どうも、本日は、35度を越したらしい・・・。散髪屋さんに行くと、張り紙があって、「クーラー故障のため臨時休業します。」だって・ ・・。確かに、汗をかきながら、散髪してもらう姿を想像すると、辛いな・・・・。その張り紙を見て、奥方の顔がチラッとよぎった。それは、 我が家のクーラーの取り替えが、 ぎりぎり、間に合って良かったなぁ・・・と、実感した瞬間の事だ。そういえば、今週は、現場に行くと、汗がぼとぼとと、吹き出した・・・・・ 。
昨日は、木村工務店としては、はじめての事だけれど、建築家との家づくりをオープンハウスとして、お見せする機会を持った。 「雑誌では見たことがあるけれど・・・・。実際の建物をこの目で見るのは、はじめて・・・・・。」と、そんな、少々の困惑と、 新鮮な空間体験とが入り交じった、微笑みで、あふれていた・・・・。






生野区の住宅密集地に建つ、建坪が9坪ほどの家。施主、自らが3週間かかって施工した壁の白いペンキ塗り仕上げ。
設計者と施主で一緒に造る家具製作。施工者と設計者と施主の協働作業による屋上緑化・・・。屋上には亀の水槽があって、
その下地鉄板が居間の天井に見えるではないか・・・・・。3階のLDKとその屋上緑化スペースとの不思議な関係性・・・・・。
そのLDKと屋上で過ごすマジックアワー・
・・・。
最近は、建築家との出会いをプロデュースする会社が流行っているのだけれど、工務店の社長ってのは、元来、 プロデューサーとしての役目も多いにあって、これからは、そういうスタンスとして、いろいろな建築家の家を体験できる機会を、ささやかな、 オープンハウスとして提供できればと思う。
興味のある方は、土曜日の午後1時~5時の間に開催する、「建築家と一緒に造る家 オープンハウス」にお越し下さい。と言っても、 次回の予定は、2~3ヶ月先かも・・・・。
最近は、「中古住宅を購入し、全面的なリフォームして住む」というお問い合わせも、わりと多い。購入前に一緒に現地を見て、
アドバイスする場合もあれば、購入後にプランやコストの打ち合わせをする場合もある。
ホームページに、掲載している例でいくと、東灘・
T邸 : 国分・
S邸 :北田辺・
N邸 :八尾・
K邸 : 城東区・
K邸 などが、そうで、プランとコストの問題も含めて、アーダコーダと打ち合わせを何度も繰り返しながら、
ようやく新居への引っ越しとなる。 引っ越しをしてから、2年後
に、第二期工事を施工した家も。
そんな訳で、これも、弊社としては、はじめての試みだけれど、「リフォームのオープンハウス」それも、 「中古住宅を購入してのリフォーム」を開催しようとおもう。まだ、詳細は未定だけれど、8月2日(土)の午後1時~5時の予定なので、 こちらも、興味のある方は、ホームページで案内しますので、是非、よろしくおねがいします。



社内では、暑気払いと称して、居酒屋で、宴会が・・・・・・。

現場の前に停車していた大工さんの軽自動車に乗ると、サンバイザーやバックミラーが映像モニターとなって、ヒップホップがガンガン流れる・・
・・・。「オレの唯一のプライベート空間なんやでぇー」って、笑顔の大工。





今朝、なぜか、5時に目が覚めて、なぜか、「世界の日の出」
をまた見て、なぜかシャワーでも浴びて・・・・。今、これを書きながら、大工の言葉を思い起こしてみれば、これも、
唯一のプライベートな時間ってことになるわけだ・・・・・。
それぞれの夏がはじまる・・・・。
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20年ほど使ったクーラーがガタガタと大きな振動音を立てだしたのは昨年の事だった。この月曜日、奥方が、「クーラー!クーラー!」 と顔を見る度に連呼しだした。日本一暑い大阪の夏だ。
インターネットで、奥方が何度も調べ、調べ、調べる。カタログを家電屋さんから調達して、N社が良いか?D社の方が良いのか? それともM社が良いか?アーダコーダと、意見を求められる。
「えーと、最新の機種がどうなっているのか・・・、あんまり、よくわからん・・・」などと、えー加減に答えると、「それでも、 プロなん!」と、容赦なく叱咤激励がとんでくる。
「そしたら、出入りの電気業者の電工舎さんのK君に聞くわ!」と携帯に電話をしたらしい。 しどろもどろになりながら応じたK君の答えに、「やっぱり、もひとつ、よーわかれへんわ。電気屋さんゆーても、あてになれへんわ」 とえーらそうに言うではないか。
確かに、建築屋さんは、いわゆる「家電」には、そんなに強くないのだ。そうそう、電気屋さんと言っても、 建築の配線工事をする電気屋さんと、家電を販売し、取り付ける電気屋さんとは、全くべつものでぇ・・・・・。などと、こちらが、 弁解のホローをしながら、何となくなだめる。
奥方の次のターゲットは、何でもよく知る弊社の工事部長のT桝くんだった。「えー、家電のクーラーの事はあんまり、 よくわかれへんので・・・」と、答えると、「誰も、クーラーの事は、あてになれヘンなぁ・・・・」などとのたまい。鞭。
だから、「家電」には、そんなに、強くないのです。って。ましてや、クーラーに「人感センサー」が付いて、 人の居場所に風を送り込むとか・・・・。「快適エコ運転」などと称して、温度、湿度、気流制御により体感温度を下げながら、 省エネ運転をする・・・・・。なんて事を言われても・・・。確かに勉強不足で・・・・。
「調べてぇ!」と、もはや、叫びに近い、命令が・・・・。まぁ、そういうわけで、建築屋さんとしては、まず、「その道のプロ」 と言われる人を探し出し、その人に意見を求め、最終的にはこちらで、判断し、決断する。というのが、常套手段なんだろう・・・・。
私に求められたミッションはD社とN社のどっちがええのか判断しろ。
だった。もし、私が、工務店という職業でなかったら、「えー、どっちでもええんとちゃうか。好きにしいや。そうか。それが、 わかれへんっていうんやろ。それやったら、えーっと、家電屋さんに行って、店の人に聞いて、 その人がええと言う方にしたらええんとちゃうかぁ・・・・」と答えるかも。きっと。そうだ。
手始めに、D社のフリーダイアルに電話をして、その「快適エコ運転」の仕組みを尋ねる。体感温度・・・って、湿度の調整の仕方って・・ ・・、えーっと、なんで、省エネになるんですか・・・・と、聞く。
最近の電話での対応する方々は、丁寧な口調で、お客様の要望を受け止めてくれているような、柔らかい物腰で、 優しくお話しになるのだけれど・・・、肝心の内容が、いまいち、もひとつよく解らへんのですわ・・・・。もう、これ以上、この人に尋ねても・ ・・。
それで、うちの電気工事屋さんに、D社の営業担当の方を紹介してもらい、打ち合わせに行く道中の助手席に座りながら、携帯電話で、 ちょっとしたレクチャーを受ける事にする。流石に、「ぶっちゃけた話」を出来るのが、ええのです。
だいたい、D社がN社にOEMで提供しているのですが、最高機種に関しては、それぞれ独自で開発していまして・・・・。 D社にはN社のような人感センサーはなく、人の居場所を考慮した気流操作はないのだけれど、加湿ユニットが室外機に付いていて、 湿度をきっちりとコントロールして、心地良い体感温度にするのです。24時間換気も付いていて・・・。夏だけなら確かにN社もよくって、 でも夏も冬も総合的に判断したらD社が・・・、お掃除ロボットはN社は自動で外に排出しますが、我がD社は溜まったゴミを手で捨てる必要が。 まぁ、でも、総合的に判断して、よろしくおねがいします。と、電話が終わる。
家電屋さんで、奥方は、店員さんからはN社を勧められたぁ・・・と。 (あらためて注文に行った時に胸の名札をよく見たら小さくN社の社名があったわー・・・やて。)インターネットの噂では、えーと、 N社が売れているような・・・と。もぉー、「ややこしやー」っていう感じで、「どっちでも、ええんとちゃうか」状態に陥る。
家づくりにおいて、奥さんがインターネットで、猛烈に詳しく調べまくり。ご主人は、奥さんに、「もっと、家のこと真剣に考えてぇ!・・ ・!」と、叱咤激励されている、そんな男子が、沢山、いるのだろうなぁ・・・・・と、映像となって目の前を通り過ぎる。
まぁ、そんな事柄を一緒に悩み解決するのが、私たち工務店の仕事でして・・・、などと、こんな状態で、 格好良く言い切ってしまって良いものかどうか・・・・。と、反省も促されつつ・・・・。
そんなこんなで、つまるところ、丁度、2台同時に潰れたために、この際、D社とN社を一台ずつ、計2台を同時に購入し、使用してみて、 いろいろ、研究でもしてみたら・・・。などと、都合の良い時には、工務店の親父としての立場から、もの申したりして・・・、 意外と安易な解決策。
で、今、このブログは、その新たに取り付けられたエアコンの「快適運転」とやらで、書くことにする。只今、午後6時。 設定温度28度設定湿度50%。室温29度湿度45%。外気温32度。と音声でお知らせがあった。
えーと、やっぱり、クーラーのいらない、心地良い風が通り抜ける家の方が良いのでは・・・。クーラーの消費電力が少なくてすむ、 断熱効果の高い家が良いのでは・・・。それには屋根の断熱を強化して屋根の日射熱を抑えなくては・・・・。 日中の南面からの日射を遮るための庇とか、葦簀とか、木製ルーバーとか・・・・。大阪の暑い夏にふさわしい家づくりって、 どうすれば良いのぉ・・・・。それはそうと、いわゆる安い金額のクーラーで充分やったのでは・・・・。と、 クーラーと共に考える大阪の初夏であった。
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夜、ハードディスクに自動録画されたテレビを何件か見ているうちに、気がついたら、そのまま居間で寝ていて、目を覚ますと、 朝の4時過ぎだった。
静まりかえった朝。静止画状態になっているテレビ画面を暫く眺めていると、時間感覚が戻ってきて、おもむろにチャンネルを替える。 ケーブルテレビのディスカバリーチャンネルの「アメリカ横断エコの旅」 という番組で、手がとまる。
「エコ」という言葉が気になるのは、明日からのサミットなど、メディアから様々な影響を受けているからだなぁ・・・・ とおもいながらも、興味深く見る。若者3人が「廃食用油によってディーゼルエンジンを動かすシステム」をバスに取り付けて、 エコな発明者を捜しに回る旅だ。燃料がなくなると、レストランなどを訪ねて、油ものに使った廃油をもらい、バスの燃料にする。
なかなか、カッコエエ、新しい旅のスタイルだなぁ・・・。私も、真似して、そんな旅してみたいナァ・・・・・・。 息子にでも勧めるかぁ・・・・・・。と、眺めているうちに番組が終わり、朝の5時だ。
隣のチャンネルのディスカバリーHDの番組は、「世界の日の出」 で「パタゴニアの日の出」だった。荒涼とした景色の朝の映像が流れ出す。その映像を眺めていると、ソトに出たくなり、デッキに出た。
デッキに座りながらパタゴニアの映像を眺める。都会の朝でも、鳥のさえずりは聞こえている。おもむろに、デッキに置いてある、 向こうの椅子に向かい、座って、過ごす。暫くして、あっちの椅子に行って座り、静かに時が流れる。コーヒーを入れ、また、別の椅子に行って、 座る。そうやって、あちこちの椅子を渡り歩いて座っている間に、どこからともなく、NHKのラジオ体操の音楽が聞こえてきた。あぁ、 もう6時30分だな。と、気づき、この楽しみに終止符をうつ。そして、何とも、気持ちが良い朝だったので、おもむろに、写真を撮る。きっと、 今日のブログを意識した「私」がそこに居たのだ・・・・・・。
「世界の日の出」本日は「日本大阪生野木村家の日の出」って。
パタゴニアと聞くと、スポーツウエアのメーカー以上に、いつも「パタゴニア」 という小説を思い出す。本棚を見ると、まだ、その本があった。パラパラと久しぶりにめくりながら、訳者あとがきを読む。『著者のブルース・ チャトウィンは「聖書」と「奥の細道」をバックパックに入れてパタゴニアに向かった』と書いてあった。
やっぱり、それはそれで、カッコエエ旅のスタイルだな・・・・・。
手元にあるその3冊を並べて 、記念写真を撮ってみる。だいたい、「聖書」
が手元にやって来たのは、教会を建築させていただいたお礼に頂いたもので、最近まで、聖書に触れる機会がなかった。この頃、
たまに、眺める。
そして、この「おくのほそ道」はいつ頃、手元にやってきたのだろう・・・・。思い出せない・・・・。裏をみると平成2年重版とあり、 きっと、1990年頃に買ったのだ。
「パタゴニア」の最終ページをみる。1990年7月10日初版第一刷発行とあり、18年前の今じぶんに買ったのだなぁ・・・・。え、 ひょっとして、「おくのほそ道」と一緒に買ったのぉ・・・・?
当時の「私」を思い出してみる・・・・・。いまいち、記憶がはっきりしない。そんな記憶の糸をたぐりながら、 何気なくインターネットで、 アマゾンのパタゴニアを見ると、 1854円で買っているのが、4,960円~18,000円もするではないか・・・。
一瞬、18,000円で売れた映像が目の前をよぎり、嬉しい気分に浸る・・・・。それから、
この本をよく見ると・・・・、うちのは、もう裏がボロボロで、商品価値がなさそうだ・・・。あぁ、残念。「早起きは三文の徳」
なんて言葉が目の前を通り過ぎていく・・・・。
この朝の「出来事」を奥方に話すと、
「なんや、もう、おじいさんみたいやでぇ」って・・・・・。
そうそう、オープンハウスをします。興味のある方は是非クリックを!
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梅雨だ。そして、蒸し蒸しする。そう感じながら、デッキで、朝から新聞を眺める。
『ヒートアイランドで「熱い夏」。暑苦しさは大阪が一位』とあった。
読むと、『那覇は熱帯夜は多いが昼間は比較的過ごしやすい。名古屋や京都は昼間は暑いが夜は新潟と変わらない。 大阪は昼も夜も逃げ場のない暑さが続いている』と。う~ん、確かに。
「逃げ場のない」という言葉に、経済も含めて、何とも言えない大阪の雰囲気が漂うではないか・・・・。よく読むと、『幸い、 大阪平野は大阪湾からの海風が流れ込む地形だ。強いときは夏の昼間、上空で、5,6メートルに達する。』 西風ってやつだな。
そうそう、小さい頃、おばあちゃんが、いつも、「西からエエアンバイの風が吹いてきまっせ。」と、言って、 路地に面した窓を開けていた。確かに、心地良い風が吹いていたとおもうが、下水の臭気も、ほのかに漂っていような記憶が・・・・・。
と、書いていると、奥方が、「同窓会。これから同窓会やねん。この服でエエかな。今日は蒸し暑いし。どう?どうおもう?」 と尋ねてくる。こういう時は、微妙なのだ。エエ加減な返答をすると、「真剣に答えてヘンやん!」と、怒られ。自分の趣味を言うと、 何だかんだ大阪弁でぐつぐつ言って、着替えながら、結局は、最初に自分が選んだ服を着てるやん!
と、心の中で強く叫ぶものの、そんな事を音声として発しなくなったのは、私が、大人になってきたからなのか・・・・。それとも、 奥方が、大阪のおばちゃんとしての、太刀打ちできない風格が漂いだしているからなのか・・・・・。
そういえば、奥方と昼食を食べながらテレビを見ていると、札幌人と福岡人と大阪人の女性の比較をやっていて、 好みの男性はという質問に、札幌と福岡は、男らしさとか・・・と、なるほど、そうかとおもう、一般的な内容だった。
大阪は、1、笑いのセンス。2、お金。3、その場の空気をよめる。で、それを見て、奥方は、笑いながら、わかる。わかる。 を連発していた。続いて、女性の行ってみたい憧れの都市は?という質問に、札幌と福岡は大阪や東京や京都だったのに、大阪人の女の子は、 ハワイ、パリ、ニューヨーク、ドバイ。だって?!
大阪の西風の話なのだ。かつては、街の路地が、西風を導く、風の道としての役目もになっていたのだろう。私の小さい頃は、 そんな路地を「かくれんぼ」や「探偵ごご」をして遊ぶ、逃げ道として、走り回った。今や路地は、空調の室外機置き場かな。 路地の窓を開けると、室外機の熱気がむんむん・・・・。過去のブログの「残暑」 や「響き」 にも、そんな話を書いたような。
新聞の大阪市の暑さ分布の地図をよく見ると、私の住む生野区は、東住吉区や住吉区と共に、「暑い」地域だと。どうも、「生野区」 という響きは、暑さ分布からしても、大阪人の印象からしても、あまりよくないような・・・・。
それで、最近の施工した住宅を振り返ってみる。
東住吉区の間口3640のイエは、打合せの時から、「西からエエ風が吹くので・・・」という事だった。それで、 2階の西側にあるキッチンの西窓を少し大きく造って、東側のリビングのもっと大きめの窓から風が通り抜ける・・・。
やっぱり東住吉区で造った木造2階建ての木づくりのイエでは、自然素材の心地良さと共に、心地良い風が通り抜ける家づくりが、 奥さんからの要望だった。キッチンの西と北にある窓から風が入り、東の居間にあるデッキの窓に風が抜ける。 玄関扉に取り付けられた網戸からも玄関土間をとおして、風を呼び込み、居間の高窓から風が抜ける・・・・。
今年初めにお引き渡しをした東大阪の密集地でのコンクリート住宅は、コンクリートに外断熱を施した。居間の吹き抜けは、屋上緑化をし、 開閉式の天窓を取り付けた。寝室の窓からは、コンクリートの照り返しがない、居間吹き抜けの屋上緑化を眺める。そして、やっぱり、長い庇。 初めての夏を迎える今年、大阪の熱帯夜に、どんな効果を発揮するのだろうか・・・・。
「環境ルネサンス」だと新聞にある。洞爺湖サミットも、もうすぐだ。木村工務店では、とにかく、まずは、「シンプルなエコ」 を積み重ねていこうとおもう。そういえば、作夏、今年からは、会社で、「打ち水」をするのに、 雨水を貯めるタンクを設置しようと言っていたけれど、忘れていたな。もう、梅雨も後半だ。どうしよう・・・・・。
なんて、ブログを書きながら、肌で感じている感覚は、それにしても、今日の大阪は、蒸し暑い。なのだ。
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大工さんの作業を見ながら、「エエ仕事してるなぁ・・・・」と何気なく声をかけると、「そぉやろぉ、人間として、しあわせやわぁ・・・ ・」と、徳島訛りの言葉で、黙々と作業をしながら、ぼそぉっとした音声で、言い放った。
その大工さんが素朴に発声した「人間として」という言葉に、しばし沈黙してしまった・・・・。「しあわせ」という言葉以上に、 「人間として」と言う言葉に「感じて」しまったのは、きっと、秋葉原で起こった事件などが、心のどこかに引っ掛かっていたからかもしれない・ ・・・。
普段、ブツクサブツクサ冗談ばっかり言っているその大工さんからの意外な言葉を聞いて、作業所内に、暖かい笑いが、ブワーっと、 広がった。その笑い声を聞いて、大工さんが、照れながら、「2階の事務所で、皆に、言わんといてやぁー。きっと、皆に、ひやかされるけん」 と。
あっ、今、言ってしまった・・・・。
そうそう、こんな事をなんとなく思い出したのは、先週から今週にかけて、テレビの「たかじんのそこまで言って委員会」 に出演していた拉致被害者家族の話を聞いて、涙し。「ザ・マジックアワー」を奥方と映画館で、見て、笑い、涙し。「すべらない話」を見て、 笑い。「探偵ナイトスクープ」のグランドアカデミー大賞を見て、笑い。と、なんだか「人間ぽい」映像を立て続けに観たからかもしれない・・・ ・・。
外では、雨が急に激しくなってきた。今日は、打ち合わせがあったのだけれど、かなり蒸し暑かったなぁ・・・・。そうそう、 最近のブログでは、研修旅行の話ばかりしていて、あまり、仕事の話がなかったような気がする・・・・それではっと。(桂小枝風に)
先週の土曜日、雑誌の写真撮影があって、お伺いすると、撮影終了後に、
住まい手へのインタビューがあった。そしたら、そのインタビューの待ち時間を利用して、突然、カメラマンが、
ライトをセッティングして、そのお宅の娘さんをモデルにして、撮影会をはじめたのだ・・・・・。
娘さん、ラッキーやったね。



風が通り抜けて欲しい・・というのが、打ち合わせ時にあって、西の小さな窓から東の大きな窓に向けて、そよ風が通り抜けて・・・、
ほっとした。



子供室の一角に出来たフリースペースの本棚には、絵本やらがいっぱい並んでいて、撮影の合間も娘さんが杉板の上に座って、本を読んでいると、
レースのカーテンが風をはらんで、ふわっと揺らいだ。そんなのが、意外に、心地良かったりして・・・・。


雑誌社のスタッフが、男の子の部屋のブースに入って、椅子に座り。
落ち着くなぁ・・・っと言いながら暫し瞑想的に・・・・。

先週、I井設計事務所へ見積図面を貰いに行って、その建物の模型をサッと撮影して、会社でその写真を見てみると、模型より、
赤い服の事務所のスタッフの姿にピントが合っていた・・・。え?、それがどぉしたのぉ・・・と、言われても・・・、別に・・・・、ただ、
写真のムードが、独特だったので・・・。


H敬一さん設計の現場を覗くと、丁度、カスタム工房のH川さんがキッチンを施工中だった。スキッと綺麗に見せるために、
下地の調整作業を繰り返していた。職人さんは、隠れたところで、努力しているのだなぁ・・・・・と。その背後の窓に、忍者のように、
我が現場監督のT田くんが静かに作業を見守っていた・・・・・。その姿に、ちょっとビックリ。


もう、先々週の事になる。地鎮祭で、
お饅頭を食べた家の上棟式があった。プレカットをするんやったら、手加工をさせて欲しい!と、
自分の描いたかんばん板を手にして叫ぶ、大工S木くんの、その心意気を記念写真として、パチリ。


やっぱり、先々週の事だ。和歌山の橋本で、いわゆる、古民家再生工事の引き渡しがあった。ガラスの入った障子の建具が、少し、「浮き気味」
だったかもしれないなぁ・・・・と思っていると、お施っさんが、開口一番、「自分の要望通りに建具を造ってくれて、よかったワー」っと。
そう言われると、やっぱり、その住まい手好みに造る、「好き家造り」
というのが、一番エエのでワーっと、おもえてきた・・・・・。
家の前では田植えをしていた。このお宅で、一番最初に工事をさせていただいた、長屋門を壊して造った、新築住宅を、 田んぼ越しに眺めながら、この5年ほどの間に、新築とは別に、3カ所もリフォームさせていただいたのだなぁ・・・・。と、 お庭のにゃんこちゃんに、お礼の言葉を述べさせて頂こうとおもう。
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古式に則って、左回りに旋回してから正面の鳥居をくぐります。と、
船長のアナウンスがあって、船が、ゆっくりと海の上を進む。
宴会が終わった後に、自由参加で催した厳島神社ナイトクルージングは、間近に見る鳥居の柱が、想像以上に大きかったなぁ・・・・と、 何人かのひとと、思い出しながら話し合っていると、社員のTくんは、鳥居をくぐった記憶など、ほとんどない・・・・。と言い張る。 そういえば、船のデッキの上で、大の字になって、気持ちよさそうに寝ていたなぁ・・・。
平家や源氏の時代に、丁髷を結って、鎧甲を着た武士が、櫓をこぎながら和船に乗って、その、古式と言われる左旋回をしたあと、 厳粛な面持ちで、鳥居をくくった姿を想像する・・・・・。
そんな、緊張感のある情景からすると、浴衣、ジーパン、酔っぱらいの観光船は、チャラチャラして、不謹慎きわまりないのかもしれない。 それでも、それでもそれなりの厳粛な空気がその観光船の中に漂っていて、アナウンスに従って、乗船者全員で、二礼二拍手一礼をして、 船上から鳥居をくぐる。
穏やかな海の上を漂う、船の緩やかな揺れを体で感じながら、ライトアップされて、
オレンジ色に光る鳥居を眺めていると、目でとらえるオレンジ色の鳥居という「モノ」とともに、その背後に潜む目に見えない「何か」
、「厳粛な雰囲気」みたいなものを、感覚としてとらえていたようにおもう・・・・。それは、厳島神社のもつ「厳」粛なのか・・・
・ 。私たちの中にもつ遺伝的な何かなのか・・・・。
今、こうしてブログを書きながら振り返ってみると、「自然」とのこういう関係性を構築した厳島神社の、 創建当時の施主もプロデューサーも設計者も施工者も格好エエなぁ・・・・とおもう。そんな遺伝子が「私」にも宿っているのだと、今一度、 そんな何かを思い起こす事が出来れば・・・・・・と、願う。
そうそう、快晴の前日は、閑谷学校のあとに、錦帯橋を見学する。現在施工中の地元、 清見原神社の木材を納入してもらっている奈良桜井の金幸さんが、錦帯橋に吉野材を納入した縁で、錦帯橋の棟梁の海老崎さんを紹介してもらう。
棟梁から解説をしてもらう前に、棟梁を交えて、皆で記念写真を一枚。
あれぇ、2名ほどいない・・・・。社員のツジピーと大工のセンさんが、錦帯橋の橋の下で、大の字になって眺めていた・・・というより、
酔っぱらって寝ていた。が、その二人は、下から眺めて、橋の構造を研究していたのだぁ・・・・と、言い張る。まぁ、いつの時代にも、
集合写真の横に黒枠の顔写真で写る人間はいるもんだよなぁ・・・・。
海老崎棟梁の解説を聞きながら橋を渡る。



海の上に浮かぶような神社を造ろうとした厳島神社の人々も、木造で、吊り橋でない、アーチ橋を造ろうとした錦帯橋の人々も、
その心意気が素敵だなとおもう。そして、それを受け継ぐ人々のその心意気も。
古式に則った左回りの旋回が、自分たちのDNAの中に眠る、「自然」に対する心意気のようなものを、じんわりと、 目覚めさせてくれたのかもしれない・・・・・・・。かな?
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安芸の宮島から呉港まで高速船に乗っていると、誰かが、「潜水艦や!」と叫ぶ。
船のデッキから左舷11時の方向を見ると、鯨のような黒い物体が静かに堂々と近づいてきた。
誰かが、そして、私も「カッコエエなぁ!」とおもわず声を出す。船室にいる人もデッキにいる人も、そして、船長までもが、 その方向に身を乗り出して、後方に過ぎ去るまで見届ける。デッキから潜水艦に向かって、手を振ると、手を振り替えしてくれたような気がした。
海で見る潜水艦は、独特の格好良さがあった。確かに、この言葉は不謹慎かもしれない。
その背景にある、戦争とか、平和とか、建造費とか、必要性とか、憲法とか・・・。その他、様々な諸問題を考慮すると、
このコトバに、コメンナサイと謝るしかない。
ただ「モノ」として、「乗りモノ」として、実物の動く姿を目の前で見ると、乗ってみたい・・・と、ちょっと憧れる。それは、 私だけの事なのかもしれないし、「男のDNA」の中にある「潜在的な何か」なのかもしれない。
戦時中の何人かの若者が、「モノ」としての格好良さに憧れて、戦艦大和や零戦に乗った人もいるのだろうなぁ・・・・。 なんて事を感じたのは、その日が初めてだった。そして、じっくりと、「その背景」を考えると、やっぱり、複雑な気持ちになる・・・・・・。
瀬戸内の島々と、何隻もの軍艦を見ながら、小雨降る、大和ミュージアムの前に船が着いた。
今回の研修旅行のメインテーマが閑谷学校と錦帯橋と厳島神社だとすると、戦艦大和を見ることは付録のようなものだった。
ボランティアの説明員の人が渾身の力を振り絞りながら、1時間、朗朗と、「モノ」として、
「モノ造り」としての大和と、「その背景」を説明してくれる。
当時の最新の技術を結集して造った大和の技術が、現代にも様々なところに、
活かされているのだぁ・・・・と。そうそう、そう言えば、グレーチングが最初に使われたのは、大和だったと語っていた。
そんな中で、戦艦大和乗組員の戦没者名簿の前に立って、「小学校の時の担任の先生の名前が、ここにあったワ!」と、指をさしながら、 「その背景」を語ってくれたのは、今回の「研修旅行の乗組員」でもある、弊社の会長だった。まぁ、私の親父としての関係性もあるわけだ。
期待をして訪れた大和ミュージアムではなかったのだけれど、「モノ造り」としての戦艦大和。その背後に潜む「複雑怪奇な背景」 をもつ戦艦大和。いやぁ、今という時代に戦艦大和をどうとらえるのか・・・・・。そんな問題意識が芽生えたことは確かだ。 それなりに良かった。
今回の研修旅行は、大阪(地下鉄小路駅)→閑谷学校→錦帯橋→厳島神社→大和ミュージアム→大阪(地下鉄小路駅)という行程で、 日曜日の早朝、バス一台に社員や大工や協力業者の面々53名と、ビールや酎ハイが十ケースほどに、焼酎やおつまみやその他諸々を混載して、 出発する。
二日間のバス旅行で、何リッターのガソリンが消費され、それが、原油価格の高騰で、幾らほどの金額になるのかと、 ちょっとした興味がわくのだが、研修旅行の乗組員によって、バスの中だけで消費されるアルコール量が、単純計算でも84リッターほどになり、 それが、いったいぜんたい、多いのか、少ないのか、省エネなのか、そうでないのか・・・・・。ちなみに、私のアールコール貢献度は低い。 アルコールに関しては省エネな体の造りだと、付け加えておこう。
岡山県にある、閑谷学校
(しずたにがっこう)に到着する。個人的には2度目なのだけれど、様々な職種の人たちと一緒に、「建築」
を見ながらワイワイガヤガヤ言うのが楽しい事だな。と知る。



屋根屋の瓦寅さん曰く。瓦の下に水抜き用の小さな丸い陶管が何カ所も埋め込まれていて、 軒先の鼻隠しが腐るのを防いでいるのだと。
皆に、解説をしてくれる。


山本左官さんが携帯で写真を撮りながら言うのには、懸魚 や蛙股が漆喰で出来ていて、
「型板を大工に造ってもらい、それに縄を撒いて、3、4ヶ月ぐらいかけて、じっくりと造っていくのやでぇ・・・」と。


大工さん達が集まって、床下を覗きながら何やら談義をしていた。「この床板、どうやって、留めているのやろ。」「この木の継ぎ手の位置、
これで、ええんやろかぁ。オレやったら悩むとこやな」 ・・・・と。

海平造園さんの若い職人さんSくんが石垣と小高い火除け山との細い道を歩きながら、 携帯写真を連写し、戻ってきてから、「格好ええなぁ」
を連発する。
材木屋の伸ちゃんが部屋に林立する丸太をじっくりっと眺めていた・・・・・。「構造補強せぇ!といわれたらこの建物、 台無しになるんとちゃう。」と、大工さんと話していた・・・・。
現場監督や設計部が一緒になったり、 ひとりになったりしながら、あちらこちらを眺めて、
ワイワイガヤガヤ・・・。
この学校は、江戸時代に造られたという。いわゆる、「ええ仕事」をしてあるのだが、そんな、細部よりも、全体的なムードが心地良い。
自然環境と一体となるような構想。きっと、私たちのDNAの中にもそんな発想力が、受け継がれているはずなのだが・・・・・・。
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M r.E教授のお誘いで、丹波の佐治青垣へ行く。人通りのない閑散とした伝統的な町並み。
今となっては、なつかしい雰囲気の店の看板があちらこちらにチラホラ・・・。近くに山と川があり、上空を見上げると、
パラグライダーで、空中散歩をしている人が・・・・。
「新築を超えるリフォーム」なんていうキャッチコピーがあったけれど、こんな「町並み」が、リニューアルされて、 新しい住人がやって来る「新興住宅地を越える伝統的住宅地」として、復活するのも良いのでは・・・・と、おもった。
会社に帰ると、若い大工が棟梁から教えてもらいながら、刃を研いだり、斗栱(ときょう)とよばれる伝統的な木組みの斗(ます)や肘木 (ひじき)を造っていた。今の時代、そんなものを造れるのは、一生に一度のチャンスかもしれないという、若い大工の「もの静かな気迫」 が伝わる。
プレカット加工(工場機械加工)のかわりに手加工をさせて欲しいという若い大工もいて、
「若い大工」さん達も、「今という時代」と「伝統的な技術」との狭間で、「葛藤」しているのだなぁ・・・・・。
自分たちのもつDNAが騒ぎだしているのかもしれないなぁ・・・・・・。と。
そんな姿を見ていると、伝統的な技術を今の住宅に、もっともっと活かせる方法って、ないのかねぇ・・・・・と、おもう。
ちょっとこじつけがましい前振りになってしまったのですが、今日と明日、社員と協力業者で、閑谷学校、錦帯橋、厳島神社と、 過去の伝統的な建築遺産を見る研修旅行(まぁ、たんなる慰安旅行だともいいますが・・・)に行きます。それで、2日(月)の営業は、 お休みをしますので、工事中や打ち合わせ中の皆さん、よろしくお願い致します。
]]>それにしても、地下鉄今里駅の乗り換えの移動距離が随分と長い。 うちの会社から地下鉄小路駅まで歩けるんやないかと思えるぐらいの距離だった。乗り換えの移動距離が長いのって、距離以上に「しんどいなぁ」 とおもいません?
まぁ、それでも、ごくたまに、電車に乗るだけで楽しいなぁ・・・・と思える時があって、地下鉄で、 な~んにも外の景色が見えないのに楽しいなぁ・・・・って。電車ってそう言う意味では、不思議な乗り物だなぁ・・・・。今日はそんな 「ごくたま」の楽しく思える日だった。
「みんなで歌おう!」は、けっこう年齢層が高い目で、女性が多く、キャッチコピーどおり、皆が楽しそうに歌っていた。その昔、 噂に聞いた事のある、「歌声喫茶」 っていうのは、こんな雰囲気だったのだろうなぁ・・・なんて想像しながら、私は、小さな声で、歌うと言うよりは、 ほとんど呟いていたようなものだった。
やっぱり、私は、歌うのちょっと苦手だなぁ・・・。音楽の授業より技術家庭の方がまだましかなぁ・・・・、カラオケもかなり苦手だし・ ・・。聴く方か好きだなぁ・・・。なんて、それなりの言い訳を皆の前でしながら、和やかに家に帰った。
歌えないのだけれど、「音の刺激」をたっぷりと受けた。帰りの地下鉄で、携帯電話にイヤホンさして「音」を流すと、マイルスの音楽が流れた。 そう言えば、木村工務店で施工した「コトバノイエ」の住まい手のブログ 「本買記」にマイルスの話しが2度ほど出ていて、ブログを読みながら「音の刺激」を受けた事を、突然、思い出した。
家に帰って、久しぶりに、そのブログにある、 「ウイ・ウォント・マイルス」の「Back Seat Betty」を聴く。そして、 「3分04秒のところでのマイルスの鋭いハイトーンのブロウにいつも、必ず、鳥肌が立つ。」と書かれてあるその部分を再確認したりして・・・ ・。
その同じアルバムの一連の曲を、まだ私が20台の前半だった頃に、友達と一緒に、誰もいない山合いで、 カセットレコーダーのつまみをフルボリュームにして聴いた記憶が蘇る。
それを聴いた刺激が「オンザコーナー」「ジャックジョンソン」「インナサイレントウェイ」「マイファニーバレンタイン」「クッキン」 と目の前のCDを適当に掴んで、マイルスの過去へと旅してみる。
外面的には常に変化して、留まることがないのだけれど、その音の内面には、昔から変わらぬいつものマイルスの音があって、凄いなぁ・・ ・・とおもって聴く・・・・・・。
と、先週、八尾の家で2年目の祝宴に招待していただいた際に、お施っさんが、新たに買ったJBLのスピーカーからコルトレーンを流していて、 やっぱり「音の刺激」を受けた。
それで、続けて、「オレ!コルトレーン」「コルトレーン」「バラード」 とやっぱり目の前のコルトレーンのCDから適当に選び出して聴いているうちに、あっ、もう夜の10時。そうそう、ブログ。 ブログを書かなくては・・・と、相変わらず、「ブログを書くというへんな強迫観念」に迫られている、滑稽な私がいて、 それを笑い飛ばすことも今だ出来ずじまいで、やっぱり、慌てて、ノートパソコンの前に向かって、そして、いま、こうして綴る。
昼からは、雨もあがって、それなりに気候が良いので、デッキで、書くことにする。そろそろ梅雨がやってくるのかなぁ・・・・と、 どんよりした気候を感じていると、昨日の地鎮祭を思い出す。
土曜日の大安で、雨の合間を縫って、趣の事なる2件の地鎮祭があった。
ひとつは、 確認申請がおりるのを待っている間に、神主さんを呼ばずに、設計事務所さんとお施っさんだけで、簡単なお払いをするので・ ・・ という事だった。
いやいや、それじゃぁ、私たちも一緒にお払いを・・・という事になり、 神主さんなしで、一緒にお祓いをした。そんな簡素な地鎮祭だったのだけれど、それでも、やっぱり、 草ぐらいは刈っとけば良かったのかなぁ・・ ・と、ちょっと、 反省などしたりして。
もうひとつは、地元の神社を施工していて、その地鎮祭があって、それは、階段を作ったり、
テントとテントの間に樋や、庇を設置したりと、凝った地鎮祭の設営となった。
形態は様々だけれど、皆で、一緒に、柏手のパンパンという「音の刺激」を聴きながら、大阪弁で言うところの 「ちゃんと家が建ちますように!」と祈るのは、施工者にとっても、身の引き締まるおもいがして、素敵な事だなぁ・・・とおもう。
]]>あっというまに150円も160円もするようになってしまったガソリン代金を考慮しても、燃費の事と、 何よりも車のエンジンを出来るだけ長く使えるようにするという長期的な視点で考えると、 ハイオクガソリンの方が車のエンジンのために良いのだ。と言うのだった。
少しでもガソリン代を押さえる方が良いはずのタクシーの運転手がそんなふうに、「わしは、そうしってまっせ」と、「信念」 を持って語るのだった。へぇー、へぇーと、何回も相の手を入れながら、後部座席に深く沈み込みこんで聞いていた。
ハイオクガソリンとエンジンの関係の真偽のほどは、定かでないのだけれど、最近、建築界では「200年住宅」 というのが話題にあって、最近の30年ほどの寿命だといわれている住宅を200年持たせるようにするのだという。
『スクラップ・アンド・ビルド(つくっては壊す)」のフロー消費型社会からストック型社会への転換・・・・とか、いい家を「つくって」 「手入れして」「何回も流通させる」・・・・・』というような言葉が並んでいる・・・・。
丈夫なエンジンが自動車メーカーで造られ、運転手は純度の高いガソリンを流し込んで、エンジンを大切に使っい、 エンジンオイルを頻繁に替えながら長持ちさせるのか・・・・。中古車の市場が成り立つのは、エンジンが何年も何年も使えるからかだな・・・・ ・。足回りがしっかりしている事も大切だな・・・・・。メンテナンスという心がけも大切だな・・・・・・・。
などと、大阪のオッサン丸だしのタクシーの運転手が語る、濃ぉ~い大阪弁のハイオクの話が、私の頭の中では、 200年住宅の話題と微妙に絡みあい、二重螺旋のように交わりそうで交わらぬ状態が続いて、頭の中をくるくる回転しているその間に、 自宅近くの地下鉄小路駅の交差点に到着してしまた。
私の住まいの一部は戦前に建てられた長屋をリフォームして住んでいる。建てられておよそ60年目で、内部を大改造した。それで、 あと30年ほど住みたいなとおもっている。それには、そろそろ土葺きの瓦屋根は、屋根断熱をした軽い板金屋根に替えて、 断熱性能と耐震性能を同時に向上させたいし・・・・。外壁もメンテしたいし・・・。
今まで、中古住宅を購入したリフォームを何軒も手がけてきた。また、現在、工事が進行中の現場もあるし、 これから計画しようとする現場もあるし、只今、土地探し中の物件もある。だいたい、使えそうな中古住宅であると、 全面リフォームをしたとしても、その土地に新築の住宅を建てるよりは、かなり安く出来る。まぁ、その「かなり」という金額は、 いたって曖昧な言葉で、スミマセン。
中古住宅として、コンクリート住宅の例も鉄骨造住宅の例も数例はあるのだけれど、ほとんどが、木造の在来軸組工法で、 だいたい2~30年の周期で、骨組みと外壁と屋根を残したスケルトンの状態にしたリフォームをすれば、 様々な補強やメンテや工夫を加えながら、次の30年ほどの維持再生が可能な場合も多い。外壁と屋根は、 住みながらでもぼつぼつとメンテが出来るしね。
こういう中古住宅は、リフォームを繰り返して、いったい何年間「流通」できるのだろうか? だいたい50年ほどか、 100年ほどなのだろうか・・・・・? これからはそれを200年持つような住宅として造っていこうとする試みが200年住宅か・・・? などと自問自答する。
そういえば、以前乗っていたクラウンのステーションワゴンは20万キロちょっと乗った。 会社のカローラのバンは30万キロを超していた。先ほどのタクシーの運転手は何十万キロ乗るつもりなのだろうか・・・・。だいたい、 車のエンジンの寿命って、何十万キロなのかね・・・・。と、考えながらインターネットで調べてみると、30万~50万キロはざらだって。
家も、しっかりとメンテとリフォームを繰り返しながら、「この家は、私で、6代目のオーナーになりまして、もうこれで、 200年目になります・・・・。」なんていう、家自慢の時代がやってくるという事なのだろうか・・・・。
確かに、それには、車でいうところのしっかりとしたエンジンと足回りにあたる、 住宅の骨組みと基礎を私たち工務店がしっかりとつくらんとアカンのでしょう。また、 オーナーの家にたいするメンテの心がけも必要なんでしょう・・・・。で、ところで、そういう200年住宅というのはどんな家か?というのが、 近々、いろいろと提案されるらしい・・・・。
というような事を、すっかり気候が良くなって、過ごしやすくなった、デッキで、心地良い気候を味わいながら、 ソトメシならぬソトブログなどと称して、ウダウダと書き綴ってみるのでした。
そうそう、なんで、こんな話題になったのか・・・・。
昨日の土曜日は、3年前にリフォームした堺のお宅が浄化槽から放流に切り替わるにあたっての相談にお伺いした。
その日の夜、 2年前に「IAT STUDIO」設計によって新築させていただいた八尾の住宅で、
設計の方や現場監督や大工さんを交えて、竣工2年目の宴会を催していただいた。
(感謝)
と、「メンテ」とか「長く快適に使う」という事にまつわる土曜日があったからだとおもう・・・・・・。
ゴールデンウィーク中に、東京に行く機会があった。めったに行くこともないので、新しい建築が出来た所にでも・・・ とい気持ちもあったのだが、結局、所用をすますために回ったのは、上北沢とか、高円寺とか、西台とかいう地名がついたところを、 移動のためにウロチョロすることで終わってしまい、「見学」など出来ずに、新幹線で帰った。
それに しても、今更の事だけれど、大阪の町とは随分と違うよなぁ・・・。東京の方が斜めに通った道が多く、アップダウンも多い。 公園や緑は大阪よりずっと多いな。
ある時、東京と大阪に住んだ人との会話で、確かに、東京の街の方が緑や公園は多いけれど、大阪は、山が近くにあって、 道や窓から意外と近くに、山が見えるのがいいよ。と言っていた。
その時はそんなふうな見方もあるのかと、その事が、新鮮におもえて、そう言えば、中学や高校の校歌には「葛城の山」とか「生駒葛城」 「金剛山」とか、山のことを歌ったよなぁ・・・なんていう記憶が蘇った。
平野の広さ大きさが圧倒的に違うのだなぁ・・・。なんて考えているうちに、長屋とか、狭小間口の住宅っていうのは、 東京より大阪の方が多いのかな・・・どうなんだろう?と浮かんだ。
考えてみれば、大阪市内にある弊社では、建てる新築のうち、ひょっとして、半分は、間口が2間の家ではないのかと思えてきた。近々、 整理して、木村工務店で建てた狭小間口の家特集でもやってみようかな。
ちょどう、ゴールデンウィークの大安に地鎮祭があって、その家も間口2間の木造3階建てで、
地鎮祭のテントと同じ巾で建つのだった。先日、
オープンハウスをした家も間口が2間だった。ここ数年で言えば、間口が1間半の新築も2軒ほどしている。


そうそう、その地鎮祭に、子供さん達が参加した。その場で教えられた作法を見よう見まねで、榊を神棚に供え、
二礼二拍手一礼する姿が微笑ましかった。いったいこの摩訶不思議な儀式が、どんな印象として子供の記憶に刻まれて残るのだろうか。
その姿を見ながら、設計の打ち合わせの時も、両親と一緒に会社に来て、打ち合わせの横で、宿題や本などを読みながら、 傍らで静かに座っていた姿を思い出した。
そう言えば、珍しく、お供え物の中に、出来立てのお饅頭があって、儀式の終了後、
子供さん達がそのお饅頭をほおばる姿が、ほんとうに微笑ましかったのだが、私達にもそれをお裾分けいただいた。
そして、その家の前で、参加したけっこうな年齢の野郎共が、ペットボトルのお茶を片手に、お饅頭を「うまいなぁ・・・うまいなぁ・・・ 」なんて、お互いの顔を見ながら、朝っぱらから食べている姿は、今、思い返してみると、微笑ましいというよりは、 ちょっと滑稽な姿だったなぁ・・・・・。
でも、その日のお饅頭の印象は、参加した皆の中に深く刻まれたとおもう。
そうそう、東京の西台のお宅でもお饅頭を頂いたなぁ・・・・・・。
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私は、このブログを改めて眺めながら、ゴールデンウィークの過ごし方を振り返ってみると、そうそう、ここ数年、家族と「旅」 をしていたのだなと、気付かされる。
まぁ、しかし、今年は、ちょっとした事情が重なって、家族での旅は、小休止。
それで、「友」と会うためと、少々メタボ気味になりつつある体を鍛えるために、ひとりで、丹沢に行って、知りあいの山小屋で、 友と語らうことにする。
5月3日は、生憎、関東地方は天気が悪く、丹沢は、時折、日が差さすものの、霧雨のような状態で、山を歩く人は少ない。歩いていると、 「虹」に出くわす。 遠くの虹を見上げた経験は何度かあるが、手が届きそうな直ぐ目の前で、虹を見下ろしたのは、はじめての体験だった。
こうやって、書きながら振り返ってみると、虹というのは、不思議で美しいものだなぁ・・・・・と、 その時の情景と感覚を再体験してみる。「虹に願いを」という言葉も、いま、思いつくが、その時は、そんなこと、全く、思いつかなかったなぁ・ ・・・。
写真をみながら、柏手を「パンパン」と打つことにする。
午前中は丹沢の塔ノ岳の山頂にいた。いま、大阪の自宅のここで、こうして、ブログを書く。そして、今日も終わろうとしている。「いま」 というこの感覚も「ここ」というこの感覚も「今日」という時間感覚も、虹のように不思議な感覚だなぁ・ ・・・。なんて考えながら、「今日」のブログはこんな状態で終わろうとおもう。お休みなさい。
そして、良い休暇を!
]]>何てことを、大阪から神戸に向かう夜の湾岸線を、少々のスピードを出しつつ、海と山の夜景が流れていくのを眺め、 心に思い浮かぶ様々な戯言も一緒に眺めながら、最近、神戸に出来た、「IKEA」に向かって車を走らせる。

その日は、協力業者の皆さんとの親睦のゴルフ会があって、それが終わった後、会社に戻り、
社員の何人かから、その日の様子を聞いていた時だった。奥方から電話があって、「IKEAに行けヘン」という、「お誘い」がある。
とにかく、開店以来、満員らしい。入場制限があって、入るのも2時間待ち・・・、食事するのも超行列・・・・、レジも1時間ほど待つ・ ・・・、と、奥方の友達でもあり、先日、リフォームをさせていただいた、 Tさんが、開店初日に訪れた時の情報。
別の奥方の友達は、神戸ポートピアアイランドの海風山風が吹きさらし、しかも雨が降っている、そんな中で、2時間も待たされたら 「もぅ死にそぉー」と思って、中に入らずに帰って来たという。
平日のその日、奥方はTさんと一緒に、朝一からIKEAに行ったそうな。平日なのに意外に男の人が多いことにビックリしつつ、 人がいっぱいやったけど、楽しかったワ・・・。家の収納をIKEAのシステム使って組み替えてみよかなぁ・・・・。夜の10時まで、 やってるし・・・。夜やったら空いているとおもうし・・・・。どうせ、あなたは、休日に、2時間も並ぶ根性ないとおもうし・・・・。 建築の仕事してるんやったら見とくべきやとおもうし・・・・・・。
と、相変わらず、たいしたことないゴルフの成績ゆえに、疲れも倍増している体に、鞭が飛んできて、「オレが運転するのぉ?」「そら、
当然やん!」「えーぇ!?」・・・。というわけで、気が付いたら、湾岸線を運転している「私」。まぁ、でも、
久しぶりに走る夜の湾岸線は気持ちエエ。

夜の7時30分でも、人がけっこう多い。昼はこんなもんじゃぁないよ。と・・・。見回すと、若いカップルがたいへん多い。 まぁ家族連れもちらほら。皆、楽しそうにしているのがええよなぁ・・・・。
IKEAの家具を施主に買ってもらって、設計に最初から組み込みつつ、現場監督に現場でのコーディネートを上手にしてもらいながら、 大工の仕事と巧く組み合わせてみるのも「ええじゃないか」と思った。そんなご要望があれば何なりと・・・。