルフをしたからといって、上手くなるわけもなく、ますます、妙なスイングの深みにはまり込んでいくばかり。そんな訳で、成績の事は、聞かないで欲しい・・・・・。

ところで、どちらのコンペも、70回を超えていて、年に2回で、35年間以上も続いているという事になり、ゴルフコンペという、親睦と呼べば良いのか、コミュニケーションと呼べば良いのか、いや、やっぱり、れっきとしたスポーツなのだけれど、それにしても、何とも不思議な親睦の世界だなぁ・・・・とおもう。

うちの会社のゴルフコンペは、10年ほど前に、世間の風潮もあり、また、「私」が、そんなに好きでないという事もあって、4年間ほど、中止をしていたので、計算してみれば、ほとんど、もう40年ほど前から続いているわけで、はたして、これが、自慢できることなのかどうか・・・・。

「私」は木村工務店の3代目で、初代の、つまり、私の祖父の趣味が高じて、始まったコンペであって、祖父が、協力業者の皆に、強くゴルフを勧めて、始めたのだと聞く。その、45年前から、うちのコンペに参加している協力業者にD社がある。そのD社と、うちの会社が一緒に、出入りして、工事をさせて頂いている、とある上場企業PI社の親睦コンペには、D社と共々、74回も一緒に、そのゴルフコンペに参加しているのであって、その二つのコンペが今週に重なったという訳。

もちろん、どちらも、好き嫌いを別にして、断れない事情が絡みついていて、それに、やるからには、嫌々やる訳でもなく、それはそれなりに、ヘタクソはヘタクソなりに、結構、楽しんでいるのだ。

そのD社の先代の社長が私に、中断していたコンペを復活しろよ!と、強く引っ張ってくれて、再開し、やってみればやってみたで、確かに、皆と親しくなれて、それに、それなりに業者の皆さんも楽しみにしてくれていて、とってもエエ、コミュニケーションの場となっているのは確かだ。とおもう。それで、やっぱりそのD社の勧めと、我が社の2代目、つまり、私の親父の薦めもあって、2年ほどまえから、「私」がそのPI社のコンペに参加している。

そのD社が、先々週に、突然、廃業をすると言い出した・・・・・。もっとも付き合いの古い協力業者のひとつでもある訳で、勿論、仕事上も困るのだけれど、それ以上の、何か、「歴史」というものが、途切れる寂しさ・・・・。

それを、うちの協力業者の何社かが、同じ事を感じたのだ。ゴルフコンペの終了後に、奈良から、うちの会社のある小路まで戻って、小料理屋で、D社を交えての、会合が開かれた。そういう時の、70歳を超えた、数名の長老の、「歴史」を踏まえた意見は、なかなか、貴重な見解であって、それは、「叱咤激励」であった。といえる。

少し、形は違ったが、同じような事が、PI社のコンペ終了後にも、D社に対しての、意見交換の場があった。それは、D社の「歴史」と「人柄」がそうさせたのであろう。D社の前社長は、ゴルフを通じてのコミュニケーションをもっとも愛した人だった。おそらく、その思いというのか、魂のようなものが、今回の解散発表の日時と、ゴルフコンペの日取りの関わりを、その後の会合と、意見交換の場を、引き寄せたのでは・・・・・・・と、感じる。ゴルフコンペがコミュニケーションの場を助けたようだ。

「歴史」や「伝統」が重荷になる事があるかもしれない。「歴史認識」なんていう騒がしい問題もある。「歴史」と「伝統」が「新生」を妨げている場合も沢山ありそうだ。いや、「歴史」と「伝統」が身を助ける事もある。「歴史」と「伝統」がモチベーションとなる事もある。「歴史、いや、そんなの関係ない!」と、ポーズをとる事だって、きっとあるに違いない。それでも「歴史」を知っておく事は、大切な事なのだ。

というような思考が、今後、ゴルフを続けていくのには、習うべきか習わざるべきかと、少々悔悟する気持ちに、覆い被さるような勢いで、「歴史認識の問題」が私の内面の中で、勃発しているという、ヘンな一週間のお話し。

そうそう、そう言えば、滅多にいかないゴルフ場で、小中学校の時の同級生の、それも女子に、バッタリと出くわしたのには、驚いたなぁ・・・も含めての、ヘンな一週間だった。

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木村貴一 2009-10-25T21:07:29+09:00
読書の秋 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/10/post_263.html それが、ここ10年ほど、本をあまり読んでいなかったのだけれど、施工をさせて頂いた、「コトバノイエ」の施主のKさんの企画に乗っかって、「コトバノイエの30冊」を選んでから、そのコトバノイエのKさんに影響されて、また、本が、無性に読みたくなった。

30冊の中に、選んでおきながら、読んでいない本が、何冊かあって、とりあえず、手始めに、「澁澤龍彦の高丘親王航海記」を読むことにした。数日間、不思議なファンタジーにずるずると引きずり込まれてしまい、幻想を創り出しながら、時代考証や自分の事、風刺・・・、小説の表現方法って、やっぱり、面白いなぁ・・・と、あらためて、おもった。それが、再び本をよもうとする、口火を切ったのだとおもう。

続いて「山本健吉のいのちとかたち」を読むことにしたのだが、未だに、読了できず、思い出したように、そのハードカバーの本を手に取ってみては、格闘し続けるものの、やっぱり、進まず、もう、ひょっとして、挫折するのかも・・・・・。っていうのも、本を読んでると、まま、あることだな。

そういえば、その前に、「中村英樹著の北斎万華鏡」という本をKさんから、勧めてもらった。いままで、葛飾北斎に抱いていた、私のイメージと同じようなイメージが、その中に表現されてあって、きっと、それが、あのゴールデンウィークの「北斎と富士とB級グルメの旅」につながったのだとおもう。そうそう、それで、旅行から帰ってきて、暫くしてから、澁澤龍彦を読んだのだ。

そんな訳で、少しずつ、手元にある本で、まだ読んでいなかった本を読むようになった。ある日のコトバノイエのブログの本の紹介に「隆慶一郎の吉原御免状」の紹介があった。読んだことはなかったが、松岡正剛の千夜千冊に掲載されていた、うっすらとした記憶があって、コトバノイエには売っていなかったので、アマゾンで、早速、購入してみる。

読み出すと、一気に引き込まれた。お昼休みの数分間にも、その続きを読みたい・・・・・と、お昼休みの時間が、楽しみになった。夜、家に早く帰れた時は、食事が済むと、いつもは、テレビニュースなどを見るのだが、その時ばかりは、その本を読むのが、何よりもの楽しみだった。食卓のテーブルを前にして読んだ。ソファーに座って読んだ。ソファーにゴロゴロとしながら読んだ。ソファーから、ずるずるとずり落ちて、ソファーの座面を背にして、床の上に寝転がりながら読んだ。独り用のソファータイプの椅子に座って読んだ。デッキの椅子に座って読んだ。

久しぶりに、そういう、本の読み方をした。本の内容は各個人によって、好き嫌いがあって、まま、いろいろあると、おもうのだけれど、そんなふうに本を読める「時間と空間」が、「本を読む」という、何ともいえない、幸せな時間だぁ・・・・と、あらためて思う。やっぱり、いろいろな態勢で、本が読める家を造りたいものだなぁ・・・・・。

先週の日曜日、息子が、「ふるいち」に行こうと言う。「古本市場」のことをそう呼ぶらしい。それで、一緒に行ってみる。まぁ、これで、3度目の事。1階がゲームとCDで、2階の売り場が古本になっていたので、直ぐに2階に行く。それが、不思議な事に、なぜか、まず、頭に浮かんだのが、「隆慶一郎」だった。売り場を探すと、あっ、あった。あった。3冊ほど。それで、「死ぬことと見つけたり」を上下で買うことにする。

あまりの本の山に、まったく、買いたい作家の名前がピントこず、うろうろと、本棚の間を彷徨っていた。岩波文庫の古本が数冊だけあって、「ダーウィンの種の起源」に目が止まる。それは、先日のシルバーウィークに、山小屋に宿泊したのだけれど、そこに、お医者さんのDr.Aさんが居て、昆虫のマニアでもあって、いろいろな会話を、長らくする。そんな会話の中の言葉に、人間は、「霊長類」で・・・・、なんて言う、長い間、忘れていた言葉が出てきた。それに、「ダーウィン」という言葉も。きっと、それが、頭のどこかに残っていたのだ。420円ほどなので、買った。いつか読もうとおもう。

同じ岩波文庫のその本の隣に「フィッツジェラルド短編集」という本が目に止まる。久しぶりに、アメリカを読んでみたいな、となぜか思った。もちろんフィッツジェラルドのアメリカを良しとするかどうかは別にして・・・・。350円で買う。

そういえば、毎年、日本ミツバチの蜂蜜を届けてくれるひとが、居て、そのひとと話をしていると、今年はミツバチが非常に少なくて、蜂蜜があまり取れなかったのだ。とお聞きする。その話に触発されて、「ローワン・ジェイコブセンのハチはなぜ大量死したのか」をアマゾンで買った。新刊で1905円。そして、少しずつ読み進む。

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もう「秋」だ。今日の大阪は、気持ちの良い秋の日曜日だった。この小路周辺では、先日から秋祭りがあって、だんじりが、会社の前を練り歩いていた。本日は生野祭りというのもあって、毎年、影ながら、その舞台を造る仕事をしている。そんな、うららかな秋の日曜日。奥方が、布団を干していた。それが、とっても気持ち良さそうだった。その気持ち良さに誘われて、太陽を浴びているその布団の上にゴロとして、本を手に取ると、フィッツジェラルドだった。おもむろに短編を読んでみる。やっぱり、このアメリカでないアメリカの方が好きだなぁ・・・・。

それで、一編だけを読んで、その横の本を手に取ると、「隆慶一郎の死ぬことと見つけたり」だった。葉隠武士の物語であるらしい・・・。なのに第一話に入る前の前書きが、隆慶一郎の二十歳と戦争体験の語りから始まった。その語りが、何とも、泣かせる・・・。

そんな訳で、「読書の秋」を満喫してみようかとおもう。

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木村貴一 2009-10-18T21:19:51+09:00
間伐 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/10/post_262.html DSC02043 DSC02059
岐阜の山の中で、間伐を見学した。現場で携わる林野庁の方からの説明を直接聞くと、なんだか説得力があって、山を育て、守っている人たちは、素敵だなぁとおもえた。
これを書きながら、CO2を吸って光合成をし、酸素を出してくれる木々を、敢えて、間伐する方が、結果的に、CO2の削減につながるのだと、林野庁のホームページで確認していると、唐突にも、お金でCO2の取引量を売買しようとする話が、頭をよぎってしまい、CO2の話も、少々、胡散臭く思えて気そう・・・・・・。

それは、ともかくとしても、人の手入れが必要な森林では、「間伐」が森林を豊かにするのだと、現地を目の前にして、まるで講義ごとく、お聞きするのは、貴重な体験だった。DSC02014それに、 ハーベスタと呼ばれる、ガンダムのような機械が、伐採されて手元まで引き寄せられた20m近い木を、ものの見事に、枝払いをし、3、4mごとに、切り落としていく姿は、圧巻だった。いやいや、もちろん、その前に、山の職人さんが、チェーンソーを使って、一本の木を、ものの見事に、切り倒した時には、見学者から拍手喝采が巻き起こって、素朴な山の職人さんの照れくさそうで、嬉しそうな姿が、印象的だったなぁ・・・・。

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そう言えば、スイングヤーダというウインチのようなものを使って切り倒された木材を集DSC01176積する作業を見ていると、頭の中では、諏訪の御柱祭の映像がおもい浮かんでいた。木の上に人々が乗って坂道を勇壮にかけ下っていく姿の木落という映像だ。それに、5年ほど前に訪れた、茅野にある尖石遺跡の前庭にあった御柱祭の柱のモデルを見た事も思い出していた。

今、このブログを書いている、その遠くから、秋祭りのための、だんじりの鐘と太鼓の練習音が聞こえてくる。地方によって、だんじり、だったり、御神輿だったり、その他、様々な祭りの形態があるのだろうけれど、木を集積するために、ワイヤーに引っ張られた木が、山の傾斜を、ずるずると、勢いよく、下り、引き出されるその様子を間近で見ると、山で、一本の「木」を切り出して、山だしをし、「柱」とする祭り、そういううものが、産み出された雰囲気を、何となく感じ取れたような気がした。きっと、そんな祭りを通して、木を大切にし、森を大切にしてきたのだなぁ・・・とおもう。

山で一本ずつ植えられた、苗木が、下刈りや間伐という地道な作業を通して、「木」として成長し、山から引き出され、製材所で製材されて、「木材」となる。それが、やがて、設計と施工によって「木組み」として、成就する。それらを一連の流れとして、現地で、全て、体験できたのは、素敵な体験だった。

家づくりの過程の中の、その「木組み」に支払われた、施主のお金というものが、勿論、床板や壁材や天井材などの無垢の板材も含まれているのだけれど、そういう費用が、間接的には、山の一本の苗木や、「間伐」の作業費となっている訳で、そのお金が、山を育て、森を育み、ひいては、川を育て、海を育て、山の幸、海の幸の恵みを与えてくれているとも言える、そういうダイナミズムな関係性の中で、貢献出来る企業でありたいなぁ・・・・と、あらためて願った。勿論、少々怪しげな、CO2削減にも協力出来るという訳。


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今回の岐阜の旅行では、グリーンウッドワークという取り組みに出会う。 建設業界では、乾燥されていない木をグリーン材というような呼び方をするのだけれど、グリーンウッドのグリーンとは、生木の事を指すのだという。

「削り馬」や「足踏みロクロ」と呼ばれる、手作りの道具を使って、機械を使わずに、「生木」を加工する事で、木のスプーンやお椀、椅子などを造る、取り組みだそうだ。

「生木」の方が木を加工しやすくて、細い部材で椅子などを造れるし、誰もでが簡単に取り組めるのだと聞くと、とっても新鮮な感覚を持った。大工が身近にいる環境で育つと、大工というものは、プロのスポーツ選手のように、出来るだけ早い時期から、体で覚えることによって、通用し、人様からお金を頂戴できるのだぁ。というような、雰囲気が、あって、「木」を扱う世界というのは、職人的なイメージが強い。

確かに、大工は、「生木」を嫌い、「乾燥した木」を頼むでぇ。と、口癖のように言う。人工乾燥すら、嫌い、天然乾燥でないと・・・・・という大工もいる。それだけに、木工、乾燥、職人、というイメージの結びつき強かった。

「間伐」材などの生木を有効に利用しつつ、誰もが簡単に「木工」が出来る取り組みが、「グリーンウッドワーク」という意味でもあるらしい。「私」も少し体験してみると、実に、「おもろい」。技術も勿論必要なのだろうけれど、どちらかと言えば、木の陶芸のような感覚で、時間を忘れて、没頭していきそうな印象だった。

大工のような職人的な世界と、素人が簡単に木工が出来る、このような世界が、「乾燥材」と「生木」という考え方や、「木」というものの利用方法や価値観に対して、また、職人的な技で造られた家具と、素人的に造られた家具が、お互いに補完しあうような関係性になれば、いろいろな幅が出来て、楽しいだろうなぁ・・・・。

うちの会社でも、大工さんに、「足踏みロクロ」や「削り馬」を作ってもらって、素人的な木工にも取り組んでみようかなと思う。施主の方が、完成した自分の家のテーブルの前に、自分で、造った、素朴な椅子に座る姿を想像してみる・・・・・・。

 

それは、そうと、森林を育てる、下刈りは、人間の赤ちゃんと同じように、最初の方が、手間がかかって、大変なんだと聞くと、なるほど、と妙に、納得する。間伐だって、間伐をしないと、お互いが窮屈になって、光が差し込まなくなって、木の成長が止まっていくのだという。その話を思い出した今、あーー、うちの家の中も、そろそろ、「間伐」せんとアカンものが、いろいろと、あふれ出していて・・・と、いま、まわりを眺め始めた。ところ。

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木村貴一 2009-10-11T21:29:29+09:00
心のどこかに http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/10/post_261.html 気が付いたら、もう秋。ここ数日、雨模様で、外部の工事がうまく進まない現場があって、そういうのは、何とも気がかりで、心の中のどこかに、引っ掛かったままで、物事が流れていく・・・・。

それにしても、そんな事を忘れさせるぐらいの天晴れな秋晴れ。近くの小学校からの運動会の音楽とピストルの音と歓声が聞こえてくる。子供達の歓声というのは、「元気」を与えてくれるものだなぁ・・・と、思うのは、歳のせいかね。

そうそう、そう言えば、満員電車に乗っていて、目の前の席が空いて、座ろうとすると、隣で立っていた若いカップルの男子が、私と同時に、席に座ろうとした。お互い、顔を見合わせて、「どうぞどうぞ」と席を譲り合う。私が、「遠慮せんと、どうぞ」と言うと、その男子が、「私の方が、まだまだ、若いですから、お先にどうぞ」と言って、私が座るようになった・・。嬉しいやら嬉しくないやら。オレって、もう、そんな歳。っと、歳を感じたなぁ・・・。

この天気と、子供達の歓声に誘われて、外に出かけてみたいなぁ・・・と、周囲を見渡せば、息子も奥方もそれぞれが出掛けた後で、ひとり、家に取り残されて、デッキに出て、コンピューターの前で、この調子で、こんな事を書いている、いまここの「私」。

そんな、シチュエーションのせいか、いままでの写真をパラパラと眺めていると、そうそう、ほんの些細な事だけれど、心ののどこかに引っ掛かっていた写真が何枚か・・・・。
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キャンプ場から海水浴場に向かう朝。車の助手席に座って、数十分ほど走ってから気付く。あれっ、雨よけに、蛙が・・・・・。そのまま動くなよ。頑張れよ。と思った瞬間、あっ、蛙が落ちた・・・・。サイドミラーを覗く。あの蛙、どうなったのだろうか・・・・・。


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伊予、大洲にある「臥龍山荘」に行くと、石垣から木がニョキッと出て、石臼が埋め込まれてあった。デザインの過程や施工の過程も、気に掛かるのだが、施主と設計者と現場監督と職人さんとの間で、意見の対立も含めた、コミュニケーションが沢山あって、やがて、それらが何らかの「合意」を得て、これが、完成したのだろう。そういう、「コミュニケーション」と「合意」の過程はどんなのだったのか・・・と、想像をしてみたくなる。

案外、「面白い(オモロイ)でんなぁ、ほなら、やりまひょかぁ」と大阪弁では言わないだろうけれど、すんなりと「合意」されていたりして・・・・・。現場監督にしても、職人さんにしても、「面白い」という気持ちを持てるかどうかは、案外大切な事なのかも。

 

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南予にある「内子町」の古い町並みを歩く。意外と、全国各地に古い町並みも残っていて、「またか」という感じも、しないわけではない。道に面した、いわゆる民家の縁側のような場所に、座布団の上にネコが、気持ちよさそうに居眠りしている・・・・・・・・・・。
あれぇ、置物なのぉ。と見間違うほどの本物。

ネコが気持ち良さそうだったので、写真に収めたのだけれど、家で、何度かこの写真眺めていると、何かが心の中に引っ掛かっていた・・・・・・。

それが、先日、建築学科の大学院生と会話をする機会があって、気付いた。いま、私が住んでいるような、大阪の下町や、新しい住宅地などなどで、道に面して、「自分の家の一部」を、外の人と、分かち合える場所として提供すると、町はどうなって行くのだろう・・・・・? いまと言う時代、 コミュニケーションというものが生まれるのだろうか? 高齢化を迎えている町に、あればどうなるのぉ? お役所の公共工事に頼らずに、それぞれの普通の家が、皆と分かち合える場所を、様々な個性で、提供をしていくのも、エコ? エコという言葉の乱用が、ちょいと気恥ずかしいけれどね。

この不況といわれている時代、そんな事より、自分の事で、精一杯で、それに小さな家の一部を人に提供できる、スペースも余裕もなく、また、モラルの問題や安全性や社会性や国民性や何だかんだ、心に引っ掛かる事が、ぞろぞろと、いっぱいいっぱい、尾ひれを付けて、くっついて来そう・・・・・・。それに、他人とコミュニケーションする事が、必要な事なのかどうか、という、根本的な問いかけもありそう・・・・・。

インターネットやブログのように、まず、自分たちの家の、一部を、何らかの形で、公共に提供するって事は、勿論、家のデザインや木々がそうなのだけれど、そういう事だけではなく、コミュニケーションが生まれる場所として・・・・。相互依存の関係性。なんて事を学生と話してみて考えたのは、普段の「会社生活」では、稀少なことで、感謝。です。

相変わらず、小学校の運動会の子供達の歌声と歓声が聞こえてきて、それが、今日のこのブログのバックグラウンドミュージックとして流れる。それは、町にまで元気が届く。

・・・・・・・・・

それは、そうと、心のどこかに、何となく気になって、引っ掛かっている事って、皆さん、ありません? まま、あるよなぁ・・・・・・。

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木村貴一 2009-10-04T12:56:03+09:00
グランドデザイン http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/09/post_260.html 何とも言えない、エエ気候。暑いぐらい。時折吹く風の心地良いこと・・・・・・・・・・・・・・。ここ、大阪の生野区の小路でのこと。

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シルバーウィークに、山道を独りで歩く。尾根道を通過すると、それなりに急な登り坂から平坦な道に切り替わって、ゆったりと歩くその心地良さ・・・・。前方に織りなす微妙なカーブ。尾根を吹き抜ける心地良い風。ザワザワと音をたてる広葉樹のトンネル。足下を見ると、「赤土」。その赤土が綺麗だなぁ・・・とおもう。もう、何十回も歩いた道なのに、突然、そんな事に、気付く。頂上まで至るこの山道の中で、もっとも綺麗な「土」。

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ここまでに、至る道は・・・・・
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お盆休みに、「大地の芸術祭越後妻有アートトリエンナーレ2009」を見てきた、設計のT中くんが、「その中で、エエ作品は、地面のデザインと繋がりがきっちりとしていて・・」と、印象に残る言葉を語った。

山道を歩く。道と山との「境界」に発生する、様々なデザインの美しさを眺めていると、さきほどのT中くんの言葉が、ふと、脳裏をかすめていったのだが、運動不足からくる、汗が、額から滴り落ち続ける事に、意識が向かい。またそれに、何年も履き慣れていた、登山靴を替えて、3回共、急な登り坂で、踵の上に靴擦れをお越し続けていて、そんな事柄に、意識がとられてしまい、「道」の事はそぞろ・・・・・・。

左官屋さんが、あそこの「土」は、エエとか、もうひとつ・・・・。などと、楽しそうに語る姿を見ていると、「土」に興味を持つようになる。エエ土の場所を見つけたので、左官屋さんに教えてあげたいけれど、あまりにも遠く、労力もかかるなぁ・・・・。

山小屋で、あの場所のあの綺麗な土の話をしていると、その尾根の下の水場では、昔、砥石を切り出していた人が居て、神奈川の有名な刀剣士の砥石に使われていたのだ・・・・・と、聞かされる。確かに、この頃、「土」の色を見ると、なぜか、うちの大工が、刃物を研ぐ、その砥石の色と、砥石から流れる水の色を思い浮かべてしまう。それに、大工の刃物を研ぐカッコエエ姿。これは、一種の職業病だなぁ・・・・・。

山道の「境界」に発生する自然のデザインを見ていると、お盆休みに訪れた、松山の道後温泉と伊丹十三記念館を想い出した。道後温泉の、あの建物の摩訶不思議な雰囲気に、微妙な魅力を感じたのだけれど、道路を隔てた高台の駐車場から眺めた時の、道路と建物との、その関わりが、とってもカッコ良かった・・・・。

伊丹十三記念館も、心地良い中庭に囲まれた、居心地の良い建物だったのだけれど、そのグランドデザインの曲線と建物の在りようが、道後温泉のそれと似たところがあって、カッコエエなぁ・・・・と、眺めた。

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そうそう、このシルバーウィークの最終日。ひょんな事から、T大学を案内して貰う。長男が幼稚園の時からの幼なじみと、ルームシエアーをして住んでいて、その同居人のYくんが、T大学の学生で、今春、卒業するという。まるで、下宿の掃除婦として訪れたような奥方と、その下宿で落ち合って、Yくんの案内で、駒場のT大学を見学する。

どんよりとしたイメージをしていたのだが、意外や意外、とってもエエ雰囲気。木々もあって、芝生もあって、デッキもあって、あちらこちらで、ゴロッとしたり、座ったりしながら、語り合っている。学生の雰囲気もエエ感じ。Yくんが、言うのには、「季節によって、めっちゃ綺麗で、意外と居心地がエエねん」と大阪弁で語る。

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きっと、大地との、環境との、関わりが上手く出来ているからだなぁ・・・。国家のグランドデザインを考える人たちの集う場でもあるのだから・・と、少々の憧れをもって眺めた。

ついでに、タクシーに乗って、東京ミッドタウンに向かう。やっぱり、大地との関わりが、美しい・・・・・。グランドデザイン・・・・・。

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・・・・・・と、大阪の下町の「我が家」で、シルバーウィークの楽しい出来事を思い出し、近くの三国屋さんで買った、アイスモナカとイカ焼きを食べながら、ブログを書く。これを書き終わったら、音楽を聴いて、本でも読もうかと思う。いやいや、我が家でくつろぐのも、実に、楽しいなぁ・・・・・・。

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木村貴一 2009-09-27T14:58:08+09:00
太陽さんには感謝したい。 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/09/post_259.html 山口県の長府にある毛利家のお屋敷を見学していると、突然、高校時代の同級生から携帯に電話がかかって来て、親しい同級生が、急死したというのだった。しばし、何の事だが、理解できなかったが、そのまま、お屋敷を歩いているうちに、徐々に、事態を、飲み込めるようになってきた・・・・。

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長府にある長府製作所に行って、エコウイルとエ コキュートと太陽熱温水器を見学しましょうよ。と、お誘いを受けての事で、午前中に長府に到着して、しばし、町中を見学し、昼からが、長府製作所での工場見学だった。

太陽熱温水器を既存のガス給湯器に接続できるシステムがあって、家庭用エネルギーの中で、33%ほどの割合を占める、給湯エネルギーの確保を考えると、古くさいかもしれないが、確かに、太陽熱温水器は、有効な手法だとおもう。太陽のエネルギーを使って、お湯が沸いても、太陽からは請求書はやって来ない。デザインが少し、ヘンなのと、屋根の上に重たいものを乗せるので、耐震の事を考える必要があるのだろう。

勿論、照明や家電を使うエネルギーを確保するのに、太陽パネルが有効であるのも、太陽が請求書を送ってこないからだろう・・・。そんな意味でも、「太陽さん」は、ほんと、有り難いお方だとおもう。だいたい照明と家電のエネルギーも全体の31%ほどらしい。

調理をするエネルギーをIHヒーターにするのか、ガスにするのかは、最近では、安全性なども含めて、好みが別れる事で、私など、両方使えたら、有り難いとおもう方なのだけれど、電気温水器で、ガスを使うとオール電化割引など、低料金の電気を使えないという、電力会社の思惑が絡んで、消費者にとっては、あまり有り難くない、選択を迫られているわけで、確かに、最近の家造りでは、誰もが、悩む事のひとつでもある。

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そうそう、先日、キッチンのショールームに行くと、ガスとIHヒーターが、同時に使える調理器具があって、ところが、調理の好みを選択するよりも、ガス代金と電気代金の事を考えてしまうのが、今という世情かも・・・・・。
それにしても、家庭で、調理に使うエネルギーの割合は、全体の8%ほどという。そんなに、お金の事は、気にしなくても、ひょっとして大丈夫なのかも・・・・?。

お湯を沸かす給湯エネルギーとして、エコキュートとエコウイルのどちらが良いのぉ。という質問もあって、どちらの器具も製作している長府製作所で、両方の特徴のご意見をお聞きするのは、確かに、面白い事だった。エコウイルを製造している技術者が、エコウイルの良さを誇り高く説明する姿を見ていると、確かに、技術者としての好感が持てた。

発電所の火力発電では、ガスを使って、発電し、効率としては、電気が40%ほどしか出来ず、残りの60%は、熱として海に捨てているらしい。それに送電線で、何パーセントかのロスをしながら、家庭に送られてくるという。それで、エコウィルは、家庭内で、ガスを使って、エンジンを回して、発電をし、その、熱として、損をしていた分を、お湯を沸かすエネルギーに利用するのだと。ただ良く聞くと、家庭用は、20%ほどしか発電効率がないので、・・・・、続く・・・・、まぁ、こんな話は、これぐらいにして。

エネルギーを得るためには、エネルギーが必要で、そのエネルギーを造るためのエネルギーが、少ないコストと資源で済むように、皆が努力しているのだとおもう。

そんな訳で、長府製作所での、技術者の方々との楽しい会話は、新幹線の時間が押し迫ったために、途中で切り上げる事になり、凄く残念だったのだけれど、工場内の整理整頓が行き届いた、ビシッとした雰囲気も含めて、企業の姿勢としても、参考になる事が沢山あった。感謝。

そんな、工場見学と並行しながら、心の中では、同級生の訃報が、微妙なムードとなって、内面のどの部分かに、ちょっとした違和感を醸しながら、外面世界の楽しい工場見学とパラレルの状態で、内面世界では、ちょっとだけ、動揺していた。

シルバーウィークの今日、こうしてブログを書いている訳なのだけれど、最初は、コラムの形式で、2004年1月から始めたのだが、2005年の3月、4月、5月と3ヶ月間の空白が出来てしまった。書くのをためらいだした「私」が、そこに居た訳。

そんな最中、その同級生が、3月の末に、こんなメールをくれた。
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はろー!

どないしたん?
いっこも、コラムが更新されてないけど・・・
忙しいんか・・・?
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このメールが、「きっかけ」になった。今までのコラム形式をブログ形式に変更するために、私にとっては、とっても扱いにくい、Movable Type3を、グチャグチャと、内職のようにいじくって、現在のブログ形式に変更し、ホームページのコラムを造り替えた。そして、そのメールの2ヶ月後にようやく「復活」できたのだった。あっ、それと、そんな内容のメールを受け取らないようにするため、自分にとって、更新を続けるための、持続可能な時間を模索して、日曜日の週1回を更新とする事にした。

そうゆう「きっかけ」をつくってくれた、その同級生が急死した。哀悼。

まぁ、そんな事が、あろうが、なかろうが、「時間」とは無慈悲なもので、淡々と流れていく。今日は、シルバーウィークの初日だけれど、「日曜日」だという事もあって、ブログを書くという、見えない糸が絡んでいて、自宅の近くにいて、遊ぶ事を選んだ。

阪神対広島戦を甲子園球場で、息子と二人で、見た。私は、野球場で野球を見たのは、小学生の時以来、40年ぶりの事。それに、テレビで、野球を見るのも、年に1回あるかないか。ニュースで見るぐらい。

祖父は猛烈な阪神ファンだった。阪神が負け出すと、テレビの前から離れて、孫の私たちに、ちょっかいを出しに、うろちょろし出す。父は、隠れ南海ファンだった。今でも、きっとそうだ。息子は、かなりの阪神ファンだ。私は、今日だけの阪神ファンだった。

そして、猛虎打線が爆発した。勝ち、気持ちが良かった。得点が入る度に、まわりの見知らぬ人たちと、三度も四度もハイタッチをした。六甲おろしも皆と一緒に歌った・・・・。

ディゲームで、太陽がまともにあたり、猛烈に暑かった。球場がこんなに暑い場所とは知らなかったので、汗びっしょり。アルコール消費量に関しては、かなりの省エネな私も、生ビールを楽しんだ。暑くて暑くてたまらなかったけれど、それでも、この天気に、やっぱり「太陽さん」には、感謝したい。

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皆さん! 素敵なシルバーウィークを!!!

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木村貴一 2009-09-20T21:46:16+09:00
微笑み http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/09/post_258.html 吉野に行く所用があって、久しぶりに、「こばしのやき餅」を食べDSC01279DSC01281る。昔からの口コミの人気だけで、午前中に売り切れてしまうらしい。

まぁ、親戚にもあたるのだけれど、冠婚葬祭の時にしか、顔を合わせる事がないので、今日は、ほんの30分ほどだけれど、その秘訣を聞いてみる事にした。

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まず、素材はエエものを使う。そして、その素材のバランスが大事。餡や餅や餡に餅を包むのに機械を使うのだけれど、餅を焼くのには、機械化をせず、一個ずつ、「手」で焼くのだと。機械で焼くと、どれもが均一になってしまい、その素材の状態を読み取って焼く事ができない。やっぱり、焼くのが難しい。それで、作れる数には、限りがあるのだと。その表情には、エエ職人さんが、共通して持つ、独特の微笑みが、うかがえた。

そう言えば、鰻屋の友人が言うのには、鰻は、串刺し3年、焼き一生といって、「蒸す」と「楽」なのだが、蒸さずに炭火でじっくりと焼くのが難しいのだ・・・・・と微笑む。やき餅の作業場を眺めながら、そんな言葉を想い出した。

そうそう、先日の上棟式の宴席で、刃物を研ぐ砥石の話になって、大工さんが、「嫁さん貸しても、砥石は貸すな」という諺があるぐらい、砥石には自分のくせが、ついてしまうのだ・・・と、微笑んだ。あっ、言葉で表現すると、女性に対して、凄く、失礼な表現になってしまっているので、それは、とっても謝罪しておくとして。

職人さんの世界には、公然の秘訣が、いろいろ、あるのだとおもう・・・・・。

吉野杉の床材や壁材を製造直売して、うちに納入してもらっている、丸岡材木店にお邪魔する。桟積みの仕方。乾燥の仕方。いきなり実加工をせず、一端切りそろえる加工をして、板の状態を確認して、抜け節パテを処理などをしてから、刃を替えて、実加工をする。抜け節の処理の仕方。ちょっとしたパテ埋め。サンダー仕上げの方法。エンドマッチの加工等々、仕上がった杉床材の表面からだけでは読み取れない、隠れた手間の説明と微笑み。確かに、話を聞くと、確かに、愛着もでる。

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金峯山寺・蔵王堂にも、ちょっと、立ち寄る・・・・。相変わらず、美しい屋根と軒。弊社のK本くんが呟いた。90cmの庇を延ばすのに、あーだ、こーだと言っているのに、あー、なんとも凄い軒の出だなぁ・・・・・と。どんな職人さんが、墨付けをし、刻み、上棟をし、屋根を造り、微笑んだのだろうかと、正面に対峙しながら、想像してみた・・・・・。

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微笑みを持てるようになりたいものだなぁ・・・・とおもう。

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木村貴一 2009-09-13T21:09:12+09:00
エネルギーを得るためにはエネルギーがいる http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/09/post_257.html という・・・・・。

キャンプ場に着くと、土地探しから始まる。もちろん、区画と指定された場所が決められたキャンプ場もあって、それはそれなりの良さもあるのだが・・・、今回は、場内であれば自由。四万十川上流の河原のすぐそば、を選択しても良いのだが、そうそう、7年前は、そうしたが、今回は、土手の上の、木陰を選ぶ事にした。

美しい大きな木があって、河原の眺めも良い、「一等地」は、既に「先住民」が居た。それで、一等地には見劣るものの、一本の大きな木がある、私たちにとっての「二等地」をチョイスする。まぁ、それは、「私」の役目でもあって、一応、「ここでエエかな」と奥方の了承を得る。「エエよぉ!」と心地良い返事が返ってくれば、「即決」するのだが、なんだが、「いまいち」な表情と言葉の抑揚を読み取ると、考え直して、場所を変更する。今回は、お互いに、「あの一等地」に憧れと未練を残すものの、まず、住むことのできる土地を見つける事が、最優先事項なので、「即決」する。

それで、その「土地」にどのように、テントを設営するのか、どんな「家」を建てるのかが問題で、まぁ、職業柄もあって、それを、「楽しむ」事が、私にとってのキャンプの楽しみのひとつでもある。

「家」そのものにあたる「テント」は、既に、買って、あらかじめ用意するのが、一般的な事で、勿論、25年ほど、「そんな生活」を趣味としていると、「何軒」かを買ったりしている訳で、中学生の頃に買って貰った、三角屋根のオーソドックスなテントから始まって、ロッジ型で、寝室とダイニングの二つに分かれたものが、最初の憧れのテントになった。最近は、キャンプ場で見かける事もなくなっってしまったが。ロッジ型のテントの御陰で、椅子やテーブルをキャンプに持ち込むようになった。

それから、三次元的にフレームを曲げて組み立てる、ドーム型のテントが、普通に売られるようになって、コンパクトに収納できる、4人用のドームテントを買った。それをバックパックに詰め込んで、家族3人と犬一匹で、北海道をレンタカーで、キャンプ旅行をした。確か、屈斜路湖のアイヌ民俗資料館の前で、設営したのが、最初だったとおもう。少々流行後れのテントだけれど、今でも、そのテントを使うし、皆に、貸し出したりもする。

そうそう、「タープ」というものが、「出現」した時も、それなりに衝撃的だった。雨の多い、日本の気候風土にマッチしているとおもったし、タープを張る事で、ひとつの「空間」が生まれる事が、何よりも、面白い、体験だった。そのタープの御陰で、椅子やテーブルをキャンプに持ち込んで、食事をしたり、くつろぐ事が普通になって、キャンプ生活が、随分と、「モダン」になったなぁ・・・・とおもう。

学生の頃、バックミンスター・フラーの「宇宙船地球号」という考え方とフラードームというものが、格好エエなぁ・・・・と、おもう時期があって、今まで、あたりまえだった、三角型のテントからドーム型のテントに入った、その時は、「テクノロジー」というものを感じた。そういえば、「moss」というブランドが出現した時も少々の衝撃を受けた。同じ、ドーム型のテントやタープが、「デザイン」によって、こんなに格好良くなるものか・・・と、憧れた。

今の、私たちの「家」としてのチョイスは、ポップアップ式の小さなキャンピングカーで、キャンプ場内でも威圧感のない車が、好みだ。地面のエネルギーを感じながら、テントで寝るのも、たまには、エエのだが、キャンピングカー内の、「高床式」の快適さには、抗しきれず、また、奥方を、キャンプに「招待」するには、必須でもあった。夏のキャンプでは、風が流れるのが、心地エエので、ポップアップ式をチョイスして、15年ほどになる。

今、タープは、車の横からスライドして出てくるタープと、家形のスクリーン式タープを使う。設営が、少々面倒だが、風や雨にも強く、少々大きいめなのがエエかな・・・。気候のエエ時期は、そのタープに、GIベットを持ち込んで、毛布やタオルケットや寝袋などにくるまりながら、「私」は寝る。コンパクトなドームテントも張る。子供は、テントに寝るのが、楽しいようだ・・・・。

それらの「道具」を、その敷地条件と、木と、眺望と、キャンプの隣人との関係を考慮して、どのように、セッティングするのかが、ほんの少々の楽しみ・・・・。

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川などで遊んで、帰ってみると、新たな「住民」が、私たちの、テントの直ぐ近くまで、迫っている事も、たまにあって、「境界」が特定されているわけでもなく、「先住民」が優先されるのだぁ・・・と、勝手な権利を主張するべきでもない・・・・・。この隙間に、テントを張るのぉ・・・という、ひとも、居て、それでも、出来上がってみると、いやぁ、意外に上手く、設営するものだなぁ・・・と、感心することもしばしば・・・。そんな訳で、時としては、隣のキャンプの様子が気になる事も、まま、ある・・・・。

土地というものがあって、人間というものもあって、生活という形態があり、「住まい」というものが必要になり、隣人が居て、あぁ、縄文人はどうしていたのだろうか・・・、弥生人は・・・、古代国家が成立するのにあたって、敷地境界はどうやって、決めていったのだろうか・・・と、キャンプの隣人を見ておもう。

リビングダイニングのようなスペースをタープの下に確保して、炭や焚き火を使いながら、飲み食いをする場所も設定し、調理器具や食器類や水やクーラーの設置する場所も設定する。テントの場所。車の場所。

 

「敷地」や「家」の問題も多々あるが、「エネルギー」の問題をどうするのかが、大げさに言えば、キャンプ生活の課題でもある。それは、主に、調理をするためのエネルギーと、明かりをとるためのエネルギー確保が、主たるテーマ。

ホワイトガソリンをエネルギー源にして、コールマンのツーバーナーと赤いランタンを使っていた時期もあって、今でも、カッコエエし、火力もあって、明るさも抜群なのだけれど、それぞれを、譲った。今はガスを熱源とする、ツーバーナーとランタンを使う。そのガスも、どこにでも売られている細長いタイプのガスボンベが使える器具をチョイスしている。

それは、徐々に、キャンプに行くために準備をする時間が楽しめなくなり、また、面倒くさくもなってきたからで、行き当たりばったりの準備不足でも、何とかなりそうな、熱源をチョイスした結果の事であって、最近は、インターネットの普及で、アウトドアーショップに出向かなくても手に入るようになってきたので、準備の仕方もちょっと変わった様相。

調理をするための熱源に「炭」があって、これは、一回分ほどだけを、家から持って行って、後は、現地で調達をする。ホームセンターで、割安の炭を大量に買っておいて、車に、荷詰めをして、現地まで運ぶのも良いが、トランクの大きさもあって、現地で、「炭」を調達する事も多い。あまりにも、高くて、損したなぁ・・・・と、おもう時もあるが、おもわぬエエ炭にあたる時もあって、そういう、「出会い」や「地産地消」が、楽しい。

「キャンプ=焚き火」とおもうほど、焚き火こそ何よりの楽しみ。とは、言い過ぎだが、やっぱり楽しい。焚き火のための道具の話は、おいておいて、その「薪」というエネルギーをどうやって確保するのか。勿論、ほとんどの人が、現地調達なのだろうが、うちは、工務店だという事もあって、廃材の杉などを、薪として使える、準備があり、出かける前に、適当な大きさに切って、用意をすれば良いのだが、まさに、「エネルギーを得るためには、エネルギーがいる」を実感する瞬間であって、確かに、面倒くさい・・・・・。

焚きつけ用の、細い薪だけを用意する事も、心の余裕がある時は、そうするのだが、現地で調達して、「地産地消」となる事がほとんど。車のトランクの大きさや面倒くささなど、計量しにくいい、「輸送コスト」というものが、反映されているのだとおもう。

「薪との出会い」も楽しみのひとつであって、それぞれの、地方とその場所によって、出てくる薪の種類も様々で、燃え方も様々。今回は、ひと束300円の薪の中に、焚きつけようの細い薪が何本もあって、何とも「親切」だなぁ・・と、感謝した。もちろん鉈(なた)を携行しているのだけれど、そうゆう心遣いが嬉しい。今回の調理エネルギーは、ほとんど、その薪と、そこで買った炭で、まかなった。ガスボンベを一本分ほど使用したかな。

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家庭で使うエネルギーを4種類ほどに分類する教えがあって、一つは、調理に使うエネルギー。今回の旅行では、薪と炭とガスボンベを使った。それは、コストとしてどうなのか、それに最近でいう、CO2の排出量に換算するとどうなるのか・・・・と、考えてみる。

一つは冷暖房に使うエネルギーで、今回は夏だったが、川縁で、木陰の涼しさもあって、消費量は当然ながらゼロ。ただ、車の移動中に、エンジンをまわしながら、クーラーをかけたっけ・・・・・。そんなエネルギーもトータルで考えるのかどうか。避暑のために、車を使い、お金を使い、宿泊施設を使って、また、そのための様々な準備費用。贅沢な冷暖房費用かも・・・・・。

もう一つは、給湯エネルギーで、お風呂や、台所や洗面で使うお湯のこと。今回は、ゼロエネルギーだったのかと言えば、その村が杉の木で造った瀟洒な建物に、シャワー室と便所があって、3分間100円のシャワーが使えて、意外と快適で、家族3人の合計が1000円ぐらいだったのかな。それに、一カ所だけ、ウオシュレットがあって、すっかり、ウオシュレット依存症になっている私のお尻は、ほとんど、無意識的に、その場所を目指していて、電気エネルギーを消費しながら、お尻のお湯を快適していたわけ。また、きっと、村が、村の税金を使って、建物を建て、維持管理しているのだろうから、トータルなコストを考えると、それなりの贅沢な、シャワーとウオシュレットだったかなぁ・・・。そうそう、近くの温泉に入りに行ったのを忘れていた・・・。コストに換算すれば?

もう一つは、照明や家電に使うエネルギー。一般家庭では3割近い消費量があるという。今回は、照明はガスランタンを使い。2本ほど使った。それは、エネルギーコストとしては、高いのか安いのか・・・。キャンプでは、いわゆる家電を使わないのだけれど、冷蔵庫の代わりに、コールマンのスチールベルトのクーラーボックスを長年、愛用していて、その購入費用とか、コンビニで買った、氷代金とか、出発前に冷蔵庫で冷やしておいたアイスボックスの電気代金とか・・。氷というのは、エネルギーコストに換算すると、どうなるのだろうかと、エネルギー問題を真面目に考えるのも、いまという時代かな。

そうそう、最近、家電としては、携帯電話とか、パソコンとか、ゲームとかをキャンプに持ち込んで、そのバッテリーの充電は、自宅の電気で供給されているのだけれど、それを、現地で消費しているわけで、隠れた電気消費エネルギーといえるかも・・・・・・。

 

「電気」というものが、ない生活が、時としては、楽しい。そして、キャンプでの暗闇が、楽しい。レイ・ブラトベリの絵本に「夜のスイッチ」というのがあり、暗闇とは夜のスイッチを入れる事だよ。というようなニュアンス。確かに、キャンプでは、夜のスイッチを「ON」にすれば、楽しめる事が沢山ある。焚き火など、なんとも瞑想的だ。満天の星空も。

心の問題も含めて、「エネルギーを得るためには、エネルギーがいる」のだとおもう。

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木村貴一 2009-09-06T18:22:52+09:00
流れ http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/08/post_256.html 投票用紙の前に並んだ名前を見て、突然、おもう。「ひと」を選ぶのか「政党」を選ぶのかと。久しぶりに投票所へ行ったと書くと、問題点をいろいろ指摘されそうなので、少々、流行後れだけれど、その事は、右から左へと軽く受け流してもらうとして、兎に角、久しぶりに投票用紙の前に立って、おもった。

「政党」としては、指示しないにしても、あの人やこの人が、国会の「顔」として居て、その意見や見解をたまには聞いてみたいものだなぁ・・・・・と、おもう、何人かの「顔」が、脳裏をかすめて行った。あの「政党」に入れたいけれど、その「政党」のこの「ひと」だけには絶対に投票したくない場合だってあるのかもしれない・・・。国民審査投票のように、この「ひと」だけは、絶対に国会に居て欲しくない「顔」もあるのかもしれない・・・・と、おもった。

「顔」見知りの「ひと」が何人も、小学校の投票所の椅子に座っていて、会場の雰囲気もあって、少々よそよそしい会釈を何度か交えながら、投票をする。蒸し暑かった・・・・・。家へ帰る途中に、「私」はこんな事、突然、思ったでー。と、お互い、自転車にまたがりながら、奥方に「告白」する。と、

「いやぁー、偶然!、私も、そう、思ってん、それで、こんな風に投票したわ」と云う。お互いの意見が一致する事など、それはそれなりに、珍しいことなので、「そぉ!、ほんまぁ!偶然一緒やなぁ!」と、少々のジョークも含めて、自転車に乗りながら握手をした。

その姿を、近所の、クリーニング屋のおっちゃんとおばちゃんが、軽自動車の中から見ていた。運転席の窓硝子が、すーぅーっと降りて、「何を、いちゃいちゃしてんのやぁ!、暑いのに暑いとこ見せられたわー」と、言いながら、車が走り去った・・・・・。

自転車にまたがりながら、何だか、気恥ずかしいふたり。言い訳の仕方を話し合う・・・。

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ミストサウナを体験しろ!と云うのだった。それは、イヤなのだぁ。そんなの、別に、家に、欲しくないのだぁ。近くのスーパー銭湯のサウナにでも入るのだぁ!と、こんな時は、天才バカボンの境地になるのだけれど、それが、なんだか、雑多な事情が折り重なって、万博にある、大阪ガスのデリパというショールームで、体験する「はめ」になった。 

DSC00987朝から裸になって、ひとり、ユニットバスルームで、「ミスト体験」をする。ちょっと、空しい感じ・・・・・。でも、意外と心地良い。肌水分測定というのをさせらて、体験前の23.3%という数値が33.9%という数値に上がり、それが、如何ほどの効果のあるもDSC00994のかは、いまいちハッキリしないが、温泉の入った後のように、肌がすべすべになったのは確か。その後も、ぽかぽかしたまま、エネファームとエコウィルの現物説明を聞く。ミストサウナのランニングコストが30分間で28円から48円というのが、高いのか安いのか。それより、エコエコといわれている今の時代に必要なのかどうか。と、奥方に話をすると、肌がすべすべになるのなら、今度リフォームする時は付けて欲しいぃ。と。それが、一部の女性の心理なのかな。ともおもう。それにしても、久しぶりに、太陽の塔と、正面から対峙出来たのが、何よりも良かった・・・・・。

つい、先日、御菓子の缶などを製造している方と、お話しをしていると、紙よりも、缶の方がエコだという。缶は、捨てられて、ゴミ置き場の中にあっても磁石でくっついて、分別出来るらしい。そして、再生可能。御菓子も湿気ないし・・・・。

地球の環境破壊の事を考えると、co2の排出量を減らす努力がエコになって、エエらしい。電力会社やガス会社に支払う金額を極力減らすのが、エコになって、原子力や石油や天然ガスや水力発電による環境破壊などなどを間接的に食い止める事に繫がるらしい。そのための商品をつくる産業にお金を投資することで、新たな経済活動がうまれて、豊かになるらしい。もちろん、その産業が、お金や、電力も大量に使うのだ・・・・。
そして、政治的な思惑も絡まりついて・・・・・。

などと、なんだか、よく、りかい、できていない、こと、が、いっぱい、あるのだけれど、それでも、やっぱり、ここは、ながれに、みを、まかせてみようかとおもう。

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木村貴一 2009-08-30T20:00:00+09:00
椅子によって「育ち」が違ってくるのだろうか。 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/08/post_255.html DSC00913

家に帰ると、イームズの赤いロッキングチエアーが、デッキの上に、チョコンと置いてあって、聞くと、インターネットで、1万4千円で買ったという。8千円ほどの品物もあって、ライセンス製品は6万円ほどするらしい。

どうやら、クロームメッキの足の造りに違いがあって、安いものより、この買った品物の方が、よりオリジナルの足のディテールに近かったのだと・・・・・。

DSC00914そんな訳で、今日は、この椅子に座って、こんなスタイルで、ブログを書いてみようかとおもう。と言っても、その事で、文体が変われるわけもなく・・・・。お尻に感じる、ポリプロピレンの質感に少し違和感を感じ、クッションなども敷いてみた・・・・・。暫くして、膝を組んで、膝の上に、ノートパソコンを置いて、ゆらゆらと揺れながら、書きだしてみる・・・・・・・・・。あぁ、このスタイルで書くことで、スイングした文体になるのかも・・・・・・・。と想う。

DSC00835(1) そうそう、今週、リフォームの現地調査にお伺いした家に、黄色い小さな椅子が置いてあって、聞くと、アメリカの小学校の椅子だという・・・・。とってもカワイらしいデザイン。それでもって、黄色。もう一つは、青だったかな。

それを見た時、脳の中では、日本は「木」の文化だなぁ・・・・と、唐突な反応を示した。確か、小学校の時は、木の椅子と木の机だった。今は、どうなっているのだろうか・・・、それが、当たり前の事としてそうだった。

座る姿勢。座る椅子の材質。その事によって、「育ち」も違ってくるのだろうか・・・・。と、木でない椅子に揺られながら想う・・・・。

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目神山に行く所用があって、うちで、施工した家の前を通過する。そのついでに、ちょっと写真を撮ってみる。緑がいっぱいで・・。竣工直後や工事中の写真を引っ張り出してきて、見比べてみると、その変化と月日を重ねる事の風合いの良さというものを想う・・・。

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目神山の某有名建築に、所用でお伺いする。これが、屋根の上の出来事だというのが、何よりも、新鮮な出来事だ。もうとっくに30年以上も経過するのだそうだ・・・・・・・。
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何というのか、家が育っているような感じ・・・・・。周辺のいわゆる、ふつうの住宅に対しても、大いなる環境を提供している・・・・。家の「内」の事は住まう人に任せるとしても、建築に携わるものは、「外」の事を、「全体」の事から、もっと、住まいを考えなさい。それは、形の事ではなくて・・・・・と、言われているかのよう・・・・・。

・・・・・・・

突然、新築をさせて頂いた、近所の人から電話がかかってきて、ネコが、家と塀の間に挟まって、死んでいて・・・、取れそうもなく・・・、何とかして・・・・。

たまたま、私も会社にいて、弊社のおくりびとKくんも会社にいて、先日、車の運転手を務めたT本くんもいて、それで、3人で、早速、お伺いする。

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暫しの格闘を繰り返して、何とか、無事に、ネコをおくる・・・。

それにしても、近隣とのいろいろな事情が重なって、ネコも捕獲しにくい、このような塀と家との関係になってしまったのは、「全体」の事を考えていたのか・・・と、問われれば、それは・・・、つまり・・・、世の中というものは、なかなか、そのぉ、何というのか、思い通りにいかない・・・、そのぉ・・・、と、言い訳がましくなっている、「私」。

そんな訳で、このブログを書いている間に、場所を何度か移動し、赤い揺れる椅子から、屋外に置いている木のYチエアーに移り、そして、今、座っている椅子は、食卓にある、木でクッションンのある椅子で、それに、ちょっとクーラーもかけてみて・・・・・・。と、やっぱり、椅子によって、「育ち」が違ってくるのだろうかね・・・・。

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昼間の家の中で、クーラーをかけた途端、今週打ち合わせにお伺いした時に駐めた、駐車場の光と影の景色を突然、思いだした。何とも言えない感覚が、三半規管にまで、刺激を与えるような気がして、気持ちエエともいえるし・・・、気持ち悪いとも言えるし・・・・。

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クーラーの風が涼しいといえるかどうか、心地エエとも、心地悪いとも、多少蒸し暑くても、生暖かい風でも自然の心地エエ風が抜て・・。そうそう、最近、上棟をすると、天気予報が当たるようで当たらず、突然の雨に、合板類を濡らしたくないので、ブルーシートで養生する。それで、上棟式の時、木組みのスケスケの状態で、夕刻の心地良い風が抜ける予定が、ブルーシートに阻まれて、汗を拭き拭き・・。でも、感謝の上棟式だった。

やっぱり、座る椅子とその環境によって、想い出す事が違うような気がする・・・・。

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木村貴一 2009-08-23T14:22:42+09:00
ついている? http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/08/post_254.html 阪神高速道路を走っていると、運転をしていた、T本くんが、「アクセルが・・・」と言って突然、車のスピードが出なくなり、まもなくして、停止した。丁度、法円坂の降り口だったので、路肩に車をなんとか止める事ができた。もう一人の同乗者のT中くんが、阪神高速道路公団に電話をして、事情を説明する。私は、うちの会社の自動車修理工場に、電話をする。

というのは、前々日にも、おかしな兆候があって、昨日の朝には、車を点検してもらっていた。どうも、ダイナモが不調のようだが、「もう少し様子をみておきましょう」という事になった。お医者さんでも、家のメンテでも、たまに聞くセリフだなぁ・・・・・・・。

その日、高速道路上で、ダイナモ不良のランプが点灯し、残りのバッテリーを食い尽くし、停止したのが、降り口の坂の頂上だった。たまに、高速道路上の故障車を白い目で見ながら、走りがちだけれど、その見られる立場になった。社員二人と私の3人で、夏の太陽と車の熱気とアスファルトの熱気で汗を流しながら待つ。他の車の交通の妨げにならなかったのが、せめての救いだったかもしれない。

黄色い道路公団の車が来て、素早く、後続車の安全処置をしたあと、ひとりの人が、車に駆け寄って、一緒に押して、この坂を下って、車を一般道に出しましょうと言う。それで、T中くんと私と、道路公団のひとで、車を押す。下まで無事、車を降ろすと、さらに、交差点を渡って、安全なあそこまで、車を押しましょう!!と、言うので、法円坂の交差点を手で押しながら渡った・・・・。

法円坂の交差点を、まるで、祭りの「だんじり」を押すが如く、T中くんとふたりで、押した。運転は会社で一番若い社員のT本くん。今、思えば、私の立場からしても、私が車に乗って、操作をし、若い社員に押してもらうのが、普通だったのかもしれない・・・・・。なんだか、ちょっと、滑稽な光景だったかも・・・・・。

直ぐに、自動車屋さんが、車両運搬車に乗って迎えに来くれた。車と人間が一台のトラックに同乗して、何とか無事に、会社まで辿り着く・・・・・・。これからは、「もう少し、様子をみておきましょう」という言葉に対して「もう少し、深く考えみましょう」かとおもう。

・・・・・・・・

お盆初日の早朝、高速道路の右車線を運転していると、突然、右後ろのタイヤがバーストする。唐突に、ガタンという音がして、車のバランスが崩れる。「あっ」と思ったが、そのまま成り行きに任せ、暫く走ると、もっと、大きくバランスが崩れて、車が左に曲がる。それで、ハンドルを少しだけ右に切ると、車のお尻が左へ降られ、大きく車が右に寄って、ガードレールが目前に迫る・・・・・・。

後で寝ていた奥方が、「ぎゃぁー」「ぎゃぁー」と、今まで聞いたことのないような声で叫び、そして、「ぶつかるぅー、ぎゃぁー」・・・・・・・・。その声を聞きながら、ハンドルを左に少しだけ切る。ほんの目の前にさし迫ったガードレールが、視界から消えて、車のお尻が右に大きく振られ、左の方に車が方向転換する。ガードレールにさし迫った瞬間は、確かに、一瞬ダメかとおもう。

車が進行方向に向き、視界が開けたが、今度は大きく左に振られたので、車を立て直すために、右にハンドルを切ると、お尻が大きく左に振られる。それで、ハンドルを左に少し切ると、車のお尻が右に大きく振られてスピンをしだしたので、大きく右にハンドルを切ってカウンターをあてると、車が高速道路の反対方向を向いて、しばらく逆走して車線の中央で停まった。

ブレーキを踏んだかどうか、記憶がハッキリしない。少しだけ踏んだのか・・・、踏んでいなかったのか・・・・、強く踏んだ記憶がないのは確かなのだけれど・・・・・。

ほんとうに幸いにも、後続車がなかった。ハザードランプをつけて、ほっと一息つくと、暫くして後続車が一台、左車線から通過して行った。それで、車を降りて、後を確認すると、右後のタイヤがバーストしているだけだった。急いで、もう一度、車に乗って、車を動かす。何とか、動くので、反対方向を向いたままで、車を左車線の路肩まで寄せる。

後部座席の奥方と息子は静まりかえっていた。目の前を見ると、数100メートル先に、南国インター降り口のゼブラゾーンが見えたので、ハザードランプを点灯しながら路肩をゆっくりと車を動かして、ゼブラゾーンに車を駐めた。それで、携帯電話からJAFに連絡をし、事情を説明すると、40分ほどかかりそうです・・・・・。

DSC00113 話し終えるやいなや、偶然にも、道路公団の黄色い車が通りかかって、停車する。係員が2名降りてきて、事情を説明する。昨日から、黄色い車の人に、事情を説明してばかり・・・・。この場所で、車に乗ったままいると、ぶつかってくる車もいるので、路肩のガードレールの向こうへ、避難して下さい。と諭される。黄色い服の人の指示で、ある日は車を押し、ある日は避難する。

道路公団の人は手際よく、親切だった。とにかく、蒸し暑く、カメラのレンズも蒸れて、曇るぐらいだった。それで、係員の人が、自分たち用の青いクーラーボックスを持ってきて、水を飲んでくださいと、差し出してくれた・・・・。感謝。

JAFを待つ間、息子は、母親のその叫び声の大きさにビックリした・・・と語った。その間、どうしてたのかと奥方が息子に聞くと、お母さんをしっかり押さえて、支えていたでぇ・・・・・・という。え、そうなのぉ、と奥方は、首をひねりながら、そんな大きな声で叫んだ記憶はないけれど、とにもかくにも、無事が何より良かった・・・・・・・と語る。

JAFの人は、ほんとうに手際よかった。敏速な行動で、すぐに、タイヤを交換してくれる。年に数回しか乗らない車なので、スタッドレスを履いたままだった。夏にスタッドレスで高速を走り、高温になり、なおかつ、重量の重い、こんなタイプの車だと、バーストしやすいですから・・・・、また、スタッドレスは、雨の日に滑りやすいですから・・・・、ほとんどのワンボックスカーの横転事故はタイヤのバーストですから・・・・と、諭された。

このまま、長距離を走るのは危険ですからと、係員自ら、近くのオートバックスをナビに登録してくれたので、高速を降りて、高知市内で、タイヤ屋さんを探す事にした。何だか、とっても、とっても、不思議な感覚。

DSC00118オートバックスが開店するまで1時間近くもあって、その信号を5つほど行った所に、偶然にも、開店しているタイヤ専門店があった。そこで、事情を説明する。この二日間、車の事で、いろいろな人に、何度も繰り返し、事情を説明している、不思議な状況の「私」。

親切なタイヤ専門店のご夫婦だった。5万7千円という金額で4本のタイヤをその場で直ぐに、交換してもらう。奥方曰く、その金額やったら、エエホテルに泊まれたかも・・・・・、お金を使わない旅行の予定だったのに・・・・、それよりも、何よりも、命が大事やし・・・、他の人に、迷惑をかけずに済んだのが何よりだったのかも・・・・、と語った。それにしても、道路公団の人とJAFの人には感謝です。

そんな訳で、旅を続けることにした・・・・・。

2件の連続する車の出来事と、7年ぶりに訪れた四万十川での時間と環境。その他の訪れた様々な場所。それらが、私の脳内のメモリーに一時的に貯めていた、不要なキャッシュや有用なキャッシュも含めて、一時的にクリアーさせてくれたのかもしれない・・。

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木村貴一 2009-08-16T22:37:03+09:00
ブログ上で、様々な事柄が絡み合う。 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/08/post_253.html DSC00086(1)夏なのに、それに日曜日だというのに、梅雨のような雨。昨日は、汗を流しながらの地鎮祭があって、夏の気分だったのに・・・・・・・。やっぱり、夏は、夏らしく「暑い、暑い」と、言い合っている方が、良いようにおもう・・・・。

そうそう、先週、住宅設備メーカーのTさんの社員の方、3名が、東京と神奈川から、うちの会社にお見えになって、云うのには、お風呂と洗面所と便所が一体になったお便所に、抵抗感を持った人がまだまだ多く、なかなか普及しないのです・・・・・。

木村工務店|大阪府Tさんの一戸建て-玄関、LDK、洗面室、バス、トイレ、階段、洋室、車庫、外壁の施工実例|Goodリフォーム.jp の事例にある、お風呂と洗面所と便所がコンパクトで一体になった空間が、どういう経緯で、それに、とういう提案をされたから、現実に出来上がったのか、お話しを聞かせて頂きたいと・・・・・。

DSC09983設計を担当したK本くんと共に、Tさんの社員の方々と、会話を繰り返すのだが、さしたる提案をした記憶もなく、ただ、限られたスペースを有効に使うための、ひとつの選択であって、しっかりとした、成り行きとしてそうなった訳で、何よりも、施主のTさんが、便所と洗面所が一緒で、お風呂の中が見えていても、全然平気です・・・が、そう、させたのだと、おもう。

それで、そうしようと、決まると施主のTさんの「好き」を核として、コストパフォーマンスを重視しながら、出来上がった、ひとつの「バランス」が、これだった。在来工法のお風呂に、硝子張りの壁と扉では、コストがアップするので、1216のハーフユニットにタイル貼りの壁に、FIX窓。洗面所はタイル貼りの床に、ペンキ仕上げの壁、それに洗濯機を見えないように背面に隠して、部屋側に出っ張った洗濯機置き場は、タンス置き場として、壁の長さを調整する。と、一緒に対話を重ねながら、アイデアを出し合っているうちに、こんな、「部屋」に、成ってしまったのだ・・・というのが、正直なところかもしれない。

「数寄屋造り - Wikipedia」は敷居が高い話だけれど、関西で打ち合わせをしていて感じる事は、多くの人が、「自分好み」を家に反映して欲しいと、願っていて、対話を重ねながら、その「好み」を、「見える化」し、形と色と素材とコストに反映していくのは、なかなか、めんどくさくて、ゴールの見えない、難しい作業ではあるのだけれど、ある反面、楽しい作業でもあって、出来上がった時の独特の喜びもあり、建築的には、少々不格好なところがあっても、ライフスタイルを反映した、ちょっとした「好き家」で、充分かも・・・・・と、時としておもう。

 DSC09981そのTさんのお宅に、住宅器機メーカーのTさん3名と私と設計担当のK本くんとで、お伺いして、あれやこれや、お話しをお聴きする。「便所が部屋のようで、お風呂の戸も開けると、風がスーと、流れてきて、心地良いのです」っと。夏の暑い日に、狭い便所の中に閉じこもって、「暑い暑い」と言いながら、汗を流して、頑張っているよりは、確かに心地よさそう・・・。そんな訳で、どちらのTさんも、ありがとうございました。

「好み」を聞いている会話の中では、雑談も多く、脱線する事もしばしば・・・。施主のAさんの奥様が、以前、ウエディングコンサルタントの仕事をしていて、オーストラリアのゴールドコーストで、仕事をしていたと云う。

そうそう、私は、うちの奥方の妹さんの結婚式に、ゴールドコーストまで行って、あの教会で・・・、あのホテルで・・・、という話をすると、その時、勤めていた、その会社での挙式だった、担当は違うかったけれど、その時、ゴールドコーストに居たと云う・・・・・。その時、その会社をご利用頂き、有り難うございました。と、その時のお礼を言われると、確かに、「縁」というものの不思議を感じる。

そう言えば、昨日の地鎮祭では、施主は、設計のHさんの同級生であって、防災設備の会社を経営されていて、施主のご主人の両親がお見えになった。そのお父さんが、地鎮祭のテントに書いてある、うちの会社名を眺めながら、数十年前、何度も、一緒にお仕事をさせて頂いた、会社ですわ・・・。と言う。うちの会社が、マンションや工場を多く手がけていた頃の事だった。「縁」というものが、どこかに、巡り巡り、繫がっているのだろう・・・・。

ウエディングの話を、お聴きすると、確かに、面白い。一生に一度の挙式をコーディネートを担当する立場としてのプレッシャー。喜び。涙。新婦が新婦のお父様と一緒にバージンロードを歩く姿は、いつも、涙が出そうになると云う・・・・・。そうそう、リピーターとなって、もう一度、別の女性とゴールドコーストまで式を挙げにきた、男性もいたそうな・・・・・・・。

RIMG0288 そういえば、2週間ほど前に、社員のF川くんの結婚式があった。彼のお父様が、工務店を経営されているという事もあり、会社と会社という意味合いでは、複雑な部分もあったのかもしれないが、まぁ、そんな些細な事はさておいて、確かに、新婦が、お父様と一緒に手を取り合って歩く、その時の、お父様の姿と、その「顔」には、何とも言えないムードがあり、新郎に引き渡す、その時の、あの新婦の父の表情と、立居振舞には、涙がそそるものがあった・・・。

知りあいの建築家のMさんが、お見えになっていて、この式場が、建築家のT原さんが設計した事もあって、「建築談義」も交えながら、そんな話になると、「私も、娘二人やから、これは、この姿は、ちょっと、ダメやから、こういう、挙式は、よう、挙げられヘンなぁ・・・」と仰る。幸か不幸か、「私」の子供は男二人であって、確かに、あんな姿を見せられると、娘の親父の立場になると、複雑だろうなぁと、想像したり、ほっとしたり・・・・。

昨日の地鎮祭では、小さな娘さん二人が、カワイらしく玉串を奉納していた。そして、いつか、そういう日が、やってくるのかもしれない・・・と、施主のご主人の姿を想像しながら、唐突に、脳に入り乱れて、入ってくるのだった。昨日や、先々週の結婚式や、先週のTさんの事、などなどが、いま、ここのブログ上で、唐突に絡み合ったりして、・・・・・。

結婚式が終わり、暫くたって、F川くんが言うのには、結婚式の「前」は、大変で、イヤでしたけれど、式の当日だけは、もう一度やっても良いぐらい、良かったですわーと言う。いや、勿論、二度目も、同じ女性にして、下さいよ! と、思うものの、それだけ、ウェディングをコーディネートする人たちが、新郎新婦と対話を重ねながら、影で、努力をしていたのだろう。「自分好み」というものの、コーディネートの仕方を想像してみた・・・・・・。

PS
今週は、12日から16日までお盆休暇を頂戴致します。 では、良いお盆休暇を!!

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木村貴一 2009-08-09T13:44:06+09:00
無事を事とし http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/08/post_252.html 8月だというのに、夏が始まったような、始まってないような、セミが鳴いているようで、鳴いていないような、雨が降るようで、降らないような、暑いような、暑くないような、とっても、中途半端な初夏。

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庭で、小鳥がピーピー、ピーピーと鳴いていて、親鳥が二羽、木々に留まったり、空中を旋回しながら、ピィー、ピィー、と、小鳥を探している・・・・・。何とかしてぇ・・・と、奥方が、会社に電話をしてきた。うちの会社の「おくりびとK」に云うと、「生きているものは・・・・」と、小声で呟いた。

産まれて間もないのだろうか、一羽の小鳥が土の上を、よちよちと、歩きながら、何とも言えない目で、こちらを見る。近づくと、飛べそうで、飛べそうにない羽根で、バタバタさせながら、ほんの少しだけ、空中を滑空して、逃げる。逃げているような、逃げていないような。

DSC09950廻りをよく見ると、もう一羽の小鳥が、木の葉っぱの中で、羽根をばたつかせながら、ピー、ピーと鳴いていた。2羽の親鳥は、小鳥の居場所を、ハッキリと、認識しているのだろうか、知っているような、知っていないような、そんな素振りを繰り返しながら、心配そうに、木々の中を渡り歩いている。

出来そうで、出来ないことが、世の中には、いっぱい、あると、おもう。しっかりと、成り行きに任せる以外、どうしようもなかった・・・・・。

二日後の、日曜日の、いま、庭には、小鳥の姿も親鳥の姿も、その鳴き声もなく、晴れそうで晴れない、曇っているようで、曇っていない、天気の中で、セミが、「もう夏でっせ」とミィミィと鳴いているものの、あの小鳥はどうなったのだろう・・・。飛び立ったのだろうか・・・・。老子か何かに、「無事を事とし」なんて、話が、あったような、なかったような。
無事を祈るばかり・・・・・・。

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鳥の側から、離れて、会社に戻ると、会社の近くに住む60代の男のひとが、突然尋ねてこられて、地元の清見原神社が、完成し、嬉しいので、お祝いに、これをお持ちしました。と、仰った。一度も面識はなかった。

先週、仮社殿にあった御霊が、弊社で増改築工事をした、新社殿に移す儀式があり、少しの工事は残すものの、ほぼ、完成という状態になった。

現役時代は、建築の本を売り歩く仕事をしていたので、この「規矩術」の本が、木村工務店の大工さんの、何かの、勉強になれば、幸いです・・・・・と。時には、夜の10時を過ぎても、木村工務店の加工場で、大工さんが、遅くまで、頑張ってはる姿を見ていたので・・・・。この生野区の小路の町の中で、材料を全て加工してくれはったのが、嬉しくて・・・・・と。

清見原神社を増改築するにあたって、宮司さんの意向もあって、「木造」であり、「千木と鰹木」があるという事。純然たる「吉野檜」で造作をするという事。それに、この大阪市の生野区の小路という小さな町の中の加工場で、材木を全て、「手加工」するという事。増改築として、既存の建物も残し、耐震改修をし、増築する社殿はオーソドックスな神社建築でありながら、現代の木構造の基準を満たす事。などなどを、こだわったような、こだわってなかっような・・・・。それは、それなりの、しっかりとした、成り行きでもあった。

それらの要件をまっとうするため、設計は、奈良の今井町で町並みの保存と監修をしている林清三郎(林木造建築研究所)さんに基本設計を依頼した。木村工務店の会長をしている、私の父の高校時代の同級生でもあった。

 P1110992大工は、沖棟梁に依頼した。「木村工務店の大工」という呼び方には、誤謬があるので、「木村工務店の息のかかった大工」と呼んだ方が、正しいとおもう。「木村工務店の体質」を、「良し」として、受け入れくれ、うちも、その大工さんの仕事と人柄を気にいって、うちの仕事をしてくれている大工さんの事を、「木村工務店の息のかかった大工さん」とするのなら、沖棟梁は、一年に一棟ほどの、新築や増改築を、依頼する木村工務店の息のかかった大工さんのひとりであった。数奇屋の大工でもあり、平田雅哉の弟子でもある。あの吉兆なども手がけたという・・・・。

P1110975 角材を丸柱に加工するための道具の工夫も含めて、全てを、大阪の下町の小さな加工場の中で、造りあげるのが、沖棟梁にとっての、「あたりまえ」の事柄でもあった。うちの社員大工である別處くんは2年間、棟梁のお世話になり、匠技をどれだけ受け継いだのか知るよしもないが、大工としての、「気構え」の何かは、受け継いだに違いない・・・・。

構造は、木構造研究所の田原さんに、お願いした。神社建築で壁量計算をするのが、妥当なのか、限界体力計算が相応しいのか、もっと、新しい構造基準が求められているのかどうか、様々な、議論の余地は残るものの、いまの建築基準法に合致した、木組みの建築を造るためには、様々な構造的テクニックが必要なのは事実だった。それを、基本設計者と大工さんに「納得」してもらうためのコミニュケーションも重要な事だった。

 P1070257吉野の檜は「金幸」という奈良桜井にある材木屋さんから調達をした。みごとな檜材だた。都会からの多くの人々の寄付が、「木」に費やされた。それは、ひいては、間接的に、吉野の山を育てる事になり、山を育てる事が川を育て、海を育て、それが、山の幸、海の幸を豊にする事に繫がっていくのだと、おもう・・・・・。

私の役目は、背後で、応援歌を静かに歌う事だった。その前面に出て、工事部長の冨桝くんと現場監督の守田くんが、そして、定年後も会社で技術指導をしてくれている福本さんが、様々な事柄を調整した。

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出来上がってから、改めて、黙って見守ってくれていた、地域の人々がいて、陰ながら支えてくれていたのだと知る。「無事完成した事」が最大の事なのだとおもう。「感謝」

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木村貴一 2009-08-02T19:43:36+09:00
一緒に http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/07/post_251.html 中学生になった息子の友達二人が、少し遠方から遊びに来ていて、お昼ご飯を食べていると、インターホンが鳴り、画面から、「遊ぼ!!」と、元気な、男子の声が聞こえてきた。小学校の時の同級生で、地元の中学から少し遠方の中学に行ったために、久しぶりに聞く声のようだった。

息子が「友達来ているから、今日は遊ばれヘン」と言うと、モニター画面から、もっと元気な声で、「オレも、同じ、友達やでぇーー」と、訴えるような叫び声。室内では、笑い声が起こり、私も奥方も、妙に、納得している・・・・・。

息子が、「ちょっと、気を使うしなぁ・・・、どうしようかな・・・」と迷っているので、「一緒に遊んだらぁエエやん!!」と、こちらからヤジを飛ばすと、室内で、友達どうしの話し合いが始まり、「僕はかめへんでぇ」「僕もどっちでもええで」・・・・と。モニターの向こうでは、二人の男子が、自転車にまたがり、ふざけあいながら、返事を待っている・・・・。

そんな訳で、友達と友達が出会い、一緒になって、何かひとつの事で、遊ぶのかと、思いきや、ひとつの部屋の中で、背中と背中を合わせ合い、体を寄せ合いながら、別々の方向を向いて、手持ちのテレビゲームをしている・・・・・。たまに、一緒に、テレビ画面に向かって、テレビゲームをし・・・・・。1、2時間ほど、「一緒」に遊んで、バイバイ・・・・と、それぞれ別れて行った・・・・。

一緒に遊ぶと言うことは、何かひとつの事を一緒にするというよりは、同じ時間と空間を一緒に共有するという事のようだ・・・・・・。

・・・・・・

堺の某お屋敷にお伺いする。数年前、お風呂とお便所のリフォームをさせて頂いたお宅で、ここ数年、皆が集まって、一緒に、 なにわ伝統統野菜プロジェクト 楽畑 をしているのだと云う。それで、家族一緒に、見学にお伺いする。

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井戸から汲み上げた水で、畑の水やりを楽しんだりしながら、ぐるぐると歩き廻って、畑の説明をお伺いする。この少し外れでは、まだ、大きな水田も残っていて、堺も広くて様々。畑から、お屋敷の縁側に戻って、時折吹く涼しい風を肌で感じながら、雑談をする。

勝間南瓜 (こつまなんきん)玉造黒門越瓜(たまつくりくろもんしろうり)毛馬胡瓜(けまきゅうり) 聞いたことあるような、ないような。とにかく、舌をかみそうな名前であって、そのうち、「私」も、野菜作りに、挑戦してみようかなぁ・・・と、思う気持ちはあるものの、やっぱり、今は、宣言は止めておこう・・・・・・。

それはそうと、京都の「俵屋」さんに泊まったお話をお伺いする。「部屋は、うちの家の雰囲気と、そんなに変わらないけれど、布団の素晴らしさ。こんな布団で寝たことない・・」と、聞くと、あぁ、一度泊まってみたい・・・・と、素直に、憧れてしまった。

布団を手摺りに干して、太陽の光をあてるのが、美観的に良くないという、見解もあるものの、太陽のエネルギーを受けた、ふかふかの布団の気持ちよさは、格別だとおもう。「私」など、天気の良い日に、車から、手摺りに干した布団を見ると、「あぁ、ここのひと、今日の夜、気持ち良く、眠りはるのやなぁ・・・・」と、その気持ち良さを想像してしまう。

キャンプ旅行ををしていて、最終日に旅館に泊まった時などに、何よりも嬉しいのは、ふかふかの布団と、シーツ。やっぱり、布団はエエなぁ・・・・と、体全身が、喜ぶ・・・・・。縁側での会話では、「人生の大半が、寝ているのやからねぇ・・・・・・・・・」と、仰った。確かに。

家づくりの中では、「寝るだけの部屋」なのか、「心地良く寝れる部屋」なのか、という事柄は、話題にのぼりそうで、以外と、等閑(なおざり)になりがちだなぁ・・・・と、少々の、反省をしてみようと想う。

そうそう、リフォームでは、年齢が行けば行くほどに、「一緒に寝る部屋」の意味合いが複雑になる・・・。イビキとか、テレビの音とか、寝る時間とか、起きる時間とか、照明の明るさとか、暗さとか、冷暖房の利き具合とか、暑がりとか、寒がりとか、・・・・・・・・・。でも、お互いの「気配」は感じておきたい・・・・・と。

家づくりにおける、多様な、一緒の過ごし方を、もう一度見つめ直してみようとおもう。

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木村貴一 2009-07-26T13:52:16+09:00
インタホーンとお茶と北斎と富士とB級グルメの旅とその8(完) http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/07/post_250.html インターホーンが、ピンポーンと鳴り、奥方が、インターホンのボタンを押す。液晶画面に何かの勧誘の女の人の姿がフェードインして現れる。柔らかい口調で、「資料の内容を見て下さい」。と、カラーモニターの画面越しに、語りかけてくる。それに受け答えをしながら、奥方は、インターホンの画面のおばちゃんに向かって、「はーい。わかりましたぁー、またぁー、見ときますぅー」と、愛想の良い返事をしながら、モニター画面に向かって、何度も、頭を下げていた。

訪問者の人には、こちらの姿がみえないわけで、食卓の椅子に座りながら、奥方とモニターに映るオバチャンの姿を両方同時に眺めていると、何だか、可笑しかった。うちの家でも、つい最近、価格が安くなったこともあり、モニターなしのインターホーンからカラーモニター付きのインターホーンに替えたばかりの事で、そういえば、新築やリフォームをしている最近のお宅では、ほとんどが、そういう機種を取り付けているので、それぞれの家庭で、ちょっと可笑しな光景が展開されているのだなぁ・・・・と、想像してみた。

モニターの奥では、ノーメークやからぁ・・・とか、部屋が散らかったままで、イヤヤワー・・・・とか、パンツ一丁の姿のままやでぇ・・・・とか、髪の毛濡れたままでぇ・・・とか、・・・・・・・、ひょっとして、訪問者が押すインターホーンのボタンの向こうでは、想像も絶するような光景が広がっているのかもしれない・・・・・。

そんな事を考えている、その傍らでは、セミの鳴き声が、どんどん大きくなり始めていて、気付いたら、もう夏だなぁ・・・・と、奥方の入れてくれた、日本茶を飲みながら、パソコンの画面に向かっている「私」。

「北斎と富士とB級グルメの旅8(完)」

時として、夏でも、熱い日本茶が、美味しいとおもう。「このお茶、もう最後の一杯に近いから・・・・」と、奥方が、一言、付け加えながら、テーブルの上に置いてくれたのには、訳があって、それは、ゴールデンウィークの旅の途中で、偶然に立ち寄って、買った、富士宮市のお茶やさんに、大変、親切にして頂いた印象があって、そのお茶を飲むと、その親切な印象も飲む事になるからだった。

北斎富嶽三十六景山下白雨

この旅の北斎と富士の最終撮影目標は「山下白雨」という絵で、それは、富士宮市あたりで描かれた絵なのだという。朝、8時過ぎにその周辺に到着すると、霧雨。かすかに見える富士山。もう少し雲が退くと、頂上まで見えそうなのだけれど・・・・。

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雨なので、車の中から、撮影を試みるが、撮ったこの写真を、今、振り返って見ると、「もう、これぐらいで、エエのとちゃぅ・・・」というような、諦めムードになっていた様子がよくわかる・・・・・。
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それでも、気を取り直して、撮影してみると、北斎は、富士山の右端に見える、瘤のような、小さな頂きを、描くときに、省いたのだなぁ・・・・、編集したのだなぁ・・・・と、気付く。富士山を右端に寄せて描いたのには、デザイン性だけでない、「実情」もあったのだろう・・・・。それにしても、描くときに、どこをどう工夫すれば、そうなるのかは、解らないけれど、それでもやっぱり、北斎の絵は、「私を見守る富士山」のように思える・・・・・。

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まぁ、そんな訳で、右端にずらした富士山の撮影も試みるのだが、この状況下で、それに、私の写真技術とセンスでは、撮影は無理だと、はっきりと気づき、早々に諦めた。

富士山よりも、茶畑に興味を示したのが、奥方だった。「お茶、買う、買う」と、外国人が話す日本語のように叫びはじめた。大成功とはいかなかった北斎と富士の撮影だったけれど、もう、これで、充分満足することに決めて、お茶やさんを探すことにした。そして、撮影場所の直ぐ近くで、偶然にも、出会ったのが、写真の御茶屋さんで、「やまぜん製茶鈴木園」というところだった。

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お茶の葉の「緑」と、なんとも言えない「香り」。献上茶指定園というのだそうだ。そうか、天皇に献茶をするという、そういう習慣が日本には、あるのだなぁ・・・、珈琲や紅茶は、どうなんだ・・・・と、その、「緑」と「香り」の中で、脳内が、呟いていたのを思い出す。

お茶を買いながら、この場所に偶然にも行き着いた、そのとりとめのない、北斎と富士とB級グルメの旅の話をし、お店の奥さんからは、お茶のお話を聞く。元気そうな子供さん二人が、興味深そうに、私たちをのぞきこんでいた・・・・。

ついでに、美味しい「富士宮やきそば」のお店をお伺いすると、「どこの家でも、家で作って食べるので、お店に行って、食べる事は、めったにないから・・・・」と、言いながら、地図を書いて、教えてもらう。そうそう、そういうのが、その土地独特の食文化と味なのだ・・・・。大阪のたこ焼きだって、お好み焼きだって、そうなんだ・・・。車に乗る前には、富士山の湧き水まで、プレゼントしてもらった。ありがとう。

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近くのスパー銭湯で、朝風呂に入り、住宅街の中にポツンとある、お店で、富士宮焼きそばを食べ、「田貫湖からの富士が美しいよ」と教えてもらたので、立ち寄って見るも、雨で、富士山は見えなかった。

DSC08020(1)その湖から近い猪の頭オートキャンプ場で、泊まることにした。疲れが溜まっていたのだろう、木立の中に囲まれて、ぐっすりと眠る。翌朝も雨。渋滞予想の高速道路を避けるため、早々にキャンプ場を後にする事にした。午前中に東名・名神を使って大阪に向かうと、お昼には、自宅に帰り着いた・・・・・。(完)

と言う訳で、もう、お盆がやって来るという季節になってしまい、ついこの間の出来事だったはずのゴールデンウィークの旅も、かなり前の事に思えてきた。何だか、ちょっと、間抜けな感じ・・・・。

高速道路が、1000円なのか、ただになるのか、それぐらいの違いしか、理解できていない、私の政治情勢があり、また、どうなっているのか、よくわからない経済情勢が絡んでいて、インターホーンの向う側の出来事のように、その、裏側で、どんな混乱が起きているのか、知るよしもない・・・・・。

それでも、やっぱり、お盆休みはやってくる訳で、世の中はどうであれ、それはそれなりに、楽しみでもあって、子供だって、楽しみにしているのだろう。まぁ、楽しみ方を工夫しながら、あまりお金を使わない、省エネな旅行でもしてみようかともおもう。

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木村貴一 2009-07-19T22:39:29+09:00
鰻 「北斎と富士とB級グルメの旅7」 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/07/b_6.html 鰻が好きか? と問われれば、素直に、「好きだ」と答えたくないのだけれど、まぁ、好きな方だ。「私」は、どちらかと言えば、グルメという訳でもなく、カレーで充分。うどんで充分。確かに讃岐うどんツアーをしてみて、「こし」のあるうどんを食べて、「旨い」と唸ったのだけれど、出汁をすすりながら食べる、あの「へなへなにょろにょろ」のうどんも好きで、それを食べる事の方が、圧倒的に多い。

出汁をすすった瞬間、出汁の味が、目にしみ込みそうになって、ぐぅっと眼をつぶりながら、また、出汁をすすりながら、にょろにょろのうどんを食べる時のあの感覚がエエなぁとおもう。まあ、それは、地域性とその地域特有の文化の違いにもよるのだろう。

この数日前、浜松の白焼きの鰻を頂戴し、食べる機会が二度ほどあって、どれも美味しかった。それを食べながら、「鰻」をおもう。それは、ゴールデンウィークの「北斎と富士とB級グルメの旅」で、三島の鰻屋さんに行ったのだけれど、その事の潜在意識の中には、様々な「鰻」にまつわる出来事が絡み合っていて、「鰻」を食べると、支離滅裂な「私と鰻」を想うことになるのだった。

堺で鰻屋「竹うち」を営む友人が居て、最近は、改装工事をお手伝いさせても頂いているのだけれど、大学生の頃、そのお店とその階上にある住まいに、よく、遊びに行った。そこの、鰻が好きだ。石畳敷きの土間に、そのままの鰻を入れたケースが何段も高く積み上げてあって、井戸水をくみ上げた水を、上から、ちょろちょろと24時間落とし続けている。その水の流れる音が、ピチャピチャと土間に響く。そして、備長炭の炭火の熱気とカラカラという音。

鰻屋の店主であり、今は亡きその友人の父親が、「鰻」が好きかと聞くので、「大好き」と、その時は、素直に答える。そして、どこが美味しかったのかと聞かれる・・・・・。祖父と旅行をする度に、その地域の通ではない、大衆的に有名で、流行っている鰻屋さんに連れてもらっていたので、伊勢の「川はち」とか。三島の「うなよし」の話をし、人がいっぱいで・・・、なんて話をする。何度も断っておくけれど、私は、単なる鰻好きで、グルメではなく、味をよく知っている訳でもない。学生の頃は、なおのこと、そうだ。

小学生の頃に、確か、誕生日か何かのお祝いついでに、祖父に、お寿司屋さんに連れて行ってもらうと、鰻だけを15皿ほど頼んだ記憶がある。今から思えば、よくも、まぁ、黙って、見逃してくれたものだとおうも。この歳になると、そういう事に対する、少しばかりの、感謝の念もわく。まぁ、そういう、単なる、鰻好きな訳け。

13才前後の4、5年間ほど、伊豆に、富士山の見える小さな小屋があって、夏休みの3週間ほどを、そこで、祖父や祖母や兄弟と過ごした。それで、たまに、三島まで行き、「うなよしの鰻」を食べた。旨かったという記憶より、流行っていたという記憶が大きい。何時の時か、小学校の時の友人Uくんを連れだって、その伊豆に、遊びに行った時があり、やっぱり、三島で鰻を食べた。

その時、そのUくんは、鰻の骨が喉に刺さるのが「イヤヤねん」と、言いながら、一本ずつ、鰻の骨を抜き取って、丁寧?に食べる。その滑稽な記憶が、映像として鮮明に残り、時として、今でも、鰻を食べる度に、その記憶が蘇り、ひとりで、ほくそ笑む。もし、私が鰻を食べていて、独り笑いをしていたら、その記憶が蘇っているのだとおもってもらって、間違いない。

ついでに言うと、そのUくんとは、高校生の頃、スケートボードが、まだ、日本で、ほとんど売られてなかった頃に、一緒に遊ぶ。Uくんが言うのには、スケートボードをするのに相応しい場所がなく、探したあげく、何百メートルもの直線が続く、大阪の地下街の虹の町を、思いつき、人通りが少なくなる、閉店間際を狙って、ガードマンに追いかけながら駆け抜ける時のスリル。「たまらんわーー」と。彼はいま、生野区の巽北で、鉄板焼きの店MUDDYを営む。

それで、その、三島の鰻屋さんと、それにまつわる、鰻の骨を含めた「鰻の話」を友人の親父である鰻屋のご主人にする。そして、数ヶ月後のある日、その親父さんに会うと、「親子で、新幹線に乗って、三島まで、鰻、食べに行ってきましたでぇ」と、職人さんの、商売人の、独特の大阪弁のイントネーションで、いう。そして、「まぁまぁやな」・・・・・と、ほんの短いセンテンスと余韻だけを残して、その話題の全てが終わった。

働くようになって、「鰻」を食べながら、時として、その時の「まぁまぁやな・・・・」を思い出す。それは、その三島の鰻屋さんにたいする言葉というよりは、自分の店と自分の店の鰻に対する、職人として、そして店主としての自負であり、姿勢なのではなかったのかと・・・・・。

 

「北斎と富士とB級グルメの旅7」
「私」も店主となった今、その「まぁまぁやな」に含まれた、様々なニュアンスの全てを、何時か、確かめてみたいと思っていた。そして、今となっては、かなわない事だけれど、出来れば、その体験をネタにして、その親父さんと、語り合えれば嬉しいのに。とも、おもう。

それで、三島で鰻を食べる。狭い階段に、前後身動き出来ない状態で、もたれかけながら、30分以上も待って、ようやく、鰻にありつく。大阪では、考えられヘン事。とにかく、繁昌している。繁昌しているというその事そのものが凄い事だとおもう。「鰻」の事は、「まぁまぁやな」の件は、鰻屋「竹うち」の親父の後を継いでいる、私の友人と、何時か、語り合おうとおもう・・・・・。

そうそう、家族3人で、食べ終わったら、既に、午後8時を廻っていた。
ここまで、来たのだから、ついでに、「伊豆の家」に立ち寄る。
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DSC07927「手入れをしない家」というものが如何に、容易く、朽ちて行くものか、と、この目ではっきりと、確認する・・・・・・。そして、不覚にも、12才頃の自分自信の「頭」に出会う。不思議な感覚。なぜか、ジャイアンツの帽子だった。きっと、たまたま、三島で買った帽子が、ジャイアンツだったのだろうか・・・・。記憶がない・・・・・。

早朝、鮮やかな富士山ではないけれど、富士山は見えていた。それで、急いで、富士宮市に向かい、「山下白雨」だけは、何とか撮影したいと願った。


PS
それにしても、今日は、暑い。朝、セミの声も聞いた。夏がやって来たのだ。 そうそう、土用の丑だ。大阪府 堺市 鰻(うなぎ)料理(蒲焼)専門 鰻や 竹うちは、如何ですか!

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木村貴一 2009-07-12T14:39:11+09:00
いのち http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/07/post_249.html 早朝、掃除をしていると、大工のSくんやって来て、「社長、あのぉ、花壇に、ネコが・・・」というので、見に行くと、花壇の草花の上に、眠るかののように、横たわっているネコが、亡くなっていた。きっと、夜の間に、何かが、起こったのだ。

ところが、それを、どうしたら良いものかと、暫し、悩む。持ち主を捜すのか・・・・。それよりも、何よりも、そのまま放置しておくわけにもいかない。とにかく、動かさなくては・・・。と、脳は、そのように、指示していたのだが、お恥ずかしいことながら、触る勇気がでなくて、体がそのように動かなかった。

そういう時って、一体、何に恐れているのだろうか・・・。自分でも不思議なのだけれど、触る事に躊躇する「私」がそこにいて、「ためらい」が、体全体に充満していた。そうそう、保健所に電話をしたらエエのだと、思いつく。それで、奥方に電話をして、聞くと、「今日は、土曜日やし、来てくれるかな・・・。早く、何とか、してあげてぇ・・・」という。

と言われてみても、触る勇気が出ず、その辺りを、行ったり来たり、ただただ、うろちょろしている、「私」。そうこうしているうちに、経理担当のK林くんが、出社してきて、ネコの事を言うと、「そうですか、全然気付きませんでした。」と言って、軽やかに、ビニール袋を用意して、花壇に上がって、簡単にネコに触って、「もう硬直しているので、結構、時間がたってるとおもいます。」と言いながら、開いている目を閉じさせながら、丁重に、ネコを袋に入れた・・・・。ただただ、傍らで、唖然としながら、感心して見守る「私」。

暫くして、奥方から電話があって、「会社に行こうとおもうけど、もう、ネコ、何とかしたのぉ? よう、見やんから、会社に行くの、ためらうワー」と言う。それで、K林くんの話をすると、「なに、それ、いやぁ、情けないワー、自分で、でけへんかったん。それにしても、K林くん、凄いワー」と。えー、そこまで、言うかぁー、自分は、見ることもでけへん、って、言ってたやん・・・・・。

RIMG0483その時の、脳というものは、支離滅裂だとおもう。「おくりびと」という映画を見たい。と、そう思った。 近くでネコを飼っている人の事が思い浮かんだ。現在リフォーム工事中の現場で、仮設のネコの家を造った写真を思いだした。昔飼ってた、ミニチュアシュナウザーが亡くなった時に触れた体温を思いだした・・・。

きっと、「死」を扱うっていう事柄には、様々な、何かが、含まれているのだろう・・・・・。

そういえば、数日前には、会社に、文鳥が迷い込んで来た。大騒ぎしながらも、皆に、なつく様子が、なんともカワイかった。誰かが、段ボールの、「巣」を造って、一泊させた。会社の前に、「迷い鳥」の張り紙をすると、次の日、近くの散髪屋さんのお祖母さんが、尋ねてきて、「皆が、かわいがっていた鳥を逃がしてしまって、どうしようかと、心配し、悩んでいたんです。」と・・・・・。無事、飼い主の元に戻る・・・・。

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後日、写真に映る、黒い足下の二人が、元気にしているかどうか、散髪屋さんまで、のぞきに行ってきました。元気でしたよ。と。

そうそう、数日前は、何故か、毎年のように、ダイニングに、迷い込んでくる、「青すじアゲハ」が、今年も、やって来た。突然、テーブルの上に現る。なぜ、ここに、毎年、やってくるのだろうかと、本当に不思議におもう。でも、何となく嬉しい。

今年は、テーブルの上で、右向いたり、左向いたり、羽根広げたり、閉じたりと、ポーズを1時間ほどとって、写真撮影を促された。それで、モデルの如く、撮影をしてみる。そして、気が付くと、いつしか、消えて、いなくなった。

このまま、ここで、亡くなるよりは、そのほうが嬉しいともおもう。いつしか、どこかで、亡くなり、そして、いつしか、どこかで、生まれ変わった「青すじアゲハ」は、来年もやって来るのだろうか・・・・・。

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木村貴一 2009-07-05T22:15:31+09:00
偶然か悪戯か http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/06/post_248.html もう既に、初夏のよう・・・・。梅雨はどこへ行ったのだろうか・・・と、おもう。夕刻のいま、ここ、大阪の、生野区の、小路の、2階のベランダに出てみると、時折吹く、西風が、以外と、心地良い・・・・。風鈴も、時折、連呼する。まだ、あの、ねっとりとした、夏じゃぁないからだな。

これを読んでいる人の、同じ時刻の、それぞれの場所によって、その風向きも、、その気候風土も、何よりも、その心地良さも含めて、大きな違いがあるのだろう・・・・・・・・・・。自分の家をリフォームする時に、もっともっと、この風を取り込めるように、工夫したら良かったなぁ・・・と、少々、後悔する。

日曜日の、今日は、目の前の、いまとここが、目まぐるしく変化した。まるで、小旅行のようで、何というのか、な~にもない時は、な~にもないのに、物事が重なる時には、重なるものだなぁ・・・とつくづく、おもう。それは、偶然の事なのか・・・、それとも、神の意地悪なのか・・・。

神があるのなら、神は、きっと、悪戯ら好きなのだ・・・と、時としておもう。

早朝、箕面観光ホテルで、朝の露天風呂に入った。大阪の町を一望に見渡す絶景で、きっと、眼下の住宅やマンションから、裸の姿が、見られているのだろ・・・・・・・・・・・。勿論、初めての体験でもあって、こんなにエエ景色が見られる露天風呂のあるホテルがこんな身近にあったのか・・・と、少々、驚いた。それは、土曜日の前日から、中学校の同窓会を一泊でする、という企画であって、箕面観光ホテルで、そういうパッケージがあるのだという。

ゆっくりと、同窓会を楽しむ予定だったのだけれど、そんな時に限って、偶然と予定が重なる。前々日に、1年半前に竣工した、森小路教会の方から電話連絡があって、別件とこの日曜日の日曜礼拝のお誘いがあって、ちょっとしたイベント事も重なっての、お誘いであり、数週間前にも、礼拝にお誘いをして頂いていたのに、行かなかった事も気になっていたので、急遽、参加する事にする。

それで、昼から、平野区に、現場監督をしていた時から20年来、お世話になってるお宅に、打ち合わせに行く予定もあったので、資料を取りに帰るついでもあって、朝9時頃、そのまま家に一端、帰る。というのは、前日の土曜日に、いたずら好きの神様の気まぐれだろう、打ち合わせが、幾つも重なった。それで、同窓会の約束の時刻に、間に合わず、少々慌てたせいで、まんまと神の悪戯に、はまり、その打ち合わせの資料を車に積むのを忘れてしまった・・・・・。

大阪平野一望の露天風呂の絶景から、45分後には、生野区の小路の長屋が並ぶ下町の我が家の景色に一変し、その30分後は、森小路教会の礼拝堂で、礼拝に参加する私がそこに居て、会堂建築と牧師さんの姿が目の前の景色だった。

ところが、教会の予定が、少々長引いて、お昼の約束の時間に少し遅れ、平野の町に着くと、丁度、数日後に控えた、「だんじり」祭りの練習のため、だんじりを道路に出して、太鼓と鐘の練習を始める時間と重なった。

目の前には、だんじりとコンチキチンの音色。そして、20年以上も前に、現場監督としてリフォームした、家の光景が目の前にあり、その家を見ながら、いろいろと、反省させられる部分や・・・、頑張った部分や・・・と、内面的な事柄が見え隠れしながら、景色のように、心模様としての景色が目の前にあった。

それが終わると、奥方の友人の喫茶店をリフォームし、そのオープンが明日に控えていて、そのダメ工事の仕上がりのチエックとオープンの準備を確認するために、その店のある伊丹で、奥方と、落ち合うことになる。

駐車場に車を止め、森小路教会で頂戴したお弁当を車の中で食べようとし、何気なく、ナビのスイッチをテレビに替えてみると、石川遼が、「9打」をたたき、その動揺とざわめきの後での、ティーショットを、力強く、豪快に打つ映像が目の前の景色として飛び込んできた。凄い17才だなぁ・・・・とおもう。ほんの数時間前に同窓会があって、当時の中学生の頃の思い出話と共に、当時の自分の姿に接した後だけに、アイツに比べて、当時のオレは、いったい、何をしていたのだぁ・・・と、少々嘆いてみたくもなるではないか・・・・・。

2時間ほど、オープン前の喫茶店の様子が、私の目の前の光景として展開していた・・・・。明日からのオープンの幸運を祈って、スタッフの皆さんと別れて、伊丹から自宅に向かう阪神高速池田線の大阪方面に向かう景色は、今日、2回目の映像となって、目の前を通り過ぎていく。

そして、いま、自宅で、ブログを書く「はめ」になっている、「私」が、ここに居て、冒頭のような、下町の光景が目の前の映像として、ある・・・・・・。

似たような事、誰にでもあるような出来事だとおもう、それは、神の、軽~い、悪戯に、違いない・・・・。

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木村貴一 2009-06-28T21:49:20+09:00
スペシャルな体験 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/06/post_247.html 中部国際空港スペシャルツアーというのがあり、要するに、自分たちが乗ってきたバスで、滑走路の中に入って、飛行機を間近で見るというのが、スペシャルなツアーだというのだ。それは、先日の会社の研修旅行での事で、INAXの工場を見学した後の、午後からのひとつのイベントだった。

ところが、まぁ、いえば、たかだか、飛行機を見るために、一週間前から、免許書などの身分証明書の提出をひとりずつ求められ、当日、提出者と違う人がいると、ダメです。と、プレッシャーまでたっぷりとかけられて、それにしても、考えてみれば、私たちは、何というのか、工務店の集まりで、どちらかと言えば、家を見学すべきなわけで、飛行機に興味を持っているわけでもないのに、きっと、旅行社と打ち合わせした日の私の脳の調子が可笑しかったに違いない、成り行きもあって、こんな企画になってしまった。

とにかく、ひとつひとつが、大層で、いやいや、何だか、ちょっと、滑稽な訳で、それで、定刻の時刻に、軍隊のように整列をさせられ、人数のチエックを受け、空港内の、会議室のようなところに通され、ひとりずつ、事前提出の身分証明書と持参の身分証明書との照合をさせられる。そこそこの時間を費やしたあと、今度は、会議室の扉の外で、ボディーチエックをひとりずつ、受けるのだった。

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両手両足を開けて、入念なチエック。正直、その光景は、可笑しい・・・。その、長い待ち時間を費やしたチエックを終えて、ほっとして、そのまま、お便所に行くと、係員が来て、もう一度、列に戻って、ボディーチエックを受け直して下さいと、窘められる。

要するに、お便所で、また、不審物を持ち込むかもしれないというのだ。それを知りながらも、わざと、便所に行って、もう一度検査を受ける、反逆者もいて、それはそれで、頼もしいではないか。

バスの中に乗り込むと、今度は、わざわざ係員がバスの中に乗り込んで来て、全ての手荷物の検査まであって、いやぁ、何だか、映画のよう・・・・・、いや、いや、落語の話なのかも・・・・。ここまで、されると、このまま、バス一台を飛行機に乗せて、海外まで行って、戻ってくれば、きっとスペシャルな気分。

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先導車に誘導されながら、2重のゲートをくぐり抜けていくのは、まさしく、映画のようだけれど、もう少し、「遊び心」があっても。ボディーチエックの記念写真を撮ってくれるとか・・・・・、滑走路の飛行機の前で記念写真とか・・・・、飛行機を誘導する体験をさせてくれるとか・・・・。

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DSC08552伊丹空港に着陸する飛行機を阪神高速道路の下から見るほうが凄いでぇ・・・・、川の側から夜に見るほうが、もっと迫力あるでぇ・・・という人もいて、それよりも、バスの中での飲酒をお断りしますというのが、大層なぁ・・・・、そこまでする必要があるのぉ・・・という人が、多々。バスの中で、「隔離」されている訳でもあって、ビール片手に、大らかな気分で、見るぐらいのほうが、良いのかも・・・。

そんな訳で、滑走路の間近で見る飛行機がスペシャルツアーだといえるのかどうだかは疑問だけれど、この一連の、体験は、確かに、どこにもない、スペシャルな体験であるような気がする・・・・・。

それにしても、世の中の、セキュリティーとか、チエックとか、コンプライアンスとか、何だか、そういうものが、厳しくなってきて、少々、窮屈になってきたのは、事実。いやいや、確かに、必要不可欠で、守るべき事柄も沢山たくさんあって、心しなければならない事が山ほどあるのも理解できる。のだけれど、少々のことは、笑い飛ばすぐらいの大らかさは、必要なの、必要でないの・・・・・。

なんて事を、突然思いだしたのは、今日の、この、蒸し暑い天候のせいだなぁ・・・・・。

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木村貴一 2009-06-21T12:40:37+09:00
場所性(北斎と富士とB級グルメの旅その6) http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/06/b_5.html むしむしする。夏が近づいてきた気配をそれとなく感じる・・・・。そういえば、数日前に、梅入りだと、宣言されたようだ・・・・・。

DSC08852生野区のN邸の前を車で通過しようとすると、たまたまご主人が、家の前で、水槽を洗っておられ、 声をかける。それで、屋上に、ズカズカと上がらさせて貰って、それは、1年ぶりぐらいのことであり、その屋上緑化の成長ぶりを見て、あぁ・・・、エエ感じ・・・と、しばしの間、和む。

建て売り住宅が建ち並び、高いフェンス越しに、家々の屋根を眺めながらの、屋上の景観は独特で、生野区的でもあり・・・・。その水槽には、カメさんがいて、施主のNさんは、亀平ブログ なるものも運営している、カメ好きで、それに、この建物を設計した林敬一さんもやっぱり、そういった類の好き者で・・・・。そんな訳で、この住宅は、設計者と施主とそれに私たち工務店の三者がうまく絡み合って出来上がった家かなぁ・・・・・と、夕日を背に浴びながら、脳内が呟いていた・・・・。

DSC08805堺で、タカヤマ建築事務所設計による木造住宅の上棟があり、大工さんというのは、 まぁ、なんとも軽やかに、梁と梁の間を飛び跳ねながら、渡っていくものだなぁ・・とおもう。
なんて事を書き出してみると、脈略もなく、あの「全盲のピアニスト」のテレビでの映像がよぎる。鍵盤の上を飛び跳ねるような軽やかなあの指。そして何よりも、それを支え続けている家族のあの姿。全力の全盲のあの「姿」と「音」から、その「背景」まで、なんとなく想像してしまい、少々目頭が熱くなった・・・・。

DSC08831 大阪の平野区の「平野郷」の中に、正業寺というお寺があり、うちの会社が建築した建物ではないのだけれど、そのお寺や家のメンテナンスに、何十年間も出入りさせて頂いている。いま、ダイニングキッチンのちょっとした、リフォーム中で・・・・。それはそうと、その門は、平野郷で一番古い門だという。いつも、そこにお伺いする度に、その門を眺める。そして、その門を造った、名もなき大工の技とセンスを見て、エエなぁ・・・・・・・・と、いつも、溜息をつく。

 

溜息・・・・。そう、富士山が現れない、「北斎と富士とB級グルメの旅」の話を完結するべきものなのかどうか・・・。DSC08907 出発の前日に、こんな地図を作成し、10カ所の富士山の写真を貼り付け、そのうちの9カ所を廻ろうと計画した。1日目に4カ所ほど廻り、2日目のこの日には、4カ所を廻る予定だったのだが、予定外の行動ばかりが続き、せっかく見えかかった富士山も「桜えび」に時間をとられて、すっかり雲の中に隠れ、夕方近くになっても1カ所しか回れずにいて、それでも、脳の中では、取り敢えず、その場所に行き、写真だけでも撮ろうよ。と呟いていたのだとおもう。

DSC07865北斎富嶽三十六景東海道江尻田子の浦略図

北斎のこの絵は「東海道江尻田子の浦」で、それらしき場所に行くと、釣りをする人がいて、レジャーボートが停泊してあり、それらしき方角に人々を見守る富士山がありそうな気配・・・・・。きっと、北斎は、このあたりに出没したのだろう・・・。

そういえば、由比には安藤広重の美術館があり、今回は時間的な事もあって、見学しなかった。それは、北斎も安藤も同じような富士山を描いているのだけれど、北斎の描く富士山は「富士山を見ている人々を見ている富士山」、「富士山の絵を見えいる「私」をその富士山が「私」を見ている」、そんな描かれ方なのだとおもう。それは安藤広重にはないような視点なのかもしれない・・・・・。

DSC07875北斎富嶽三十六景駿州大野新田
車で少し行くと、「駿州大野新田」だった。それらしき場所を車でうろちょろして、探す。ますます天気が悪くなり、それらしき方角の富士山は、見えそうな気配が全くなかった。

DSC07876この写真のすぐ横には、日本製紙の巨大な工場があり、煙突からモクモクと煙が噴出し、何とも言えない臭いが周辺に立ちこめていた。「この周辺の人って、この臭いをずっと嗅いでいるのぉ・・・・」と、奥方が、心配するほどの臭いが、かなり離れたところまで、臭っていた。

北斎の絵のように荷物を運ぶ馬の姿はないが、道路上には、大きなトラックが、何台も何台も走り続けている。写真撮影の背後に走り続けるトラックの音と振動を感じながら、「場所性」というものが、きっとあり、場所の持っている記憶というものがあり、それは、遺伝されるのだと、その時おもった。

生物的な遺伝をする遺伝子を「DNA」というらしい、文化を遺伝する遺伝子を「ミーム」というらしい。場所性を場所の記憶を遺伝する遺伝子は、何と呼ぶのだろう・・・。と、その臭いに辟易とし、とにかく、その場から、一刻も早く脱出したいという気持ちに、そわそわしながらも、脳内ではそんな考えが、くるくると駆け巡っていた。

DSC07889北斎富嶽三十六景駿州片倉茶園ノ不二日が暮れそうだった。駿河湾沿いに沼津から三島に向かう。「駿州片倉茶園ノ不二」がその目的地だった。ところが、そんな雰囲気の場所はまったく、見あたらない。富士山の方角も見当違いなのかも知れない。近くに新幹線が通過する陸橋があり、新幹線の通過する姿を見ながら、撮影をしてみる。

それにしても、この北斎の描くような、楽園的な茶園など、全く見あたらなかった。きっと、このあたりでは、その場所の記憶は遺伝されなかったのだ・・・・。いや、この絵に近い「場所」が、どこかにあるのかもしれない・・・。とにかく北斎の気配すら、富士山の気配すら感じる事が出来なかった。それに、ほとんど日も暮れて、探そうという気力も、ほとんど残っていなかった。

北斎富嶽三十六景山下白雨 そんな訳で、あとひとつの北斎「山下白雨」の富士を残し、B級グルメは富士宮焼きそばを残して、日が暮れてしまった。それで、夜の三島の町をうろちょろしながら、鰻を食べることにした・・。なんで、三島で、鰻やねん、なのだけれど・・・・。

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木村貴一 2009-06-14T23:51:48+09:00
「現地」「現場」「経験」「体験」 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/06/post_246.html ある中古住宅を見に行くことになったのだが、打ち合わせが重なって、その時間には行けそうになかった。それで、グーグルで場所を検索し、スクロールをすると、ストリートビューが開き、その家の外観が現れた・・・・・。

とても、不思議な感覚だった。現地に行かなくても、その周辺の雰囲気やその建物の様子が何となく想像できるのだった・・・・。「情報」としての「現地」をバーチャルに「体験」出来るのだった・・・・。こういう事も「体験」と呼ぶのだろう・・・・・。テレビだって、映画だって、小説だって、それと似通った「体験」なのかもしれない・・・・。それにしても、「仕事上」で、こんな「体験」をしてみると、「情報革命」なんていう言葉が、まことしやかに思えてくる・・・・・。

そのうち、家の中まで、見通されたりして・・・・。

世の中が、こんなふうになって行けば、行くほど、自分自信の「五感」で、実際に「体験」してみる「現地」とか、「現場」というものが、ますます興味深くなる。「リアルな現場」でしか読み取ることの出来ない、感じることの出来ない「何か」・・・・・。「私たち工務店」の役目は、そんなところにあるのだろう・・・・。

と、真面目に考えてみるにしても、ストリートビューを見て、現地に行く必要がないとおもうのか、現地に行きたくなるのか・・・・・。ストリートビューだけで、旅行に行った気になって、もう旅行に行く必要はないのか・・・。そんな事を、問答してみると、やっぱり、「工務店」にとっては、「リアルな現場」が、なによりも大切で、「現場での経験」というものを大切にすること。「現場に行こう!」だなぁ・・・と、あらためて思い、反省もする。

さて、先週の日曜日と月曜日にバス一台に57名ほど乗り込んで、研修旅行に行く。社員や大工さんや業者の方々。まるで、小学生の遠足か修学旅行のノリ。小学生より少々タチが悪いのは、お酒が飲めるってこと。バスの中では、隔離されて良いのだが、一歩外へ出ると、ちょとヒヤヒヤする。人様に、ご迷惑を、お掛けしないものかどうかと・・・・・。

明治村で、フランクロイド・ライトの帝国ホテルを見て、INAXの陶器の製造工場とタイル博物館を見学したのだけれど、今回の旅行の事前に、資料を調べてみて、そして、現地での案内を聞いて、意外な事実を知る。

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それは、INAXの創業というのは、ライトが帝国ホテルのために造らせたスクラッチタイルの職人さんを、その製造が終了後、雇い入れた事から、INAXの創業が始まったのだと・・・・。全然知らなかったなぁ・・・、ライトとINAXの意外な関係性。

今回の研修旅行では、明治村で、明治の建築の説明をゆっくりと聞くつもりだったのだが、旅行の行程の配分がまずく、帝国ホテルだけしか見れなかった。それは、行程を製作した旅行社の若い担当者が、紙の上とインターネット上だけで行程を製作し、「リアルな現地」を体験していなっかた事による、ちょっとした、調整時間の読み違いによるものだった。べつに、批判的なわけではない。工務店の現場監督なら誰しも、何度か経験する、読みの甘さだった・・・・。

とにかく「経験」してみること。そして、経験者は、未経験者に、何をどう伝えるのか・・・・。そんな事が、ほんの数分間だけ、バスの中での真面目な話題になり、そして、数分後、お酒の「あて」となって、その他の雑多な「あて」と共に、笑いの渦の中で、ごちゃ混ぜになって、醸造された・・・・・。

なんて事を書いてみると、今週は、いったい、私自身は、どんな「現場を体験」したのだろうかと、振り返えって見たくなる・・・・・・。

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大和郡山に新築工事中の現場があって、目の前に水田があり、2階のLDKからの水田の眺めが素晴らしく、その手摺りをどうするのか・・・・・。見通しの良い手摺りを造ると、水田の眺めは良いが、道行く人からも、家の中を眺められてしまう・・・というのが、現場での「悩み」のようだった・・・・。

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大阪市内のとある民家。高い塀があり、コンクリートの門があって、このデザイン、何とかならないものですかねぇ・・・・・という「悩み」。いわゆる外構工事というのは、町並みとの問題もあって、難しいものだなぁ・・・・。

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八尾市内にコンクリート住宅のリフォーム工事があって、ウチバラシ(内部解体)が終わり、現場に行く。会社の打ち合わせ室で、お施主さんと一緒に、それなりに打ち合わせをして来たのだが、「現場」がはじまると、設計図では、考え切れていない、ちょっとした問題が、あちらこちらに、見え隠れし、「悩ましい」ものだなぁ・・・・

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高槻まで、リフォームの現地調査に同行する。分電盤を見ると、その家の建てられた年代も、何となく分かり・・・。立派な分電盤があり、どちらかと言えば、大きな家とも言えそうだ・・・・。


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家が傾いている・・・というので、奈良の平群まで、出かける。今回は、うちの工事部長のTくんと、「揚げ屋」さんと一緒に、現地を見る。それぞれの立場から、それぞれの「経験」からの意見を聞くと、ためになる・・・・・。
それにしても、二間続きの和室に入ると、欄間からの漏れる光が、天井に写り、それなりに美しい。今週に見た、帝国ホテルのライトは、こんな欄間を、あんなデザインへと、昇華させたのかなぁ・・・と、おもいながら、柱と襖をみると、かなりの隙間と傾きが・・・・

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偶然にも、我が高校の母校のすぐ近くで、懐かしいなぁ・・・と、母校を横目で見ながら、中古住宅を見に行くと、確かに、現地でしか、読み取れない、問題点も多々あって、購入金額の問題もあり、リフォーム工事代金の問題もあり・・・と、中古住宅を購入するのには、勇気がいるなぁ・・・とおもう。確かに「中古住宅購入は悩ましい・・・」

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夕方の6時、現場の近くを通ったので、リフォーム工事中の現場に立ち寄る。塗装工事中なのだが、職人さんは帰った後だった。どんな仕上がりになっていくのだろう・・・・。と、右見たり、左見たり、上見たり、下見たり、あと、もう一息だなぁ・・・・。

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以前に新築工事をさせて頂いたお宅のすぐ隣の家へ、リフォームの相談でお伺いする。住人にとっては、見慣れた窓からの光景が、初めての「私」からすれば、凄く、新鮮な光景であった・・・・・。


やっぱり、「現場」だなぁ・・・・・と、反省もしつつ・・・・。
それでは、皆さん、今週も、グットウィークを!

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木村貴一 2009-06-07T22:39:23+09:00
桜えびの味(北斎と富士とB級グルメの旅その5) http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/05/b_4.html
北斎富嶽三十六景駿州江尻 この光景に出会うのが、次の予定だった。「北斎富嶽三十六景駿州江尻」。ところが、想定外の行動が連続し、この旅は、北斎の旅であった事すら、すっかりと忘れていた。流石に、12時をまわる頃になると、内面のどこからか、何かが突き上げてきた。「そろそろ決めた目的地を目指せ」 そんなふうに指令されているようだった。これは、「私」が、適当に決めた、遊びなはずなのに・・・・。

まぁ、それでも、その感覚に突き動かされようとおもう。次の目的地は清水だった。すぐ近くなのだけれど、海沿いのいちご街道を走ると、のろのろと渋滞していた。その遅~い流れに身を任せながら、IPODのイヤホンを耳に差し込む。ランダムに、そして、おもってもみない、選曲が繰り返される音楽を楽しみながら、ちらっとバックミラーで家族を見ると、奥方も息子も、それぞれがIPODで音楽を聴いていた。おかしな光景だな・・・。

「三保の松原」に寄り道をしてみた。どう考えても、駿州江尻の絵は、三保の松原で描かれた絵には見えないのだけれえど、確か、中学生の頃、家族と訪れたその記憶と、今も残るその時の写真の楽しそうな光景が、そうさせたのだとおもう・・・・・。

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以外と、観光客が多い。大きな松。黒い砂浜。笑顔。いわゆるビーチとは違う独特の景観。以外と以外と幸せそうなムード。それで、ここを、今回の駿州江尻にしようともおもい、富士だとおもわれる方角に向かって撮影を試みる。が、どうも違う・・・・。この北斎に登場する人物は、「生きる」人々なのだ・・・・。ふじやまは、どこだ・・・・。

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まぁ、とにかく、近くの神社に立ち寄って、祈願でもしてみようと、何となく、足が神社に向かった。「ぼくは、富士山が見えますようにと、祈ったでぇ・・・」「おとん、と、おかん、は、何を祈った・・・」と。えぇ、おとん。そんな呼ばれ方するのかぁ・・・・。

もう少し粘ってみようと、清水港周辺をうろうろする。清水エスパルスの臨時駐車場に入って、接岸する船を横に見て、海から富士山の方角を眺めてみる。・・・・・・。

あっ、うっすらと、富士山が・・・・・。目をよぉーくよぉーく凝らさないと見えないのだけれど・・・・。息子は、え、どこどこ・・・と、急遽、メガネをコンタクトに入れ替えて確認した。このおかしな写真撮影を呆れた様子で、車から眺めていた奥方も車から這い出して、喜喜として海からの富士を確認する。

DSC07843-1北斎富嶽三十六景駿州江尻
写真には写っていないので、手を加えてみる・・・。嘘のようで、本当に富士をみた・・・。

港で働く人々や風が舞い上がる街道を行き交う人々の姿は見れなかった。ノンビリとゴールデンウィークの釣りをする家族の姿を富士山が、ひっそりと見守っていた。風で吹きすさび林立する木立はみれなかったが、対岸には作業を休んでいるクレーンが何本も林立していた。そして、富士山が、うっすらと、見守っていた。

北斎のこの絵には、わざと、傘で顔を隠して描いているようだった。北斎富嶽三十六景東海道江尻田子の浦略図そして、他の絵も、顔を見せないように描かれているシーンも多い。今回の旅の撮影も、それに、従って、顔を隠した撮影にしてみようとおもう・・・・。 次の目的地は「江尻田子の浦」で、時間的には30分ほどの距離。それで、国道で目指す。

DSC07850由比に近づくにつれ渋滞し、渋滞の車の正面に富士山が、時として、ハッキリと、時として、うっすらと、見え隠れしていた。渋滞と富士山を眺めているうちに、そうだ。桜エビだ。桜えび祭りだと理解してきた。

すでに時刻は2時。朝、焼津で、食べ過ぎた事もあって、空腹ではなかったが、その店で見た、桜えびの釜揚げの姿がちらついていたので、漁港に立ち寄ってみる。何だ、祭りは日曜日に終わっていたのだ。それでも、本日も既に桜エビは売り切れました。との表示があり、やっぱり人気があるのだなぁ・・・・・。

DSC07854 売り切れるほどの人気なら、是非、食べてみたい。由比の町に立ち寄ろうと、脳内が呟いたのだとおもう。B級グルメの「静岡おでん」を諦めただけに、やっぱり桜エビを食べよう! と、奥方も急に活気づいて・・・・。ところが、どの店も、満員で、それも、6組も7組も待つ店ばかり、奥方は闘志満満なのだけれど、私と息子は、何度か懇願して、諦めてもらう・・・。

それにしても、諦めきれない様子の奥方の後ろ姿を見ながら歩いていると、3組待ちの店を発見し、「ここどぉ」と指示がでて、こういう時に、素直に従うようになったのは、最近の事で、きっと、それは歳のせいだとおもう・・・・。

それでも20分ほど待つ苦行が必要で、そして、その末に出される、ざるそばに一枚の桜えびの釜揚げを見ると、このために、かれこれ、一時間近くも・・・・と、おもうと、何だか、腹立たしい気持ちにもなるのだが、とりあえず、気を取り直して、食べよう・・・・・。

と、確かに、美味い。 あぁ、丼にした方が良かったかなぁ・・・。いや、もう何枚か頼んだほうが・・・・。などと、「旨味」には勝てない、げんきんな「私」がそこにいて、この苦行を受け入れて良かったかなと、それとなく、奥方の判断に感謝するのだった。

そんな訳で、一転して、由比の町が好きになり、駐車場に向かって、町を歩きながら、息子が、「海があって、川があって、富士山があって、桜えびがあって、ノンビリした町があって、ここに住んでもエエかなぁ・・・・」と、呟いた・・・・・・。

 

そんなこんなの、由比の町と桜えびと旅の話を、新築の打ち合わせ中のお施主さんに語ると、その奥さんが、曰く。私、その町の出身です・・・・・と。小さい頃から当たり前に、いつも富士山があって・・・・、大阪に来て、久しぶりに郷里に帰り、久しぶりに富士山を見ると、富士山っていいなぁ・・・・。いい町だなぁ・・・・と。・・・・・。

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次の週の打ち合わせ日の事、郷里からわざわざ桜エビを取り寄せて、打ち合わせに持参してくれた・・・・。その「桜えび」の味は、「美味い」と「感謝」と「旅の思い出」が交錯する味だった・・・・。


PS
それはそうと、本日と明日、会社の研修旅行、別名、慰安旅行とも言いますが、社員と協力業者の人々を交えての催しがあります。それで、月曜日は、臨時休業となりますので、ご理解のほど、よろしくお願い致します。

そんな訳で、前回の決意と違って、今回も、この旅のブログを完結する事が出来なかった。記憶もそろそろ薄れかかっているのだが、「続く」となりそうだなぁ・・・・。

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木村貴一 2009-05-31T00:33:31+09:00
断熱(北斎と富士とB級グルメの旅その4) http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/05/b_3.html
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家の断熱というものをどのように考えるのか・・・・。そんな事を、あらためて、勉強してみようという事になり、社員や大工さんや手伝いさんを交えて、野池さんに、講習会を開いてもらったのは、今週の事だった。

それは、省エネ改修促進税制 とやらが、4月1日から創設されたのだとか・・・・。次世代省エネ基準が等級4で、それは・・・・。等級3が、通称、新省エネルギー基準と呼ばれ、それがつまり・・・・・。それぞれの壁の断熱材はグラスウール相当で、これぐらいを入れる必要があり、天井は・・・、床は・・・・。と、野池さんが語ると、大工が、「グラスウールかぁ。あれ、カユイからイヤやなぁ! 大工の体に悪いのは、住んでいる人にもエエことないでぇ!!」と。椅子席から、ヤジを飛ばす。皆から笑いがわき起こると共に、「なるほど」と、なんだか納得したりして・・・・。

そんなこんなの、吉本新喜劇風の、ベタなやりとりや、ヤジが飛び交う、講習会ではあったものの、次世代省エネルギー基準とやらが、ほんとうに、この大阪を中心とした、関西の住宅にとって、相応しい基準なのかどうか・・・・。確かに、それは、間接的に、CO2削減に貢献し、地球環境に貢献するのだろう・・・・。まぁ、とにかく、そんな事が、住宅の善し悪しを決める基準のひとつになるのら、それぐらいの事は、いつでも簡単にクリアー出来る、その態勢は、整えておきたい。と、おもう。

最近のリフォームでは、断熱性能を上げたいという要望と、耐震性能を上げたいという要望は、ベーシックな事柄になってきているようだなぁ・・・・・。なんて事と、新型インフルエンザと白いマスクと休校の学生達とそれらが及ぼす経済への影響と家にいる子供の姿が支離滅裂に錯綜するのだった。

 

そうそう、「ゴールデンウィーク、北斎と富士とB級グルメの旅」の続きでも・・・・・。

DSC07632大井川での宿泊は、列車が鉄橋を渡る音が、時として、うるさく、2、3回、眠りから引き戻されそうになる。いや、それは、「風情」だと思えば、それなりに、「フゼイ」でもあった。夜の9時頃に寝るなんて事は、年に、数度の事で、流石に、目覚めは早く、夜明けと共に、鳥の合唱があちらこちらから聞こえてきた・・・・・・。

DSC07634折りたたみ自転車を取り出して、川沿いを一時間ほど散策すると、家族も起き出し、息子はスケートボードを取り出して、ゴロゴロと滑り出し・・・。そん事をしている間に、お腹も空いてきて・・・・。そんな通常とは違う朝だった。

  次のチェックポイントは「駿州江尻」で、それは清水港の周辺で、富士を見る予定で、国道を使っても1時間もかからない距離で、到着まで○○分です。と、ナビが、女性の声で、それが、親切か不親切かは別として、伝えてくれていたとおもう。

DSC07641とりあえず、製紙工場の煙突から出る煙を眺めながら、出発した。その大きな工場を見て、「そうそう、このあたりは、パルプで有名なんや」と、「現役」の息子が、社会科の知識を言うと、そうそう、習ったワ・・・・と、夫婦そろって同時に発声し、少々の見栄などもはりながら、朝早くのガランとした島田の町を通り抜けた。

朝ご飯を探しに、取り敢えず、焼津港に立ち寄ってみる。朝の7時過ぎなので、開いてる店は、マクドナルドとか・・・。流石に、そこで、食べる気は起こらず、それは、今回の旅は、B級グルメの旅でもあって・・・、それじゃぁ、マクドナルドは、いったい何級なのぉ・・・と、考える事ぐらいにとどめておいて、通り過ぎる。

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焼津港周辺をうらちょろして、諦めかけた頃に、開いてる店を見つけた。漁業組合が経営しているのだろうか、朝の8時前だというのに、満員で、地元の人らしき人や、観光客らしき人、ライダーなどなどが、ぞくぞくと、入ってきた。結局、朝食が出てくるまでに30分ほど待つことになる。

朝から、丼もんを食べた記憶がないのだけれど、とにかく、廻りの人々の食べる勢いと、その皿のその美味しそうな雰囲気に圧倒されて、マグロが入った三色丼とやらを食べる。目の前の同じような観光客が注文した桜エビのよせ揚げを見て、あぁ、それにすれば良かった・・・と、恨めしく思えるほど、美味しそうに見えた。それにしても、待ちくたびれたことを帳消しにするほどの、かなりの満腹感と満足感。

だいたい、満腹になると思考回路もだらしなくなりだし、道路標識にあった、「登呂遺跡」というのに、反応してしまい、予定には全くなかったのだけれど、ちょっとだけ、寄り道をしてみようという気が起こる。まぁ、考えてみれば、この旅全体が寄り道のような旅でもあった。

DSC07657 縄文の遺跡には、野や山や川や海や湖があり、風光明媚で、あちらこちら、それなりに巡ったのだけれど、弥生の遺跡には、あまり馴染みがなかった。あらためて、見ると、それは狩猟採集でなく、水田だぁ。稲作だぁ。とおもった。

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ほんとうに、その当時の木組みが、こんなふうであったのかどうかは、定かでなく、疑問の余地もあるのだけれど、木組みの、小屋組の、原型のような展示だなぁ・・・・と、考えながら、水田跡のあぜ道を歩いていると、気になるアプローチに出くわす。

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芹沢美術館というらしい。アフリカの造形という展示をしているらしい。朝食におもわぬ時間がかかり、予定外の登呂遺跡に立ち寄り、もう既に10時になっていたのだけれど、寄り道ついでにもう少し寄り道を・・・と、おもわせるほど、ちょっと、ぞくっとするアプローチだった。今回の旅では、「感動的な富士山」を見ることはできなかったのだけれど、何よりもの感動は、この建物だったのかもしれない・・・・・。

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入り口に入りると、石とナラらしき木組み風の天井が不思議な融合をし、やっぱり、ぞくっとする。受付の人に設計者の名前を聞くと、 白井晟一 だと・・・・。そうか・・・。そういえば、五島列島を旅行し佐世保に立ち寄った時に、親和銀行を見忘れた事に、少々後悔した事を思いだした。写真撮影してもいいですか、と聞くと、観覧者に迷惑でないようにお願いしますと、笑顔で、快く応じてくれる。

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不思議な世界感だった。展示の関係か、自然光が入らないように、窓にカーテンがしてあり、そのため中庭の池がみえなくて・・・、光が入った空間が見れなくて・・・、それが、何よりも残念だったのだけれど、見学して良かったなぁ・・・・、寄り道して良かったなぁ・・・・と、おもえた。

そうそう、近くにあった移築された芹沢邸が、最近の工務店がつくる、木組みの家づくりの原型のようでもあって、それはそれで興味深くもあり・・・・・。

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そんな訳で、ブログ上でもクドクドと寄り道をしてしまい、まったく、先に進まず、そろそろ、この旅のブログも疲れが見えはじめ、もっと、端折って書いて、次回で終わりにしようとおもうものの、富士の旅のはずなのに、富士の写真がほとんどなく・・・・。いやぁ、最後まで、その写真をお見せできそうにもなく、あぁ、「おち」がない事にも気づきはじめ、その自分自身と、この旅のブログへの焦燥感なども、少々わいてきたりして、ちょっとした、断熱状態に陥りそう。そういえば、新型インフルエンザからは断熱したいねぇ・・・・。

という事で、唐突ですが、冒頭の写真は、芹沢美術館でのラウンジからの庭の眺め。そこで頂いたお茶が、その部屋の雰囲気と相まって、美味しく感じたなぁ・・・・・。

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木村貴一 2009-05-24T23:54:04+09:00
保険(北斎と富士とB級グルメの旅その3) http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/05/b_2.html
保険会社の人が、尋ねてきて、火災保険を上手に選択すると、家のメンテをするのに、費用が出る項目が多々あって、中には、24時間態勢で、水漏れがあれば、駆けつけます。なんていうサービスもあり・・・・。家を守り、維持していくためとして、工務店さんから、是非、有用で、エエ火災保険を提案してあげて下さい・・・・・。

今週の前半の朝に、お会いした方との、そんな様子をふと思いだした。その大手保険会社の担当の方は、つい3年ほど前に、関東で、自宅を建てた。設計士と工務店と一緒に家づくりをした、その期間が、もの凄~く、楽しかったなぁ・・・・と、満面の笑顔で語ってくれた。週末に夜行バスで、家に帰るのが、何とも楽しみで・・・・。帰りすぎて、お金がちょっと・・・・・。

この背後で、奥方は同窓会同窓会とバタバタバタバタ、ガサガサガサガサと騒いでいる。時として、見たこともないような、カバンとかアクセサリーが出てくるのに、少々、驚いたりするのだった。息子は、家の前の道路でバスケットボールをしている。わりと、典型的な日曜日。

そういえば、つい最近、近所の子供達が、家の前で、バスケットボール遊びをしていて、うちの家の窓硝子を割ったらしい。もちろん、ゴメンナサイと、ちゃんと謝って帰って行ったという。それで、その窓硝子をなおすのに、うちの長年お付き合いしている三木硝子さんに連絡をして、直ぐに硝子を取り替えてもらった。

でも、その費用は、どうするのぉ。と、一瞬考えた。そしたら、奥方が、いま加入している、火災保険で、そのお金でるねん。それに一時金として、ほんのちょっとした、お金やけど出るのぉ。と言った。・・・・・。いまここで、そんなこんなの様々な事が、頭の中を、出たり入ったりしているのであった。


そうそう、「ゴールデンウィーク、北斎と富士とB級グルメの旅」だ。


袋井のお風呂屋さんで、湯船に浸かり、普段、全く見ることもない競馬を見て、レストランの椅子に腰掛けると、目の前が茶畑だった。ここは静岡だ。と、ようやく、気付いた。奥方が、突如として、「お茶」 「買ぅぅ」 と、まるで、外国人のような文法で、言葉を放つ。テーブルには、B級グルメの「袋井宿たまごふわふわ」がひとつだけ、ポツンと置かれ、皆で、少しずつ、食す。うまい!とは言い難いお味。まぁ、でも、この旅は、「経験」が、遊びなのだ。

もう4時近くになってしまう。次の目的地は日坂宿で、「遠江山中」で、こんな光景と出会うハズ・・・・。

遠江山中

ナビによると袋井から日坂宿までは、30分ほどだった。国道1号線を進むと、その1号線のバイパスが次々とあり、気が付くと、目的地付近を通り過ぎていた。引き返す。小さな集落の中をうろちょろする。製材所を見つける。進む。停まる。バックする。また進む。曲がる。停まる。進む。なんだか不審者のような気がしてきて・・・・、早々に見切りをつけて、今回は、「遠江山中」は、ここだとする。

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「ここ、知りあいなん?」と奥方が突拍子もなく聞く。確かに、私は、工務店を営んでおり、そうそう、吉野には、今はもう、死語に近づいてきた、銘木屋さんが、親戚にあり、林業を営む吉野の山持ちさんが、親戚にあり、ちなみに、吉野川沿いにある、「こばしの焼き餅屋さん - Google 検索」も親戚であって、小さい頃には、数ヶ月に一度、吉野に住む親父のお兄さんが、そのやき餅を持って、大阪にやってくるのが、かなり楽しみだった。

こし餡が好きか、つぶ餡が好きか、どちらが「通」かで、いつも楽しく論議したものだ・・・・・。これもB級グルメ、ご当地グルメと呼ぶのだろうか・・・・・・。それはともかくとして、大阪からこんなにも「遠い山の中」に、知りあいは居なかった。

「木」や「お茶」を生業(なりわい)とする人々、が、この界隈には、何軒か、生活しているようだった・・・・・。出かけよう!北遠へ-ふるさと散歩道  「大鋸=おが」は製材に使われました なんていうホームページにも出くわす。この北斎の描いた絵を眺めると、巨大な木材の上に乗って、大鋸(おが)という鋸(のこ)を使う職人さんの、その「腰」の、あの「丸み」が、何とも、エエ感じ・・・・と、いつもいつも思うのだ。「リアルな何か」を感じるのだった。

そして、その絵を見ると、小学生の時に、描いた、家を建てる大工さんの絵を思いだし、その絵の中で、大工さんが、木材を2階に引き上げる作業姿の、その絵の、腰つきを、いつもおもいだすのだった。

それにしても、富士山は見えない。ほんとうに、この辺りから、富士山が見えるというのだろうか・・・・。そんな気にさせらがゆえに、見てみたいとおもった。どこかで、富士山が堂々と隠れて、見守ってくれている。ハズだった。

日が暮れていきそうな気配。やっぱり、今日は、大井川までは、金谷宿までは、目指そうと思う。旧の国道か国道1号線か、どの道を進むめば良いのかわからなかったので、なるべく、狭くて、曲がりくねって、ゆっくりと進む道を選択する。

曲がりくねった山坂道だった。近くに石畳があります。という標識が通り過ぎていく。時折、歩く人。あの「腰つき」で自転車をこぐ人。と、すれ違う。この道を走ってようやく、私たちも東海道五十三次の一部を走っているのだと実感がわいてきた。あぁ、今から思えば、金谷の町に寄り道すをるべきだったかなと、ちょっと、後悔する。

東海道金谷の不二

次のチェックポイントは、「東海道金谷の不二」だっDSC07588た。川を渡る。越すに越されね大井川を渡る。その当時の一大イベントに出会えるハズもなく・・・・・。後続車が後ろにピッタリとくっついていた事もあって、何だか勢いで、大井川を渡ってしまった。あぁぁぁという間の出来事だった。あっけなく島田宿に到着してしまう。

DSC07589 「情緒」は諦めて、兎に角、写真撮影だった。さて、どうして、写真撮影をすれば・・・・。そういえば、「蓬莱橋(ほうらい橋)」という木造の橋があるらしい・・・・。暮れていきそうな大井川沿いを走り、その木造の、とにかく長~い橋に辿り着く。以外と、まだ、多くの観光客が、その橋を渡っていた。橋を渡る通行料金を支払う。その時、おもった。あの高速道路の1000円は安いのだろうか・・・高いのだろうか・・・・・。

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さて、その橋から、取り敢えず、撮影してみると、どうも方角がおかしい。「その方向、絶対間違ってるとおもうワ。」というダメだしがある。確かに・・・・。いったい富士山はどこに・・・。影も形も気配さえも感じられなかった。方角を変えて取り直す。DSC07615 DSC07620

この橋を往復するのに40分ほどもかかった。人間の心理とはおかしいなものだなぁ・・・・。なんだか、途中で引き返すのが、「諦めた人間」と思えてきて、往復しなくては、「ダメ人間」のような気になるのだ・・・・・。ほとんどの多くのカップルが、語らいながら、仲良く手をつないで、往復していた。

帰りの改札所で、おっちゃんに、富士山の方角を聞いてみる。「ここ一週間ほど、まったく見えないね。橋の真ん中で見ると、山の上に富士山の美しい姿が見えるんですがねぇ・・・・・」と、その言葉を聞いて、富士山を見た気分にすることにした。

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当時の人々は、この川を渡るのが、一大イベントだったに違いない。この川を渡る事で、いろいろな「決意」を固めたのだろうか・・・。富士山に見守られながら、川の真ん中からその決意を富士山に向かって誓ったのかもしれない・・・・と、ちょっとセンチメンタルな想像をしてみた・・・・・・・。

 

この後に及んで、旅行に来て、全く、遊んでいないぃ!!と、息子が、言い出した。体を動かしていない。と・・・・・・。えぇ、先ほど、歩いて、橋を渡ったのは、運動ではないのぉ。と問いかけるのはムダなことだと、最近気付いてきた「私」。

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川と芝生と夕暮れの青空と飛行機雲と月と鉄橋と夕焼けが同居する中で、サッカーのボールを思いっきり蹴り。キャッチボールのボールが見えなくなるまですると、不思議にまた、お腹が空いてくるのだった。今夜は、この河川敷で、宿泊すると決め、食料を求めて、近くのスーパーに行く。「生しらす」とか、造りとか、お寿司とか・・・・、それに、朝方に買った変わった種類の「ちくわ」も・・・、それらを夕食として、ほとんど人のいない、大井川の河原で食す。

満腹感。それよりも、背後から迫り来るブログへの切迫感に観念した。その河原で、ノートパソコンを広げ、「あっぷ」したのが、「あれ」だった。もちろん、その直後、この長~い一日を終えて、寝られることが、何とも嬉しくて、あっという間に眠りについた。

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木村貴一 2009-05-17T17:19:13+09:00
再起動(北斎と富士とB級グルメその2) http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/05/b_1.html DSC08060(1)DSC08057

ゴールデンウィークが終わり、ほんの4日ほど、家や会社を留守にしただけなのに、わずか暫くの間に、会社の前の「エゴの木」には、 白い花がいっぱいいっぱい咲き、石鹸のような、さわやかな香りを放つ。

家の庭のクスノキにも、葉っぱがいっぱい生い茂りはじめ、少々驚く。気が付くと、一本のタケノコがぐぅーんと伸びて、 2階の窓の目線の位置まで達していた。この春の4日間に、自然はそれなりの変化をし、「私」は、わたしたちなりの旅をし、漂った・・・・・。

「北斎と富士とB級グルメ」という、旅を「こじつけ」た。それは、ゴールデンウィークのゲームであり、楽しみであり、苦行であり、 休息であり、労働であり、勉強であり、快楽であり、何よりも「遊び」であって、私なりの悦楽でもあった・・・・・。

ただ、それに付き添わさせられた「家族」は、悦楽だったのか、どうだったのか・・・・・。確かに疑問。

奥方は、家の布団をそのまま車に持ち込んで、車での移動中は、ひたすら眠り続ける。そして私は黙々と運転。「B級グルメ」 に到着すると、むくっと起き出して、並んで、待って、食べることを苦痛とせず、高カロリーの食べ物を食べて食べて、 「家に帰ったらダイエットするわー」と叫ぶ。

中学生になった息子は、わけのわからない、はじめての土地で、いきなり、北斎の写真をもたされて、 写真撮影に付き合わさせられるのだった。体を動かすこと、イコール、遊んでいること、と等価な次男とは、大井川の河川敷で、 サッカーのボールをおもいっきりけり合い、キャッチボールをし、スケートボードで滑り、車に持ち込んだ折りたたみ自転車で、走る。 車の中では、寝る。プレステ。DS。ヘッドホーンで音楽。

長男は、いきなり、東京から彼女を連れて帰ってきて、キャンプに行くといって、私のテントなどキャンプ道具を車に積め込んで、 大阪から西に、四国に向かって、旅立った。「わたしたち」は、東に、名古屋に、静岡に、向かって、旅立つ。「それじゃぁ、6日に、お互い、 無事に、会おかぁ!」 と云って、それぞれの旅の無事を祈って別れたのが、5月2日の深夜のことだった・・・・・・。



深夜、ガラガラといえばガラガラだけれど、少々多いめの車の流れと共に、名神高速道路を走り、名古屋に向かう。途中、 新しくできた第二名神を乗り継ぎ、東名阪道路のパーキングエリアで、仮眠する。もちろん、奥方と息子は、家から持ち込んだ布団の上で、 寝息を立てていた。

意外にぐっすり眠り、なぜか5時に目が覚め、PAの便所で、すっきりしてから、おもむろに、第一チェックポイントの名古屋に向かう。

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「尾州不二見原」という、こんな光景に出会えるはず・・・・・・・・・・・。

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名古屋の中心街のそのあたりに行くと、「富士見橋」というのが、確かにあり、もちろん富士山が見えるわけもなく、 こんな5時台の朝早く、桶を造る、ものづくりの作業風景があるはずもない。もちろん、うろちょろする人もいない。取り敢えず、ここを、 今回の、「私の尾州不二見原」と、勝手に、決める。

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それで、息子と奥方をたたき起こすことにする。、まぁ、何とも、迷惑そうな顔・・・・・・。確かに、その気持ちもわかる・・・・・。 それでも、撮影の助手を頼むと、意外にすんなり応じてくれたのは、「しゃぁないなぁ・・・!おとんの、このばかげた遊びに、まぁ、 付き合ったるわー」という、子供ごごろと見た。

奥方は、その一部終始を見ながら、「あほちゃぅー」と、ノーメークの顔で笑い、呆れ、のたまい、でも、「まぁ、しゃあないなぁー!!」 と、見守ることにしてくれた。 以降、だいたい、全ての場所で、こんな雰囲気で、撮影をすることになった。

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周辺には、大きなお風呂屋さんがあり、マンションが建ち並び、材木屋さんのようなところもあったのだが、さて、今、ここでは、どんな、 「生きる人々の姿」が、あるのだろうか? そして、その姿を、小さな小さな富士山が見守ってくれているはずなのだ・・・・・・。

一台、黒のレガシーが、私たちの車の数メートル、後ろに停車した。「こんな時間に、こんな場所に、あんなふうに停車してる、あの車、 きっと、同じように、北斎の絵の場所を探している人に違いないわー」と、大阪のおばちゃんらしく推理する奥方だった。


「そやなぁ・・・」と、適当に聞き流しながら、次のチェックポイントを目指す。名古屋高速から名神に戻って、豊橋を目指し、 豊橋城の公園の駐車場の木陰の下に車を止める。

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そよ風が車に流れ込み、奥方と息子は、気持ち良さそうに、ひたすら、眠っていた。私は、車の後ろのハッチを開けて、 折りたたみ自転車を取り出し、周辺の朝を巡る。

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自転車でゆっくりと、走ると、足早に散歩をする見ず知らずの、おじさんが、「おはようございます」と元気な声をかけてくれた。素直に、 「おはようございます」と返す。なぜか、晴れ晴れして、気持ちエエ。その瞬間、五島列島での旅の光景が蘇り、 ダブる

      東海道吉田

この第二チェックポイントの吉田宿では、こんな光景に出会えるはずだった。旅の途中に、 綺麗なお姉さんと富士山を見ながらお話しするのもエエなぁ・・・・とおもう。そんな不二見茶屋を探さなくては・・・・・。

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まぁ、でも、これから先の工程も考えてみて、それに家族旅行でもある事だし・・・、とりあえず、ここを、今回の「私の東海道吉田宿」 としようとおもう。助手達は、快眠し、起こしに行っても、自転車が一台だけなので、ここまで来るのにたいへんなのだ。

絵のような手摺りもあることだし、横には、静かに本を読む見知らぬ人が、ひとり。お姉さんが手摺りに寄りかかって居ないのが、 誠にもって、残念なのだけれど、とにかく、ひとりで撮影する。

天気は良いのだけれど、「やはり」富士山は見えない。ところが、暫くして、なんだか富士山の方角が違うような気がしてきた・・・・。 それで、地図で、富士山の方角を睨みながら、撮影したのがこれ。

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車に戻ると、それぞれが、代わりばんこに、自転車に乗り、散策に向かう。その小一時間ほど、私は朝寝をする・・・・・。 うっすらと目覚めながら、それぞれが、見た光景と印象を聴くと、不思議にも「ずれ」があり、そのことに、 それぞれの内面で起こるリアリティーというものを感じ・・・、いやいやそんなことより、朝食を探しに、街の中を車で彷徨することに決めた・・ ・・・。

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ちくわのヤマサというのが、豊橋が本店だと、インターネットで知る。それで、その住所を見ながら、街の商店街に迷い込でみる