Voice of 木村工務店 http://WWW.kimuko.net/blog/ ja 2010-08-29T22:16:20+09:00 朝マックならぬ朝カニ。 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/08/post_308.html ほんとうに暑い。暑いなぁ。と、かなりクーラーが効いている事務所にいて、たまに外に出た時に、大騒ぎしている「私」に対して、現場で働いている職人さんが、「なに、ゆうてんのぉ。めちゃめちゃ涼しいところにいて、たまに外に出るだけやん。わしら、もう、ぶっ倒れそうやでぇ。この頃、毎朝、起きたら、この暑さの事考えて、憂鬱になるわ・・・・・」

昨日、木造の上棟式があって、職人さん達の真っ黒な顔を見て、「どこの海行ってきたん」と言うと、「あほ、何言うてんのぉ。仕事。この家の建前。決まってるやろ。今度、社長、1回、上棟の時の職人さんとして、雇ったるから。こき使うでぇ・・・」と。吉本新喜劇的トーク。

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最近、家を雨に濡らさないために、上棟後すぐに、ブルーシートで、養生をするのだけれど、この暑さ、上棟式では、風が抜けず、サウナ状態だった。近頃のこの暑さを体感すると、「遮熱して、風が通り抜ける涼しい家」というのを本気で考えるようになるねぇ・・。それにしても、上棟という、この日本文化が大好きだ。世界の人にも伝えたいぐらい。職人さんや施主さんや神々に「感謝」するというのが素敵だとおもう。やっぱり感謝です。

───────────────────────── 2010年のお盆休暇 「能生」 ────────

暑い中でも、お寿司というのは、食べやすいし、美味しい。と、上棟式のお寿司に感謝しながら、食べた事を いまこのブログを書きながら、思い出すと、唐突に、「夏のカニ」の事を連想した。「カニ」は冬の食べ物だ。とおもっていた。

お盆。12日(木)の午後11時に大阪・小路を出発する。出発するまでの準備とか、家の片付けとか、いや、ほんとバタバタする。明日に出発を延ばそうかと、何度も弱気になるが、車の渋滞の事を考えると、とにかく、ムリムリ出発するのだった。

コンビニに立ち寄って、飲み物を買う。運転していて、疲れてきたり、めんどくさくなってくると、何か口に入れて、そのブツクサを解放してあげるのに、飲み物がちょっとだけ必要で、それにしても、家族で、ちょっとした飲み物や食べるものを買うと、意外な金額を支払っていて、このコンビニ商売のしくみと心理に唸る。

深夜のガソリンスタンドに立ち寄る。ディーゼル車なので、セルフサービスで入れるのも店員さんに入れてもらうのも、軽油なら、同じ金額です。と言われると、当然、店員さんに入れてもらうわけで、その店員さんの態度に好感がもてて、同乗の奥方も、子供も、気分エエなぁ・・・と、同時に呟いた。旅の気分まで盛り上げてくれて、サービスというものの、原点を垣間見るおもい。そうそう、普通ガソリンは、セルフの方が安かった。こういう、価格とサービスの設定方法というのは、どうやって決めているのかね・・・。などと、集中力が切れてくると、そんな事を考えながら車を運転するのだった。

コンビニやガソリンスタンドに寄っているうちに、高速道路に入るまでに、それなりの時間がかかる。高速道路の運転をしていて、いつもおもう事は、休憩とか、ガソリンとか、買い物とか、食事とか、そんな事に、油断していると、かなりの時間とお金を浪費している事に気付くこと。サービスエリアでのビジネスが、それなりに繁昌しているのかどうか、よくは知らないが、高速道路における、ドライバーと同乗者の心理的状況をあれこれ、分析しているのだろう・・・・。

2時間ほど運転して、深夜1時30分すぎ、北陸道の南條サービスエリアで仮眠をとる。サービスエリアは、満杯状態。仮眠をするのに、どこに車を停めるのかは、悩みどころで、経験のない時は、便所や売店の近くに停めた事もあって、そうすると、車の出入りが頻繁にある事と、車のドアーの開け閉めの音が、意外とうるさくて、眠れなかったりする。近頃は、長距離トラックが仮眠している、その数台のトラックの隙間に紛れ込んで、ぐっすりと眠る。最近、なんだか、車中泊が増えてきていると感じる・・・・。

朝の5時台の高速道路の運転がエエ。道路も空いていて快適だし、それに空が白々してきて、エネルギーがわいてくる感じ。そんな訳で、5時頃、ムクッと起き出して、車を運転する。後方では、奥方と息子はぐっすりと寝ていた。いまにも雨が降りそうな、どんよりした天気。

16日に軽井沢で泊まるのに、北陸廻りで行こうと決めたのは、息子と海水浴をするためで、福井では、大阪に近すぎるし、富山あたりか、新潟あたりかと、インターネット上を彷徨っていると、糸魚川の近くの「能生」というところを知る。「ベニズワイガニ」とあって、夏でもカニが獲れて、食べられるのだと知ると、息子の一番の好物がカニで、海とカニが第一日目に揃うのは、息子の満足度が高いはず・・・・と、おもい、目的地を決めた。

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朝8時前には、雨がパラパラしそうな「道の駅 能生」に到着していた。かにや横丁なるものを見て、少々、驚き、朝から、皆がタライ一杯にかにを買って食べているのを見て、もっと驚いた。流石の息子も朝からカニ食べるのぉと、呟くが、通りを2回ほど往復して、ようやく、家族の決心がつく、周囲の勢いに便乗して、カニを食べる事にした。朝マックではなく、朝カニ。時刻は午前8時47分。試食すると、ゆで方や塩加減によって、各店舗の味が微妙に違うのだ。地元の人が車で乗り付けて、買って帰った、その店でカニを買い、その場で、食べることにした。いまおもえば、自分の舌より、口コミを頼りにする、現代社会の消費者意識そのものの「私」ではないか・・・・・・・。

───────────────────────────────────── つづく ────────

同じ日本でも、大阪と新潟の能生での、食文化の違いは、オモロイ。気候風土というものが違う限り、食文化も違ってくるのだろう。そうであれば、これだけ、暑い暑い日が続くと、日本人全体の文化的な意識にも新たな変化が起こるということになるのだろか・・・。暑さが、変化の兆しなのか。「2010年が21世紀の始まりとちゃいますかぁ・・・」と言ったのは、確か、コトバノイエのカトウさんだったかな・・・・・。

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木村貴一 2010-08-29T22:16:20+09:00
残暑お見舞い申し上げます。 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/08/post_307.html お盆休暇をどのようにして過ごすのか。いまの経済情勢を考えると、なるべくお金を使いたくないという気持ちもあって、かといって、家で、5日間、ゴロゴロしているのも、ストレスがたまりそうな気がする。それに、次男が、中学2年生で、「海」という言葉を発すると、「やったぁー」という声が返ってきて、おそらく、そんな素直な返事がもらえる、夏休みを、子供と一緒に過ごせるのも、残り3年ほどだろう・・・・・。

奥方が、今年は、クラシックな老舗旅館に泊まって、くつろいで、美味しい料理を食べて、勉強もするのだ。という。「建築」というものに携わっていると、ホテルや旅館に泊まるとう事が、何某かの刺激になって、もちろん、空間的な勉強にもなり、レーザの距離計を持ち出して、寸法を測定し、空間を数値として知るのは、私にとっては、オモロイ遊びのひとつでもある。

それに、何よりも、その「ホスピタリティー」を体験するのは、企業として、見習うべきものも沢山あって、どうせ、お金を出して、泊まるのであれば、それなりのホスピタリティーのあるホテルや旅館に泊まりたい。とおもう種類の「私」なのだろう・・・・・。

そうそう、それとは全く相反するけれど、車中泊というのが好きで、もちろん、あの寝心地の悪さは最悪的であるものの、それでも独特の魅力があって、止められヘンのだ。おそらく、旅館の食事の時間に縛られることなく、好きなときに食べ、好きな時間に起きて、旅立てる、という、時間を勝手気儘自由に使える楽しさが、その魅力のひとつだとおもう。

あともうひとつは、キャンプ。テントで寝るのは、あまり好きではないのだけれど、防虫ネットで囲われたタープの下で、GIベットの上に、寝袋の中に潜り込んで、外寝するのが、何ともいえない魅力があって、真っ暗な闇に包まれて、闇の怖さも感じながら眠りに落ちていく、あの感覚。フェードインのごとく鳥がさえずり出し、夜明けがやってくる、夜と朝の曖昧なあの時間帯の魅力。夏のキャンプでの外寝の魔力にとりつかれてからは、こんな調子で、今回の旅でも一泊だけ、嬬恋でキャンプをし、やっぱり、外で寝た。

食べる事には、猛烈な執着心があるわけでもなく、「あてがいぶち」でも、それなりの我慢は出来るのだけれど、それでも、大阪と違う、食文化に触れるのは、楽しいし、「うまいもん」を食べた時の満足感は、確かに、幸せを感じる。いま、こうして書いてみると、無意識下での、旅の原動力のひとつになっているのだろう。

「ケンチク」を見る事や「マチ」を見る事が、「シゴト」としではなく、単純に「スキ」だとおもえるようになったのは、ここ10年ほどの事で、それが、新たな旅の原動力にもなっていて、「遊びに来ても仕事のことを考えて・・・」とはまた違う感覚。それに、「ジョウモン」や「ホクサイ」や「バショウ」など、ミーハー的なファン心理も手伝って、それらが、旅へと誘う。

そうそう、何よりも「体を動かす」というのが、行動の原点にあるのかもしれない。夏の「泳ぐ」という楽しみは、この年になっても、大好き運動のひとつだし、「歩く」というのも楽しい運動で、山や川が、何よりも魅力的で好きなのだけれど、町歩きだって、かなり楽しい。「私」も少々大人になって、大型アウトレット店を「歩く」のは、それなりの苦行ともいえるのだけれど、それを楽しもうと努力している最近の「私」は、誉めてあげたいぐらい・・・・・。

それに、何にもまして、旅での長距離運転が、「私」にとってのモータースポーツであって、マラソンのごとく、出来るだけ長距離を休まずに走る事の達成感と満足感が、まったくの個人的な楽しみ・・・・。夏の旅の、いつもの一日目は、長距離運転とスポーツで、それは、トライアスロンのような感覚であって、とにかく、長距離を走りきり、その後、何らかのスポーツで、鼻から、いっぱいのCO2を吐きだして、鼻からいっぱいの酸素を取り込む事で、仕事モードや仕事のストレスが一気に解放されていくのだった・・・・・。

そんな訳で、旅の大本の原動力は、奥方が、軽井沢の万平ホテルで泊まるという。衝動であって、彼女に言わせれば、ただ単に、ゆったりと寛ぐためだけでなく、私や息子にケンチクとホスピタリティーの勉強をさせてあげているのよぉ。そういう寛大な心がそうさせているのぉ。という。なるほど。でも、ほんとかねぇ・・・・・。

息子の事や、その他、様々な旅への衝動が、複層的な歯車として、がっちりと絡み合うことで、ようやく、行動として、動きだす「私」。4月に予約をすると、8月16日だけ、部屋が空いていたのぉ。と奥方。その16日に軽井沢に泊まるために、13日に大阪を出て、どうやって、そこに、辿り着くのか、その「編集作業」が、私の役目であって、「めんどくさい」という気持ちを見守り、やり過ごしながら、グーグルマップとグーグルの検索で目的地をあーだこーだと考えたのは、出発の1週間前だった。まぁ、でも、やり出すと、その編集作業は意外と楽しいね・・・。

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IphoneにあるTrip Journalというソフトを使って、このお盆の旅を記録した結果がこれで、「私」の様々な旅の衝動が、どんな形で、実現されたり、実現されなかったのかは、また別の機会ということで・・・・・。

そんな訳で、木村工務店の夏休みも終わり、それでも、まだまだ、残暑が厳しいのですが、社員一同、この暑さを吹っ飛ばす勢いで、がんばって参りますので、読者の皆さん、木村工務店への変わらぬご愛顧を賜りますよう、よろしくお願い致します

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木村貴一 2010-08-22T23:51:51+09:00
お盆休暇 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/08/post_306.html お盆休み中である。

「私」は、長野県の小布施という町にいて、それには、いろいろな理由と原因が重なっての事だけれど、まぁ、そんなたいそうな・・・・。こうやって、この地のこの宿で、ノートパソコンに向かっている、「私」を、不思議な気持ちで眺めてみる。

05007fdd-3c22-4afc-9d22-97235b06e3be1890716f-0172-4877-aceb-ff3b534915ac朝起きて、町を散歩する。栗の木があって、栗の実が、道に落ちている姿が、「私」の住む大阪の小路とは全く違って、情緒があるなとおもう。蝉が鳴き出すと、それが、ミンミンゼミで、いつも聴くクマゼミの合唱と違って、あっ、新鮮。旅の目的のひとつは、いつもと違う、新たな、「印象」を受け取りたいだけなのかもしれない・・・・。

9e2dabbb-0965-47ca-8cd1-accf12e5ce38その宿には、図書室というのか書斎のようなスペースがあって、最近の宿の「流行」のひとつかもしれない。倉を改装した窓ひとつない空間に、大きなテーブルが真ん中にデーンとあって、四方を本棚がとり囲む。最上段には、酒瓶がずらりと並んでいて、造り酒屋などが母体となっているグループが経営しているらしい。本と酒瓶が不思議な関係を醸し出す。

朝風呂に入って、朝の散歩に出掛け、その帰りに、ちらっと、「書斎」を覗いてみる。まだ午前6時30分。誰もいない。当たり前と言えば当たり前。なぜが、その空間に吸い込まれてしまい、本棚を眺める。本棚を眺めて、時々不思議におもう事は、興味をひく本の、左右にある2、3冊の本の題名も眺め、その何となくの、その本との関係も含めて、その本を手に取って引っ張り出すかどうか、無意識に決めている「私」を発見する事。

そんな訳で、何冊かを手にとってパラパラと眺め出す。そして、テーブルに、その2、3冊置いて、椅子に座る。一冊だけ引っこ抜く事もあれば、その左右の何冊かも一緒に引っ張り出すこともある。そのうちの一冊の中をおもむろに読み出す。パラパラ。パラパラ。そんな事を2、3回繰り返しているうちに、気がついたら1時間も経過していた。早朝の「本屋」さんでの本読みというのが、初体験で、とっても新鮮な印象を食したような気分。

こんな感じで、本屋さんが近くにあれば・・・ともおもうが、宿泊客という囲い込みの場があってこそ、成り立つ事なのだろう・・・。不特定多数の人には無理が多いのかね。きっと、ちょっとしたSNS的な本屋さんと言えるのかもしれない。あっ、そうそう、友達の友達が集まる本屋さんとか、人と人がつながる本屋さんとか、そんな感じ、どうかねぇ・・・・。

そんなこんなで、朝食を食べ終え、お部屋の書斎的なテーブルにノートパソコンをおいて、ブログする、いまとここ。もう少ししたらチェックアウトして、次の「地」を目指そうとおもう。それでは、ちょっとヘンな表現だとおもうけれど、突っ込まないでほしい。

「皆さん、魂が安らぐお盆休暇を!」

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木村貴一 2010-08-15T10:07:43+09:00
花火 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/08/post_305.html 「花火」と書き出す。そういえば、いつの時代から、花火が発生したのかと思い、ウィキベディアで調べてみる。すると、火薬、鉄砲伝来という言葉に出会う。不思議な感覚。なるほど、花火は火薬との出会いであったのか。

どういう訳か、私の脳内リンクは、火薬が、白川郷を結びつかせる。毎年、社員や協力業者が集まって行く「修学旅行」で、白川郷を訪れたのが、2007年の6月の事P1050407P1050426で、その村落の美しさに共感するものの、なぜ、こんな陸の孤島のような村が、それも、大きな家として、「豊か」。なのかと、疑問におもっていた。きっと、何かの大きな経済活動があったのだ。それが、穀物なのか、養蚕なのか、そしてそれらが特別な製品であったのか・・・と。案内の人が、火薬の原料になる硝石を生産し、そのために大きな家と土間が必要だったと聞いて、この村の豊かさを生みだした、経済活動の謎が、なんとなく理解できた。

あらためて、火薬をウィキベディアで調べると、火薬が → 「元寇」「種子島」「南蛮貿易」「織田信長」「長篠の戦い」「江戸時代」「鎖国」「五箇山」「白川村」「明治維新」「富国強兵」「ヨーロッパの火薬技術」「日本独自の火薬技術」「下瀬火薬」「日本海軍」「日露戦争」「戦後」「隅田川花火大開」と連想されていくのがオモロイ。

花火大会が、軍事と平和の産物であったのか。と考えてみる。そういえば、いま、こうしてブログを書いている、このコンピューターも、それにインターネットも、元々は軍事技術から産み出されたという。

今週、野池学校という講習会があって、「家づくりの理科」というお題目だった。家づくりに関わる、理科的な問題。それは、温熱や結露などなど、そういうものを、雰囲気的と感覚的だけで、とらえるのではなく、理科的に、定量的にキッチリと整理してみようよ。という試みで、家づくりを考える上で、この貢献度は、かなり大きい。

その講習のなかで、今の省エネは、結果的に一次エネルギーである石炭や石油などが削減できる事によってその省エネ度が評価されているのだ。という、あらためて、頭の整理を促す話。ただし、原発に使われるウランの消費は、一次エネルギーの削減に換算されていないよ。と、頭の整理整頓を促す。

その話を、いま、突然、思い出す。花火が火薬と軍事と平和に結びついた事が、なぜか、先日のニュース報道でのヒロシマと、アメリカ政府のその対応を思いださせ、それが軍事から平和への真偽は別として、原子力爆弾から原子力発電への流れを、唐突に連想するに至る、私の脳内の伏線は、野池学校での、その話の断片が原因であった。

省エネルギーは、電気エネルギーの削減が、大きく関与し、電気をつくりだすための水力発電や火力発電や原子力発電と、そのために巻き起こる環境問題を想起させる。それらの問題に、結論を持ち得ていない「私」がいて、それでも、出来るだけ、送電される電気エネルギーを使わない生活。自然エネルギーを活用した生活が、様々な問題を解決させる道のひとつであると、「私」が呟いていた。

戦争と軍事と鎖国が白川郷の経済活動に結びついていた時代を想起すると、いまという時代が、平和と環境問題とグローバル化によって、あらたな経済活動がうまれる時代となり得るのだ。そんな努力目標にしようよ。と解釈すれば良いのだろうか・・・・・。

「花火」がとんでもない話になってしまった。全く理路整然としない、論理的な火傷になってしまった感じ。ほんとうは、10年ぶりで、PLの花火大会を見に行き、40分ほど歩いて、PLのゴルフ場の間際で、花火を楽しんだ。そんな話の予定。

花火を見た、この10年間の大きな違いは、花火の「量」が半分ほどに減ったと感じた事。また、花火の種類の変化。「量」から「質」の変化に変わろうとしているのかもしれない。いまという「時代」と「経済」の影響が、大きく反映しているのだろう。それよりも、最も印象的だった事は、若いカップルが多く、なによりも浴衣をきている女性が目立って、多かった事。きっと、若い人たちの中に、今までと違う、新たな「文化」的意識が、あるのだろう・・・・。

そう言えば、昨日の淀川花火大会に、中津にある、設計のコンドウさんから、ツイッター上でのお誘いがあって、出向くつもりであったものの、当日の朝に、仕事関係の人の突然の訃報連絡があり、午後7時からのお通夜をしめやかに参列するに至り、コンドウ事務所に到着した時は、淀川の花火大会は、完全に終わっていた。

花火を見れなかった事は、ほんとうに、残念だったけれど、地下鉄で出会う、たくさんの女性の浴衣姿が、心を和ませてくれたのだ・・・。thanks 浴衣の女性達!

PS:木村工務店では、お盆休暇を頂戴します。皆様、素敵な夏休みを!

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木村貴一 2010-08-08T14:16:18+09:00
音と断片と間 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/08/post_304.html 断片的に思い出す事があって、それは、先日、ツイートした「朝、セミの大合唱を聴く。ブブゼラのあの音が懐かしいね・・・・・。」今朝も、セミが五月蠅いぐらい。セミが5月のハエと同じだ。というのも不思議な表現だが、ブブゼラのいらだつような音を聞いていると、それも頷ける。セミの鳴き声が、ブブゼラと南アフリカとワールドカップサッカーに結びついてしまった。そういう、私の脳内の「リンク」がオモロイ。

「昨夜、BSで、ワールドサッカー、スペイン対オランダの再放送を見た。試合終了後、しばらくして、「could you be loved」が流れ出した。ボブ・マーリー。今回の南アフリカ大会での「新鮮な印象」は、スタジアムに流れる、ブブゼラとこの曲だった。」というツイートをした。

ボブ・マーリーの大阪公演を、それも二日間も見に行った。というのを時として、自慢してみる「私」がいて、いや、もちろん、真剣に自慢をしている訳でもなく、単に、話題性として、話す訳なのだけれど、それとともに、その年頃の精神状態のありようなどが、蘇ってきて、それだけではなく、二回も一緒にコンサートに行ったその友人のひとりが、自らの命に自らが終止符をうった。という、釈然としきれない、事実が、ほんの数年前の出来事でもあって、あのスペイン戦のノーフォイッスルを聞いて、しばらくして、会場内を包むように流れだした、「could you be loved」が、それらの事を断片的に蘇らせる。

もちろん、そんな事に感傷的になっている年でもなく、「私」のどこかに、それらの断片がやってきて、それにしがみつこうとするわけでもない、また、囚われてみたいわけでもない「私」もいて、通り過ぎていくことも含めて、ただただ見守る。

昨晩、大学時代の友人達と会食する。25年ぶりのヤツも。「シカゴを聞くと、ヘンマツちゃんを思い出すわ・・・」「スティーブンビショップが、あいつの車に乗ると、いつも流れていて・・・・」「ウエザーリポートを聞くと、オオカンダの事を思い出すわ。あいつ、どないしてんのぉ・・・」なんていう、会話が飛び交うのは、年寄りになった、歴然とした証拠であるものの、「音」が、ある断片を蘇らせるのも事実。

松尾芭蕉の「静けさや 岩にしみいる 蝉の声」は、カッコエエ俳句だと、憧れるのだけれど。蝉がブブゼラと結びついてしまい、その蝉の鳴き声がようやく止んで、「静けさ」を満喫している、いまここの「私」と、蝉の音が岩にしみいるほどの静けさと結びついているバショウさんの「いまここ」での境地の違いは、果てしなく大きいか・・・・・。

「音」が、ある断片と断片の「間」に存在する、何かの深淵。奥深い谷のような何か。無。そういったたぐいの「間」に存在する何ものかの、架け橋となる「音」。そういう瞬間に、ある快感が存在している・・・・・。

久しぶりに会った友人たちに、「あの時と、全く、変わってへんわ・・・。」「髪の毛の色は、白いけれどな・・・・。」などと、言われるのは、嬉しい事であるものの、「私」の成長はどうなってしまたのか、と自問してみたくもなる。

その中の年下の友人のヒロトくんが、ハワイで、設計事務所をしていて、彼の里帰りが、この集まりを産み出したのだけれど、彼に、ハワイで、工務店するわ。と、酒の席の冗談の話題とすると、「いやぁ、止めといたほうが、エエですわ。訴訟社会ですから、何でも訴訟になりますから・・・」「施工者は、設計図どおり、施工するだけで、例えば、不具合があっても、設計図どおりにやったから、責任は設計者ですから」と、「確かにその通りですけど、それだけではない、何かが「工務店」というものづくりにはあって・・・、けど、アメリカではしんどいんとちゃいますぅ・・・」「・・・・」

彼は、アメリカの設計者。私は日本の工務店者。前提は、お互いどうしを好意的にとらえようとしているのだけれど、この話には、多くの考えるべき事が含まれていて、でも、それ以上、お互いに話を発展させなかった・・・・。そして、いま、それらが、酒席の「音」の断片として残る。いつか、その断片と断片の間に存在する、奥深い谷を探索したいとおもう・・・・・・。

いま、蝉の鳴き声が全く消えて、静けさという音。時折吹く風で、葉っぱが揺らぐ音。風鈴の音。遠くから、祭りの「だんじり」の太鼓と鐘の音が聞こえてくる。夏の日差し。そんな日曜日のお昼間。でんねん。

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木村貴一 2010-08-01T12:18:50+09:00
遮熱と風 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/07/post_303.html 暑い。家の中で、「涼」を感じられる、居心地の良い場所を転々とする。梅雨が明けた途端に、こうも、極端に、熱くなるものかね。このごろの、神は、自然(じねん)は、意外と過酷。それは、私たちが、自然に対して、辛い仕打ちしているかららしい・・・・。

CO2、CO2と連呼されるのも、政治的な思惑に翻弄されそうで、いまいち、頷ききれない「私」がいて、それでも環境問題が経済を牽引してくれるのなら、それはそれで、エエのかもと納得させてみる日々・・・・。

この暑さ、日本の家屋は夏を旨とすべしという言葉が、確かに身に沁みてくる。高気密高断熱の家づくりが、当たり前のようになってきて、「断熱」性能ばかり、冬の事ばかりが、頭にあって、ついつい、「遮熱」の事をなおざりにしてきた感じがして、最近、「遮熱と風」の事を積極的に学ぼうというのが、マイブーム。image

8月の日射量を数値で見ると、東からの日射量も南も西も同じ量で、西面は15時頃にピークをむかえ、17時18時まで、その暑さが持続しているのだと、あらためて数値で知ると、おばあちゃんが、「西日は、ほんま、暑つぅおまっせぇ・・・・」と呟いていた言葉が、耳元にやってきた。

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「外付けの日射遮蔽部材の種類と特性」という表によると、「すだれ」は中~大の効果有りとあって、「すだれ」や「よしず」が日本美だけでなく、その性能とその効果を知ると、なんだかちょっと嬉しい。それに、昔の人の「知恵」というものを垣間見るおもい。

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「内付けの日射遮蔽部材の種類と特性」によると、紙障子が、ブラインドと同じく「中」の効果があるのだ。という実験結果にも、「障子」に対して、視覚的な美しさだけでなく、その性能に対して、新鮮なおもいを抱く。障子くん、なかなかやるやん。という感じ・・・・・。
(表は、既存住宅の省エネルギー改修ガイドラインによる)

大阪では、西の窓に、「よしず」や「すだれ」や「障子」で遮蔽して、夕方に「打ち水」をし、夜になってから、窓を開け放って、家の中の熱気を出しなが、それなりの風量のある西風を取り込むというのが、「大阪的風景」であった事を、今一度思い出してみる・・・・。

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そういえば、先日リフォームをしたお宅では、2階の部屋の暑さ、屋根の熱気を何とかしたいという事で、お客様のご要望もあって、屋根裏にパナソニックの大容量の換気設備を取り付けて、それを稼働させた。屋根裏の熱気を排熱すると共に2階の部屋の熱気も排熱すようになっていて、マニアックな施主の温度測定によると、日中は、3度の温度差があるそうだ。既存住宅の省エネルギー改修ガイドラインによれば、屋根裏の野地板に遮熱シートを貼るのも効果があるとか。

弊社で施工した、コトバノイエの施主と設計の矢部さんが催す、CUT the CORNER「水土書店」が、この土曜日、最終日であって、「売り尽くさないSALEは12時から、PARTYは夕刻からです。お待ちしてます。」http://www.dezanani.net/cutthecorner/ という企画。それで、夜な夜なお邪魔すると、ヨッパライのヤベさんを中心に深夜まで歓談が続く。なぜか「風」の話。ヤベ家は、この夏をクーラーなし、扇風機なし。「風」の工夫だけで過ごすのだぁ。と。

「キャッチャー・イン・ザ・ウインドー」とヤベさんが3階の大開口の北向きの窓から西風に向かって叫んでいた・・・・・。というのは、本当なのか嘘なのか。

ちなみに、IPHONEの容量を迷えば、小さい方。部屋の天井高さを迷えば、低い方。建築家は小さい方を選択するのだ。クーラーは使わないのだ。と酔っぱらう。ヨッパラッタセキナノデ、ビミョウニテキトウ、ビミョウニホンキ。そうそう、それを聞いていた、設計のコンドウさんが、この前、うちの学生は、僕たちの世代はクーラーが自然です。クーラーのある生活が自然な状態で育ってきましたから・・・・と話すのだ。と複雑な心境を語る。

そんな訳で、夏を涼しくすごそうとする、いろいろな工夫やカイゼン。やせ我慢。妥協。日本の家屋は夏を旨とすべしという諺。そんな中に、脈々と流れる、日本文化と日本的な方法を再発見するのだった。

と、言っても、今宵この夜は、クーラー付けて、寝ましたが・・・・。

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木村貴一 2010-07-25T21:30:55+09:00
梅雨が明けた土曜日 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/07/post_302.html DSC08116

ようやく夏がやってきた。そんな感覚。梅雨明け宣言が発表された土曜日に、地鎮祭があって、神主さんによるお祓いも終わり、四周の竹を撤去し、テントをたたもうとしているその時に、改めて、周辺を眺める。

東にRC造の高層マンション。南に、西側に建つ、いわゆる洋風の木造2階建て住宅の専用通路があり、DSC08110(1)その通路の向こう側に趣のある戦前とおぼしき古い木造2階建て住宅が建っている。北側には鉄骨3階建ての共同住宅のテラスが面していて、それから西に向かって、鉄骨の5、6階建ての共同住宅やビルが建ち並ぶ。もともとこの土地には、材木屋さんがあったという。

漠然とではあるが、大きな経済の流れと建築の関係性とそれによって変化する都市の環境を思い描いてみる。こういう環境の中で、木造2階建て住宅を建てる、その地鎮祭だった。周辺の視線を気にせずに過ごしたい。明るい光が入る家。風が通り抜ける家であって欲しい。そんな事を含めて、皆で、良い家が建ちますように・・・・・と、二礼二拍手一礼で、願った。

DSC08143地鎮祭のあと、雑誌の取材があって、神戸本山で、昨年、新築してお引き渡しをしたお宅にお伺いする。Tさんは、8年ほど前に、芦屋の急な坂道の山手で、RC造の中古住宅を購入し、リフォーム工事をさせて頂いた。中古住宅を購入してリフォームする、うちでの初めてのお客さんでもあった。

DSC08154それから、お子さんも生まれ、家族との関係性が変化する。急な坂道の上り下り、子供の通学。奥さんの通勤や買い物。それにかかるタクシー代金やその他を考慮して、本山の駅近くに土地を見つけて、住み替えを決意する。ついでに車も手放す・・・・。

幸い、リフォーム工事をしたその住宅は、しばらくして、その素材感や雰囲気を気にいってもらえた購入者に恵まれた。そんなわけで、次の新築工事も木村工務店で、一緒にさせて頂ける事になった事は、何よりも嬉しい事であり、有り難い事であって、打ち合わせを何度も繰り返しながら、一緒に家づくりを楽しむ・・・。

DSC08157(1)DSC08121DSC08123DSC08160DSC08124 DSC08149  DSC08163 DSC08130 写真撮影の合間に、ダイニングのデーブルに腰掛けたり、リビングでゴロゴロくつろいだり、パソコンコーナーに腰掛けたりしながら、六甲山から吹き抜けてくる風が、ああちらこちらの窓から、家の中を通り抜けていく、心地良さを、設計を担当したタナカくんと現場監督のフルカワくんと雑談を交えながら、風の持つ不思議な力を味わう。家の中を通り抜ける風って、なぜ、心地良いと感じるのかね・・・・・・。いまという時代にとっては、「風」が、ひとつの「贅沢」かもしれない・・・・。

152b35b9-f76e-48ad-939a-12c17a239227この週の中頃に「既存住宅の省エネルギー改修講習会」というのがあって、参加すると、設計のミサワフミコさんやマイタニさんや環境のノイケさんら馴染みの方々と出会う。休憩の合間に雑談を交わしながら、講習をうける。

新築だけでなく、リフォームにおいても、断熱や遮熱を工夫する事が求められる時代であって、間接的にはCO2削減に協力する、政策的な事であるものの、何よりも、断熱や遮熱の技術的な工夫によって、人それぞれによって違う千差万別な心地良さに、コストも含めて、応える事ができるかどうかが、大切な事だなぁ・・・・と、あらためておもう。

夕刻。中古住宅を購入された方の、リフォーム工事の打ち合わせがあった。どんな仕上がりや設備機器や空間になっていくのかが、当然ながら、もっとも大切な事だけれど、それ以上に、今ある、床の下地はどうするのか、利用するのかしないのか、壁の下地のボードは再利用するのかしないのか、などなど、「下地」という隠れている部分をどう取り扱うかによって、耐震補強の問題や断熱の考え方も変わってくる。壁の仕上げの素材にしても、クロスを貼り替えるので良いのか、珪藻土やペンキ塗りなどは、既存の下地や仕上げの上からは、仕上がりも良くない。

そんな隠れていく部分の「下地」といわれる部分にコストもかかるわけで、特に中古住宅になると、今まで慣れ親しんだ家と違って、普段の生活から体感する部分が欠落しているので、なかなか判断がムツカシイ。そんな目に見えない下地や光や風などの事柄も含めて、コストを重視しながらも、バランスよく判断するには、住まい手と設計者と施工者が、お互いに信頼し合って誠実な態度で、ものづくりをしていく事が不可欠だなぁ・・・と、実感する日々。そうそう、もちろん、その間に入って、お互いの関係性を取り纏める、エエ現場監督なくしては、エエリフォーム工事は出来ない時代でもある・・・・・。

このブログを書くいま、日差しに「夏」をはっきりと実感する。風鈴の音が心地良く感じる季節。朝方、セミの鳴き声も聞いた。梅雨が明けたとたんに、すぐに、「涼」を求めたくなるのだね・・・・・・。

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木村貴一 2010-07-18T12:45:56+09:00
選挙のある一日 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/07/post_301.html DSC08026 夏が目の前だ。と感じていたのに、いやいや、まだまだ、梅雨は終わってへんでぇ。と、言われているような、どんよりした朝。もう50年ちかくになる楠の木が大きく育って、その手入れを、植木屋のウミヒラさんが、10年ほどかけて、丹念にしてくれた御陰で、2階のデッキから見ると、木の中にいるような感じで、とっても気持ちが良い。

こんもりとした、外観の形を整えるためだけの植木のカットではなく、一枚一枚の葉っぱを見極めて、奥にある葉っぱが、手前の葉っぱから透けて見えるような植木のカット。そういう。透けて透けて見えていく手法というのは、和室にも通じる、日本的な方法のひとつだとおもう。日本のサッカーも幾十にも折り重なり、透けて透けてパスが通る、スピーディーなサッカー。スペインとは、また形の違うパスサッカーであればエエのかも。と、突然おもう。実は、いま、あっ、ドイツとウルグアイ戦の録画を忘れた事に気付いたからだ。

「木」を眺めていると、突然の豪雨。木々が雨に濡れていく様が心地良い。葉っぱにつく水滴が気持ちよさを誘い、しとしとと落ちる滴が、「情緒」といえる。それにしても、猛烈な雨。猛烈な雨になればなるほど、いままでのいろいろな「建築」が気に掛かり、心配するのは、きっと、建築に携わるプロの人たちの「共通の性」だとおもう・・・・。

雨音を聞くのも気持ちが良いが、その「音」を聞いているうちに、音楽を聞きたい気持ちにさせる。それで、手元にあるレコードをおもむろにとって、針を落とす。レコードプレーヤーをonkyoのイコライザーに通して、コンピュータにつなげば、レコードが聴けるのだ。と知ったのは、一年ほど前の事。スピードが遅くて役立たなくなったノートパソコンに、オンキヨーのイコライザーを通して、真空管アンプにつなぎ、スピーカーを鳴らすのが、エエのかどうかは、問い詰めないで欲しいけれど、部屋全体の素材の調整と相まって、そこそこの音は鳴る。

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image音楽を聴いている、いわゆるリビングの壁は、戦前の長屋の土壁の上に補強の構造用合板を貼り、胴縁+プラスターボードに、仕上げをエコクイーンという珪藻土塗りと、9mm厚の米杉貼りの面を対角に貼り分けている。スピーカーのある部屋は、2階で、床は構造用合板の28mmで補強し、防音シート+45mmの根太間に羊毛断熱材を詰め+15mmの土佐栂を貼る。一部には目塞の縁なし畳。天井は羊毛断熱材を打ち付けて、カーテン生地をテント状に垂らして貼っている。スピーカーを設置している上には、2000mmの高さに、出幅900mmで30mm厚の杉板を貼って、柔らかく音を前に跳ね返す。「音」の良い空間は居心地も良くなるのでは・・・・という試みでもあって、10年経過してようやく落ち着いてきた感じ。

そういえば、木造で、木製建具で、自然素材の調整によって、「音」の良い空間が出来るのだ。と考えさせるきっかけを与えてくれたのが、吉村順三さんの八ヶ岳高原音楽堂だった。実際、この5月の連休に実物をはじめて見て、そのレベルの高さに、改めて、敬畏の念を抱いた。音響を考慮した木と木の組合せ方。白い壁の位置と割合。高さ関係。全体の形、構造とトラス。柱の素材感。開口部と光。ムード・・・・。

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音楽を聴いているうちに、中2の次男の同級生が家に遊びに来て、一緒に昼食を食べる。サッカーの話題になり、なんで、タマダ・・・。オカザキは・・・。どうしてモリモトがでない・・・。ナガトモがいたおかげで・・・。オオクボはなぁ・・・。マツイは・・・。アベのアンカーが・・・。シュンスケもヒデのように最後にグランドに立たせてあげたかったワー。カワイソウ。などなど。なるほど、なるほど、と、それなりに頷いたのだった。

サッカーの監督に「愛」が必要?監督が勝利に導くための「愛」って?トコロデ、ソノ「アイ」ッテ、ナンノコトデスカネ。と、焼きそばを口元で、するするしながら、50代の脳内が、ぐつぐつとした問答を繰り返していたと、書き留めておこうとおもう。

雨が小降りになり、降り止んだ。それで、その間隙を縫って、夫婦で選挙に行くことにする。顔見知りの人たちと挨拶を交わしながら投票箱に投函するが、何を理由として、その人に投票したのかと問われれば、政策?いや政党?いや人柄?いや何かの縁?と微妙なスタンスの「私」を再発見するのだった。特に、全国区においては、候補者の情報をどのように知るのが、最適なのかね・・・・。

雨が降ったり止んだり。ドイツとウルグアイ戦をダイジェストで見て。時間が流れていく。バラエティを見るのもしんどい。ディスカバリーchやナショジオをチラッと見る。先週の勢いが続いて、ダッジオーブンを使いながら、龍馬伝を見終わると、いま、テレビでは選挙速報がやっている。あっ、こんな人も選挙に出ていてたのね。と、夫婦で、つぶやくのは、有権者としての勉強不足てやつかもしれない・・・・・。

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木村貴一 2010-07-11T20:41:41+09:00
相互依存 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/07/post_300.html なーんにも思い浮かばない日があって、今日は、まさしく、そんな日。話題というのが、どこからうまれてくるのか、不思議なくらい・・・。

連日連夜、やっぱりサッカーを見てしまう。ドイツの圧倒的な強さを見ながら、あの日本チームが対戦したら、どうなるのだろうか。と、考えてみるのは、それなりに、日本チームが善戦したからなのだろう・・・。日本チームの試合が本当に面白かったかどうかは、何とも言い難いけれど、何かの可能性を示してくれたのは確か。

いつしか読んだ本に、関係性には「依存」という、人を頼りにするだけの関係性があり、それが、やがて、ひとりひとりが自立する、「独立」という、関係性になり、それぞれが、「私」を主張しあう。そういう関係性が、いつしか「相互依存」という関係性になるのが、より自然界に近い関係性だ。というような話。

サッカーを見ていると、「独立」できるような人たちが、「相互依存」しあうと、強いチームになるなぁ・・・と、テレビを見ながら、いつしか読んだ本を思い出した。スパースターの超人的なプレーを見て、「すげぇー」と叫んでみたい一面もあるが、反逆的なスピリットとリスクを冒す勇気を持った、スター不在の普通の集まりが、普段の精進からうまれるアグレッシブな動きで、相互依存をしながら、全員一丸となって活躍する姿。そんな姿を見たいものだねぇー。と考えてみた。どぅ?

先週の日曜日は、6人の客人と庭で、焼き肉をし、なんだか、その楽しかった余韻がその場所に残っていた。そうそう、昨年に、ステンレスのダッジオーブンを買って、一度も使わずに、放置していたのを何故か突然思い出し、それで、物置からひっぱり出してきて、先週と同じ場所で、残った炭を使って、ダッジオーブンを使ってみる。

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インターネットで、ダッジオーブンのレシピを見ても、ぴんとこなかったので、奥方に、家にある材料を聞いて、ジャガイモとカボチャとニンジンとトウモロコシ、それに、鶏のもも肉だけをスーパーで買ってきてもらい、それが、実は、奥方には、自分で買いに行けよ!と猛烈に突っ込まれたのだけれど、 それらを、オリーブオイルと塩、コショウと共にぶっ込んで、炭火にかける。こんなのを料理というのかどうかは別にして、アウトドアーであれば、それなりに、美味しいのだった。そういえば、家での「外メシ」の季節だね。

家の外では、大阪市議選の宣伝カーが走り、橋本知事が家の前を歩いて通過した。奥方は握手をしてもらうわと言って、飛び出していった。政治の世界での、昨今の政党どうしの、それぞれの「関係性」を全く理解できていない「私」がいて、誰かが、政党の仕分け作業をして、その内容と関係性と必要性を議論して欲しい・・・。

自然界では、ミツバチがいなくなって、受粉が促進されず、相互依存の関係性が保たれず困っているのだ。という「ハチはなぜ大量死したのか」という本は、途中で放置され、完読されないまま、本棚で待っている。

そういえば、ダッジオーブンと私の関係性が、先週の客人との関係性によって、とりもたれ、そもそもその客人との関係性は、仕事の上での関係性から・・・・・と、様々な枝分かれをし、その関係性が続いてきたのだろう。見事なパスの連続であったり、もしくはスルーパスが通ったり、時にはパスミスであったりして、その関係性に一喜一憂する。

そんな訳で、きっと、物置に放置されて、出番をいまかいまかと待たされていたダッジオーブンにとっては、突然の選手起用に、ビックリしたことだろう。いや、ダッジオーブンに見事なスルーパスが通った。なんて表現してみる事が可能かも。これって、完全にワールドカップサッカー病だね。そういえば、そろそろブブセラの音が快感になってきているしね・・・・・。

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木村貴一 2010-07-04T23:42:44+09:00
焼き肉週間 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/06/post_299.html DSC07885お昼過ぎに、客人をお招きし、庭で、焼き肉をする。食べ終わり、リビングキッチンに行って、くつろぎながら、 ウダウダと話をしているうちに、日が暮れていく・・・。時間と空間と食を共にする。という感覚が、とっても心地良い。客人の皆様には、感謝申し上げます。

我が家も自分たちの身体感覚にフィットするような、リフォーム工事の過程を、楽しんだり、悩んだりしながら、なんとか完成し、10年たつ。それで、ようやく、しっくりと馴染んできたような感じ。家をリニューアルしたての頃と違って、人が来てもらっても、新しい家の美しさを見てもらうわけではなく、ようやくシンクロナイズするようになった、自分たちのライフスタイルとそれを反映した空間を食事と共に、共有してもらう。という感覚に近い・・・。

テーブルを囲んで、S夫人が、昨日は、満月だったけれど、新しい家になって、月の明かりというのが、とっても明るいという事に気が付いた。狼男の気持ちがわかるような気がする。確かに満月の夜には何かが起こりそうな雰囲気・・・・という話題がその場の空気の中を漂った。それは、建築家イシイリョウヘイさんの設計が、そういう自然の要素を取り込む設計になっていた事が、大きい要因のひとつだろう・・・。

その「月」の話が心のどこかに残った。暫くして、客人が帰り、ダイニングテーブルのYチエアーに腰掛けて、パソコンの液晶画面を開ける。パソコンが起動するまでの間、ふと、先ほどまで、Iさん夫妻が腰掛けていたベンチソファーに腰掛ける。その隣にS夫人だった。そして、外を眺める・・・。

DSC07894と、丁度その方角から「月」がのぼってきた。満月から一日分だけ欠けたおぼろ月。あの時の会話を思い出しながら、眺めると、少々不思議な感じがする。

暫し月を眺めて、10分ほどすると、いきなり激しい夕立が降ってきた。あわてて、デッキに置きっぱなしだった、椅子とバーベキューコンロを片付けに走る。そして、その間に、月が隠れた・・・・・。いま、この話をこうして書いていると、稲垣足穂の一千一秒物語の「ある夕方 お月様がポケットの中へ自分を入れて歩いていた・・・・・」という、とっても奇妙な物語を思い出した。最近のキムタクのドラマの題名も確か、月の何とか。「月」

ま、それはそうと、一週間に3回も焼き肉を食べたのは、初めてだなぁ・・・・・。

週初めに、野池さんが主催する「暮らし向上リフォーム研究会」というのがあって、それは、今日のブログにあやかると、設備機器をリニューアルするだけではなく、ライフスタイルを反映したリフォームをしていこう!という取り組みだと言える。それで、その後の懇親会では、設計のマイタニさんや東京の工務店のナカザトさんや埼玉のキムラさんなどなど、初めてお会いする方々と、ノイケさんも交えて、遅くまで飲む。

その次の日は、同じく、野池さん主催で、「野池学校」というのがあって、プロモーションとかエコとか、そんな話題を中心に、野池さん流に取りまとめて、整理した考え方を聞ける機会であって、それはそれで、共感できる。そして、その後の懇親会が、焼き肉だった。初めてお会いする、名古屋の工務店のアベさんの向かいに座って、煙がもうもうとする中、楽しく懇親する。

それから、一日おいて、正式オープンした焼き肉と冷麺の「一龍」にて、プレオープンには参加出来なかった、木村工務店の社員数名と、一緒に焼き肉を食べ、懇親する。脂っこくないロースという表現はヘンなのかも知れないが、確かに、しつこくないロースがどこよりも美味。前々日に焼き肉を食べたばかりなのに、不思議と食がすすむ・・・・。満腹満腹。

そして、本日。奥方が、鶴橋で塩タンなど買って、その他バラ、地鶏、などなど・・・。炭火で焼き肉をする。それはそれなりに美味しかったのだけれど、流石に、一週間に3回も続くと、量は食べられなかったねぇ・・・・。

脳のある一部が、痛風になるんじゃないかと心配している「私」がいて、それが「いとおかし」であるのだけれど、焼き肉と痛風の関係性がどれだけあるかは別にして、焼き肉と懇親の関係性は大いにありそう・・・・・・。

今週、焼き肉を共にした皆々様に、あらためて、感謝。

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木村貴一 2010-06-27T23:53:23+09:00
ソシキ http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/06/post_298.html 今朝起きて、なぜか、「組織」ということについて考える。きっと、昨日のサッカーの影響なのだ。チームとか組織には、そのポジションニングとか、その役割とか、その他いっぱいあるとおもうけれど、共通のものの見方とか、共通の理解をもつといのは、なかなか大変なことだなとおもう。うちの会社だってそうだろう・・・・・。それに、そもそも、その「共通となるもの」を見いだすのが、何よりも大変。

ワールドカップサッカーのオランダ戦を試合後30分遅れのビデオで見る。試合結果はどこからともなく漏れていたので、確かに、緊張感には欠けた。後半に、シュンスケが投入され、好きな選手だけれど、いまのニッポンで、どんな役割を果たせば良いのかとおもう・・・。ハセベやマツイが脱けた後のオオクボのプレーを積極的と評価して良いのか・・・。オカザキ、タマダ、シュンスケに、がむしゃらな動きがあったのか・・・・。などなど、観客という立場は好き勝手に言えるし、自分が監督だったら・・・・・。などと考えて、それはそれで、随分と楽しめた。善戦。というのが、まずは良かった。

いまのニッポンの「共通となるもの」は、何なのかね。「日本らしい」プレーって、何なのかね。とふとおもう。サッカーニッポンが、それを模索し、格闘しているのだろうけれど、何よりも、選手以上に、ニッポンの観客が、日本らしいチーム、日本らしいプレーを模索し、格闘しているのだ・・・・・。とおもう。

そういえば、iphone上で、買って、読んだ、最初の本が、「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーのマネジメントを読んだら」という本。偶然、夜のテレビ番組で、その作者が出演していたのも見たけれど、次は、「もしサッカーニッポン代表が、皆で、ドラッカーのマネジメントを読んだら」という本が出たりして・・・・。

 

組織という事でいえば、本日、グリーンウッドワーク協会というNPO法人があって、その集まりと鵜飼いのイベントに、美濃まで出掛けて、参加する。NPOという「組織」も不思議な組織だね。いろいろな縁があって、その協会と関わる事になったのだけれど、それはまたいつか。

そうそう、小瀬鵜飼いを体験する。鵜の家というのが何千年も続く組織であり、宮内庁の式部職だと聞かされると、何~にも理解していないのに、ほぉぉーっと感嘆する。それにしても、一艘の船を動かすのに多く人たちがかかわり、多くの鵜が関わっているのには驚いた。こういう「組織」を伝統として残すのも大変だな。待ち時間の割には、鵜飼いそのものは、あっという間に終わるのだった・・・・。

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というわけで、今、美濃小瀬の鵜飼いから帰ってきて、これを書く。日曜日にブログを書くという、私的なゲームの時間に追っかけられ、何とも、とりとめないブログ。それに中途半端なソシキロン。いやぁ、あらためて「組織」っていう漢字を眺めると、複雑なのだ。やっぱり、「ソシキ」でなく「組織」として、いつか、きっちり書ことうとおもう・・・・。
きょうのところは、goodnight 。

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木村貴一 2010-06-20T23:56:52+09:00
日本的なもの。 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/06/post_297.html 伝統とか日本の文化とか。そんなテーマを大上段に構えてみるつもりはないものの、サッカーワールドカップを見ると、「日本的なもの」ということをたまには考えてみたくなる。というよりも、単純な話、南アフリカのスタジアムから聞こえてくる、あの、ハエが何万匹も一斉に耳元の廻りを飛んでいるかのような、あの音。あれには、文化というものの大きな違いを感じさせられる・・・・・。

いや、ひょっとして、あと2週間、あれを聞き続けると、快感に変わっていくのかも・・・。2週間後のブログで、あの音がもはや快感。と書き始めている「私」がいるとしたら、いや、どうなんだろう、そういう人間のもつ体質って怖いねぇ。2週間後の「私」が楽しみ。

「縄文」の遺跡のある「場所性」が好きで、できるだけ、「旅」の訪問地に組み込む。山の幸、海の幸が豊かそうで、風光明媚な場所が多い。まぁ、最高のキャンプ地ともいえる。先日のゴールデンウィークには尖石遺跡に立ち寄った。ところが、到着が午後5時頃になってしまい、縄文の土器や土偶を見る事は出来ず、縄文のアイドル達には会えなかったのが、残念といえば残念。

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それでも、意外な出合いがあって、この遺跡の建物の図面を引いたのが、堀口捨己であったという事。ほんとうに縄文当時、こんな建物だったのかねぇ・・・・と、考えてみる。それにしても八ヶ岳の山々を背景とした気持ちのエエ、キャンプ地。こんな場所性があってこそ、自然との付き合い方があってこそ、あんな土器や土偶が生まれるのだろう。現代と違う内的な豊かさを垣間見るとともに、日本的なもののルーツを感じる・・・・。

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先週の日曜日と月曜日の二日間、社員と大工と協力業者の旅行をし、その見学のひとつに刀鍛冶の実演を見る。それを見学していると、ものつくりの背後に見え隠れする「たたら製法」による鋼も含めて、日本的なものつくりって、何だろうかねぇ・・・・・と、考えてみたくなる。

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岐阜の林産地におもむき、木の伐採やハーベスタといわれるガンダムのような機械が豪快に木の枝を落とし、寸法切りする姿に感激したが、切ったばかりの切り株にチェーンソウを置きながら、木の切り方をプロ的に説明してくれた、その職人さんの顔や体つきやその情熱と雰囲気に日本的なものをより強く感じた。

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それよりも、もっとも日本的なものを、あらためて感じたのは、夜の宴会だった。大広間にお膳を並べるという、これぞまさしく前時代的なオーソドックスなスタイル。浴衣に着替えて、あぐらをかいて座る。「膝をつき合わせたコミュニケーション」というスタイルにこだわるのは弊社の会長。もちろん、私も受け入れている。というよりも今の時代にとっては、日本的なコミュニケーションを学ぶための、ある種の食事会のようなもの・・・・。

「私」は正面の席に、えらそうな顔をしながら座る。座ったままの宴が進み、頃合いになると、うちの一番若い社員のTが左手にグラス右手にビール瓶を持って、誰よりも先にやってきた。誰に、そんな事を教わったのだろうか、どの先輩かが、そういう事を教えたのだろう。それで、「これからもよろしくお願いします」と、にこやかな笑顔と共に頭を下げながら、なんと、右手のビール瓶を私に渡し、左手のグラスを前に出して、ビールをついでもらうスタイルをとる。少々私も面食らった。その瞬間、横に座っていた、協力業者の会長のオカモトさんが、「おいおい、それは違うやろ!」と真顔と爆笑をまぜながらつっこむ。

それで、Tは、何となく、間違ったスタイルなのだと感づいたようだったが、その勢いも手伝って、私は笑いながら、ビールを丁重にTのグラスに注ぐことにした・・・・。それで、その後、Tから返杯を受ける。Tに悪気やしゃれっ気があった訳でもなく、ごく普通にTが考えた、お酒の席での社長と若い社員とのコミュニケーションの取り方だったようだ。

それにしても、こんなスタイルのお酒の飲み方がうまれたのは、いつ頃からかね。縄文人は、すでに、こんなスタイルで、杯を酌み交わしていたのかね。南アフリカの人々はどんなスタイルでお酒を酌み交わすのかね・・・・・。

膝をつきあわせて、杯を酌み交わすようなスタイルが、いま、大まじめに必要とされているとは思えないが、そういうスタイルを軽やかに「遊ぶ」ことで、ある種の打ち解けや仲間意識がうまれるのも事実。日本的な方法というものをあらためて、模索したいね・・・。

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木村貴一 2010-06-13T23:51:25+09:00
体験して気付くこと。 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/06/post_296.html 何でも見てやろう」 その本の内容はすっかり忘れてしまったが、このタイトルだけは記憶の中に留まった。大阪弁で、いうところの「まず、やってみなはれ・・・」「とにかく、見てみなはれ・・・」が、「旅」のもつ魔力のひとつだとおもう。

そのタイトルから感じるほどの、どん欲さを私は持ち合わせていないものの、インターネットが普及すればするほど、その情報だけで、「わかった」気になりがち。知識と五感による体験がシンクロナイズした時に感じるあの感覚。それを「理解」と呼ぶとするのなら、その感覚の魅力を知ると、体験したら知りたいし、知ったら体験したい。そして、「理解」に辿り着きたい。あの感覚を味わいたい・・・・・。

学生時代には、有り余るほどの贅沢な時間があって、何もしないで過ごす方が圧倒的に多かった。無駄に時間を費やしたともいえるが、確かに、何もしない楽しさを知ると、それはそれで、一種の麻薬的な魅力があって、動き回る事があほらしく思えた。ただ、それも、自分だけのための、ある種の貪欲さだと感じる日がやってきて、それで、その麻薬的な魅力を断ち切って、誰かのため、自分のため、社会のため、その他、何だかんだ、複層的な歯車が、微妙に絡み合って、物事が動き始める・・・・・・。

なんていう、くだりを書いてみたくなる心境って、これ何だろうかね・・・・。

まぁ、そんなわけで、「旅」をする。何でもエエから、兎に角、体験をしたくなるわけ。ゴールデンウィークやお盆やお正月やその他・・・・。それで、体験してみて、初めて気付く事が、あるときにはあり、ないときにはまったくなにもない。

理由はいろいろあるのだけれど、5月3日の朝の8時前に、吉村順三さんが設計した八ヶ岳高原音楽堂の前にいた。一度見てみたいとおもっていた、憧れの建物でもあった。その場所は簡単に見つける事ができず、レストランに行って、尋ね、ようやく辿り着いた。

まず、駐車場からのさりげない八ヶ岳音楽堂と書いた看板とそのアプローチの仕方。そのさりげなさが、カッコ良かった。こういうたぐいの事は、体験してみないとわからない範疇の事なんだろう。きっとかなり考え抜かれてあるのだ・・・・・。

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屋根のその美しさは、建築雑誌で見ていて、写真のとおり。なんていう、当たり前の感想になってしまう。、いや、もしくは、写真以上の美しさ・・・・・とか。その屋根の線の美しさは、「樋」がないからこそ、生まれてくる、カッコ良さが、多分に影響している・・・・。

DSC06133DSC06029 DSC06120DSC06044 が、よくよく見ているうちに気がついた、正面玄関の屋根の部分だけには、樋がちゃんと、あって、玄関から入る人には、雨があたらないようになっていた。それは、最初からそうだったのか、後からそうなったのかは、知るよしもないが、そういうところに、人間味のあるデザインだなと、ひとりほくそ笑む。それに、その樋の水を落とす落ち口の樋のカットのデザインにシビレる。また、その水が落ちる足下の機能と、さりげないデザイン性にも味わい深いものがあった。
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内部には入れないとおもっていたが、偶然にも、早朝のヨガ教室をしていた。こんなところで、ヨガができるのなら、是非、是非、やってみたい。それに少々羨ましい・・・。そのヨガ教室が終わるのを静かに待ち続け、その先生に、許可を得て、内部を拝見する。天窓の美しさ。それに音楽堂というだけでなく教会堂のようなムード。確かに十字架も飾ってあったが、十字架が影響しているだけではなかった。 それに音響効果を考えた、機能美。それが見事なデザインとなっていて・・・・・・・。まぁ、とにかく体験してみないと気付かない事が、わりと沢山あって、例えば、大地と建物が一体となったその関係性とか・・・、などなど、いろいろあるが、とりあえずは、ここらへんにしておこうとおもう・・・・。
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そう言えば、その前日に、諏訪の御柱祭を見ながら、見学した藤森照信さん設計による、神長官守矢史料館では、その便所近くにある窓を覗くと、その山側の畑の中に、同じ設計者による高過庵という、ツリーハウスが 見えた。そういう、粋な計らいに、なんだか、ニヤッとさせられる配慮があって面白い。それに、足下廻りの、大地との一体的な関わりをもった設計は、実物を見るまでは、そんな部分に感心させられるとは思っていなかっただけに、体験して良かったな。という仕分けの範疇に・・・・・・。

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実は、これが、長ったらしい前置きで、つまり、本日の6月6日(日)と明日6月7日(月)の二日間に渡って、社員と大工さんと協力業者が一緒に研修旅行に行く。それは、とにかく、何でもエエから、一緒の体験を一緒にしてみよう。という旅。これが基本であって、そんな訳だから、その研修内容には拘っているところが、あるようでなく、ないようであるという程度。あっ、コミュニケーションを学ぶ。というのも大切なテーマだね。

そうそう、こだわりがあるとすれば、唯一絶対は、バスに詰め込まれて旅行するのだ。というこだわり。この伝統だけは守り続けられ、かれこれ50年ちかく続く・・・・。バスに拘る理由のひとつは、とにかく、バスの中で、二日間飲み続けたいという御仁が数十名近くいて、これだけは、不思議と先輩から後輩に引き継がれていくのだった。確かに、もっと、引き継がなければならない、技術とか伝統があるはずやろ!と読者からのお叱りやツッコミがあるのかもしれない・・・・・・。

それでは、マズイので、今回の研修は、にんべんに「木」と書いて「休」。人と木の寄り添い方がテーマ。 皆で、飛騨の山で林業をみたり、その他・・・。まぁ、その模様は、ツイッターで随時、ツィートされるかもしれない・・・・。ということで、6日と7日の二日間、会社はお休みを頂戴します。特に、月曜日は電話やメール等の連絡がとれませんが、ご理解頂きますよう、よろしくお願い致します。

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木村貴一 2010-06-06T05:48:33+09:00
脳裏 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/05/post_295.html もう6月。お正月から、あっという間。そう感じるのは、きっと年取ったせいなのだ。今日は、とってもエエ日和りで、でも、朝は少々肌寒むかった。そういえば、ここ数日、「寒むっ」とつぶやいた瞬間が何度かあったことを思い出した。

誰にでも断片的ではあるものの、目の前の光景とは別に、脳裏で映像が流れている瞬間があるとおもう。それが、目の前の光景と関連性があるのかないのかよく理解できないことも多いが、いまとここの私にとっては、今日の出来事であったり、今週の出来事であったり、ゴールデンウィークの出来事であったりで、脳というやつはおもろいやっちゃなぁ。とおもう。

今日は、施工をさせて頂いた清見原神社の合祀100周年祭というお祭りがあった。四ヶ所に散らばっていた神社が1カ所に集まってから100年が経過するらしい。ついでではあるが、清見原神社のいわれは・・・・・

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天武天皇が皇居であった大和の国飛鳥浄見原宮から、難波即ち今の大阪に舎人親王多古麿等を従えられて、行幸遊ばした際、当所に御休憩遊ばしたと伝えられている。 当時この所は高地で樹木が鬱蒼と茂り見晴らしがよく、住の江の海(今の住吉)に浮かぶ白帆が見え憩うには格好の場所であったようである。ここにしばし御休憩遊ばした天皇は「吉野はどこのあたりになるであろうか」と吉野の方をかえり見られたというので、今に「吉野見」の地名(小路二丁目三番地吉野見通りあたり)を存している。

と書いてあって、それは、意外にも古い歴史なわけで、いまいちど、あらためて大阪の歴史を見つめ直してみようという気分にさせられる。神社の仕事に携われた事は、うちの若い大工にとっては、無節の吉野檜を扱う機会に恵まれて、平田雅哉の一番弟子の沖棟梁のもと、道具の手入れから、材料の扱い方、大工としての心構えまで含めて、一から見つめ直す機会に恵まれたことが、なによりも有り難い事であった。

こんな事を書いていて、突然脳裏に浮かんだ映像は、お稚児さんとだんじりの記念撮影。カメラマンが、大きな声で、「さぁいきますよ!」と声をかけると、並んで整列していたお子さんのひとりが、その掛け声を駆けっこの合図とおもって、ママの方へ向かって一目散に走りだした。それを追いかける宮司さん、その光景が、「いとおかし」だった。

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撮影が終わって、宮司さんを補佐していた神主さんと挨拶を交わす。「このお稚児さんたちが、大きくなって、10年後、20年後、この地球がどうなっているのか、この国がどうなっっているのか、ほんとうに心配してるんです」と真顔で語る。

「かみしも」を着た誰かが、「次の100年後に、また、お会いしましょう」と冗談を言うと、「その時、わしは180歳やな」ときりかえした。そんなおやじギャグと神主さんの言葉に、さしたる深い関連性があるともおもえないが、言葉の連想によって、脳裏は、地球の、国の、会社の、この次の100年ビジョンというものを見たがっていた。きっとビジョンをもつための議論が必要な時なのだろう・・・・・。

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うちの会社の見積書の表紙を印刷してくれている、ハタナカさんに、祭りで出会う。「昨日、工場に来て、撮影してくれて、おおきに」と言われ、そうそう、そう言えばと昨日のことを思い出した。その瞬間は、日本対イングランド戦で、イングランドがPKをはずした瞬間でもあって、脳内では、映像がダブって混乱していた。

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うちの会社の見積書は、いまだにB5サイズで提出していて、その表紙は、会社からひと筋向こうの、家内工業的な工場で、活版印刷される。「もう活版印刷しているところなんて、なくなってきたし、あと継ぐ、若い子もいてへんし・・・」とつぶやく。そのつぶやきを聞いて、その工場を撮影しておきたいと急に思い立ち、強引に押しかけた。

「ものづくり」のエエ感じの空気があって、でも、その需要の少なくなっていく寂しい空気も漂っていて、この雰囲気に接すると、これからの社会はどうなればエエのかね・・・と、おもった。この工場の映像が、さきほどの神主さんの言葉を聴いている脳裏で、なぜか流れていたのだ・・・・。

最近の糸井重里さんのtweetに「そうか。夜中に気がついた。iPadなどが常識になっていくときに、「書」や「紙」への「揺り戻し」がくる、というより「書」や「紙」が<憧れ>になっていくんだ。いまよりもさらに、尊敬すべき嗜みとしてとらえられてね。丈夫なプリント合板と天然の木材との関係みたいなものかもぷう〜。」とあった・・・・。

神社で出会う何人かと会話を交わすと、その中のひとりが、「大企業だけが良くなってもしゃぁないで。やっぱり、小さな企業がぎょうさん良くなっていかんと、日本の国は良くなれへんとおもうわ」とやっぱり真顔で語りかけられた。

そうそう、これを書いているうちに、気がついたら、イングランドとの試合は,敗戦していて、相手の直接のゴールはなしで、オウンゴールが二つもあって敗戦するところに、日本の今の政治状況まで反映しているのだ。とこじつけたくなる気分。そのテレビ映像と撮影したデジカメの写真と脳裏の映像など、様々な映像が混迷しているのが、いまの「私」の状況。

というわけで、今日という時間が押し迫る。今日のブログは、まったくもって脈絡のないブログになってしまい、それは、おそらく、世間に漂っている「混迷」とおなじような何かが、私のなかのどこかにあったからだろう。こんな時は、ふかふかの布団で、グッドナイトだね。

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木村貴一 2010-05-30T23:56:40+09:00
http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/05/post_294.html 雨が降っている。日曜日は晴天の日が多かっただけに、しっとりした気分。

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週始め、リフォーム工事の写真撮影があって、覗く。中古住宅を購入することから、日住サービスのナリタさんと協働しながらお手伝いをした。新築も考慮したものの、最終的にはコンクリートの中古住宅に出会い、購入する事を一緒に決断し、全面リフォームをする。

いま、世の中では、構造と断熱は社会的に求められている事でもあって、工事中には、構造設計のタハラさんに、現場に足を運んでもらい、アドバイスを受け、構造的な処理をする。断熱は外断熱にするかどうか、いろいろと検討したが、隣地との空き寸法やコストの問題を考慮してウレタン吹き付けとした。

自然素材という言葉が流行りだしたのは、もう何年前の事か・・・。床は無垢の板材を使用する事がほとんどだが、タイルという希望もそれなりにあって、大阪ガスの床暖房を併用しながら、ちょくちょくタイルの床も施工する。壁と天井は、漆喰ペンキを使っていて、自然素材といわれるジャンルの素材。収納は、うちの大工さん達が、ランバーコアー材で造ってくれて、設計のタナカくんが、窓との関係性や、電子ピアノや液晶テレビやパソコンや本やその他ゴチャゴチャもんを考慮して設計した。その棚を今回は白に着色する。キッチンはモーリーショップ。

どんな収納を造るのか、テレビとか、パソコンとか、本とか、ゴチャゴチャしたものとか。最近は食卓のテーブルが、「食卓」を越えて「居卓」であったり「勉卓」であったり「パソ卓」となることが多い。ますますテーブルの存在感が高まる。お客さんとの会話もそのテーブルでする時が大半。何よりも、子供の勉強が、勉強机よりも、そのテーブルでする事が圧倒的に多いようだ。とおもう。

うちの子も、キッチンに付属するテーブルが勉強机で、それ以外で勉強した姿をほとんど見ない。だいたい近頃は塾が勉強の場なんだ。それで、ダイニングテーブルの廻りには子供の本や文房具や、何が入っているのかよくわからへんゴチャゴチャもんを詰め込んだワゴンなどが溢れ出していて・・・・・。前置きが長くなったが、そんな、生活の一部になっている、ゴチャゴチャもんも含めた収納する棚類をどうつくるのか?棚の機能とそのデザイン性はますます重要になったきた・・・・。もはや空間を構成する一部。

DSC06897昨日、深夜に訪れたのが、弊社で施工したコトバノイエの設計者、ヤベさんと、そのコトバノイエの施主のカトウさんが協働したブックストアーで、そのオープンニングパーティーがあった。 本の全てが面陳。カッコエエ。

棚と背景の塗装は設計のヤベさんのセルフビルド。背景が黒塗りで、それが、写真では判別できないとおもうけれど、その下地が、ガタガタで、ALCであったりブロックであったりモルタルであったり。その上に黒の塗料をぬっているので、威圧感の黒とならず、素材感があって、抑揚のある黒になっていて、カッコエエ。何よりも面陳の本が、カッコ良く見える。それに、ヘタウマの棚が、壁に張り付いている。壁からの出っ張りの微妙な寸法や棚の組み方や窓との関係性は流石、プロ中のプロ。でも施工はヘタウマ。いやいや、けっして、ヘタヘタとは言わない・・・・。「あじ」があるというプロの大工ではマネのできない領域。中途半端なプロフェッショナリズムな大工よりエエのかも。

キムラさん、黒の壁とランバーむき出しの棚のコンビ。マネしたらアカンでぇ。とヤベ先生が言う。いやいや、隣国のようなデザインの搾取はしないけれど、ちゃんと敬畏を表して、引用致しますから・・・・と。言ったかどうかは、深夜なので、忘れた。

それにしても、とにもかくにも、施主の方や設計者や大工さんと一緒になって、「棚」をつくりたいものだね・・。機能的な棚。カッコエエ棚。倒れない棚。便利な棚。本棚。食器棚。パソコン棚。ゴチャゴチャもん棚。テレビ棚。飾り棚。数寄屋な棚。桂離宮な棚。ルイビトンな棚。愛のある棚・・・・。棚。

日本で最初にシステムキッチンを造ったのがモーリーショップなのだそうだ。間違った情報ならゴメンナサイ。そのモーリーショップとは、それなりにエエ関係を保ちながら仕事をしているのだけれど、その関係性のなかで、建物を見に行く案件があって、京都まで赴くと、それは、それは、見事な数寄屋の家だった。最近は、数寄屋という言葉をしらない人が多いのかも知れないね。その座敷や玄関や居間は、「木」というものを「線」的にプロの技術とセンスで、最高級に組み合わせてあった。柱や長押には大面がとってあって、そのセンスと技術にしびれた。iphoneにも、その微妙な角度の面が取られたデザインに、何か通じるものがあるかもしれない。そのデザインが好き嫌いかは別にしてのこと。その家が何度も繰り返し見ていた会社で所蔵している京の数寄屋という本にある住宅だったので、いっそ驚く。

会社に帰って、その本を眺めながら、たまたま会社に立ち寄った大工のササキくんと、その本を見せながらその家の話をする。一生に一回でエエですから、こんな家の大工仕事をしたいですワ。やっぱり大面をセンス良く取れるのが大工にとっての最高級の仕事やとおもいますワ。大面をとるのは勇気がいりますワ。面をとると、あちこちの仕口がタイヘンムツカシクナリマスカラネ。と。目をキラキラ輝かせながら語る。

いづれにしても、棚の設計者や数寄屋の大工さんが、「面」や「線」で、悩み、葛藤した、その痕跡に触れると、こちらも、ものづくりへの、あらたなエネルギーを授かり、有り難くおもう。とっても感謝。

話が、横道にそれてしまった。そのリフォームの写真撮影は無事終わった。考えて見れば、中古住宅探しからお手伝いしながら、その決断のアドバイスをし、ライフスタイルをお聞きしながら、素材や棚などの設計を一緒に悩み、施工という、もの造りの過程を共有し、引き渡しという日を迎える。時には写真撮影もある。引き渡し日はメンテナンスというあらたなお付き合いが始まる日でもあって、私たち工務店にとっては、業者の器具説明などを聞きながら、無事に家のお引き渡しをできるのが、何よりもの喜び・・・・・。そして、雨は、一日中降り続く。

 

追伸
そうそう、土地や中古住宅を一緒に探すのは、なかなかムツカシイことで、それは「縁」という、得体の知れない波をとらえ、その波に上手く乗れるかどうか、一緒に流れていけるかどうかなのだろう。

ここ数年、土地探しからお手伝いしてきたが、いまだに、その波待ちをしている人がいっぱいいて、いい波にあたらない人や、決断しきれない人、どうすれば、その波を発見できるのか、その波をとらえ、乗りこなせるのかよくわからいままで、もどかしい人・・・・・。それが、土地や中古住宅を探しているその人たちだけでなく、「私」も同じようにもどかしく、おもう。きっと、なんらかの「縁」を呼び込む方法があるのだろう・・・・・。

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木村貴一 2010-05-23T22:08:06+09:00
ゆったりと過ごす。 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/05/post_293.html 最高にエエ季節。青空とさわやかな風。家の窓を全開にして過ごす、この心地良さ・・。ゴールデンウィークに「旅」をして、「旅」の持つ麻薬のようなあの魅力。それはそれで捨てがたいけれど、奥方が旅から帰りついて、いつものように言う決め台詞「やっぱり我が家が一番」を、きっと多くの人が、そう感じながら、ゆったりと過ごしたのだろう・・・・・。

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ゆっ たりと、自由に、くつろぐ・・・・。と、まぁ、自分の家に対する不満点なども、少々出てきて、こうしたいなぁ・・・とか、ああしたいなぁ・・・とか、自分にとっての居心地の良さそうな居場所を造りたくなってくるものだな。これって、「私」の性なのかね、いや人間のもつ「サガ」なのかね。

設備機器を交換したり、家具を買いそろえたりするだけでなく、自分たちのライフスタイルにあった、それぞれにとっての居心地の良い家づくりには、是非、木村工務店のスタッフや、職人さんや、私と一緒に、家づくりをしましょう!。などと、宣伝もたまには・・・・・よろしくおねがいします。

さて、朝起きて、朝風呂に入って、デッキのベンチに座りながら、コンピュータをつけ、朝刊を読み、パンと珈琲を飲む。さわやかな気候の時は、デッキで、くつろぐのは確かに快適。それも家族で揃って食べるのも確かに良いが、それぞれが、てんでばらばらの場所で、それぞれの朝食を食べるのも時には、とってもエエ感じ。私はデッキ。奥方はキッチン。息子は食卓。それぞれの存在感を感じながらの「ひとり」も良い。

暫くして、薄暗いコーナーのソファーにいって、ごろつきながら、本を読む。個人的には、少々薄暗いところで、本を読むのが好き。「大工道具の歴史」という本が、妙な縁で、舞い込んできて、これを、ゴールデンウィークのお供に連れ立ったのだが、結局、読むタイミングを逃し、いまここで、思い出したように、続きを読み出す。

「・・・・・室町幕府成立のころから将軍家大工とよばれる大工の最高を位にあって、しかも広い視野と教養人としての知識・感性を要求される人間があらわれてくる。そうしてやがて彼らは、大工としての実際の技術から離れて将軍家の芸術顧問のような立場に立つようになった。」

「それに代わって実際の技術上の指導者として棟梁という職種が登場し ・・・・・・・・ きびしく洗練された寸法比例からは、彼らがいかに高度な審美眼をそなえていたかがうかがえる。私は将軍家のパトロネージのもとに成立したこの御大工から、日本におけるアーキテクト(建築家)の発生をみるのであるが、・・・・・」

なんて話を、なるほど、と感心しながらも、眠たくなる。これもいつものことで、しばしソファからずり落ちながら、15分ほどウトウトする。これが、また、実に心地エエのだね。

お昼は、軽く、たこ焼きでも食す。近くにできた、若い兄ちゃんが作る、ちょっと工夫したたこ焼き。家から5分ほどの廻りに、たこ焼き屋さんやお好み焼き屋さんが、10件以上は軽くあって、そこで店を出すのだから、それなりのチャレンジャーなんだ・・・・・・。

昼だというのに、それに、こんなエエ天気でエエ気候だというのに、どこにも行きたくない気分。家で楽しみたい。テレビも見たくない。が、「たかじんのそこまで言って委員会」だけは、なぜか見てしまう。日曜日のこんな時間帯に、楽しみにテレビを見てしまうわけで、録画までして見るのはこれぐらいかね。

テレビが終わって、音楽でも掛けてみるが、音も聞きたくない気分。ただただ日が暮れていくのを無為に過ごす。そんな訳で、夕食をとって、龍馬伝だけは見て、このブログを書き出した。それで、ここまで、書いて、「ゆったりと過す」と、タイトルを決めようとしたところで、突然、ゴールデンウィークに宿泊した箱根のFホテルでの行き届いた接客とホスピタリティーを思い出した。確かに、企業としても見習うべきものを感じた。

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ホテルにチェックインし、暫し、部屋でくつろぎ、日本で最初にできたホテルのプールとやらに入って、泳ぐ。それから、お風呂に入りに行く。浴衣でうろうろできるようなホテルでもなく、もちろん、靴を履いて行く。

ところが、お風呂から出ようとすると、なんと、私の靴がない・・・!誰かが間違ったらしい・・・・・。それで、フロントに電話をして、スリッパを持ってきてもらい、部屋に戻る。暫くゴロゴロして待つが、靴が見つかったという電話もない。このまま、朝まで待つのか・・。食事の時間も迫る。食事も浴衣で行くようなレストランでなく・・・。ひとりだけ部屋のスリッパで行くのだな・・・・。と、流石に、ちょっと、カッコ悪いかなと思い始めた。

それで、フロントに電話をすると、2、3回のやりとりがあって、車で、靴を買いに近くのホームセンターまで、一緒に行きましょう。靴代は出しますので、と言う。もう履ければ何でもエエですよ。と言ったのだが、ホテルの人も困ってそうだった。それでここはひとつ、ゆっくりとくつろぎたいという、そんな気持ちは捨てて、息子も連れだって、靴を買いに行くことに「決意」した。

息子はなんで、付いていかなアカンのぉとふて腐れていたが、きっと凄いクラシックカーに乗って靴を買いに行けるのだ・・・・と適当な事を言って説き伏せた。まぁ、こんなヘンな経験はできないし、それに、思い出の運動靴になりそう・・・。この一部終始を奥方は腹を抱えて笑って見ていた。それはまるで、三谷幸喜の映画の一場面のようだったのだろう。窓からその一部終始をビデオ映像に収めようとしていたくらいだった・・・・・。

結末は、あっけなかった。エレベーターでロビー階に降りると、その前で、間違った私の靴を履いた人が、歩きにくそうにしながら、私が、部屋のスリッパ姿で廊下を歩いている様子を見て、声をかけてきた。「あのぉ・・・。ひょっとして・・・・。・・・・。普段、お風呂には靴で行かないものですから間違ってしまって・・・と。・・・」私も、普段、靴で、お風呂には行かないですけど・・・・などとは、決して突っ込まなかった。

まぁ、フロントまで、おかしな二人のコンビで歩き、靴を交換してもらい、一件落着する。三谷幸喜のような劇的なストーリー展開もなく、あっけない幕切れだった。もっとも残念がっていたのは、窓から、ホテルの玄関の様子をわくわくしながら見ていた、奥方だったとおもう。その姿を想像した方がオモロイかも・・・・。

そんな、わけで、接客とか、ホスピタリティーとか、対応とか、そういうのは、とっても、難しいものだなぁ・・・・とあらためておもう。ホテルはつかの間ではあるものの、ゆったりと過ごす時間と空間とホスピタリティーのような「何か」を提供し、それに共感する。工務店も、ゆったりと過ごせる家を造ると共に、そういうホスピタリティーのような「何か」も求められている時代だな。とおもう。

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木村貴一 2010-05-16T22:40:27+09:00
旅の出合い(北斎富嶽三十六景 甲州 ) http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/05/post_292.html

今朝、起きて、新聞を見ると、諏訪の春宮の御柱祭りで、ワイヤーが切れて人命が・・・という記事が、目に飛び込んできた。このゴールデンウィークの最初の目的地は諏訪で、5月1日の夜中に出発し、中央道のサービスエリアで仮眠をして、5月2日の早朝の最初の到着場所がその春宮だった。

駐車場に車を止めると、祭りの準備で、鳶職らしき人たちが沢山集まっていた。その姿を横目で眺めながら、鳥居の手前にあった手水で手を清め、神殿に向かうと大きな注連縄があって、その横を通り抜けると、本殿らしき、檜皮葺きの独特の個性的なデザインの神殿に出会う。

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お賽銭を入れ、2礼2拍手1礼をし、お参りをする。後から、いかにも、「ぼうしん」という雰囲気の鳶職風のおっちゃんが、こなれた身のこなしで、お参りをした後、グリーンの養生ネットが張ってある側に向かい、佇んで、何かの段取りをしだした。

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御柱祭の事を聞くために、近寄って、声を掛ける。「どこに行けば見ることが出来ますか」と聞くと、「今日は、本宮の方で里曳きをやっていて、ここ春宮と秋宮は、来週が本番。私は、7年に一度のこの祭りがこれで、11回目で、いまや、ここの最長老。もう84歳になった。これから、柱を建てる場所を掘る段取りをしているところ。もう少し、柱を建てる位置を移動しようとおもってるの。あとで、若いもんがいっぱいやってくるので、その準備。やっぱり、柱を建てるのを見るのが、一番だけれど、ま、里曳きもよいわな。本宮の方は角が二本建ってるからね。こっちは、角がないの。・・・・・・」「あそこに、ワイヤーを張って建てるの・・・・・」「写真撮ってもかまわんよ。テレビにも映ったりしてるからね。・・・・・・」「気をつけてかんばって下さい・・・・」「いい旅をね・・・・」なんていう会話をして別れた。

旅の初日の偶然のタイミングで、心がさわやかになった・・・・・。その、春宮で事故があったというのが、今朝のニュース。それを新聞で、私と一緒に見た奥方の第一声は、「あのおっちゃん、どうしてんるんやろ・・・・・。」私の脳裏にも、あの笑顔と、あの体つきと、あの身のこなしが、浮かんだ・・・・・。あの「祭り」で味わった歓喜も蘇ったが、何とも言えない、怖さも忍び寄った・・・・・。それが、旅の出合いというものだな・・・・・・・。

そうそう、去年と同じなら、富士の見えない富嶽36景北斎の旅は25年ぶりとやらのゴールデンウィークの晴天に恵まれて、奇跡的に富士山が見えた。東海道をお上りさんするのではなく、中山道をお上りしたのが良かったのだろう・・・・。息子への富士の見えない富士の旅という汚名も少し返上し、あらためて富士の美しさとその迫力に出会った。

写真の精度と腕前は相変わらずエエ加減だが、諏訪湖以外では、よく見ると、富士山が映っているわけで、この写真のよしあしはご勘弁頂くとして、その8カ所の絵が持つ、「場所性」だけは、何となく、肌で感じる事ができた・・・・・。

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↑ 諏訪湖にて
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↑ 見延山の手間で渋滞に巻き込まれて・・・見延山まで行かず途中で撮影。
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↑ 南アルプス市の富士川付近で、どこかわからないので、もう諦めて、ここらで、撮影。
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↑ 石和のフルーツ園から撮影する。iphoneにも登録しておいたけど・・・・。
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↑ 御坂峠と川口湖から撮影。きっと、これ、北斎流の合成写真で、洒落だね。
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↑ 山中湖付近の別荘地から撮影。富士のデフォルメの仕方が凄い。朝焼け見たいね。
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↑ 籠坂峠のとある場所で、こじつけで撮影。
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↑ 箱根の美術館の駐車場から苦し紛れに撮影。

北斎を出汁にしながら、下諏訪温泉、縄文の湯、ほったらかしの湯、箱根の湯など4つほどの温泉に浸かり、諏訪大社の春宮、秋宮、本宮、前宮や箱根神社と5つほどの神社にお参りし、御柱祭と出合い、吉村順三や藤森先生や伊東豊雄やクラシックな建築と遭遇し、縄文のアイドルには出会えなかったけれど、その縄文「場」をほんの少し体感し、それに、鰻や蕎麦や鳥もつ煮やフランス料理と、ちょっとだけグルメした。意図した出合もあるけれど、半分は、偶然の出合い。

↓神社にお参り。
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↓祭りの周辺。静寂と木遣りとブラスバンド。
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↓木遣りとともに黄色い集団が迫り通り過ぎる。男気を感じたと奥方は表現した。感激!
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↓意図的だったり偶然だったりして出会った建築
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↓尖石遺跡・山梨県立博物館・釈迦堂遺跡
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↓富士山・八ヶ岳
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↓ 温泉・グルメ?
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さまざまなリズムが複層的に組み合わされるポリフォニーな旅をしてみたい。というのが、今回のテーマだったかどうかは、旅行が終わってからおもう事で、とにかく、「私」は、想定外の「出合い」と新鮮な「印象」を持つことを切望し、流れ、漂いたがっていたに違いない・・・・・。

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木村貴一 2010-05-09T23:48:22+09:00
さぁ!さぁ!さぁ!さぁ! http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/05/post_291.html さぁ、ゴールデンウィークが始まり、木村工務店では5月2日(日)~5月5日(水)まで、休暇を頂戴しているのだけれど、なかには、休み中も動いている現場が一件だけあって、その現場監督と職人さんには、たいへん有り難くおもうと共に、こうして、休暇をとっている私事に、少々の気後れのようなものを感じていて、そんな訳で、「無事を事とする」という老子の言葉をまさに、いま思い出した。現場も遊びに出掛けた社員もそれに、これを読んでくれている方々や私も含めて、無事を最大の出来事としたゴールデンウィークであるように祈りたい・・・・。

そうそう、「私」は、まず、諏訪に行くことにした。それは、昨年のゴールデンウィークの北斎の旅の続きをしようと考えた訳であって、諏訪から甲州の北斎を辿って、箱根まで行こうと計画しているという訳。いやいや、実は、さしたる旅の目的があるわけでもなく、ほんとうのところは、ただただ「漂いたい」のだけれど、それとなく、旅としての、エエカッコをして、目的をひねりだしたというのが、本音だとおもう・・・・・。

それで、出発して間もなく、車中で、今度の旅行、どうおもう。と聞くと、奥方は「仕方なしにあなたのばかげたことに付き合うのが半分以上・・・。まぁ、楽しくないわけではない・・・けどね。」と、煮え切らん返事。息子は、「富士山が全然見えへん富士の旅やからな」と全く、的を得た応え。

013shinshusuwako そんな訳で、今回も、諏訪で描かれた北斎のこの光景の富士に出会える事がスタート地点だったのだけれど、いつものように、もはや「私の旅」では、富士山が見えるハズがないのだった・・・・・。

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ところが、こじつけで、行く事に決めた 諏訪の町では、7年に1度の「御柱祭」の真っ最中で、町が、独特のムードに包まれていた。それに、ちょうど、「里曳き」のその祭りに出くわし、これが、何ともいえない、活気と、おごそかな魅力があって、まさしく魅了されてしまった。移動はせず、その場から離れられなくなって、何だか、すっかり諏訪の町が好きになって・・・・・。

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「木」というもに対する敬畏。町ぐるみでの一致団結。木遣り、活気と静けさ。勇壮さ。荘厳さ。祭りというものの原点を見たような気がした・・・・。 「さぁ!さぁ!さぁ!さぁ!」という皆で発するその掛け声が、いまだに耳元に残っている・・・・・・。

祭りから、エエ活気をもらって、それなりに元気なのだけれど、体はたいへん疲れているような気配・・・・。そんなわけで、今日は、もう、ここらで、ぐっすりと寝たいとおもう。皆さん、エエ、ゴールデンウィークを!

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木村貴一 2010-05-02T22:02:09+09:00
秘密基地 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/04/post_290.html 事の始まりは、生野警察から電話がかかってきて、おたくの自転車が保管されてあるので、取りに来て下さい。という電話だった。家の玄関の横に、自転車置き場があって、それは、オープンなのだけれど、家の中でもあって、そこに、鍵を掛けずに停めておいた、息子の自転車が盗難にあったのが、2週間ほど前の事。

それが、偶然、東部市場で放置されてあるのが見つかって、今日の朝10時に引き取りに来て下さいと警察に言われ、車で、息子と同乗して引き取りに行く。その担当の警察官は感じの良い人で、息子が書類に自筆で書き込む間、世間話をした。自転車を引き取るにも、印鑑とか、いろいろな手続きがそれなりに、面倒だな。とおもうけれど、まぁ、それもひとつの社会勉強でもあって、仕方の無いこと。

小路のそのあたりは、カーナビを取る空き巣とかが、頻繁に発生しているので、注意して下さい・・・・。なんていう会話。そういえば、本町で改修工事をするお施主さんは、家の前に、それも敷地内なのだけれど、一晩泊めておいたワゴン車が、朝起きると、消えてなくなっていた、その時の驚き・・・・が会話にあがった。

うちの廻りでも、この頃は、昔のように自転車で回っている警察官を見かけるようになってきて、亀有公園前派出所の両津勘吉さんのごとく、地域の界隈には派出所があって、自転車でまわる、地域の顔のような警察官がいるのは、安心感と共に「地域」とか「界隈」とか「街」とか「町」とかいわれる雰囲気をつくる、町には絶対的に必要な「役者」であるとおもう?。吉本新喜劇にも必ず、おもろい警官が登場する・・・・。

「事業仕分」けでは、両津勘吉のような人は、どうなるのだろう・・・・。そうそう、ある朝、洗濯された服類が、収納棚の、自分にとっては、違うとおもう場所に入っていたので、そのように奥方に伝えながら、軽やかに、「蓮舫」にうちに来てもらって指導してもらわなアカンな。というと、もし「蓮舫」が、うちに来たら、あなたが、一番最初に仕分けされるとおもうワー。と見事に突っ込まれる。でも、この頃の「蓮舫」さんは、少々優しそうになったような気がするけどね。と言うと、側で聞いていた息子から、何言ってんねん「仕分けの時代やで」と、息子にまで突っ込まれる始末。

自転車を引き取って、家に戻り、車を駐車場に入れて、そうそう、ゴールデンウィークがはじまるので、キャンピングカーの手入れと準備でもするか。とおもい、車を家の前まで乗り付けようとすると、偶然、道路で、親父に会う。ちょうどええワ。O議員の集会があって、そこに行くのに送ってくれ。というので、ワゴン車に乗っけて、送った。

その議員と桝添さんと二人の講演会のポスターが貼ってあって、そうそう、桝添さんは、新党を立ち上げたのだから、こういう講演は、どうなるのかね・・・と、混沌とした世の中を垣間見る・・・・。そもそも、政治の世界では、私は、どこに属すると「仕分け」されるのかと考えてみると、きっと、その動向が問題視されている、無党派層といわれるやつに「仕分け」されるのだろう。政治難民としての私の混迷は、まだまだ続きそう。こういう時にこそ、しっかりとした、政治理念のようなものが、必要なのかとおもうけれど、そもそもの、「理念」そのものを、考え直し、創造しようとする時でもあって・・・・?。いづれにしても、国民皆で、どう「協力」すれば、国は良くなるのかね・・・。

・・・・・・・・

理念で、おもいだしたけれど、月に一度、大工や手伝い職の人たちと、お好み焼きやたこ焼きを食べながら、パワーポイントを使って、ミィーティングをする。中には缶ビールを飲むものもいる・・・・。4日ほど前がその日だった。彼らの中で、社員の大工は一名で、それ以外は、社員ではなく、でも、仕事があるかぎり、うちの会社以外では、働きたがらない、人たち。

彼らは、彼らなりの職人としての、どこにも所属しない誇りと自由を持ちながら、技術と心意気で、木村工務店に仕えてくれる。私たちは、彼らに遊ばさないように仕事を提供できる事に一生懸命になり、その事に、少々だけれど誇りを持つ。そんな、昔ながらの関係性。それが、今の時代に相応しいのかどうか、わからないけれど、そんな心意気を持った職人さんたちとのミィーティング。

そこで、楽天の社是 1. 常に改善、常に前進 2. Professionalismの徹底 3. 仮説→実行→検証→仕組化 4. 顧客満足の最大化 5. スピード!!スピード!!スピード!! をパワーポイントの画面に写し出してみる。と、意外にも、大工という職人の姿勢に、ぴったりと当てはまるのだった。言葉の使い方は、全く違うけれど、昔からの、古参の人たちに、言われてきたような内容ともいえた。まぁ、「仕組化」が目新しいのかね。そして、それが、商売の秘訣かもしれないけれど・・・?。それはともかくとして、すんなりと聞き入る職人さん達の目に、「私」の方が、新鮮な驚きを感じ、大工という伝統的な職業に宿る「何か」を垣間見る思いがした・・・・・。

・・・・・・・・・

タイミングというのは、誰が決めるのだろう。「神」なのか。そんな、偶然の、いや必然なのか、こんな物事が重なったタイミングで、家の前に、ワゴン車を停車させると、このタイミングで、自転車に小学生が乗ってやってきた。駐車場をウロチョロしている。うちの前の道路は行き止まりで、その先は、会社の駐車場になっているのだけれど、そこの中で、友達を待ちながら、あたり見回している。吉本新喜劇的タイミング。

「何、してんのぉ」と聞く。モジモジしている。それで、その子の目をしっかり見ると、殺気だった目つきなわけでもなく、反抗的な目つきでもなく、困惑した目つき。こちらも、柔らかく問い詰める・・・・と、駐車場とうちの家の横の路地に、するすると自ら入っていった。

路地を見ると、驚いたことに、子供達の「秘密基地」を発見したのだった。

駐車場に置かれてあった、ブロックやコンクリートの平板を、それなりの重さがあるのに、運び込んで、それに家から椅子や、漫画の本や、黄色い色のケースや、緑や青の絵柄のシートなどを持ち込んで、子供達の「基地」を造っていたのだった。路地の敷地の所有者としては、驚きと、怒りが、一瞬持ち上がった・・・。が、子供達の悪気のなさそうな、その雰囲気が、それを消滅させる・・・・。

暫くして、数人の子供達が集まってきてた。建築に携わる「私」としては、その秘密基地が素敵に見えた。「秘密基地」をつくろうと考えた子供達。それも、とりあえず、実行する子供達。自分たちで、モノを持ち寄って、重いモノを運んで、何かを創造しようとするその姿勢は嬉しい。おそらく、もう少し、時間があると、「屋根」を造り、もっと建築的になっていったのだろう・・・・。きっと数日間のわくわくする秘密の時間。

IMG_0677でも、敷地の所有者としては、他人の敷地に入る事や、他人のモノを持ち込む事。安全性。などなど社会のルール。・・・。子供達は素直に、悪びれる様子もなく、皆で、元の場所にブロックを戻し、持ち込んだモノは自転車やキックボードに積み込んで、帰っていた。帰り際に、ひとりが、振り返って、「スミマセンでした」と子供らしい大きな声で叫ぶ。

私も小さいときは、路地で、遊んだものだ。かくれんぼぽこぺん、などなどをしながら、あちらこちらの路地を隠れ場にしながら、遊んだ。今から思えば、他人の敷地であり、共用の空間でもあった路地・・・・・。

様々な因果関係が重なり、タイミング良く「秘密基地」を発見した「私」。そして、「秘密基地」を「消滅」させた「私」。その「秘密基地」は、大人になって久しい「私」に向かって、「まち」や「子供」にどんな「理念」を持つのが良いのかね・・・と、問いかけるのだった。

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木村貴一 2010-04-25T16:11:04+09:00
551の豚まんでエエんとちゃう。 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/04/post_289.html 朝、起きて、急に思い立って、家族を起こし、スーパ銭湯に行くことにした。女湯はガラガラだというが、男湯は、けっこういっぱいで、おじさんばかり。もちろん、「私」も、もはや、そのおじさんのひとりになってしまったのが、少々寂しい限り。中学生の息子が、ひとり場違いな感じで露天風呂に入りながら、お気に入りの、関口宏の番組で、「カツ!」と叫ぶやつを見ていた。私はサウナと水風呂で汗を流しながら、「カツ!」という叫び声が時折聞こえてくると、自分の筋肉がだれてきているのを、「カツ!」されてるように、聞こえた・・・・・。

モーニングのスクランブルエッグと珈琲をそこで食べて、帰りがけに、おばあちゃんのお見舞いに病院に立ち寄る。90歳を超えて、入院している、その姿を見ると、自分自信の「老い」を、どのように生きていけばよいのだろうかと、暫し考えさせられる・・・・・。

家に戻り、さて、どうしようかと、思うまもなく、ミナミへ散歩がてら出掛け、息子のスポーツシューズを買って、本屋さんにでも行って、お昼でも軽く食べ、早い時間に家に帰ろ。という事になる。それで、日曜日の地下鉄に乗る。そう言えば、2週間ほど前に、目神山にお花見に出掛けた時は、千日前線の地下鉄小路駅から難波。難波から御堂筋線で梅田に出て、次は阪急神戸線で、夙川まで行って、そこで、阪急甲陽線に乗り換えて、甲陽園駅まで行った。電車に乗り換える度に、乗客が、どんどん上品になっていくような気がして・・・・というのを座席で、イヤホンから流れてきたマイルスを聴きながら、思い出し笑い・・・・・。

IMG_0639 スポタカに行くのに御堂筋を歩くと、クラシックカーの走行フェスティバルをしていて、何もわからないままに、突然、旗を手渡される。まったく縁もゆかりもない、クラシックカーに向かって旗を振ると、クラシックカーに乗る、服装までバッチリと決めたダンディーな人たちから、手を振り返してくれた。というか、とっても滑稽で、コミカルなシチュエーションだったかもしれない・・・・。その上、その背後から「竹島返せ」というシュプレヒコールをした宣伝カーが、何台も通っていくのが、今の日本の世情というやつなんだろう・・・・ね。。

学生の頃からあるスポタカが、息子の世代にもあるというのは、企業として、エエなぁ・・・とおもう。若いカップルがデートがてら商品を眺めているのを見ると、かつては、私たちもあんな感じだったのだろうかね。そして、今は、息子と一緒に来ているという、このシチュエーションに時代の流れが感じられて、不思議な感覚でもある。今の私の立場としては、そんな持続可能な企業となりたいものだ・・・・。

DSC05415 そのあと、スタンダードブックストアーに行く。別に、本を買う目的があったわけでもないが、本の選択と並べ方に、個性があって、時として刺激になる。

「ブルータスの博物館ラブ」というバックナンバーを買ってしまう。5月の連休にでも行って見たいな・・・と、思えてきて、何となく買った。かつては、万博の国立民族博物館の会員になっていた時期もあったのだが、もう何年も行っていない事に気が付いた。それに紙面の中にもあったけれど、確かに、たまには、「縄文のアイドルに会いたい」

東京大学のアルバート・アイラー 東大ジャズ講義録・歴史編 を買う。それが、数年前の事。うちの長男のルームメイトが、T大学生で、まったくジャズを知らない彼は、そのジャズ講義を聴いて、メチャクチャ面白かったと言い、それにモグリの学生の方が多くて300人近くも聴いているのだと聞かされていた。それを聞いて、長男がモグリで受講したらしい。やっぱり、実際に曲も流れて、メチャクチャ面白かった。と絶賛していた。何だか、T大学の凄さを垣間見たおもいがした。それが、文庫本になって売っているのに偶然出会ったのだ。それで、迷わず買う。

1959年は私の生まれた年であり、ジャズではコードからモードへと、大きな変革があった年であって、その年の前後あたりから1964年前後ぐらいまでの、マイルスやコルトレーンやミンガスやエバンスやその他・・・を繰り返し聞く事が、確かに多い。私のジャスのアイドルでもあって、もちろん、電化されたマイルスも充分受け入れる事が出来るし、好きでもある。それとは別に、ボブマリーだって、アイドルだったし、ニールヤングとか、ザバンドとか、ウエストコーストの数々にもアイドルが沢山いたし、ストーンズとか、クラプトンとか、ハードロックやプログレなんかにも思い出の曲が沢山ある。

輸入盤をよく買いに行ったものだ。何枚もの重ねられたLPレコードを手でリズム良くトントンとトントンとめくって見ていく、あの感覚が懐かしい・・・・・。「音楽を聴く」事から学んだ事も多い・・・。まぁ、その話は、きりがないのでまた何時か・・・・。

その本を家に帰って読み出すと、止まらなかった。ついつい読み進んで、ブログを書き出すタイミングを逃してしまい、今日も「締め切り」が迫ったこんな状態という訳。その本には「コード」の事や「モード」の事など実に分かり易く講義されいて、まだまだ理解していなかった事がいっぱいあったのだなぁ・・・・と、あらためて気付かされる。そう言えば、前回の野池学校の3次回でも、noikeさんと、そんな会話をしたのだ。どちらかと言えば、小さな工務店というのはジャズ的であって、「コード」から「モード」へなんて話だったけ・・・。

そうそう、本屋さんを出てから、道頓堀の前に出来た、H&Mを「見学」した。以前に建っていた、高松伸のキリンプラザがあれば・・・ともおもうが、確かに、「中」は使いづらそうだった。けど、道頓堀に独特の景観と魅力を放っていて、無くなったら、無くなったで、やっぱり寂しくおもう・・・・。

DSC05407 それで言えば、黒川紀章のソニープラザがないのも寂しくおもうし、村野藤吾の歌舞伎座だって、好き嫌いは別にして、あんな建築、二度と出来ないと思う。それも解体されるのだ。「効率の良さ」というのも難しいテーマだな。

IMG_0644 道頓堀を通過して、インデアンカレーで、カレーを食べる。相変わらずの辛さと独特の味で、たまに食べると、美味しい。息子はヒーヒーと唸っていた。丸福の珈琲でもとおもったが、何だか、早く家に帰りたくなってきたので、すぐ向かいのアラビア珈琲で買ってきた本を眺めながら珈琲飲んで、地下鉄の駅に向かう。

DSC05405 今日の夜は、簡単に、551の豚まんで、ええのとちゃぅ。というのが、大阪人のよくあるパターンかどうか知らないが、地下鉄に乗る前に、本店で、豚まんを買う。そんな訳で、帰りの地下鉄で、奥方の横に座ると、豚まんのにおいが、ぷんぷんとしていたのだ・・・・・。

3時過ぎには家に帰りついて、買ってきた本を読み始め、豚まん食べながらサザエさんを見、龍馬伝を見、ブログ。そして、ようやく、これから寝ることにしようとおもう。明日もエエ1日でありますように・・・・。

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木村貴一 2010-04-18T23:57:55+09:00
山笑う http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/04/post_288.html 「山笑う」というのは春の季語だという。「春が近づき山々の木々が芽吹き、陽を浴び緑の葉を広げ、花が開く。この情景のように山が微笑みを浮かべることをいう。・・・」「故郷や どちらを見ても 山笑う --子規--」というのが「歳時記カレンダー」に書いてあって、これを読んだのは、例の便所。最近は便所で雑学をする日々なのだ。

奈良に行く所要があり、 阪神高速から第二阪奈のトンネルに入る手前で、生駒山が、くっきりと見えた。所々に、山桜が咲いている様子が、「山笑う」を連想させて、おもわず顔がほころんでくる・・・・。奈良公園のあたりを抜ける。桜が満開で、歩道を歩く人たちの顔が、うきうきした顔に見えて、こちらも、うきうきした気分を頂く・・・・・。

転害門」の前を通過する。女性がひとり、門の前に立ち、門越しに桜を眺める光景に情緒があって、このまま車を止めて、私も佇んで眺めてみたいと迷わせる雰囲気。門に興味を持ったのか、桜に興味を持ったのか、女性に興味を持ったのか、脳の中は、いつもながら、不可思議だとおもう。

IMG_0607 今まで、何十回も、この門の前を通過しているのだが、いつも、不思議な気持ちにさせられる。それが、なぜなのかわからなかった。帰り道が渋滞し、門の前で車が停車したので、iphoneで撮影し、その画像を眺めてようやく気が付いた。東大寺というお寺の門なのに、しめ縄が飾ってあるのだ。・・・・不思議。そして興味深い。

柳生の方面へ向かう。遠景として見える、東大寺の裏の「立面」を見ながら、その背景の山にパラパラと咲く山桜と新緑を眺めると、やっぱり「山笑う」を連想させて、おもわず、キレイやな。と車中で、つぶやいた・・・・・。

山間のくねえくねした道を何度もターンすると、柳生の里が、独特の雰囲気で開けて、なぜか、「日本」を想う。その家々と山々に、新緑と桜が点在し、これこそ「山笑う」だな。と「目」が喜んでいて、車速が一気におちた。道路から車輪がはみ出しそうになりながらキョロキョロしていると、運悪く後続車が来たので、後ろ髪が引かれる思いで、そのまま通過・・・・。

IMG_0603 里と山と道が織りなす、「日本的」を走ると、小さな川沿いになって、川と満開の桜という、あちらこちらの日本でみられる、いわゆる日本らしい光景が、やっぱり、ここにもあって、ここはここなりに見事だな・・・・と見惚れた。そのピンク色の桜と桜の隙間に古民家が見え、勾配のきつい三角屋根の黒。漆喰の白。その背景の山のグリーンと前景の土手のグリーン。そのコントラストが美しく、停車して、運転席から、フロントガラス越しに、iphoneで撮影をこころみたものの、その感じ、伝わるかねぇ・・・・。

こんな山間の家々が、日本の光景の一部であるのだけれど、そんな光景の一部として、許されるような家々や工場や倉庫を、私たち現代の工務店か造っているのかねと、問われれば、少々辛い立場かもしれない。工務店という立場で、山と里と建物を眺めると、近代の工務店としての考え方や在り方を反省せざるおえないなぁ・・・・・とおもう。

それにしても、そんなことに関係なく、確かに、山は笑っているように見えたのだ。

ツイッター上のスターのひとりにソフトバンクの孫さんがいて、最近のツイートに「春の新芽を見た時、厳しい冬の後の喜びを実感す。時代は新芽を求めている。」と書かれてあった。それを読んで、私の脳は、またも「山笑う」を連想した。

うちの庭では、桜が葉桜になって、ピンクより緑の割合が増えた。ジューンベリーが白い花をほんの数日間だけ咲かす。その花の上をモンシロチョウが飛んでいて、今年初めての蝶々をみる。ハナミズキのつぼみが花になろうとしている。春のつぼみや新芽。少々センチメンタルだけれど、木村工務店も時代が求める新芽となれますように・・・と願う。

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「山笑う」ように、ものづくりに関わる皆と一緒に笑いたいものだね・・・・・。

追伸
そうそう、川沿いの桜を今年は車で通過しながら、あちらこちらで見たけれど、コンクリートの護岸工事のされていない、川沿いの桜に、より、情緒があることに、先ほど気が付いた。そんな護岸のない川を守りたいね・・・・。

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木村貴一 2010-04-11T14:02:29+09:00
お花見 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/04/post_287.html 地下鉄 小路駅に、午後11時過ぎに着いて、地上に上がる。すぐ前に、たこ焼き屋さんがあって、そのたこ焼き屋さんのおばちゃんが、店じまいの片付けをしていた。

「お帰り」「只今」「こんな遅くまでどこ行ってたん」「お花見」「そうそうおかあちゃんは(うちの奥方のことだけれど)さっき東京から帰ってきて、たこ焼き買って帰ったでぇ」「そうなん、今日は、別行動やったから」と、ちょっとした、うちの関所。そんな会話を残像のごとく、声だけを残して、通り過ぎると、後から声が聞こえてきて、「○○○○おめでとう!」と声が飛んでくる。それを聞いて、後を振り返り、「どうなるかわかれへんけど、ありがとう!」と片手をあげて応え、その暖かい言葉に、ニコニコしながら、小走りに家へ急ぐ。

そんな訳で、今日は、目神山で、お花見をする。そのお花見と2次会が、あまりにも居心地が良かったので、ついつい長居をしてしまい、ブログを書く事を忘れる。いやいや、正確には、心の中で葛藤はあって、「はやく帰ったほうがエエでぇ・・・」と、「私」はつぶやいていたが、もうひとりの「私」は、「その居心地の良さと、はずむ会話に身を任せようよ!」と、つぶやいていた。まぁ、そんな訳で、日曜日に更新するという、ゲームのような勝手な決まりは、超法規的措置で、ここらで更新・・・・。

続く・・・・午前0時をまわり・・・

印象的なお花見の宴は何度かあって、学生の頃だったか、東京の友人宅に遊びに行って、国立駅前の広い道路の歩道の様なところでしたお花見の宴。堺の兒山家という文化財の広いお庭でしたお花見の宴。25年前に買ったほんの小さなしだれ桜がようやく、しだれ桜らしくなって、社員や職人さんと一緒に、会長宅の庭でした最初のお花見の宴。そして、今日の目神山のお花見の宴。

DSC00922今年は、冷たくて、雨の多い、とっても不順な天候。その合間をぬって、満開少し前だったけれど、会社の花見を催す。もちろん、「宴会」が社員や職人さん達の潤滑剤のような役目をしてくれることや、桜という自然を愛する気持ちを持つことなども大切だけれど、そのための段取りとか、片付けを体験する事は、現場監督として、しっかりと学ぶべき事だ。とおもう・・・・・。

そうそう、それで、今日のお花見。目神山の住人の建築家のI井さん夫婦からのお誘いで、建築家のヤベッチさん夫婦、K藤設計ご夫婦とスタッフ、S倉事務所の面々。それにうちで、施工した、二組のお施主さんが集合し、目神山の「回帰草庵」から歩いて、グランドの土手沿いの「大御所」がお気に入りだったという場所で花見の宴をする。

満開で、そのうえとっても良い日和りであって、気分がうきうき。それに、出発前に、メールをチエックすると、昨年リフォームしたお施主さんから、リフォームをしたばかりなのに転勤の指令が出てというメールがあり、「大好きなこの家としばらくお別れですが、また三年後帰ってこれるように頑張ってきます! 素敵な家を作って頂き本当にありがとうございました。」なんていう、リフォームをした家の窓から見える、桜の写真が添付された携帯メールを送って頂いた。それが、嬉しかった事も、今日のお花見に影響していたのだろう・・・・。

宴もひとしきり盛り上がり、廻りの花見の宴を楽しむ姿もなくなり、太陽も沈みそうになって、桜や眼下に見える街や海を眺めて歩きながら、二次会の「回帰草庵」へ向かう。何度か拝見しているのだけれど、行く度に、建築的な何かを発見する。丸太による力強くて、どことなくモダンな木組み。「ちり」の処理。高さ関係。外部の納まり。何よりも、「外」との関わり方。などなど。やっぱり、名建築だ。とあらためておもう。

暖炉の火の側で、長々と話をしているうちに気が付いたら午後10時を回っていた。それほど、居心地が良かった。建築的な話も大いにあり、建築家の設計による家づくりという話題もあり、施主さんからのメンテ依頼の件に関する柔らかいお言葉による反省事項もあり、それに、設計のヤベッチさんによる、「119番に電話をするのを間違って、1192番に電話をすると、鎌倉幕府に電話がかかるでぇ・・・」なんていう、たわいもない話で盛り上がったのも、きっと、お酒と、この何とも言えない空間の御陰。

そうそう、何よりも、共感したのは、帰り際の、「贅沢な時間だったなぁ・・・」という何人かの人たちのつぶやき。とにもかくにも感謝です。

追伸ながら、帰りの電車で、K藤事務所の若いスタッフが横に座り、彼が、「30半ばですか?」「いやいや50越えてます。」「えぇぇぇ」と、つぶやいたその事実を、家で熱いお茶を飲みながら、奥方に伝えると、「そんなアホなぁ・・・」「冗談もはなはだしい・・・・」「ちゃんちゃらおかしい・・・・」と大笑いしながら吉本新喜劇ばりに、何度も突っ込んでくれた事は、記録として残しておこうとおもう。

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木村貴一 2010-04-04T23:53:45+09:00
LED http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/03/post_286.html 息子と二人でスキーに行って、それなりの渋滞を運転し、家に帰りつく。荷物を降ろして、車を車庫に入れ、我慢していたので、便所に直行する。ほっと一息つこうとすると、ドカドカと奥方が、便所にやってきて、照明器具を交換してぇ。という。確かに、便所の電球が切れていた。白熱球で、ダウンライトなのだけれど、25年前の硝子のカバーが付いている、取り外しが、少々、複雑なやつ。確かに交換しにくい。

便座の上に上がって、ゴチャゴチャ、やりにくいカバーを取り外して、交換する。・・・・と、突然、何だか、急に、腹が立ってきた。岐阜から、250キロほどを、休憩もせず、一気に走って帰ってきて、それなりの渋滞もあり、それに、50を越えて、中学生の息子に付き合うと、体力的にも、きついものがあって、日頃の運動不足と、筋肉の退化をひしひしてと、節々に感じながら運転をしている訳であって。

まずは、お帰り。ビールでも。息子のためにご苦労さん。なんてやさしい言葉の第一声でもエエわけで、それが、その第一声が、「便所の電気交換してぇ!」というのは如何なもの。と、憤っている「私」がそこに居て、いやいや、大人げない、ここは、男らしく、黙って、スキーと運転の疲れなどみじんもみせず、電球など、ハイハイと、いとも簡単に交換する「私」でしょぉ。なんていう、微妙な「私」のシーソーゲームが、脳裏で葛藤し、それが、ちょっとした自己想起のなさで、腹立たしさに傾てしまったのは、便座から立ち上がる時に、筋肉が悲鳴をあげていたせいなのだ。と言い訳しておきたい。

それよりも、何よりも、便所の電球は絶対、超長寿命のLEDにするのだ。と誓う。もう二度と交換しないのだ。それにしても、今度、そのLED電球を交換する時、「私」はどうなっているのだろうか。おそらく、きっと、スキーはしていないだろう・・・。私は此の世に存在しているのだろうか・・・。奥方は・・・・。息子達はどうしているのだろう・・・。なんて事を考えると、LEDの光が、もの悲しい、不死身の光に想えてくるねぇ・・・。やっぱり、ほんのり暖かい、生と死の存在を感じさせる光。そんな光を放つ白熱球にして、便座に上って交換する役割は「私」という事にして頂いた方が、省エネ以上の価値かあるのかも。しれへん。

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木村貴一 2010-03-28T19:41:44+09:00
春一番 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/03/post_285.html 春一番がふきあれて、空に黄砂が覆う。太陽が月のように見え、時折、猛烈な風が音をたてて吹き抜けていく。天候がそうさせるのか、家に籠もって、な~にもしたくない気分。それで、便座に座る。こういう時の、「便所」は、エエ。

いつか、書いたけれど、会社の2階の男子便所の便器に座ると、目の前には、ゴッホの「種をまく人」の絵があって、仕事の「間」を兼ねて、その便座に座り、あの黄色い太陽と種をまく人の姿を見ると、元気が出る。

加工場にある便所は、唯一のいわゆる、「いっけつべんき」と呼ばれている、和風大便器で、小も大もできる、昔風の、例のモノ。その便器に、あのオーソドックスな座り方をすると、目の前に鏡があって、自分の顔と対面し、驚く。立って、小を、致すと、目の前に、鏡越しの、自分自身の存在が飛び込んできて、それは、それは、なんとも不思議な気持ちになる。たまに、自分自身と遭遇するために、その便所を使う・・・・。

いま、家の便所の便座に座ると、奥方が、息子のためか、誰のためか、わら半紙に印刷された、学校の資料が、ところ狭しと貼り付けてあって、これはこれで、一種独特のムード。流石に、家族だけが使って、お客さんが来たときは、すっきりした便所の方を使ってもらう。いま、そのごちゃごちゃした紙が宿る便所の便座に座る。

その左横の窓下に貼ってある、紙に、目をやると、サラリーマン川柳の歴代のベスト3が、書いてあって、第20回の第2位「このオレに あたたかいのは 便座だけ」を便座に座りながら読んでいる自分の事をおかしくおもいつつ、ニヤニヤする。

第18回第一位「オレオレに 亭主と知りつつ 電話切る」そうそう、うちの家でも、うちの奥方は、オレオレ詐欺にひかかっていて、まぁ、それは、つまり、東京に下宿する息子から電話がかかると、やっぱり、「オレオレ」からはじまり、つまるところ、なんだかんだ言って、「いま、手持ちが、100円になって・・・云々」「振り込んで欲しい・・・云々」。

そんな訳で、あぁ、また、オレオレ詐欺に引っ掛かってしまったワ・・・と嘆きつつ、振り込む奥方。流石に、私には、電話がかからない。老人と、母を狙い撃ちにするあたり、これは、やっぱり一種のオレオレ詐欺なのだ。と暖かい便座に座りながら、にやつく。

第22回第二位「久しぶり ハローワークで 同窓会」を外に吹き荒れる、春一番の、ごぉーという、うなる音を聞きながら、私もうなる。第三位「僕の嫁 国産なのに 毒がある」を読みながら、ニタニタ。ところが、脳は不思議だな、先週、お邪魔したお宅の信州唐松の床板材を唐突に、思い浮かべる。わが社で使っている、柱や梁や、板材などの国産材を思い浮かべたりするのは、やっぱり、職業病というやつかね。

そうそう、先週末、三年前に、お引き渡しをした、お施主さんのお宅に招待して頂く。大工さんや現場監督や設計担当者や見積担当者や私や・・・。建築中のエピソードなどを語り合ったりしながら、食事を頂戴する。

国産唐松の節在りの床材を大阪ガスの温水床暖房の上に使っていて、もちろん、保証外なのだけれど、ほんの少々は目地が開きぎみのところがあるものの、ほとんど気にならないレベル。何よりも、奥さんとご主人が、「ぬか袋」で、三年間、丹念に床を磨いているので、独特の光沢と質感になっているのが、何よりも一番嬉しかったこと。

間口が3mで奥行きが15m以上あって、細長い木造の3階建てで、階段室が家の中央にあって、その階段室の一部が、越屋根として屋根の上に突き抜けていて、そこから光と風を取り入れ、取り出すようになっている。ちょっとしたパッシブデザイン。細いがゆえに、写真がうまく撮れなくて、この家の良さを表現しきれなかったので、ホームページの施工例に、載っけていないのが、残念。

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施主曰く、「ぬかを綿の袋に詰めて、電子レンジでチンするとええのよぉ」。「越屋根から、朝日や夕日が入り込んできて、明るい。それに風がすぅーっと抜けたり、入ってきたりして気持ちがエエね」「今までは、お客さんを呼べなかったけど、今は、いっぱい呼んでいて、交換留学生も招いて、来年も招こうとおもう。狭いけれど、日本的な家であるとおもうし・・・・」

なんていう施主の生活の知恵や住まい感。その他、沢山の施主の方々が、それぞれの個性にあわせて、造り、住んでいる、その「住まう」様子や知恵、小物のセンスや買ったところを、ホームページ上で、何とか伝えられないものかね。と便座で模索する。 勿論、今後のカイゼンのための宿題を頂戴した事も、便座のあたたかさが思い起こさせた。

そんな雑多な事が、あったかい便座の上で、駆け抜ける。それにしても、外は、まだ、春一番が音をたてて、ふいている・・・・。

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木村貴一 2010-03-21T13:16:22+09:00
共有 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/03/post_284.html 「ツイッター」というのが、話題になり、それが、面白いのかどうか。特に「企業」で書くツイッターというものが、必要なのかどうなのか。それに、匿名でツイートするのか、名前を明記するのか。

ちょうど、ソフトバンクの無料キャンペーンにのかって、社員の携帯をドコモから、iphoneに変えた事もあり、そんな事を思い悩むより、とにかく、「皆」で、ツイートしてみよう。という事にした。やってみると、「社風」のようなものが、見え隠れしてくる・・・。それが、廻りの人にとって、面白いのかどうかは、まっこと、判断しにくい・・・・・。(龍馬風)

それに、会社のツイートと個人のツイートの関係はどうすれば・・・。なんて事もよくわからないまま、とにかく木村工務店の社員として、つぶやいてみようと、呼びかけてみる。できるだけ、読む人の心もポジティブになるようなつぶやきの方が望ましいかも・・・・と。

2週間ほどの間に、7人で、90ツイートほどした。そんな中で、ちょっとした事件が起きる。社員のひとりが、個人としてのツイッターを登録しよううとして、登録してみる。でも、やっぱり個人の登録は消そう。と考えたらしい・・・?。それで、登録を「Delete」

ところが、木村工務店のツイッター「kimuko_」の方を間違って、消した。ようだ。次の日の朝。「kimuko_」の存在が消えてなくなっていた・・。どこにも見あたらない・・・。フォローの中にも、忽然と姿を消していた・・・・。「101」のツイートが消えた。「共有」というものの、怖~い一面を垣間見る。

それでも、「共有」という考え方や感覚が好きだ。建築に携われば携わるほど、建築は、ひとりで造るモノではなく、多くの人の力や意識が合わさって、「共有」されて、出来上がる「建築」なのだ。と、ひしひしと実感する。大工さんや左官屋さんや、水道屋さんや、電気屋さんやその他大勢の職人さんの事は想像通りだが、社内でも、設計担当者や見積担当者や現場監督。総務の担当者も、事務所の中でかなりのフォローをするし、他にも沢山の担当者が・・・・・、それに「私」だって。そう、誰よりもお施主さんだね。

コンピューターを社内数人で使い出した当初から、「サイボウズ」というスケジュールなどを「共有」するグループウェアなるものを導入していて、IT企業として、四国からどんどん発展成長し、上場する過程を、凄いなと眺めながら、長らく「愛用」している。

そんな訳で、スケジュールを共有する事で、「私」のスケジュールの3分の2以上は、社員が決めている。どこそこの設計打ち合わせ、どこそこの現場打ち合わせ、社内の何々・・・、初来社のお客さん・・・、現地調査・・・・、などなど、空いている時間を見計らって、皆が、登録していく。

現場報告という掲示板もあって、そこには、毎日の現場の人工数や、現場写真や、打ち合わせ内容や、施主のメール等が報告され「皆で共有」する。その他工程表や電話帳やいろいろ。「もうひとつの木村工務店」なのかもしれない。

リフォーム工事など、「ひとり」の担当者が、最初から最後まで、面倒をみると、施主とのコミュニケーションや業者さんとのコミュニケーション等に、一貫性があって、ミスが少なくて、円滑に行く。私もそうやって、若い時に、「ひとり」で設計から見積から現場監督から全てをこなしたリフォームや新築もある。

ところが、「ひとり」でやれる「建築」のレベルには限界もたくさんあって、ついつい、保守的になり、無難にこなそうとしてしまう。「イエス」より「ノー」の数も増えがち。4年に1度ほど、オリンピックのように挑戦的な時があるぐらい・・・・・。

今、木村工務店では、新築もリフォームも、専門職としての役割分担をしながら、その家への意識や、施主、社員、業者とのコミュニケーション、スケジュールの「共有」をサイボウズに依存しながら、行っている。「ものづくり」の過程で起こるコミュニケーションの円滑化と共有化を試行錯誤する事で、誠実で密度の濃い建築を志す。

そんな、「共有」の一環として、「iphone」と「twitter」で「つぶやき」を社員で「共有」してみようよ!!といのが、一連の流れであった。それで、つぶやき、そして、出来事・・。

けど、失敗を活かせればとおもう。気を取り直して、今までの101のツイートは「season1」として、過ぎ去る。「season2」は社内での「ぼやき」として、非公開?。細々と継続するのかどうか。そして、改めて「season3」として「kimuko_3」の「つぶやき」として、木村工務店の3代目として、リスタートです。

それでは、龍馬でもみるかね。

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木村貴一 2010-03-14T20:06:42+09:00
祈り http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/03/post_283.html 雨。いまも、だらだらと降り続いている・・・・。
そうそう、以前、てるてる坊主を見たのは、何時のことだろうか・・・・。

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今週、不順な天候の中で、木造2階建て住宅の上棟があって、天気予報というのは、有り難い訳で、雨が降るよ。と予報していてくれているのであって、それが、今回は、吉野杉の化粧材を使うので、雨に濡れるのは、かなり、まずい。

弊社の会長が、加工場で、その吉野杉を手加工をしている状況を眺め、「あの杉はな、雨に濡れると、なかなか、その「しみ」がとれへん杉やから、雨降ったら、建て方は止めて、上棟式は、ずらさな、あかんで」と、めずらしくも、わざわざ忠告に来てくれた。

そんな事もあって、大工や現場監督や設計者、それにお施主さんとも相談し、雨降ったら、どうしようかと悩む。止めようか?

ところが、日本の伝統文化の中に「上棟式」というのがあって、それは、「ものづくり」という、その「過程」を苦労し、楽しみ、祝福するのであれば、とっても素敵な文化であるとおもうのだけれど、その宴のために、わざわざ施主の皆さんが、食べ物や飲み物を用意して下さるわけで、その時、もし、雨で、木組みが、何にも出来ていなかったら、いわゆる、しゃれになれへん。もし、中止したら、食べ物どうするねん。って事に。

天気予報は、くもりのち雨。建てだして、完成するまでに、途中で雨が降るのが、もっとも辛いパターンで、化粧の杉はだいなしになり、何よりも、上棟式という祝宴はどうなるのぉ。用意した食べ物と飲み物は・・・・。木組みが出来ていないのに、式だけするのも、ちょっと、間抜け。

だいたい、曇りのち雨と言われても、朝曇って、朝のうちに雨が降り出しても、曇りのち雨。朝曇っていて、夜になってから雨になっても、曇りのち雨。今は、雨の降る時間まで、正確に知る事が出来るんでしたっけ・・・・・・。

そんな状況の中で、施主のお父さんが、「とにかく、まぁ、やろうや!」と、言ってはるでぇ・・・。と伝え聞くと、天気予報をあてにするよりも、その勢いとカンを頼りにしたほうが、確かにエエ時もたまにはあって、その時はなぜか、皆が、「ほんだら、やってみよか」と、心底、そうおもった。

その日の朝は、曇り。いや、晴れ間さえも見えている。な~んや、天気予報! ってつぶやく。大工や鳶や現場監督が、早朝から勢いよく会社を飛び出して行くのを見送った。ところが、最近の天気予報は、それなりに当たる。午後3時頃、確かに、雲行きが怪しくなり、雨がポツリポツリ、そのうち本格的に・・・。それで、心配して、現場に電話をする。

「いやぁ、何とか、養生できるまで、ぎりぎり間に合いました・・・・」と、嬉しそうな返事が返ってくると、こちらも嬉しくなってきて、現場に到着し、現場の前に立って、そのラッピングされた木組みを見れば、職人さんたちの皆の努力が感じられて、とっても嬉しい。それに、自らの手で、文字通りの、手加工をし、雨に濡れずに無事上棟できた、大工のF野と通称ワンダーの、その笑顔をがとっても素敵。

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そんな訳で、これは、棟梁F野の日頃の行いが良かったからだ。いやいや、現場監督F川の日頃の行いが良いからだ。いやいや、それとも、設計T中の行いが良いからなのだ。いやいや、何と言っても、木村工務店の「私」の日頃の行いが良いからだ。などと、自分を自慢し合いながら、意気揚々と上棟式に赴くと、足場にひっそりと、てるてる坊主がぶら下げてあった。

達筆で、何とも、心のこもった、てるてる坊主。それをじっくりと眺めると、何よりも何よりも、施主の「祈り」の御陰だったのだなぁと、気付く。今までも、施主の方々の誰もが、上棟の無事を祈ってくれていたのだ。と、今更ながらの感謝です。

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木村貴一 2010-03-07T21:21:51+09:00
つぶやく http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/02/post_282.html 氷上を腰を屈めて滑りながら、カーリングをする女性の顔が、ま正面から写し出される、あの「映像」が、何ともカッコエエとおもうし、その表情が、特にその目が、とっても凛々しくて、しびれるぅーー。でも、試合のルールは、いまいち、把握出来ていない。

キムヨナがインタビューで、「金メダルは神様が決める。自分にはどんな結果も受け入れる用意がある・・・」というようなニュアンスの言葉を語り、浅田真央は、「金メダルが欲しい。けれど、・・・・、」というような言葉を語った。結果はともあれ、キムヨナの言葉が、とっても、印象的だった・・・・・。

今朝の枕元で、女子の団体スケートの追い越しとやらが、コンマ何秒かで、銀で、・・・、と騒いでいるので、テレビ映像を見ると、何だか、とっても不思議な競技で、誰がこんなの考えたのかね・・・・。

スキー板を付けて、バームクーヘンが割れた様なジャンプ台から飛び出して、クルクルと何回転もする競技は、こちらの目が回ってしまいそうで、とっても不思議な感覚。人間の持つ身体能力の不思議さを感じる・・・・。そうそう、女子アイスホッケーの、カナダとアメリカの女性の肉弾戦も、迫力があって、それにシュートを放つ、女性の顔が、勇ましくて、とってもキュート。

こうして、書くと、冬期オリンピックで、印象に残ったのは、女性ばかり・・・。凛々しいとか、勇ましいという言葉は女性に使う言葉だったけ。それにしても、オリンピックの女性が、カッコエエね。いや、凄いねぇ・・・・・・。なんて言う、「つぶやき」を書き込むのが「twitter」というらしい。

昨年の秋、長男から、「twitter」がオモロイでぇ。と、聞いていて、お正月に、教えてもらい、一月末に「木村工務店の公式twitter」なるものを、ひそやかに、やろうとしていたのだけれど、未だに、よく、理解していないわけであり、何だかよくわからないままで、まぁ、でも、兎に角、やってみよう! ということで、これからは木村工務店の私と社員が、公式に? iphoneから「つぶやく」予定なのであります・・・。

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そうそう、「つぶやき」ついでに、長ったらしく、「つぶやく」・・・と、高速道路の無料化が、社会全体にとって、エエのかどうか、「私」には、判断は出来ないけれど、個人的には、「車」で旅するのが、好きで、「車中泊」とやらも、快適とはいいがたいものの、独特の楽しさがあって、それなりに、病みつきになってしまう。それで、無料化になれば、今まで以上に車中泊をしながら、旅したい。そんな偏った立場では、無料化は嬉しい。

それよりも、なによりも、この週、淡路島まで行く所要があって、まだ、工事をするわけではないのだけれど、行ってみると、意外に、近い。大阪の生野区の小路から車で、1時間30分ほど。高速道路が無料で、淡路大橋という世界的な日本の土木技術が、無料で提供されるなら、通いで、海を越えて、仕事が出来るかも。

木村工務店は、いわゆる地域工務店であって、東京では、仕事ができないけれど、それは、自分たちと、呼吸の通じ合う職人集団のほとんどが、大阪や神戸や奈良や京都なわけで、その、親しい職人さん達が、1時間内外で、まぁ、1時間30分ぐらいまでで、通える距離ならば、それに高速代金という経費が、最小限ですみ、木村工務店を求めてくれるお客さんが、いらっしゃるのであれば、可能な限り、「距離」を超えて、家づくりをしたいとおもう。そこそこの遠距離恋愛オッケーで、「近い」よりも「合う」を選択する傾向にあるのかも。

グーグル等々、「無料化」という波が、様々な仕組みや、既得権を変えてきているように、高速道路の無料化と土木技術の社会的貢献が、渋滞を招かずに距離感を縮めてくれるのであれば、テレビの「秘密のケンミンSHOW」ごとく、その地方独特の文化や嗜好やライフスタイルを、ケンミンさんと一緒になって、お互いどうしで、「カミンクアウト」しあいながら、「家づくり」に反映してみたいものだねぇ・・・・・。

そうそう、「淡路大橋を走るのは、とっても気持ちがエエねぇ」。「ブログ更新しました」。なんて言う、「短いつぶやき」が「twitter」では、エエのかね?

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木村貴一 2010-02-28T17:17:06+09:00
古材の魅力って何なのかね http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/02/post_281.html お城を持っているベルギー人が、ヘリコプターに乗って、古材を買いに、日本にやってきて、まるまる一軒の古民家をベルギーに移築し、それを「スパ」にしたという写真を見せられると、日本の古民家の文化的価値を誇らしく思うものの、私たち工務店の今、現状の家を造る「スタンス」は、これでエエのかと、それなりの自問自答をしてみたくなる。

ハワイという、あのトロピカルな場所に、古材で出来た、古民家が移築再生されているその写真を見せられると、日本の大工が精魂込めて、脈々と造り続けてきた、民家建築という庶民の文化的価値が、日本の浮世絵のごとき、芸術的価値があるのだな・・・・と、思えてきたりする感覚が、何とも不思議だった。

ベルギーの大工が造る予定だった、その移築再生が、実際にやり出してみると、施工が出来なくて、わざわざ日本から大工が行く事になり、日本の大工が造りあげたのだ。と聴くと、大工という日本の技術と文化を誇らしく思うものの、そんな事よりも、その地で、言葉をしゃべれない日本の大工が、牛乳を買うために、自分の胸を絞るジェスチャーをしたそうだ・・・・・、とか、パーティーでは、トムクルーズもやってえきたらしいよ。なんていう話のほうに、かなりのリアリティを感じている「私」が居て、でも、もうそろそろ、年齢的にいっても、そんな事で、喜んでいる場合ではないのかもしれない・・・・・。

それは、今週、森田建築設計事務所の森田さん設計による、工事中の現場で、古材を使うために、滋賀の島村葭商店(しまむらよししょうてん)へ古材を見に行った時に、お聞きした話であって、以前にも、同じ森田さん設計のナンバパークスのURBAN RESEARCHや、難波神社裏のDOORS DAININGで、島村葭商店さんの古材をうちの加工場に搬入してもらって、加工はしたのだけれど、現地を訪れるのは、初めてだった。

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事務所件自宅を拝見させて頂く。200年前の民家を移築したそうだ。それもこの民家はこれで、2回目の移築になるのだと聞くと、数奇な運命を辿っている民家だともいえるが、それにしても、この民家の木組みを設計と施工した大工の棟梁の精魂がたっぷりと宿っているから、生き残り続けているのだろう・・・・・。

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数寄屋の座敷を二間みせてもらう。古材を使った大胆な木使いだった。社長のお話を聞かせてもらいながら見る、座敷には、確かに、不思議な魅力が溢れていた。この古材を使った、魅力は、いったい、何なのだろうかね・・・・。

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作業場で、今度の現場で使う古材を検品する。何よりも「洗い」の技術が素晴らしいことに、感心する。古材を古材らしく使うために、手間暇をかけて、風合いと、味を残したまま、「洗う」事が必要で、それは、「掃除」を超えた、ジーパンの洗いざらしのような工程といえるのかもしれない。

一緒に同行した施主の方が、古材が立ち並ぶ姿を見ながら、「この古材が、うちで使われるのを待っていたかのように見える・・・・・」という呟きが、印象的だった。

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その古材を加工するために搬入される、うちの加工場では、先日の吉野で検品した、吉野杉の梁を、大工と一緒に、そうそう、現場監督や設計者や施主も交えて、木取りをし、どの場所に、どう使うかを、あーだ、こーだ、ケンケンガクガと、打ち合わせをした。めんどくさいけど、楽しいねぇ・・・・・・。

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まぁ、大げさに言えば、そんな「神聖」ともいえる加工場で、この土曜日、90人ほどの協力業者の社長さんや番頭さんや職人さんを交えて、弊社で施工した清見原神社の宮司さんに来て頂いて、初午の安全祈願祭をする。また、この機会に、木村工務店での「いま」の取り組みを職人さんたちに、生の声で、お伝えもした。

社員で、豚汁をつくったり、焼きそばをつくったり、おでんをつくったりして、職人さんたちをおもてなしする。もちろん、たっぷりのお酒も。それは、社員皆の協力があってのことで、感謝です。それにしても、夜の12時を回っても、少々、声が大きかった数名は、近隣に、ご迷惑をお掛けしていたのかも・・・・・、この場を借りて、陳謝。

来週には、この加工場に、あの古材が搬入されてくる予定。今度は、じっくりと、その古材と対峙して、その不思議な魅力を探ってみようとおもう・・・・・。

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木村貴一 2010-02-21T23:00:33+09:00
オリンピックのある日曜日 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/02/post_280.html オリンピックが始まっても、そんなに楽しみにしている訳でもなく、どうしても見るのだとおもう訳でもなく、ところが、朝からテレビをつけると、モーグルの予選がやっていて、見てしまうと、妙にドキドキして、それに、日本選手が滑る前は、こちらが緊張している。そういう自分自身の中に垣間見る、人間心理が、おもろい。

上村愛子が滑る前は、見るの、どうしようかなとおもうぐらいになっていて、そういう「私」がおかしい。それに、そのあとの特集番組もついつい見てしまうと、あぁ、メダルを取らしてあげたいなとおもう、そういう心境は、これ、いったい、何なのだろうかね・・・・。

モーグルの決勝が始まると、なぜか、その日に限って、たまたま、家族が家にいて、一緒に見る。日本人選手に一喜一憂し、上村愛子が滑る直前、奥方は、クッションを顔に覆って、見られヘンと、叫ぶ。次男は胸がバクバクしてるわ。と、ゴロッと座るクッションンから呟く。長男は、スツールに腰掛けて、冷静。私は、メダルを取らしてあげたい気持ちと、アカンかもという気持ちの交錯を眺めながら、ソファーの奥方の横に座る。

上村愛子が、滑り、暫定2位のあとが、大変。あと4人で、3人が失敗して欲しい、という、人の失敗を心待ちにする、寂しい気持ちに、少々の罪悪感を感じながら、皆で一喜一憂する。それだけ、誰もが上村愛子のがんばりを認めて祝福するものの、あと一歩のアグレッシブで挑戦的な滑りが、なかったのかも・・・・と、私の内面では、呟いていた。そういう意味では、失敗したものの、里谷多英の滑りは挑戦的だった。

最後の二人の選手が滑る前の表情を見ると、あぁ、上村愛子のメダルが遠のいていくのを予感させる、気迫と、挑戦的な雰囲気があって、それに、滑る姿に安定感が同居していて、確かにミスもなく・・・・と、凄いねぇ。メダルを取るためには、繊細さや慎重さだけでなく、挑戦的なエネルギーも必要で、相反するものが同居していないといけないのかね・・・・・・。上村愛子が素直な涙を流す、あのインタビューに涙する。

そうそう、そのテレビを見る前には、朝、お風呂に入ったのだ。11日の祝日の朝は、高井田にあるスーパー銭湯に行った。月に2、3度、日曜日か祝日の、朝か夜遅くに、スーパー銭湯に行く事があって、いつもそれなりの人が入っている。そういえば、設計の打ち合わせなどで、皆さんの話を聞いていても、最近の家づくりでは、家のお風呂に力を注ぐ人が少なくなってきて、ユニットバスで充分だという人が多い。近くに、安くて、エエ温泉付きのお風呂が出来たりしているからだろうなぁ・・・・・・。

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オリンピックのある、家族で過ごす、日曜日、さて、晩ご飯は、どうしようか・・・・・。

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木村貴一 2010-02-14T17:53:47+09:00
界隈 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/02/post_279.html DSC04310DSC04307 

コトバノイエの店主のお誘いがあって、そうそう、木村工務店にとっては、お施主さんでもあって、それに会社の応接室というのか、お施主さんとの打ち合わせ室の本棚のセレクトをしてもらった協力者。とよんで良いのかどうか。まぁ、そういう入り組んだ関係性でもあって、とにかく、中津のワンコインブックストアーのラストショーに出掛ける。

IMG_0236それで、数冊の古本を買った。いわゆる古本屋さんに行くのも久しぶりだし、えぇ、ブックオフを古本屋さんとよぶのかどうかは別にしての事で、そんな訳で、勢いも含めて、買ってしまう。ワンコインで買う予定が、合計で、ワンペーパーに。

いままで手に取るのも拒否していた作家の本を一冊。いつか「岬」を読もうとは思っていたが、まだ買っていなかった、その作家の本を一冊。確か学生時代に初版を立ち読みした記憶のある本を一冊。コトバノイエの30冊をセレクトした時にセレクトした本を一冊。何となくその日、唐突に興味を持った本を一冊。あっ、そうそう、この人、今どうしているのだろう。それに、この一冊、立ち読みしたよなぁ・・・という、同じ人の本を二冊。

その中の1冊を今週、パラパラと見る。「界隈」という、ちょっと、忘れてしまいそうだった言葉に、「再会」する。「それらどこの都市に行っても人があつまる場所があり、人と環境がにつまったクライマックスのような部分のあることだ。私はそのあたりを「界隈」と呼んできた。しかも私たちはその界隈の在り様によって、都市のイメージをとらえている。決してモニュメントやスカイスクレーパーではなく、そうしたごちゃごちゃの人間くさい部分にはっきりとそれぞれの都市固有のイメージが焼き付けられている。素通りではなく、その都市の中で生活したい、生息したいと思う都市にはきわめて人間くさい居心地のいい界隈がある。」浜野安宏著。

で、クライマックスのような、そんなたいそうな「界隈」でないにしろ、今週、「私」は、どんな「界隈」に「出没」したのだろうか・・・・・。
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火曜日。堺の美原町界隈の住宅地に出没する。7年ほど前にリフォームをさせて頂いたお宅の双子のお子さんが、もう中学生になるという。それで、その双子のための部屋を「改造」するご相談。

自分たちの食器やお箸は自分たちで作って、それで、食事をしているのだと。双子のひとりは、リフォームした時の印象が強くあって、「建築」を志しているのだと聞くと、ちょぴり、嬉しい。と、同時に、ちょっとした、社会的な責任感も感じる・・・・。───────────────────────────────────
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水曜日。吉野界隈に出没する。お施主さんと一緒に、久しぶりに吉野の阪口製材へ行く。そのついでに、蔵王堂近くの「やっこ」で、柿の葉ずしを食べる。吉野で食事する時は、だいたい、ここ。あと、こばしのあんこまんじゅう。蔵王堂界隈はいつもながら。とってもエエ感じ。
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阪口製材界隈を阪口の息子さんの案内で、うろうろする。「製材」を核とした、独特の界隈。それにしても、天然乾燥された吉野杉の色つやの美しさを再認識する。化粧となる構造材の梁と柱は吉野杉。隠れる構造材の梁は米松。柱は檜と杉。土台は檜。オール国産材とカッコ良くいきたいところだけえれど、コストパフォーマンスを考慮したうえの選択は、エエのかどうか、まぁ、大阪的でもあるわけ。 ───────────────────────────────────DSC04359
ついでに、同じ吉野の丸岡製材界隈にも立ち寄って、床材に使う、吉野杉の板材を見学する。国道と山と製材所。吉野川からの冷たい風が吹いてくる。界隈と呼べるかどうかは別にして、ぼくとつとした社長がエエ感じ。
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木曜日。天王寺区の細工谷界隈に出没する。安藤忠雄さん設計のコンクリートの町家住宅の横を通過して、住宅の密集する界隈をうろうろして、迷いながら、リフォーム工事の現地調査にお伺いする。坂と密集がエエ感じ。わりと好きな界隈。
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金曜日の朝。鶴橋上本町界隈に出没する。ビルとビルに挟まれた「隙間」で、鉄骨3階建ての上棟式があった。独特の景観。ある意味、カワイイ。M設計事務所の設計で、 さてさて、どんな建物になるのでしょうか・・・・・。そういえば、鶴橋界隈こそ界隈と呼ぶにふさわいいクライマックス的な界隈なのかも・・・・。
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おなじ金曜日の夕刻。鶴見区の花博界隈に出没する。H設計事務所設計の住宅の社内検査があって、いや、まだ、少々、工期に追われていて、まだ、残っている工事がちらほら・・・・。道路ではガスの引き込み工事をしていた。道路を隔てた目の前には、花博の公園と、子供達の歓声があって、またひと味違う界隈。 
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土曜日。天王寺区真法院町界隈に出没する。リフォーム工事のお引き渡しがあって、そのお引き渡しの最中に、完成を祝って、御神酒で乾杯をした。これは初体験。でも、なんだか、とってもエエ気分で、こちらこそ、感謝。
───────────────────────────────────DSC04094DSC04451DSC04457真法院界隈には有名建築もあって、エエ感じの界隈。リフォームした住宅には、神社の鳥居をくぐって、到着する。考えて見れば、おめでたい住宅なんだ。2階の窓越しに神社の屋根がど迫力で迫って見えるのが、とっても新鮮。───────────────────────────────────
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いつも、出没するのは、生野区の小路界隈。生野区の小路界隈は「私」の生息地であって、その長屋が建ち並ぶ中の一角に弊社があって、そこに戦前からの加工場があり、10年前までは、丸太も切れる製材所と同じ帯鋸まであった。ほんまもんの加工場だったけれど、音の問題等々、時代の流れに従って、大きな加工機を全部処分して、手加工だけができる、「スペース」とした。

その「スペース」が加工バーとなったり、餅つきバーとなったり、ほんとうの加工場となったり・・・・・。その吉野からの材木や海外からの米松や九州からの杉材や山陰の檜材や「ごちゃごちゃ」の産地の材料をこの加工場に集めて、大工の手加工で、木造の新築住宅を只今、加工中。
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この小路界隈には、長屋の中で、ものづくりをする家が沢山あったのだけれど、先週のブログのように、どんどん、減ってきた。子供世代は、「外」に出て働くことを選択する。それで、かなりの高齢化。まぁ、そんな中で、店舗を構える数十件が集まって、数年前から、1ヶ月半に1回だけ、新聞に折り込みチラシを入れている。「私」も、その世話人のひとりで、ゆるやかな連携をとりながら、細々と継続している。

きっと、共通のおもいは、派手でなくエエ感じの雰囲気として、持続可能なエエ「界隈」となれるように、皆で、模索しているのだと思う・・・。───────────────────────────────────
エエ感じの「界隈」か・・・・・・。
カイワイとカワイイがちょっと似ている・・・。

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木村貴一 2010-02-07T14:44:26+09:00
日本は何をつくるのか。日本で何をつくるのか。 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/01/post_278.html DSC04079 DSC04078
カトウセイサクショカンパニー」というセルロイドの万年筆を手づくりする「人」が、弊社が建つ、生野区の小路東に住んでおられ、その住宅兼作業場を、弊社で手がけさせて頂いたのは、もう何十年も前の事で、私が、建築に携わる前後の事らしい。

その「匠」が、つい先日、お亡くなりになられ、その後の家の安全性など、「家を守る」ために、お伺いした。その時、初めて、奥の工房を拝見させて頂く機会を得る。

見た瞬間。おもわず、「カッコエエ・・・・・」と唸った。

まだ、ものづくりの息づかいが、聞こえてきそうだった・・・。職人さんの温もりが、まだまだ宿っていた・・・・・。それで、お願いをして、写真を撮らせて頂く。この作業場だけは、戦前からの長屋のままで、工事中も全く手つかずで、他の誰にも触らせず、自分で、改良を重ねたそうだ。無垢の床の雰囲気。壁の雰囲気。机。椅子。

なんだ、このカッコエエ照明器具の付け方は・・・・。聞くと、最初は水平に真っ直ぐ付いていたのだが、それを、このように改良したそうだ。なんだ、この椅子は・・・・。棚のアングルを使って造ったらしい。なんともいえないテーブルの微妙なカット・・・・。きっと、丹念な作業をしていたに違いない。感じのエエ道具たち。道具ひとつずつに「存在感」があって、その道具の、どの配置にも、「意識」が宿っていた。・・・・・。

リラックスした暖かいムードであるものの、背筋がぴんとした。

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大阪で、日本で、価格の競争に巻き込まれるよりは、海外に出て行くのだ。と言って、この生野区の小路という、大阪の下町にどっぷりと住みながら、海外を目指したのだと聴く。同じような、そんな心持ちだけは、弊社にもあるものの、実際にひとりで造って、ひとりで海外に売り歩いたという、その営業的な行動力と繊細な匠の技を併せ持ったバイタリティーには敬服する。

IMG_0232そういえば、先日、NHKのテレビを見ていると、「日本は何をつくるのか。日本で何をつくるのか」という東芝の液晶テレビのものづくりを題材にした番組がやっていた。私のノートパソコンのキーボードの目の前におかれた、もはや、跡を継ぎ、造る人がいなくなってしまた、カトウセイサクショカンパニー製のセルロイドのボールペンを見ながら、この文章を書いていると、「日本は何をつくるのか。日本で何をつくるのか」という問いかけの重みが、じわじわと伝わってくる・・・・・・。

この土曜日、お餅つきをした。会社の社員の家族と一緒につくお餅。というのが基本スタンスなんだけれど、今まで、設計施工で工事をさせて頂いた、ちいさな子供さんのあるご家族をお招きをした。それに、ついでに、というのもなんなのだが、最近、弊社で取り組んでいる、「グリーンウッドワーク」という活動もご紹介すると、それが、意外にも子供さん達が興味を持って、皆が、楽しんで木を削りだしたのには驚かされた。

手づくりのスプーンやボールや椅子や取っ手やその他・・・・。そんなのを皆と一緒に楽しんで造ってみようかとおもう。ホワイトデーには、社員ひとりずつが、手づくりのスプーンなどを、奥さんや彼女にプレゼントする予定・・・・・かな?

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PS
お餅つきも3年目になり、来年は、また、もう少し、輪を広げる事が出来るかも知れない。お子さんがいるのに、ひょとして、漏れがあった家族があれば、ご一報下さい。それに、そんな事は、関係なく、久しぶりに、木村工務店に遊びに来たい人がいれば、来年は、是非、お立ち寄り下さい。また、ついでにメンテの依頼もどうぞ。そうそう、グリーンウッドワークに興味のある方は、メールでも電話でもお尋ね下さい。

木村工務店は何をつくるのか。木村工務店で何をつくるのか。・・・・・・・なんて。

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木村貴一 2010-01-31T23:11:18+09:00
過程 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/01/post_277.html 冬の雲ひとつない青空。いつしか、春がやってくるのだ。と感じさせる、朝の日差し・・。

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この週、雑誌の取材があって、昨年の年末にお引き渡しをした、大阪市内の新築住宅のお宅にお邪魔する。カメラマンや、取材の編集者が到着するほんの数分前、バーチカルブラインドの間から、曇り空の間を縫って差し込んだ突然の朝日。蓄熱暖房器からのまろやかな暖かさと相まって、ほんの一瞬の心地エエ瞬間 。

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キッチンの横に洗面所があって、そこに電動で開閉する天窓があり、冬のどんよりした曇り空の合間から垣間見える、きまぐれな青空を眺めてみる。

DSC03955リビングダイニングの天井に、その洗面所に開閉する内倒しの木製窓があって、夏には、大阪市内に流れる西風が、リビングダイニングを通り抜けて、内倒し窓を通過して、洗面所の天窓から通り抜けていく「予定」。自然という神々が、そんなデザインを受け入れてくれて、そうしてくれるものかどうか?

DSC03986その後、同時に、大阪市内で、もう一軒の取材がある。間口2間、3640幅の新築住宅で、ユニットバスが2階にあって、その湯船に近い窓の向こうが、南面で、リビングの小さな吹き抜けになっていて、その向こうに窓があって、外を眺める事ができる。DSC03989

後で聞くと、道路を隔てて少し向こうに高いマンションがあって、そこから覗かれるのかどうか、心配した施主の方が、マンションまで出向いて、自分の家を眺めさせてもらって、・・・・、大丈夫そうだなぁと、確認し、ブラインドも取り付ける事もなく、月を眺めながら、湯船に浸かっているのだと云う。この吹き抜けにも電動の天窓があって、風が通り向ける「予定」。

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冷蔵庫の上に神棚が鎮座していたり、階段下が、テレビとオーディオスペースで、その前に縁なしの畳があって、炬燵をおいて、座ってテレビを見て、食事もする。その畳は無農薬の本床で、独特の柔らかさがあって、確かに心地良い。

それら全ての事は、お施主さんとのコミュニケーションの「過程」から出来上がってきた事で、設計担当のK本くんの提案もあれば、「私」の提案もあり、施主の提案が大いにあって、それを図面化し、見積としてT桝くんがまとめて、それに、現場では、大工のB處くんやF野くんのカイゼンがあり、それらを現場監督のI尾くんやT田くんが調整作業をし、少々のエッセンスを加えて、出来上がった訳で、そういう、「工務店流のものづくり」には、皆で、こだわる。

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この週始め、奈良の佐保川近くに行く所要があって、通過すると、映画のロケをやっていて、この橋の向こうでは、どうやら、高橋克典さんが演技をしているのだと・・・。ほんの少々テレビにも関わらせてもらった経験もあるが、映画の撮影スタッフや監督には憧れるなぁ・・・。あの現場での「ものづくり」の「過程」とその肌で味会う感覚が羨ましい。

マイケルジャクソンの「This is it」も、叱咤激励と、一生懸命さと、あの愛情とが宿る、その「過程」に拍手した。工務店流のものづくりも、施主の方を含めたものづくりに関わる皆で、エエ「過程」を共有したいものだなぁ・・・・・。

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木村貴一 2010-01-24T12:23:55+09:00
組合せ http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/01/post_276.html 寒いというより、冷たい。冬だなぁ・・・・。

この週、雪がちらつく中で、石井修さん設計で、弊社で施工をさせて頂いた、目神山の家22に、学生さんと見学に行く用件があって、久しぶりにお伺いする。

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テーブルに座りながら石井修さんと会話をした事を想い出す。「正直な家」「落ち着き」「うちから」そんな言霊がよみがえる。急な勾配を上がる階段なのに階段を上り下りするのが楽しい。吉村順三さんの軽井沢の山荘のような家を創って下さいと石井さんに依頼した施主の方が、石井さんから聞いた事を伝えてくれる。「川のような階段」なのだ・・・・と。なるほど。

それから、あらためて、石井修流の木組みも眺めてみる。施主の方が、吉村順三さんの家には木組みが見えない空間だけれど、石井さんの空間は民家風の木組みのような気がします・・・・と。なるほど。

若い人たちに聞くと、こういう木組みの方が新鮮に感じるのだ・・・と言う。ソファーに座って、目を細めて、味わって、お茶を飲んでいる3人の女子のくつろいだ姿が、この家の眺望の良さと落ち着きを物語っているのだろう・・・・・・。

後で、学生に感想を聞くと、あるひとりが、真ん中には窓がなく暖炉になっていて、両端にだけ、コーナー状に窓があって、普通は部屋の真ん中が「使う空間」なのだけれど、「部屋の隅」が生きた使える空間になっているのだなとおもいました・・・と。なるほど。

私にとっては、石井修さんとの不思議なご縁と、弊社で施工したことと、見学のご理解をして頂いたお施主さんと、感じの良い大学生さんたち、という組合せがあって、経験できたこと。感謝。

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縁あって、奈良・佐保川にある「夢窓庵」で食事をする。建築的な表現をすれば、女将の企画設計力と料理人の腕がうまく絡みあった、美味しい料理だった。器も生け花も美しく、部屋の雰囲気も丁度良く・・・。それにしても、料理の写真を撮ることなど、めったにない、それに、どうも、食べる前に撮るのが苦手で、しっくりこない。

DSC00620お正月に奥方が、食事の写真を撮るのだと言って、出てくる料理にあわせて撮るのは良いが、肝心のメイン料理の写真を撮り忘れて・・・、息子からツッコミを入れられていた。お互い、きっと、食い意地の方が、断然張っているに違いない。

私にとっては、iPhoneを持った物珍しさと、無窓庵さんとのある不思議なご縁と、料理と器の見た目の美しさと、その味に惹かれた、その組合せがあって、何とか撮影したのだろう・・・・。感謝。

DSC00600 そうそう、そう言えば、今年、最初に、「面白い」と思った光景は、英字新聞の上に乗っている焼き芋の姿。宿泊したホテルに暖炉があって、そこで、焼き芋を焼いてくれていて、それに、白馬のスキー場には西洋人のお客さんが多いことにビックリしたのだけれど、そのホテルにも西洋人の宿泊客が何組もあって、そんな訳で、スキーと、暖炉と、焼き芋を焼いてサービスしてくれた感じの良い年配のおばさんと、焼き芋を食べそうな私たちのような家族と、そこそこの数の西洋人の観光客。この組合せがあって、この光景が成立したのだろう・・・。

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木村貴一 2010-01-17T19:04:46+09:00
始動 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/01/post_275.html DSC03769

何を受け継ぎ、何を受け継がないのかという「選択」は、繊細で、微妙な問題だな。と、今の政治経済を見ていると、つくづく思うし、「文化」を受け継ぐこともそうだし、「工務店」というものを受け継ぐのもそうだなと思う。

「長~く続いているものが「文化」とも言えるのとちゃう」と、語ったのはうちの長男で、お正月に、家族で、「静かな」会話をしている最中の言霊だった。「全ての動きが静止したかのような、お正月の空気」というものが、好きだ。あの、何となく慌ただしい師走から一転して訪れるお正月の静寂。お正月の「静寂」と「笑い」の組合せの中に、日本文化の奥深い何かを感じる。

そういう空気が、少しずつ薄らいでいくのが少々、寂しい。お正月の静寂が薄らいでいるところから発せられる、テレビの「お笑い」にも食傷気味。世の中の様子は、政治経済文化のすべてがリセットされようとする時期なのか・・。リセットと放棄と選択と集中と新設との間に揺れ動いている問題が、あちらこちらに。「リ」セットの仕方とか、「り」ホームの仕方とか、そういう物事に対する、「考え方」と、その「過程」が問われているのだろう。

1月6日が初出で、地元の清見原神社へ皆で、参拝して、お祓いを受けるのは、木村工務店で、長く続いている行事であって、それはひとつの企業文化といえるのかもしれない。そうそう、今年は、1月1日の朝にも、家族4人で、リニューアルされた神社の拝殿で、お祓いを受けた。幣殿の檜の床に、格子からの朝日が、美しい絵模様となって神秘的に入り込み、神殿に向かって拝む宮司さんの後姿が、朝日を浴びて美しかった。その静寂と共に、「日本」を感じた。

2010年賀それを受け継ぐのが今の時代に相応しいのかどうか、良くわからないが、1月6日の参拝の後、お昼から、職人さんや業者の方々70名ほどが集まって、新年交礼会を催す。「畳」に座って膝をつき合わせるのが、やはり「気分」だ。それにこだわる。もちろん、私は、皆の前で、新年の挨拶をするわけで、この挨拶は、「私」にとっての、新年の楽しみと苦しみの混在した、「気」の入る行事でもある。兎にも角にも、お祓いと笑顔があって、ようやく、木村工務店のエンジンが軽快に動き出すのだった。

IMG_0136 そうそうそう言えば、上の写真はiPhoneで撮影していて、年末の大掃除の日に、社員の携帯を全て、iPhoneに替えたのが、昨年の最後の大きな出来事かもしれない。「ソフトバンクの罠にまんまとはまったな・・・・・」と、足下のスリッパが呟いている・・・・・。 

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夜明け前の静かで美しい時間が通過した。営繕工事をさせて頂いている企業さんへの年始の挨拶廻り。引き渡し前の社内検査。初めての方との顔合わせ。社内定例会議。地鎮祭。お施主さんとの設計打ち合わせ。・・・・・・・と、意識的な「選択」を肝にして、「始動」です。

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木村貴一 2010-01-10T17:58:13+09:00
家で過ごすのが楽しい。 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2010/01/post_274.html 昨年の6月にリフォームをさせて頂いた施主のKさんが、木村工務店にお見えになって、家をリフォームしてから、外に出るより、家で過ごすのが、何よりも楽しい・・・・と、語った。昨年の仕事納めの最後のお客さんでもあった。

ことのほか、年末年始は、家で過ごすのが楽しい・・・・・。家族や両親や義理の父母、兄弟姉妹や甥や姪や・・・・、皆と、新たな気分で、挨拶を交わすのが、何よりも嬉しい。それが、自分にとってのお気に入りの家であれば、なおのことだろう・・・・・。

年末の29、30、31と1、2日があっという間に通り過ぎた。もっともっと家で、ゆっくり過ごしたい。もっともっと家での時間を贅沢に浪費したい・・・。そんな気分だった。うちの休みは、今日3日と明日の4日と5日があるのだから、そのように過ごせる可能性も。

DSC00626それが、なぜか、今、信州の白馬にいて、こんなシチュエーションでブログを書いている。冬の白馬は25年以来のことだ。奥方のコーディネートで、白馬にあるSホテルで宿泊し、久しぶりに、八方でスキーをした。やっぱり、八方はタフなスキー場だな・・。

早朝に大阪を出て、たっぷりの雪道を運転し、すぐに滑走した。それと、運動不足。コブやらターンやら酸欠やらで、スキー酔い?をしてしまい、一時、顔面蒼白。レストランで数十分間、仮眠して、回復するも、息子達は一斉に「としやなぁーー」と捨て台詞を残し、私たち夫婦を置き去りにして、滑りに行ってしまった・・・・。

そうそう、息子が、「お正月、ホテルに泊まれるのぉ、嬉しい。この頃、家か、キャンプか、車か、そんなのばっか。たまには、ちゃんとしたホテルで泊まってみたいわ」と、生意気なことをぬかす。まぁ、確かに。その気持ちもわからないでもない・・・・・。

東京で学生をしている長男が、年末に家に帰ってくると、家族でゆっくり。どころではなく、久しぶりの友達が、入れ替わり出入りして、大晦日の紅白歌合戦の時間帯には、5人のむさ苦しい若者が、家で、年越しそばを食べていて、初詣に、京都や、住吉大社に行くのも、めんどくさい・・・と、弊社で大改修工事をして、初めてのお正月を迎える地元の清見原神社の初詣に、皆で、参拝してくれたことは、大変有り難い事であり。

しかしながら、、木村家では、何十年来、お正月のおとそは8時頃から始まるわけで、その時間帯に、長男は、確かに、座敷のおとその席に座っていたのだけれど、長男の部屋では徹夜麻雀をしている4人の若者が、まだ、残っていて・・・・・と。家族4人が、4人だけで、ゆっくりと、会話をしながら食事をしたのは、今日の夕食が、年末年始で初めての事だった。

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そんな訳で、お読み頂いている皆さん、新年明けましておめでとうございます。新年は、美しい雪の白馬からの発信となりましたが、木村工務店では、「ものづくりの職人さん達と、できるだけ近い位置で建築をつくる小さな工務店」として、「ものづくりの喜びをお施主さんと共有できれば」と願っております。本年も変わらぬご愛顧を賜りますよう、よろしくお願い致します。


追伸
そうそう、先ほどの、話。 確かに、時には、「家」でない「旅」の時間が楽しい・・・・。
のだけれど、「家」に帰ったときの奥方のいつもの第一声は、「やっぱり家が一番」だ。

という事で、それぞれのライフスタイを反映した、それぞれにとってのエエ家をつくれるように努力していきたい・・・・。そんな改まった気分で、このブログ上で、皆さんとお会いできることを楽しみにしております。

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木村貴一 2010-01-03T22:51:13+09:00
師走 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/12/post_273.html 流石に、師走という言葉が似合う、あわただしい一週間だった。それに、郵政民営化になってから、25日までに、年賀状を届けて下さいという、アナウンスがあって、あれが、どうにも、納得いかないのだけれど、それが余計に、慌ただしさに拍車をかける。

そうそう、そのうえに、23日の祝日というのが、大変有り難くもあり、しかしながら、何というのか、微妙なタイミングでもあって、年末に押し迫った仕事とプライベートとのバランスが、錯綜し、入り乱れる祝日のタイミングな訳で、そんなこんなで、やっぱり師走。

祝日の前日の深夜。高校時代の友人3人で、忘年会をする。35年の歳月があっても、時間と空間をタイムスリップして、何時間も、何の違和感もなく話し続ける訳で、不思議と言えば不思議な現象。昭和町にある、半年先まで予約がいっぱいの串カツ屋さんでの、和むひと時。

祝日の朝。息子が打楽器に興味があって、小さい頃から、だんじりに乗って太鼓や鐘を叩いていて、それで、最近、ドラムを習いたいというので、昔から顔見知りのジャズドラマーのI川さんに、頼んでみると、快く引き受けてくれ、田辺にあるご自宅にお伺いしての初レッスン日が、その祝日だったわけ。兎に角、横で聞いていて、ひとつだけ、ハッキリ解った事は、「オレには、リズム感というものが、全くない」 という事。

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この3ヶ月ほど、水曜日の午後からの時間を拘束される用件があって、ところが、たまたま、水曜日にしか休みの取れないお客さんが二組あり、そのどちらの方とも、充分な対応できない状態が続いて、その上、リフォームさせて頂いた、そのお宅のお引き渡し日が先週の水曜日だったわけで、そんな事情で、立ち会う事も出来ず仕舞いになっていた。ところが、まぁ、偶然にも、そのお宅が、そのドラマーのお宅の近くだったので、昼から、引っ越しの最中にも拘わらず、お邪魔した。そして、最後に、皆で記念撮影。「感謝」

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その祝日の夜。「神戸のルミナリエ」に行った奥方の友人が、あまりの長蛇の行列で、結局は見る事を断念して、帰ってきたのぉ。という報告を受け、夜の9時頃から、「中之島 光のルネッサンス」を見に行く。意外と人が多いし、意外と素敵。御堂筋を車で走りながら見るイルミネーションがエエ感じ。竹中工務店の簡易的なイルミネーションが「建築的」で流石でもある。

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「人と光」を見ていると、なぜ、人は「光」に惹かれるのだろうか・・・・・という、考えが、どこからともなく脳内にやってきて、また去っていった。先週の日曜日のクリスマス礼拝で、教会建築のための祈りというのがあって、その一文に、社会の「光と塩」になれますようにという言葉がある。その「光と塩」という言葉が、引き続いて脳内にやってきて、しばらく留まったあと、気が付いたら走り去っていた。

「光」から帰宅すると、テレビニュースでは、皇居の様子が放映されていた。それを見ていると、国民の幸せを祈ってくれる存在が、何千年間も存在しているという、その事が、とっても不思議な事だな・・・・・という感覚が、やっぱり脳内を走り去った。

24日のクリスマスイブの素敵な出来事は、また何時か、書く機会があれば書くことにしようとおもう。そんな訳で、今年も走り去っていこうとしていて、気が付けば、今年最後のブログになってしまったわけで、それにしても、「静かに、立ち止まる」と、なんとなく感じる見えざる読者の方々に支えられているブログだな。という気持ちがわき上がってくる。一年間ご愛読頂いた皆さん、ほんとうに、感謝です。

木村工務店では、28日に仕事納めをし、29日の午前中は大掃除をした後、皆で、ささやかなお昼の納会をし、一年を終えます。新年は1月6日に清見原神社に参拝をした後、業者の方々も集まって、新年会を催します。営業は1月7日からです。何十年間も変わらない、年末年始のスタイルです。

それでは、皆さん! 良いお年を!

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木村貴一 2009-12-27T21:12:48+09:00
この時期 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/12/post_272.html DSC03407

確かに、冬がやってきた。寒い。けど、この身が引き締まるような寒さが時には嬉しい。毎年、この時期になると、丹沢の山小屋からリースを届けてくれるのだけれど、寒さを肌で実感して、ようやくクリスマスの気分になった。

DSC03554教会建築を施工させて頂いた、森小路教会も新会堂になって、2年目を迎え、本日のクリスマス礼拝に参加した。これで、かれこれ5年近く参加しているわけで、もはや、これに参加しない事には、クリスマスがやってこない気分。それに、久しぶりにお会いする教会員の方々と、笑顔で挨拶を交わし会える事が、何よりも嬉しい事だった。「感謝」

DSC02833神社建築として、今年は、2年がかりで施工した地元の清見原神社の増改築工事が無事に竣工し、「神」との不思議なご縁が続いた事も、「ありがたい」ことであった。何十年来も続いている、木村工務店としての新年の祈願祭が、過去を継承した拝殿と真新しい吉野檜の神殿との融合に抱かれて執り行われるのも、新年の楽しみのひとつである。

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そういえば、今年は、平野郷で、一番古いと伝えられている「門」を持つ、正業寺というお寺のリフォーム工事をさせて頂いた。考えて見れば、教会や神社やお寺を通じて、「神」との関わりを感じながら、「感謝」と「祈り」という機会に巡り会えている事が、なによりもの「感謝」であるのかもしれない・・・・・。


この時期は、年内の「お引き渡し」というのが、何軒かあり、その上、カレンダーをお配りするという、年末の恒例行事もあって、現場や社内ではそれなりのバタバタ感がある。

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引き渡し直前のあるお宅に行くと、三木硝子の硝子職人のK合さんの仕事姿に、久しぶりに接する。若い頃は、そのKさんから、硝子の事も教わったが、職人さんとしての心構えや段取りの仕方やその他・・・、エエ職人さんの「体つき」とその振る舞いを学んだ。

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久しぶりに現場でその姿に接しながら、ゴジャゴジャと世間話をする。「その技術、誰か継ぐ、若い子いてへんのぉ・・・」「それが、なかなかなぁ・・・・」「ワシは好奇心が旺盛やから、現場に行くと、いろいろな事に興味があって、他の人の仕事も、建築も、何でも興味もって、しっかり見るんや・・・・」「今の若い子には仕事への好奇心がなぁ・・・・・」と。

それを側で、一緒に聞いていたのが、INAXの代理店とサイディングの販売施工をしている東洋スレートのM納さんだった。これはどうしてるんですか・・・・、あれはどうしているんですか・・・・と、好奇心旺盛に、いろんな質問をしていた。

引き渡しの時は、器具の取り扱い説明などを、業者の人に来て頂いて、一カ所づつ説明するのだけれど、その中で、インタホンの使用説明があって、誰かが外に出て、お客さんの役目をしてインタホンを押す。その役目をM納さんが担って、「はいはい」と気さくに、腰軽く、玄関から外へ出て行った・・・。

ところが、暫く待っても、インターホンの音が鳴らない・・・・。何だか、外が、騒がしい・・・・・・。「すいません。すいません。」と賑やかな声が響き渡っている・・・。それで、かなり経ってから、ピンポンという音が鳴ると、「間違って、隣の家のインタホンを押してしまいました。隣の人が出てきて・・・・・」と。好奇心旺盛すぎ・・・・。

いやいや、そんな訳で、このブログの背後では、「M1」選手権がやっていて、笑い飯の「鳥人」という、とんでもないネタを聞いた。「JIN」もこれから始まる・・・・・・・・・。まぁ、「こんな時期」な訳。

良いクリスマスを!

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木村貴一 2009-12-20T21:03:20+09:00
忘年会 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/12/post_271.html 気が付いたら、「忘年会」という季節になっていて、という事は、もうすぐしたら、お正月がやって来るわけで、それにしても、「そわそわ」するような気分でもなく、それは、「私」だけの事なのか、いやいや、世の中の景気というものが、そうさせているのか、と考えて見るものの、メディアで騒いでいるほどの、「景気」に対する実感に乏しい「私」がいて、きっと、少しずつ、「季節感」と「景気感」を喪失しているのだな・・・・・・。

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会社の忘年会があって、いつものように、社員と大工さんと手伝いさんの28名ほどでした。雇用関係としての社員は、その半分ちょっとなのだけれど、大工さんたちとは、言わば、ファミリーのような関係で、やっぱり、一緒でないと、とっても寂しいのだ。

現場で造る、一点ものとしての、「ものづくり」には、「ハート」の結びつきが必要なのだろう。「職人さんたちとのエエ関係なくして、エエ家は出来ない」と、気付かされる事が、今年は、何度かあって、私がこうして、3代目として引き継げているのも、先代と先々代が、長い時間を掛けて培ってきた「職人集団」があっての事だ。と、先代から諭されたのは、つい先日の事だった。

先々代が亡くなる2年ほど前に、今まで「世話になった」協力業者を集めて、一席を持ちたいと号令をかけ、ミナミの寿司屋さんで、ささやかな宴を開いた。その日の事を、ここ最近、思い出すのは、先代の言葉を聞いてからだ・・・・・。

「工務店というのは、桶の「たが」の役目とちゃいまっか」と、協力業者の防水屋さんの社長が、私に諭してくれたのも先日の事だった。我々協力業者は、曲板のようなもので、柾目で丁寧に局面加工された板が、しっかりとまとまり、水一滴も漏らさないで機能するには、「なんぼエエ板使って、丁寧に加工してあっても、「たが」が、しっかりとしてへんかったら、水がだだ漏れでんがなぁ・・・・・」と。

DSC00450 宴会での2時間が、あっというまに過ぎた。数十名での2次会も深夜まで及んだ。3次回も深夜の深夜まで及んだようだ・・・・。時には、馬鹿騒ぎも楽しい・・・。翌朝、いや、正確には、当日の早朝になるのだろう、出社すると、会社の和室で、3名ほどが爆睡していた。3人が交代で3度起こして、ようやく目覚めた後は、爆発した頭髪を気にしながら、元気に現場へ飛び出して行たのは、「若さ」だなぁ・・・・・・。あっ、そうそう、もう既に、若くもない、所帯主のK林さんが、その中に混じっていて、若者以上に元気だったのは、木村工務店の関係者なら、誰でも知っている都市伝説でした・・・・・。

さてと、ドラマは滅多に見ないのだけれど、「JIN」だけは何となく見ていて、初回を見逃していたのが、再放送されたので、先週はそれを見た。やっぱり再放送するぐらいの人気なんだ。今晩、楽しみに、見てみようと思う・・・・・・。

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木村貴一 2009-12-13T16:23:04+09:00
モニュメント http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/12/post_270.html DSC00372DSC00377DSC00378
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今朝、大阪管区気象台跡の顕彰碑記念式典というのがあって、記念碑を建立するという事を「けんしょうひ」と呼ぶのだなと考えながら、心のこもった祝辞の数々を聞いた。

生野区に勝山公園という公園があって、かつては古墳で、昭和40年代までは、大阪管区気象台というのが建っていて、私も、小学生ぐらいに、そのあたりを通ると、巨大なアンテナ塔と、コンクリート建築の独特のムードがその周辺から漂っていて、何だか秘密の実験場みたいだった。と、記憶として残る。

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その石碑を造る工事の依頼があり、もちろん、木村工務店は家を造るのがメインだけれど、何よりも、「ものづくり」の会社であって・・・、そんな訳で、工事部長のT桝くんが、要望をお聞きして、製作をする。その石碑の裏面には、かつての気象台の写真が貼り付けてあり、それは昭和初期のコンクリート建築であるらしいのだが、よく見ると、何とも、レトロモダンで、カッコエエ。

祝辞のお話しの中で、「室戸台風、ジェーン台風、第二室戸台風という三代台風をこの気象台が迎え撃った」と、表現された。当時の気象台の館長が、避難をメディアに強く主張し、災害から府民を守ったのだ・・・・と。工務店という仕事に携わる私たちは、いつも、天気予報のお世話になっており、気象台の「おかげ」という事が、たくさんあったのに、そう言えば、感謝する事もなく・・・。そんな訳で、気象台というものの役目を改めて、考えさせられ、そう言う意味では、感謝の石碑でもあるのだ。とおもう。

その「歴史」が、大地の記憶に残された事を、微笑みと共に、ささやかに喜ぶ、気象台OBの年配の人たちの姿が、とっても、印象的だった。


それはそうと、若い人たちの姿がとっても印象的だったのが、先週の日曜日に、ブログを書いた後に訪れた、京都、清水寺の夜景のライトアップだった。

紅葉のライトアップを見た事がなかった。京都の紅葉を真面に見たのも昨年が初めてで、確かに、大徳寺にある高桐院の紅葉は、圧倒的な美しさだった。それで、次は、ライトアップの紅葉でも・・・・・、いや、きっと、内面のある部分が、ブログネタの「取材」として行こうよ。と、そそのかしていたのかも。

DSC02913少々小雨交じりの清水寺の坂の下に到着したのは午後5時半を廻っていて、まさか、入場するのに、30分以上も並ぶとは思っていなかった。それに、廻りを見渡すと、若い人たちが圧倒的に多い。年配の人たちばかりかと想像していたのだ。「私」の二十歳頃は、紅葉を見に行く事が、デートのひとつには、なかったなぁ・・・・。

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ちまちました日本人。というような言葉を聞いたことがある。でも、この清水寺のライトアップに接すると、先人達の、構想力の大きさに感服する。それに大地との関わり方が何とも言えず魅力的。それに、工務店の私たちからすれば、よくも、まぁ、見事に、施工したものだなぁ・・・・と、その「ものづくり」の実行力にも感心する。

もちろん、宗教施設であるのだが、大胆かつ繊細に、大地に刻まれた「ものづくり」の歴史的モニュメントでもあるのだなぁ・・・・と思えてきたのは、今日の顕彰碑記念式典の「おかげ」だとおもう。

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木村貴一 2009-12-06T15:45:27+09:00
ものづくりにちかいいち http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/11/post_269.html DSC02854

もう秋晴れと呼ぶには、限りなく冬に近く、かといって、冬と呼ぶほどの気候でもない。京都では紅葉が真っ盛りだと、朝刊の写真にあって、紅葉を見に行くのもエエなと想いながら、パソコンに向う・・・・。


DSC02889(1)「ゆず」をもらって、それに、母親が、数日おきに「ゆず」を届けてくれる。「ゆず湯」に入ったらどぉ!という事だろう。確かに、お風呂に入れると、独特の香りがして、血行がよくなり、気持ちがエエ。冬の楽しみでもあって、実に、日本的な習慣で、ところが、それが、秋というのか、冬というのか、とにかく、その辺りの季節感がとっても曖昧な昨今・・・・・。

DSC02908家庭内での一連の掃除ブームがあって、レコードを無造作においている棚を掃除していると、レコードが聴きたくなり、弟が保管してくれていた、レコードプレーヤーを届けてもらい、何十年ぶりかで、レコード盤の上に針を置くという、動作をした・・・・。

DSC02749DSC02830DSC02752DSC02832DSC02833DSC02757 DSC02755DSC02834DSC02764 大学生、数十人が、うちの会社を見学にくる機会があって、学生達が、魅力的に感じる、小さな工務店とは、どんな工務店なんだろぅ・・・・。どんな現場監督なんだろぅ・・・。どんな設計者なんだろぅ・・・・。どんな大工なんだろぅ・・・・。と考えさせられた。

今年一番の忘年会が、一昨日にあって、それは、祖父の代から40年以上も営繕工事等をさせて頂いている、上場企業だ。その企業のある方が、言うのには、「企業が大きくなるにつれて、協力業者との関係がシビア-な金銭的傾向と、品質品質品質という傾向の比重が、かなり大きくなり、人間的な「情」のある付き合いの比重が、めっきりと減る。それは仕方ない事であるけれど、良い商品を創り、産みだそうとすると、協力業者との人間的な「情」のある付き合いがないと、出来ないのでは・・・・・」と、語る。

「ものづくり」に、限りなく近い位置で、建築をつくる小さな工務店でありたい。協力業者とも人間的な付き合いが出来る工務店でありたい。と、妙に、センチメンタルな気持ちになるのは、今、この、背景で、レコード盤からの、古い、懐かしい音が、プチプチという雑音を交えながら、流れているせいなんだろう。

さて、これから、ライトアップされた、紅葉でも見に行こうかと想う。

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木村貴一 2009-11-29T14:12:46+09:00
老舗 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/11/post_268.html どんよりとした天気。ちょっとづつ秋も深まり、冬がやってきそうな気配。ちょっと寒い。マフラーを首に巻いて、「ミナミ」へ出掛ける。といっても、無印良品で、買い足したい物があって、高島屋の駐車場に車を止め、百貨店の中を通過し、いやほんと、凄い人人、雑踏をすり抜けて、店舗の外に出て、交差点を渡って、無印の店舗に入る。

久しぶりの、無印訪問。奥方の意向というものが、ナビゲーターとなっていて、そのおもいに引きずられながら、グルグルと店舗内を徘徊する。目線がこんな風に、彷徨う・・・。

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買ったのは、クッションと小物入れと小さな木工と・・・。それにしても、相変わらずのシンプルなデザイン。うちの工務店としての建築も、こうありたいものだな・・・・・。

外に出ると、雨が降り出していた。傘を持っていなかった。ほんとうは、堀江の方まで行く予定だったのぉ。と、ナビゲーターが、悔しそうに空を見上げていたが、高島屋の食品売り場をうろうろして、珈琲を飲んで、・・・、そうそう、「今井のうどん」でも買って、夜は、鍋で、「うどんすき」を食べようという事に急遽決めたのだ。きっと、「寒い雨」が、そんな気持ちにさせたのだとおもう。

DSC00223 心斎橋まで、歩くのかと聞けば、今は、地下の食品売り場で、売っているから、というので、食品売り場に行く。ところが、うどんの玉だけのパックはひとパックしか残っておらず、あとは、「きつねうどん」と鍋焼きうどんのセット。他にも、大阪の有名店の冷凍もんが、こうして、売られているのだ。と、ナビゲーターが、解説をしてくれる・・・・・。

うちのナビゲーターは、先日は、息子の中学校の親たち8人ほどを連れ立って、「鶴橋ツアー」をナビゲートしたらしい。この、歩いている最中も、そのツアー参加者のひとりから、奥方への携帯メールがあって、今日は、娘を連れ立って、ふたりで、先日のコース通りに歩いているのぉ・・・・と。

冷凍棚に、今井のうどんの玉がないのを見て、ふたりとも、戦意が喪失した。舌が、既に、鍋の中に、たっぷりの野菜と今井のうどんが入って、湯気が上がっている状態の舌になっていた。その時に限っては、それ以外の組合せを、舌が拒否していたのだろう。たまに、そういう時がある。それで、そのまま、食品売り場を通過して、雨の中を駐車場に向かい、車に乗り込んだ。

DSC00226途中で、出掛けていた息子と奥方がメールでやり取りして、息子をピックアップした。息子が車に乗り込んでくるなり、「腹へった。メシ。そう、そう、餃子でエエは」と言う。そんな訳で、なぜか、「今井のうどん」が、「王将の餃子」に化ける・・・・。

それにしても、最近の王将の餃子のブームは凄い。うちの会社が営繕工事をしている、町工場の会社に、昔から、その餃子の皮を作っている会社があって、先日は、その会社の外壁の塗り替えをさせて頂いた。それほどの、ブームなんだ。

学生の頃は、十皿食べるとタダ。なんていう時もあり、数年前は、根強い人気はあったものの、そんなにブームというわけでもなく、何となく、店舗も、寂れたような感じだったのが、見事な復活で、凄い。餃子という原点に回帰して、本気で力を入れ直したところなど、企業としても、見習うべきところと、ヒントとなるところがあって、興味深い。

そうそう、そう言えば、うちの家から車で5分ぐらいのところに、「一龍」という、知る人ぞ知る、超老舗の焼肉店があって、25年以上前に、そこで、初めて骨付きカルピというものを食べて、こんな美味しい肉があるのかと、ビックリした記憶がある。最近は、焼肉店が乱立していて、その店へ行くのをご無沙汰していたのだけれど、奥方の誕生日を兼ねて、久しぶりに、訪問する。食べると、やっぱり、ひと味違う、美味しさだった。

「老舗」と云う、ひと味違う、何か。そういう、何かを大切に守り育てていくというのは、大切で、大変な事だなぁ・・・・と、改めて、考えさせられた。

キネマ旬報社が創刊90周年を記念して、日本映画と外国映画のベスト10を発表したというニュース記事があって、キネマ旬報社というのが、90年も続く「老舗」だと知って、改めて、へぇー、と感心した。それにしても、立ち読みは何度もしたが、一度も本は、買ったことがない・・・・。

ところで、その映画の順位を見ていると、なんだか、興味深い。日本映画のエントリーなどは、意外な結果だなぁ・・・。「私」は格別な映画ファンという訳でもなく、そういえば、先日は、ほとんど「アラカン」、還暦に近いひとをそう呼ぶのだと、つい、昨日、知ったところ。その仕事関係の「アラカン」のひとから、私の楽しみは、奥さんと二人で、毎週、毎週、映画を見に行く事で、50歳を超えると、1000円で、夫婦二人で、映画が見れるんやでー・・・と、教えて頂いた。

その話を聞いて、毎週とは行かないにしても、月に何度かの週末に、夫婦で、映画館に行くのもエエなぁ・・・と、少々憧れた。そんな中での、ベスト10の発表であった。唐突だけれど、この時期になると、ナショジオのベスト30というのが、始まって、最近は、それを楽しみにしている・・・・。そういえば、ベスト??に弱い。意外と単純だな。と気付く。

順位はともかくとしても、小津安二郎、黒沢明、成瀬巳喜男と、いわゆる「老舗」が上位を占めているのが、不思議な感じ。いや、当然とも言えるのだろうけれど・・・。1、2、3位と、4から10位までの、アンバランスさも、また、面白い。映画館でこれらをもう一度、上映して欲しいね。順番に、続けて、見たいものだな。とおもう。改めて、夫婦で、それも1000円で、見たら、どんな、印象をもつのだろうかね・・・。

外国映画ベスト10も、やっぱり同じように興味深い。先日、このブログに、偶然登場した、マーティン・スコセッシ監督の「タクシードライバー」が、こんな上位にあることに驚く。それに、「私」はどちらかと云えば、ヒッチコックファンなのだけれど、「めまい」がエントリーされていて、それが、「鳥」じゃなかった事は良かったが、「裏窓」とか、その他・・・。などと、おそらく、それぞれが、それぞれなりに、あの監督のあの作品なら、こちらの方が・・・と、皆が、あーだ、こーだと言い合えるところなど、このベスト10の面白さだなぁ・・・・。

いつも、「脳」というのは、脈絡もなく、唐突なものだな。とおもう。「第三の男」のエントリーを見て、映画の場面を思い出そうと想像したら、なんと、昔、ラジオ放送で、浜村淳さんが、あの独特の語り口と「話芸」で、映画紹介をしていた記憶が蘇った。まるで、実写の映画を見たような気分だった、あの「話芸」。あぁ、久しぶりに、その「話芸」を聞きたい・・・と、唐突に脳が呟いた。

この映画ベスト10を見て、今まで見た映画で、自分自身は、エエ映画だとおもい、好きだったのに、友達や奥方や、まわりには、あまり評価されていない映画が、あって、そういう映画の事が、急に、「脳」に去来する。そのひとつに、ジャン・ジャック・ベネックスの「ディーバ」というフランス映画があって、1980年代に、映画館で見て、ディーバファンになったのだけれど、その映画が好きだという人がどれほどいるのか・・・・。と、「脳内」で、不可思議なフラッシュバックが発生した。

まぁ、そんな訳で、今度は、マフラーを首に巻いて、ミナミの映画館に、夫婦で出掛け、次は、私がナビゲーターとなって、「老舗」の映画を1000円で見てみよう・・・・とおもう。

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木村貴一 2009-11-22T23:50:25+09:00
コードレス http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/11/post_267.html DSC02717 掃除機はコードレスがエエな。とおもう。
いつも会社で愛用している、通販で売っている掃除機のギアーが壊れて、歯医者で治療をしている時のような、なんとも、不快な音をたてて、ギアーが空回りし、停止した。もう、かれこれ、これで何台目なのか・・・・。

「もの」の割には、意外と値段が高い。それで、近くにある、ディスカウントショップのDに行くと、半額以下で売っていて、それを2度ほど購入したが、通販で売っている品物に比べて、かなり短時間で、ギア-が破損するのだった。バッテリーの電圧も持続時間も、気のせいか、短いような気がする。

正規品の品物の方が、そういう、ギア-など、見えない部分に対して、品質の良い品物が使われているのだろう。そういう目に見えない部分に対する品質を守るというのは、大切な事だな。と考えさせられた。そういえば、先日、24年ほど前に設計と施工をした家に訪問する機会があって、そういう、目に見えない部分への品質の事に関して、深く、考えさせられる点があって・・・・・。

それはともかくとして、その、コードレスの掃除機の吸引力は、大した事はないのだが、やはり、コードにつながれていないという、手軽さと気軽さが、何とも捨てがたい魅力があり、吸引力と手軽さと金額とのバランス考慮すると、また、買ってしまうのだった。

最近の家づくりにも、同じようなところがあるのかもしれない。コストと品質とデザインのバランスが解る、分かり易い、詳細な見積書というものが必要で、施主の「好み」を反映した「チョイス」というものが必要な時代だな。と実感する。

会社で掃除をするのはエエにしても、家でもちゃんと掃除をして欲しい。この先、子供が成長して二人っきりの生活になったら、どうするつもり! と、タンカをきられたのが、今朝の出来事だった。

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数年前に、奥方が、ダイソンの掃除機を購入したのは、勿論、知っていて、そのデザインの格好良さは、「遠く」から、眺めていたのだけれど、情けない話、使ったのは、今日が初めてで、確かに、良く吸う。ノズルの先の回転の仕方としくみも面白い。掃除機の嫌な臭いもしない。ただ、板の間では、どうなのか・・・・とか、ゴミの捨て方が捨てにくいとか・・・・。

ダイソンのホームページを見ると、スティック型の掃除機のしくみなど、その発想が面白いし、それに、あの、羽根のない扇風機は、発想も含めて、カッコエエなぁ・・・・・・・・・。それにしてもだ、掃除機はコードレスになって欲しいものだな。と思う。パソコンの廻りを見ても、マウスとか、キーボードとか、テンキーとか、イヤホンとか、コードから開放された時の、あの自由度が、何とも、快適ではないか。ジャス的に言えば、コードからモードへの移行といえるのかも。

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例の、掃除機を、何度も何度も買っていると、やっぱり、コストとしても、結局は割高で、もう少し値段が高くても、性能と耐久性のあるコードレスの掃除器はないものかなと、検索して調べてみると、うーん、やっぱり、性能と価格のバランスが、帯に短したすきに長しだな。と、眺める・・・・・と、そうそう、建築現場の現場で使う掃除器こそ、コードレスになれば、どれだけ快適か。それで、建築工具を作っているマキタのホームページを見る。リチウムイオンで14.4Vの掃除器があった。これ、どうなんだろうか? 高いかな?

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よく、考えて見ると、今流行りの、エコでいえば、電気を使て充電し、バッテリーも使うコードレスの掃除器より、「箒」の方が、エエではないかとおもう。うちの会社では、竹の柄とほうき草で出来た、座敷箒を皆が愛用していて、やはり、これに優るものは、ないのかもしれない。

それでも、確かに、「掃く」という事においては、最高なのだけれど、ゴミを「吸う」というのが、やっぱり大変で、集塵機で吸い取るとか・・・・。ちり取りを使うと、腰も少々痛くなり、掃きこぼしもあったりし・・・・と、いや、なんだか、年寄り臭い発言。

DSC02730DSC00653そうそう、お盆に訪れた、四国の内子町の街道沿いに、箒屋さんがあって、それがなんだか、とっても良さそうな箒だったので、買ってきた。お盆の旅行での唯一のお土産でもあった。その箒の、掃き味が、かなり良く、奥方が言うのには、フローリングの時は、ダイソンを使ったあと、もう一度その箒で掃いて、ダイソンで吸い込むのぉ・・・・・と、箒がエエのか、ダイソンがフローリングにはいまいちなのか、何とも判断がつかないが、確かに、普段使い慣れている、座敷箒よりも、よく、掃ける。

箒はコードレスなのだ。やっぱり掃除はコードレスがエエなぁ・・・。

そうそう、まぁ、いろいろと反省させられる事が 多かった一週間でもあって掃除をしたのだと、深層心理の中には、あるのかもしれない。いやいや、そんな事は、関係なしとして、掃除をしたのだ。としておこうと、思うのだけれど、奥方からは、取り敢えず、「やれば出来るやん」と、お褒めのお言葉を頂戴した事を、付け加えておこうとはおもう。

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木村貴一 2009-11-15T22:46:20+09:00
現場監督 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/11/post_266.html 川渡りの問題」というのがあって、それは紀元前からある、話だという。「狼と羊とキャベツを持った男が、川を渡ろうとしていて・・・・・」という話。その話が、何となく好きで、おそらく、その話を知ったのは、大学生の頃だったと思う。

卒業をして、現場監督という職業をしてみて、気が付いたのは、現場監督の職業は、「その男」の仕事に似ているなぁと思った。男がいないと、狼は羊を食べ、羊はキャベツを食べ、船にはどれかひとつしか積めず、「無事」に向こう岸に渡るのに、どんな工程を考えたらよいのか・・・。例えばそれを、狼さんが塗装屋さんで、羊さんが大工さんで、キャベツさんが左官屋さんだとすれば・・・・。

それぞれが、同時に現場に入ると、良い仕事が出来ず、邪魔し合うので、まずは、羊さんに現場に入ってもらい、それから、狼さんを連れて行き、その時に、一端、羊さんを、連れ帰り、現場から抜けてもらう。っていうのが、ミソなんだろうが、今度は、キャベツさんを現場に連れて行き、最後にもう一度、羊さんと一緒に現場に入る、というのか川を渡る。そんな訳で、職人さんどうしが、ぶつかり合う事なく、「無事」に家が完成する・・。

工程を何とか3回で、収めようとするのではなく、ある意味では、無駄で、面倒くさい事だけれど、羊さんを一端、連れて帰り、また連れていくという、工夫をする事で、都合4回にはなるけれど、5回でも6回でもなく、「無事」に、もの事が運ぶのだ。と、建築の現場の工程に携わってみて、はじめて実感した。

現場監督は、何度も川を往復し、しかも、皆が「無事」に、いくように、余分な1回を、ハッキリとした意識と工夫を持ってする事で、それは、時として、羊さんを説得し、理解してもらう事にもなるのだろうが、そういう面倒くさい事をしながら、そういうエエ工程を考えて、そういう何度も何度も往復をするのが、現場監督の仕事であって、何よりも「無事」に事が運んだ事が、最大の喜びとなる職業なんだ・・・・とおもう。

ゲツク、月曜日9時のドラマあたりで、キムタクに、建築の現場監督の役柄をやって欲しいものだなぁ・・・・・。建築現場における、現場監督という職業が、外から見ると、何だか良くわからない仕事だけれど、もう少し認知されるようになり、それに、現場監督も、誰よりも豊富な知識と経験と誇りを持って、現場を切り盛りして欲しいものだなぁ・・・・・・。と、なぜか、そんなふうにおもった。

何で、今日の朝、こんな事が、突然、頭の中に、浮かんだのかといえば・・・・・。

そうそう、先週の日曜日の朝、起きると、寒かったので、テレビを付けて、天気予報を見ようとすると、「Aホーム」というハウスメーカーの社長がテレビに出ていて、不況化でも業績を伸ばして・・・・と、インタビューを受けていた。その番組の中で、徹底的に建築現場の無駄を省く研究をしている・・・というのが主な内容で、それなりに興味深かった。

考えて見れば、工務店では、そんな、無駄の排除や、コストダウンや、工程などの様々な工夫を、現場監督が、「喜び」として、「好き」として、やっていたのだ・・・・。時代の流れとともに、いつしか、そんな、プロフェッショナルな現場監督が少なくなってきたのかも知れない。と、テレビを見ながら、頭の思考が、クルクルと回り始めた時に、唐突にも「川渡りの問題」を思い出したのだった。

「川渡りの問題」のような個としての「男」の存在と必要性とその努力が、忘れさられ、そういう工夫は、企業化し、システム化していっているのだろう・・・・・・か。まぁ、でも、多様で、個性的な、オンリーワン的な家々が造られるためには、もちろん設計が大切だけれど、やっぱり、これからは、しっかりした現場監督の存在が不可欠なんだ・・・・・と、そのテレビを見ながら、おもった。

今日の朝は、穏やかな気候で、たいへん過ごしやすい・・・・。確か、先週の日曜日は、寒かったような・・・・、朝、起きて、テレビを付け・・・・、そうそう、「川渡りの問題」・・・・。

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木村貴一 2009-11-08T21:30:28+09:00
ものづくりの現場 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/11/post_265.html 気が付いてみると、マイケルジャクソンの映画「This is it」を見に行くことが、日曜日の予定に組み込まれていて、息子と奥方の3人で見に行くのだ。という。何でも2週間限定の世界同時上映らしい。兎に角、奥方は、そんなキャッチコピーにめっぽう弱い・・・。

布施にある昭栄座という小さな映画館で見るのだと言って、自転車に乗って映画館に向かう。久しぶりだ。この映画館に入ると、中学生の時に、同級生と「寅さん」を見ながら、廻りの人とも一緒に、あのサビのメロディーを合唱したことを必ず思い出す。そんな下町の商店街の中にある、小さな映画館だ。未だに残っているのが、不思議なくらい。

映画を見るのに、ポップコーンとコーラが必要かどうか、それはよく解らないが、やっぱりアメリカの映画で、それも音楽の映画なら、コーヒーよりもポップコーンとコーラの方が、それなりの気分かも。息子の手元にあるポップコーンの容器に手を出して、ポリポリと食べていると、暫くして、あの「ビート」と共に、映像が始まった・・・・・。

前もっての、映画の予備知識が、全くなかったので、想像していたよりは、エエ映画だった。そういえば確か、1980年代の西宮球場でのマイケルのコンサートにも行ったのだが、いまいち、記憶がはっきりしない。当時、少年の殺害事件か何かがあって、その事をマイケルが追悼したのだ。そのあたりから、少年少女が付きまとっているのかも・・・?マイケルの事や、音楽の事は良くわからないが、個人的には、「バッド」や「スリラー」な素材より、もう少し「グッド」な素材やコンテンツを選択して欲しいなと思っていただけに、最後は、ちょっと寂しい結末。それにしても、あの「バッド」の映像をMTVで初めて見た時は、映像として、ビートとして、カッコエエなぁと、思った。

そういえば、音楽の映画と言えば、私は、ザバンドの解散コンサートを映画化した「ラストワルツ」を思い出すのだけれど、大学生の頃に見た、その日、その時の、シチュエーションも含めて、印象に残る映画だった。のちのち、その映画監督が、「タクシードライバー」のマーティン・スコセッシで、マイケルの「バッド」の映像監督も彼だったと知る。

確かにカッコエエあのマイケルのダンスより、私の今の立場では、「ものづくりの現場」の方が気になる。その雰囲気。そのプロデュースの仕方。そのスタッフとのやりとり。映像を見ていると、やっぱり「ものづくりの現場」はエエなぁと思う。あぁ、建築業界の「ものづくりの現場」はどうなってしまったのだろうか・・・・・。うちの会社の「ものづくりの現場」も、エエ雰囲気でありたいなぁ・・・・と願う。

それはそうと、映画を見終わった後の奥方の第一声が、「お互いに、反省せんとアカンわ。同い年で、あれだけ、カッコ良く踊れるのぉ。あの細い足。あの体。あのビート。」と言いながら、私のお腹周りをチラリと見る・・・・。比べんといてほしい・・・・・。

私も、明日からは、ダイエットやわ。と言いながらも、昔から布施にある自由亭と言う洋食屋さんで、Aランチを食べるのだという。それも結構なボリュームなのだ。カウンターの中を見ると、昔からのおじさんの代わりに、若いご夫婦が、二人で仕切っていた。以前のような、気合いの入った、ちょっと緊張感のあるビシッとした雰囲気とは違うのだけれど、古い洋食屋さんを息子さんご夫婦が受け継いで、若い夫婦で一生懸命働いているところに、凄く好感が持てた。新鮮な雰囲気の「ものづくりの現場」が、ここにもあった。世の中は、あちらこちらで、世代交代が進みつつあるのだ・・・・。

今週は、うちの、「ものづくりの現場」へ、バタバタと訪問する機会があって・・・・。

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弊社での、施工例は少ないのだけれど、半地下の駐車場と、外階段の木造3階建て住宅の引き渡しが、天王寺区であった・・・・。引っ越し後に、外階段に手摺りを設置する予定。

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会社から自転車で行ける距離で、お風呂と洗面所をやり替えるリフォームがあって、そのついでに、LDKのクロスを貼り替えるにあたって、天井の回り縁だけは撤去させてもらった。まぁ、オーソドックスなリフォームもあります。

DSC02346そのリフォームの帰り道に前川畳店の前を通ると、ちょうど、畳表の加工中だった。うちのもっとも古い取引業者で、黙々と真面目に取り組む、姿勢が好きだなぁ・・・。

 

DSC02356会社に帰ると、木組みの登り梁の合掌の真ん中に取り付けるドリフトピンの加工がうまく出来ているかどうか、仮組をして、調整していた。こういうのを見ていると、大工ていう仕事はエエなぁ・・・と、憧れる。


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中古住宅を買ってリフォームをして、お引き渡しから、1年ちょっと経過した、お宅の雑誌取材があって、久しぶりに訪問する。いろいろとインテリアを工夫しながら住んでいる姿を見るのは、嬉しい事だなぁ・・・・とおもう。

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タカヤマ建築事務所設計による堺の家のお引き渡しがあった。この空間に、トラックの家具や、グラフの椅子が入るという。楽しみだなぁ・・・・。家具が入ってから、また、見に行こうとおもう・・・・。


DSC02429 左官の掻き落としという手法で出来ていた、古くなった塀をもう一度、掻き落としで塗り直すために、古い壁を落としている様子。左官という職業も、魅力的な職業のひとつだなぁ・・・・とおもう。


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新築にするかリフォームするか悩んで、リフォームした長屋の住宅があって、その雑誌取材がこの土曜日にあった。居間の壁面にある現代仏壇が何ともエエ感じだなぁ・・・・とおもう。屋根の上にあがる階段を止めて、通気窓に変更すると、風が流れだした・・・。

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リフォームのウチバラシ(内部解体)をすると、かなり、傷んだ状態で、いやぁ、これからが、何とも悩ましい・・・・・。大工さんと現場監督と設計者が集まって、補強の方法を決めて、施主に説明をする。 
ものづくりの現場。

DSC02505夕暮れ時の別のリフォームの現場。大工さんと現場監督が、次の段取りを打ち合わせする様子。これも、ものづくりの現場のいち風景だな。



DSC02517 何とも大胆なリフォームの様子。ほぼ、完成なのだけれど、ものづくりの現場のようなエエ感じ。建築家の矢部さんのオープンハウスが、本日あって、沢山のひとが集まっていて、そうそう、「This is it」を見るために早々においとましたのでした・・。

「ものづくりの現場」が好きだなぁ・・・・・・。

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木村貴一 2009-11-01T22:48:49+09:00
歴史と人柄 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/10/post_264.html へんな一週間もある。ゴルフをするのはおそらく年に4回で、それもプライベートで行くこともなく、全てコンペ。それも、うちの協力業者の会が、年2回あって、その第78回目のコンペが、今週にあった。もう一つ、年に2回開催される、とある上場企業PI社の協力業者のコンペがあって、それも年に2回で、その第74回目のコンペが、やっぱり、今週にあった。一週間に2回もゴルフしたことあったけ・・・・・。1週間に2回もゴルフをしたからといって、上手くなるわけもなく、ますます、妙なスイングの深みにはまり込んでいくばかり。そんな訳で、成績の事は、聞かないで欲しい・・・・・。

ところで、どちらのコンペも、70回を超えていて、年に2回で、35年間以上も続いているという事になり、ゴルフコンペという、親睦と呼べば良いのか、コミュニケーションと呼べば良いのか、いや、やっぱり、れっきとしたスポーツなのだけれど、それにしても、何とも不思議な親睦の世界だなぁ・・・・とおもう。

うちの会社のゴルフコンペは、10年ほど前に、世間の風潮もあり、また、「私」が、そんなに好きでないという事もあって、4年間ほど、中止をしていたので、計算してみれば、ほとんど、もう40年ほど前から続いているわけで、はたして、これが、自慢できることなのかどうか・・・・。

「私」は木村工務店の3代目で、初代の、つまり、私の祖父の趣味が高じて、始まったコンペであって、祖父が、協力業者の皆に、強くゴルフを勧めて、始めたのだと聞く。その、45年前から、うちのコンペに参加している協力業者にD社がある。そのD社と、うちの会社が一緒に、出入りして、工事をさせて頂いている、とある上場企業PI社の親睦コンペには、D社と共々、74回も一緒に、そのゴルフコンペに参加しているのであって、その二つのコンペが今週に重なったという訳。

もちろん、どちらも、好き嫌いを別にして、断れない事情が絡みついていて、それに、やるからには、嫌々やる訳でもなく、それはそれなりに、ヘタクソはヘタクソなりに、結構、楽しんでいるのだ。

そのD社の先代の社長が私に、中断していたコンペを復活しろよ!と、強く引っ張ってくれて、再開し、やってみればやってみたで、確かに、皆と親しくなれて、それに、それなりに業者の皆さんも楽しみにしてくれていて、とってもエエ、コミュニケーションの場となっているのは確かだ。とおもう。それで、やっぱりそのD社の勧めと、我が社の2代目、つまり、私の親父の薦めもあって、2年ほどまえから、「私」がそのPI社のコンペに参加している。

そのD社が、先々週に、突然、廃業をすると言い出した・・・・・。もっとも付き合いの古い協力業者のひとつでもある訳で、勿論、仕事上も困るのだけれど、それ以上の、何か、「歴史」というものが、途切れる寂しさ・・・・。

それを、うちの協力業者の何社かが、同じ事を感じたのだ。ゴルフコンペの終了後に、奈良から、うちの会社のある小路まで戻って、小料理屋で、D社を交えての、会合が開かれた。そういう時の、70歳を超えた、数名の長老の、「歴史」を踏まえた意見は、なかなか、貴重な見解であって、それは、「叱咤激励」であった。といえる。

少し、形は違ったが、同じような事が、PI社のコンペ終了後にも、D社に対しての、意見交換の場があった。それは、D社の「歴史」と「人柄」がそうさせたのであろう。D社の前社長は、ゴルフを通じてのコミュニケーションをもっとも愛した人だった。おそらく、その思いというのか、魂のようなものが、今回の解散発表の日時と、ゴルフコンペの日取りの関わりを、その後の会合と、意見交換の場を、引き寄せたのでは・・・・・・・と、感じる。ゴルフコンペがコミュニケーションの場を助けたようだ。

「歴史」や「伝統」が重荷になる事があるかもしれない。「歴史認識」なんていう騒がしい問題もある。「歴史」と「伝統」が「新生」を妨げている場合も沢山ありそうだ。いや、「歴史」と「伝統」が身を助ける事もある。「歴史」と「伝統」がモチベーションとなる事もある。「歴史、いや、そんなの関係ない!」と、ポーズをとる事だって、きっとあるに違いない。それでも「歴史」を知っておく事は、大切な事なのだ。

というような思考が、今後、ゴルフを続けていくのには、習うべきか習わざるべきかと、少々悔悟する気持ちに、覆い被さるような勢いで、「歴史認識の問題」が私の内面の中で、勃発しているという、ヘンな一週間のお話し。

そうそう、そう言えば、滅多にいかないゴルフ場で、小中学校の時の同級生の、それも女子に、バッタリと出くわしたのには、驚いたなぁ・・・も含めての、ヘンな一週間だった。

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木村貴一 2009-10-25T21:07:29+09:00
読書の秋 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/10/post_263.html それが、ここ10年ほど、本をあまり読んでいなかったのだけれど、施工をさせて頂いた、「コトバノイエ」の施主のKさんの企画に乗っかって、「コトバノイエの30冊」を選んでから、そのコトバノイエのKさんに影響されて、また、本が、無性に読みたくなった。

30冊の中に、選んでおきながら、読んでいない本が、何冊かあって、とりあえず、手始めに、「澁澤龍彦の高丘親王航海記」を読むことにした。数日間、不思議なファンタジーにずるずると引きずり込まれてしまい、幻想を創り出しながら、時代考証や自分の事、風刺・・・、小説の表現方法って、やっぱり、面白いなぁ・・・と、あらためて、おもった。それが、再び本をよもうとする、口火を切ったのだとおもう。

続いて「山本健吉のいのちとかたち」を読むことにしたのだが、未だに、読了できず、思い出したように、そのハードカバーの本を手に取ってみては、格闘し続けるものの、やっぱり、進まず、もう、ひょっとして、挫折するのかも・・・・・。っていうのも、本を読んでると、まま、あることだな。

そういえば、その前に、「中村英樹著の北斎万華鏡」という本をKさんから、勧めてもらった。いままで、葛飾北斎に抱いていた、私のイメージと同じようなイメージが、その中に表現されてあって、きっと、それが、あのゴールデンウィークの「北斎と富士とB級グルメの旅」につながったのだとおもう。そうそう、それで、旅行から帰ってきて、暫くしてから、澁澤龍彦を読んだのだ。

そんな訳で、少しずつ、手元にある本で、まだ読んでいなかった本を読むようになった。ある日のコトバノイエのブログの本の紹介に「隆慶一郎の吉原御免状」の紹介があった。読んだことはなかったが、松岡正剛の千夜千冊に掲載されていた、うっすらとした記憶があって、コトバノイエには売っていなかったので、アマゾンで、早速、購入してみる。

読み出すと、一気に引き込まれた。お昼休みの数分間にも、その続きを読みたい・・・・・と、お昼休みの時間が、楽しみになった。夜、家に早く帰れた時は、食事が済むと、いつもは、テレビニュースなどを見るのだが、その時ばかりは、その本を読むのが、何よりもの楽しみだった。食卓のテーブルを前にして読んだ。ソファーに座って読んだ。ソファーにゴロゴロとしながら読んだ。ソファーから、ずるずるとずり落ちて、ソファーの座面を背にして、床の上に寝転がりながら読んだ。独り用のソファータイプの椅子に座って読んだ。デッキの椅子に座って読んだ。

久しぶりに、そういう、本の読み方をした。本の内容は各個人によって、好き嫌いがあって、まま、いろいろあると、おもうのだけれど、そんなふうに本を読める「時間と空間」が、「本を読む」という、何ともいえない、幸せな時間だぁ・・・・と、あらためて思う。やっぱり、いろいろな態勢で、本が読める家を造りたいものだなぁ・・・・・。

先週の日曜日、息子が、「ふるいち」に行こうと言う。「古本市場」のことをそう呼ぶらしい。それで、一緒に行ってみる。まぁ、これで、3度目の事。1階がゲームとCDで、2階の売り場が古本になっていたので、直ぐに2階に行く。それが、不思議な事に、なぜか、まず、頭に浮かんだのが、「隆慶一郎」だった。売り場を探すと、あっ、あった。あった。3冊ほど。それで、「死ぬことと見つけたり」を上下で買うことにする。

あまりの本の山に、まったく、買いたい作家の名前がピントこず、うろうろと、本棚の間を彷徨っていた。岩波文庫の古本が数冊だけあって、「ダーウィンの種の起源」に目が止まる。それは、先日のシルバーウィークに、山小屋に宿泊したのだけれど、そこに、お医者さんのDr.Aさんが居て、昆虫のマニアでもあって、いろいろな会話を、長らくする。そんな会話の中の言葉に、人間は、「霊長類」で・・・・、なんて言う、長い間、忘れていた言葉が出てきた。それに、「ダーウィン」という言葉も。きっと、それが、頭のどこかに残っていたのだ。420円ほどなので、買った。いつか読もうとおもう。

同じ岩波文庫のその本の隣に「フィッツジェラルド短編集」という本が目に止まる。久しぶりに、アメリカを読んでみたいな、となぜか思った。もちろんフィッツジェラルドのアメリカを良しとするかどうかは別にして・・・・。350円で買う。

そういえば、毎年、日本ミツバチの蜂蜜を届けてくれるひとが、居て、そのひとと話をしていると、今年はミツバチが非常に少なくて、蜂蜜があまり取れなかったのだ。とお聞きする。その話に触発されて、「ローワン・ジェイコブセンのハチはなぜ大量死したのか」をアマゾンで買った。新刊で1905円。そして、少しずつ読み進む。

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もう「秋」だ。今日の大阪は、気持ちの良い秋の日曜日だった。この小路周辺では、先日から秋祭りがあって、だんじりが、会社の前を練り歩いていた。本日は生野祭りというのもあって、毎年、影ながら、その舞台を造る仕事をしている。そんな、うららかな秋の日曜日。奥方が、布団を干していた。それが、とっても気持ち良さそうだった。その気持ち良さに誘われて、太陽を浴びているその布団の上にゴロとして、本を手に取ると、フィッツジェラルドだった。おもむろに短編を読んでみる。やっぱり、このアメリカでないアメリカの方が好きだなぁ・・・・。

それで、一編だけを読んで、その横の本を手に取ると、「隆慶一郎の死ぬことと見つけたり」だった。葉隠武士の物語であるらしい・・・。なのに第一話に入る前の前書きが、隆慶一郎の二十歳と戦争体験の語りから始まった。その語りが、何とも、泣かせる・・・。

そんな訳で、「読書の秋」を満喫してみようかとおもう。

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木村貴一 2009-10-18T21:19:51+09:00
間伐 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/10/post_262.html DSC02043 DSC02059
岐阜の山の中で、間伐を見学した。現場で携わる林野庁の方からの説明を直接聞くと、なんだか説得力があって、山を育て、守っている人たちは、素敵だなぁとおもえた。
これを書きながら、CO2を吸って光合成をし、酸素を出してくれる木々を、敢えて、間伐する方が、結果的に、CO2の削減につながるのだと、林野庁のホームページで確認していると、唐突にも、お金でCO2の取引量を売買しようとする話が、頭をよぎってしまい、CO2の話も、少々、胡散臭く思えて気そう・・・・・・。

それは、ともかくとしても、人の手入れが必要な森林では、「間伐」が森林を豊かにするのだと、現地を目の前にして、まるで講義ごとく、お聞きするのは、貴重な体験だった。DSC02014それに、 ハーベスタと呼ばれる、ガンダムのような機械が、伐採されて手元まで引き寄せられた20m近い木を、ものの見事に、枝払いをし、3、4mごとに、切り落としていく姿は、圧巻だった。いやいや、もちろん、その前に、山の職人さんが、チェーンソーを使って、一本の木を、ものの見事に、切り倒した時には、見学者から拍手喝采が巻き起こって、素朴な山の職人さんの照れくさそうで、嬉しそうな姿が、印象的だったなぁ・・・・。

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そう言えば、スイングヤーダというウインチのようなものを使って切り倒された木材を集DSC01176積する作業を見ていると、頭の中では、諏訪の御柱祭の映像がおもい浮かんでいた。木の上に人々が乗って坂道を勇壮にかけ下っていく姿の木落という映像だ。それに、5年ほど前に訪れた、茅野にある尖石遺跡の前庭にあった御柱祭の柱のモデルを見た事も思い出していた。

今、このブログを書いている、その遠くから、秋祭りのための、だんじりの鐘と太鼓の練習音が聞こえてくる。地方によって、だんじり、だったり、御神輿だったり、その他、様々な祭りの形態があるのだろうけれど、木を集積するために、ワイヤーに引っ張られた木が、山の傾斜を、ずるずると、勢いよく、下り、引き出されるその様子を間近で見ると、山で、一本の「木」を切り出して、山だしをし、「柱」とする祭り、そういううものが、産み出された雰囲気を、何となく感じ取れたような気がした。きっと、そんな祭りを通して、木を大切にし、森を大切にしてきたのだなぁ・・・とおもう。

山で一本ずつ植えられた、苗木が、下刈りや間伐という地道な作業を通して、「木」として成長し、山から引き出され、製材所で製材されて、「木材」となる。それが、やがて、設計と施工によって「木組み」として、成就する。それらを一連の流れとして、現地で、全て、体験できたのは、素敵な体験だった。

家づくりの過程の中の、その「木組み」に支払われた、施主のお金というものが、勿論、床板や壁材や天井材などの無垢の板材も含まれているのだけれど、そういう費用が、間接的には、山の一本の苗木や、「間伐」の作業費となっている訳で、そのお金が、山を育て、森を育み、ひいては、川を育て、海を育て、山の幸、海の幸の恵みを与えてくれているとも言える、そういうダイナミズムな関係性の中で、貢献出来る企業でありたいなぁ・・・・と、あらためて願った。勿論、少々怪しげな、CO2削減にも協力出来るという訳。


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今回の岐阜の旅行では、グリーンウッドワークという取り組みに出会う。 建設業界では、乾燥されていない木をグリーン材というような呼び方をするのだけれど、グリーンウッドのグリーンとは、生木の事を指すのだという。

「削り馬」や「足踏みロクロ」と呼ばれる、手作りの道具を使って、機械を使わずに、「生木」を加工する事で、木のスプーンやお椀、椅子などを造る、取り組みだそうだ。

「生木」の方が木を加工しやすくて、細い部材で椅子などを造れるし、誰もでが簡単に取り組めるのだと聞くと、とっても新鮮な感覚を持った。大工が身近にいる環境で育つと、大工というものは、プロのスポーツ選手のように、出来るだけ早い時期から、体で覚えることによって、通用し、人様からお金を頂戴できるのだぁ。というような、雰囲気が、あって、「木」を扱う世界というのは、職人的なイメージが強い。

確かに、大工は、「生木」を嫌い、「乾燥した木」を頼むでぇ。と、口癖のように言う。人工乾燥すら、嫌い、天然乾燥でないと・・・・・という大工もいる。それだけに、木工、乾燥、職人、というイメージの結びつき強かった。

「間伐」材などの生木を有効に利用しつつ、誰もが簡単に「木工」が出来る取り組みが、「グリーンウッドワーク」という意味でもあるらしい。「私」も少し体験してみると、実に、「おもろい」。技術も勿論必要なのだろうけれど、どちらかと言えば、木の陶芸のような感覚で、時間を忘れて、没頭していきそうな印象だった。

大工のような職人的な世界と、素人が簡単に木工が出来る、このような世界が、「乾燥材」と「生木」という考え方や、「木」というものの利用方法や価値観に対して、また、職人的な技で造られた家具と、素人的に造られた家具が、お互いに補完しあうような関係性になれば、いろいろな幅が出来て、楽しいだろうなぁ・・・・。

うちの会社でも、大工さんに、「足踏みロクロ」や「削り馬」を作ってもらって、素人的な木工にも取り組んでみようかなと思う。施主の方が、完成した自分の家のテーブルの前に、自分で、造った、素朴な椅子に座る姿を想像してみる・・・・・・。

 

それは、そうと、森林を育てる、下刈りは、人間の赤ちゃんと同じように、最初の方が、手間がかかって、大変なんだと聞くと、なるほど、と妙に、納得する。間伐だって、間伐をしないと、お互いが窮屈になって、光が差し込まなくなって、木の成長が止まっていくのだという。その話を思い出した今、あーー、うちの家の中も、そろそろ、「間伐」せんとアカンものが、いろいろと、あふれ出していて・・・と、いま、まわりを眺め始めた。ところ。

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木村貴一 2009-10-11T21:29:29+09:00
心のどこかに http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/10/post_261.html 気が付いたら、もう秋。ここ数日、雨模様で、外部の工事がうまく進まない現場があって、そういうのは、何とも気がかりで、心の中のどこかに、引っ掛かったままで、物事が流れていく・・・・。

それにしても、そんな事を忘れさせるぐらいの天晴れな秋晴れ。近くの小学校からの運動会の音楽とピストルの音と歓声が聞こえてくる。子供達の歓声というのは、「元気」を与えてくれるものだなぁ・・・と、思うのは、歳のせいかね。

そうそう、そう言えば、満員電車に乗っていて、目の前の席が空いて、座ろうとすると、隣で立っていた若いカップルの男子が、私と同時に、席に座ろうとした。お互い、顔を見合わせて、「どうぞどうぞ」と席を譲り合う。私が、「遠慮せんと、どうぞ」と言うと、その男子が、「私の方が、まだまだ、若いですから、お先にどうぞ」と言って、私が座るようになった・・。嬉しいやら嬉しくないやら。オレって、もう、そんな歳。っと、歳を感じたなぁ・・・。

この天気と、子供達の歓声に誘われて、外に出かけてみたいなぁ・・・と、周囲を見渡せば、息子も奥方もそれぞれが出掛けた後で、ひとり、家に取り残されて、デッキに出て、コンピューターの前で、この調子で、こんな事を書いている、いまここの「私」。

そんな、シチュエーションのせいか、いままでの写真をパラパラと眺めていると、そうそう、ほんの些細な事だけれど、心ののどこかに引っ掛かっていた写真が何枚か・・・・。
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キャンプ場から海水浴場に向かう朝。車の助手席に座って、数十分ほど走ってから気付く。あれっ、雨よけに、蛙が・・・・・。そのまま動くなよ。頑張れよ。と思った瞬間、あっ、蛙が落ちた・・・・。サイドミラーを覗く。あの蛙、どうなったのだろうか・・・・・。


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伊予、大洲にある「臥龍山荘」に行くと、石垣から木がニョキッと出て、石臼が埋め込まれてあった。デザインの過程や施工の過程も、気に掛かるのだが、施主と設計者と現場監督と職人さんとの間で、意見の対立も含めた、コミュニケーションが沢山あって、やがて、それらが何らかの「合意」を得て、これが、完成したのだろう。そういう、「コミュニケーション」と「合意」の過程はどんなのだったのか・・・と、想像をしてみたくなる。

案外、「面白い(オモロイ)でんなぁ、ほなら、やりまひょかぁ」と大阪弁では言わないだろうけれど、すんなりと「合意」されていたりして・・・・・。現場監督にしても、職人さんにしても、「面白い」という気持ちを持てるかどうかは、案外大切な事なのかも。

 

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南予にある「内子町」の古い町並みを歩く。意外と、全国各地に古い町並みも残っていて、「またか」という感じも、しないわけではない。道に面した、いわゆる民家の縁側のような場所に、座布団の上にネコが、気持ちよさそうに居眠りしている・・・・・・・・・・。
あれぇ、置物なのぉ。と見間違うほどの本物。

ネコが気持ち良さそうだったので、写真に収めたのだけれど、家で、何度かこの写真眺めていると、何かが心の中に引っ掛かっていた・・・・・・。

それが、先日、建築学科の大学院生と会話をする機会があって、気付いた。いま、私が住んでいるような、大阪の下町や、新しい住宅地などなどで、道に面して、「自分の家の一部」を、外の人と、分かち合える場所として提供すると、町はどうなって行くのだろう・・・・・? いまと言う時代、 コミュニケーションというものが生まれるのだろうか? 高齢化を迎えている町に、あればどうなるのぉ? お役所の公共工事に頼らずに、それぞれの普通の家が、皆と分かち合える場所を、様々な個性で、提供をしていくのも、エコ? エコという言葉の乱用が、ちょいと気恥ずかしいけれどね。

この不況といわれている時代、そんな事より、自分の事で、精一杯で、それに小さな家の一部を人に提供できる、スペースも余裕もなく、また、モラルの問題や安全性や社会性や国民性や何だかんだ、心に引っ掛かる事が、ぞろぞろと、いっぱいいっぱい、尾ひれを付けて、くっついて来そう・・・・・・。それに、他人とコミュニケーションする事が、必要な事なのかどうか、という、根本的な問いかけもありそう・・・・・。

インターネットやブログのように、まず、自分たちの家の、一部を、何らかの形で、公共に提供するって事は、勿論、家のデザインや木々がそうなのだけれど、そういう事だけではなく、コミュニケーションが生まれる場所として・・・・。相互依存の関係性。なんて事を学生と話してみて考えたのは、普段の「会社生活」では、稀少なことで、感謝。です。

相変わらず、小学校の運動会の子供達の歌声と歓声が聞こえてきて、それが、今日のこのブログのバックグラウンドミュージックとして流れる。それは、町にまで元気が届く。

・・・・・・・・・

それは、そうと、心のどこかに、何となく気になって、引っ掛かっている事って、皆さん、ありません? まま、あるよなぁ・・・・・・。

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木村貴一 2009-10-04T12:56:03+09:00
グランドデザイン http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/09/post_260.html 何とも言えない、エエ気候。暑いぐらい。時折吹く風の心地良いこと・・・・・・・・・・・・・・。ここ、大阪の生野区の小路でのこと。

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シルバーウィークに、山道を独りで歩く。尾根道を通過すると、それなりに急な登り坂から平坦な道に切り替わって、ゆったりと歩くその心地良さ・・・・。前方に織りなす微妙なカーブ。尾根を吹き抜ける心地良い風。ザワザワと音をたてる広葉樹のトンネル。足下を見ると、「赤土」。その赤土が綺麗だなぁ・・・とおもう。もう、何十回も歩いた道なのに、突然、そんな事に、気付く。頂上まで至るこの山道の中で、もっとも綺麗な「土」。

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ここまでに、至る道は・・・・・
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お盆休みに、「大地の芸術祭越後妻有アートトリエンナーレ2009」を見てきた、設計のT中くんが、「その中で、エエ作品は、地面のデザインと繋がりがきっちりとしていて・・」と、印象に残る言葉を語った。

山道を歩く。道と山との「境界」に発生する、様々なデザインの美しさを眺めていると、さきほどのT中くんの言葉が、ふと、脳裏をかすめていったのだが、運動不足からくる、汗が、額から滴り落ち続ける事に、意識が向かい。またそれに、何年も履き慣れていた、登山靴を替えて、3回共、急な登り坂で、踵の上に靴擦れをお越し続けていて、そんな事柄に、意識がとられてしまい、「道」の事はそぞろ・・・・・・。

左官屋さんが、あそこの「土」は、エエとか、もうひとつ・・・・。などと、楽しそうに語る姿を見ていると、「土」に興味を持つようになる。エエ土の場所を見つけたので、左官屋さんに教えてあげたいけれど、あまりにも遠く、労力もかかるなぁ・・・・。

山小屋で、あの場所のあの綺麗な土の話をしていると、その尾根の下の水場では、昔、砥石を切り出していた人が居て、神奈川の有名な刀剣士の砥石に使われていたのだ・・・・・と、聞かされる。確かに、この頃、「土」の色を見ると、なぜか、うちの大工が、刃物を研ぐ、その砥石の色と、砥石から流れる水の色を思い浮かべてしまう。それに、大工の刃物を研ぐカッコエエ姿。これは、一種の職業病だなぁ・・・・・。

山道の「境界」に発生する自然のデザインを見ていると、お盆休みに訪れた、松山の道後温泉と伊丹十三記念館を想い出した。道後温泉の、あの建物の摩訶不思議な雰囲気に、微妙な魅力を感じたのだけれど、道路を隔てた高台の駐車場から眺めた時の、道路と建物との、その関わりが、とってもカッコ良かった・・・・。

伊丹十三記念館も、心地良い中庭に囲まれた、居心地の良い建物だったのだけれど、そのグランドデザインの曲線と建物の在りようが、道後温泉のそれと似たところがあって、カッコエエなぁ・・・・と、眺めた。

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そうそう、このシルバーウィークの最終日。ひょんな事から、T大学を案内して貰う。長男が幼稚園の時からの幼なじみと、ルームシエアーをして住んでいて、その同居人のYくんが、T大学の学生で、今春、卒業するという。まるで、下宿の掃除婦として訪れたような奥方と、その下宿で落ち合って、Yくんの案内で、駒場のT大学を見学する。

どんよりとしたイメージをしていたのだが、意外や意外、とってもエエ雰囲気。木々もあって、芝生もあって、デッキもあって、あちらこちらで、ゴロッとしたり、座ったりしながら、語り合っている。学生の雰囲気もエエ感じ。Yくんが、言うのには、「季節によって、めっちゃ綺麗で、意外と居心地がエエねん」と大阪弁で語る。

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きっと、大地との、環境との、関わりが上手く出来ているからだなぁ・・・。国家のグランドデザインを考える人たちの集う場でもあるのだから・・と、少々の憧れをもって眺めた。

ついでに、タクシーに乗って、東京ミッドタウンに向かう。やっぱり、大地との関わりが、美しい・・・・・。グランドデザイン・・・・・。

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・・・・・・と、大阪の下町の「我が家」で、シルバーウィークの楽しい出来事を思い出し、近くの三国屋さんで買った、アイスモナカとイカ焼きを食べながら、ブログを書く。これを書き終わったら、音楽を聴いて、本でも読もうかと思う。いやいや、我が家でくつろぐのも、実に、楽しいなぁ・・・・・・。

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木村貴一 2009-09-27T14:58:08+09:00
太陽さんには感謝したい。 http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/09/post_259.html 山口県の長府にある毛利家のお屋敷を見学していると、突然、高校時代の同級生から携帯に電話がかかって来て、親しい同級生が、急死したというのだった。しばし、何の事だが、理解できなかったが、そのまま、お屋敷を歩いているうちに、徐々に、事態を、飲み込めるようになってきた・・・・。

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長府にある長府製作所に行って、エコウイルとエ コキュートと太陽熱温水器を見学しましょうよ。と、お誘いを受けての事で、午前中に長府に到着して、しばし、町中を見学し、昼からが、長府製作所での工場見学だった。

太陽熱温水器を既存のガス給湯器に接続できるシステムがあって、家庭用エネルギーの中で、33%ほどの割合を占める、給湯エネルギーの確保を考えると、古くさいかもしれないが、確かに、太陽熱温水器は、有効な手法だとおもう。太陽のエネルギーを使って、お湯が沸いても、太陽からは請求書はやって来ない。デザインが少し、ヘンなのと、屋根の上に重たいものを乗せるので、耐震の事を考える必要があるのだろう。

勿論、照明や家電を使うエネルギーを確保するのに、太陽パネルが有効であるのも、太陽が請求書を送ってこないからだろう・・・。そんな意味でも、「太陽さん」は、ほんと、有り難いお方だとおもう。だいたい照明と家電のエネルギーも全体の31%ほどらしい。

調理をするエネルギーをIHヒーターにするのか、ガスにするのかは、最近では、安全性なども含めて、好みが別れる事で、私など、両方使えたら、有り難いとおもう方なのだけれど、電気温水器で、ガスを使うとオール電化割引など、低料金の電気を使えないという、電力会社の思惑が絡んで、消費者にとっては、あまり有り難くない、選択を迫られているわけで、確かに、最近の家造りでは、誰もが、悩む事のひとつでもある。

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そうそう、先日、キッチンのショールームに行くと、ガスとIHヒーターが、同時に使える調理器具があって、ところが、調理の好みを選択するよりも、ガス代金と電気代金の事を考えてしまうのが、今という世情かも・・・・・。
それにしても、家庭で、調理に使うエネルギーの割合は、全体の8%ほどという。そんなに、お金の事は、気にしなくても、ひょっとして大丈夫なのかも・・・・?。

お湯を沸かす給湯エネルギーとして、エコキュートとエコウイルのどちらが良いのぉ。という質問もあって、どちらの器具も製作している長府製作所で、両方の特徴のご意見をお聞きするのは、確かに、面白い事だった。エコウイルを製造している技術者が、エコウイルの良さを誇り高く説明する姿を見ていると、確かに、技術者としての好感が持てた。

発電所の火力発電では、ガスを使って、発電し、効率としては、電気が40%ほどしか出来ず、残りの60%は、熱として海に捨てているらしい。それに送電線で、何パーセントかのロスをしながら、家庭に送られてくるという。それで、エコウィルは、家庭内で、ガスを使って、エンジンを回して、発電をし、その、熱として、損をしていた分を、お湯を沸かすエネルギーに利用するのだと。ただ良く聞くと、家庭用は、20%ほどしか発電効率がないので、・・・・、続く・・・・、まぁ、こんな話は、これぐらいにして。

エネルギーを得るためには、エネルギーが必要で、そのエネルギーを造るためのエネルギーが、少ないコストと資源で済むように、皆が努力しているのだとおもう。

そんな訳で、長府製作所での、技術者の方々との楽しい会話は、新幹線の時間が押し迫ったために、途中で切り上げる事になり、凄く残念だったのだけれど、工場内の整理整頓が行き届いた、ビシッとした雰囲気も含めて、企業の姿勢としても、参考になる事が沢山あった。感謝。

そんな、工場見学と並行しながら、心の中では、同級生の訃報が、微妙なムードとなって、内面のどの部分かに、ちょっとした違和感を醸しながら、外面世界の楽しい工場見学とパラレルの状態で、内面世界では、ちょっとだけ、動揺していた。

シルバーウィークの今日、こうしてブログを書いている訳なのだけれど、最初は、コラムの形式で、2004年1月から始めたのだが、2005年の3月、4月、5月と3ヶ月間の空白が出来てしまった。書くのをためらいだした「私」が、そこに居た訳。

そんな最中、その同級生が、3月の末に、こんなメールをくれた。
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はろー!

どないしたん?
いっこも、コラムが更新されてないけど・・・
忙しいんか・・・?
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このメールが、「きっかけ」になった。今までのコラム形式をブログ形式に変更するために、私にとっては、とっても扱いにくい、Movable Type3を、グチャグチャと、内職のようにいじくって、現在のブログ形式に変更し、ホームページのコラムを造り替えた。そして、そのメールの2ヶ月後にようやく「復活」できたのだった。あっ、それと、そんな内容のメールを受け取らないようにするため、自分にとって、更新を続けるための、持続可能な時間を模索して、日曜日の週1回を更新とする事にした。

そうゆう「きっかけ」をつくってくれた、その同級生が急死した。哀悼。

まぁ、そんな事が、あろうが、なかろうが、「時間」とは無慈悲なもので、淡々と流れていく。今日は、シルバーウィークの初日だけれど、「日曜日」だという事もあって、ブログを書くという、見えない糸が絡んでいて、自宅の近くにいて、遊ぶ事を選んだ。

阪神対広島戦を甲子園球場で、息子と二人で、見た。私は、野球場で野球を見たのは、小学生の時以来、40年ぶりの事。それに、テレビで、野球を見るのも、年に1回あるかないか。ニュースで見るぐらい。

祖父は猛烈な阪神ファンだった。阪神が負け出すと、テレビの前から離れて、孫の私たちに、ちょっかいを出しに、うろちょろし出す。父は、隠れ南海ファンだった。今でも、きっとそうだ。息子は、かなりの阪神ファンだ。私は、今日だけの阪神ファンだった。

そして、猛虎打線が爆発した。勝ち、気持ちが良かった。得点が入る度に、まわりの見知らぬ人たちと、三度も四度もハイタッチをした。六甲おろしも皆と一緒に歌った・・・・。

ディゲームで、太陽がまともにあたり、猛烈に暑かった。球場がこんなに暑い場所とは知らなかったので、汗びっしょり。アルコール消費量に関しては、かなりの省エネな私も、生ビールを楽しんだ。暑くて暑くてたまらなかったけれど、それでも、この天気に、やっぱり「太陽さん」には、感謝したい。

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皆さん! 素敵なシルバーウィークを!!!

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木村貴一 2009-09-20T21:46:16+09:00
微笑み http://WWW.kimuko.net/blog/archives/2009/09/post_258.html 吉野に行く所用があって、久しぶりに、「こばしのやき餅」を食べDSC01279DSC01281る。昔からの口コミの人気だけで、午前中に売り切れてしまうらしい。

まぁ、親戚にもあたるのだけれど、冠婚葬祭の時にしか、顔を合わせる事がないので、今日は、ほんの30分ほどだけれど、その秘訣を聞いてみる事にした。

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まず、素材はエエものを使う。そして、その素材のバランスが大事。餡や餅や餡に餅を包むのに機械を使うのだけれど、餅を焼くのには、機械化をせず、一個ずつ、「手」で焼くのだと。機械で焼くと、どれもが均一になってしまい、その素材の状態を読み取って焼く事ができない。やっぱり、焼くのが難しい。それで、作れる数には、限りがあるのだと。その表情には、エエ職人さんが、共通して持つ、独特の微笑みが、うかがえた。

そう言えば、鰻屋の友人が言うのには、鰻は、串刺し3年、焼き一生といって、「蒸す」と「楽」なのだが、蒸さずに炭火でじっくりと焼くのが難しいのだ・・・・・と微笑む。やき餅の作業場を眺めながら、そんな言葉を想い出した。

そうそう、先日の上棟式の宴席