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日経アーキテクチュア
2000年10月号

腕利き
組む家づくり
性能時代に向けた工務店との付き合いとは

アヤ杉の家1

設計=猪股建築設計事務所
+ガイア
施工=木村工務店
建物名の由来となった宮崎産のア
ヤスギを調達したのは,木童の木原
巌所長である。木原氏は北海道から
宮崎まで散らばる木の産地から,住
まい手の要望に最も見合った材を選
び,建設現場に届ける‘ウッドコー
ディネーター’だ。「アヤ杉の家−1」
では, コストコントロールや品質確
保に,同氏が重要な役割を果たして
いる。
無垢の国産材を手軽に使う
「木をふんだんに使った猪股さん
の自邸を見て,私たちもつくるなら
木のぬくもりが味わえる家にしたい
という気持ちになった」。建て主であ
る井村夫人は, 自宅の建て替えに当
たって,同じ大阪・堺市内で設計事
務所を構える猪股浩二氏と知り合っ
た当時をこう振り返る。
両者が出会ったのは,家具・キッ

ンのデザインを担当したG A IA の
白坂悟・貴子さん夫妻が井村夫人と
顔見知りだったことがきっかけだ。
猪股邸の室内デザインを手掛けた白
坂氏が井村夫人から設計を相談され,
同氏が猪股氏を紹介した。木原氏や
今回特命で工事を請け負った木村工
務店の木村貴一専務も,両氏が日ご
ろつき合っている仕事仲間。井村家
の家づくりは,お互い気心の知れた
同士でスタートした。
「以前の家が暗かったから,新し
い家はとにかく明るくしたかった」
と井村夫人。それに無垢の国産材を
使うという要素が加わったのは,猪
股氏をはじめとする建築スタッフか
らの影響である。
しかし,予算は限られている。そ
こで, コストと品質のコントロール
に一役買ったのが木童の木原氏だ。
井村夫妻が見学した猪股邸は,構
造材が徳島の相生スギ′外壁が信州
カラマツ,土台や建具枠は能登ヒバ,
床材は土佐ツガ。すべて木原氏を通
して入手した材である。無垢の木の
味わいに魅せられた夫妻は,「木原氏
に木のコーディネートを依頼したい」
という猪股氏の申し出を快諾。そこ
で木原氏が柱,梁用に選定した材が,
木童の協力工場である都城木材が出
荷しているアヤスギというわけだ。
同氏がこの材を奨めた理由は, コ
ストと品質のバランス面で優れてい
るからだ。一般並み材であるため価
格が手ごろで,相生スギと比べても
2 割ほど安い。都城木材では人工乾
燥を得意としており,含水率が20 %
を切る乾燥木材を安定して供給でき
る。色つやは相生スギなどの天然乾
燥材に劣るものの,「割れや反りが生
じにくく,性能時代に安心して使え
る木材」と木原氏は語る。

施工者と協力して設計を詰める
コストダウンには木原氏以外のメ
ンバーも貢献している。今回,設計
の早い段階から特命で施工者が木村
工務店に決まっていたので,猪股氏
は木村氏と協同でコストコントロー
ルを行った。
例えば,出荷価格が安い木材でも,
産地が遠いと輸送費がかかり,割高
になる可能性がある。検討した結果,
建物の耐久性にかかわる柱,梁のス
ギと外壁のカラマツは木童のネット
ワークを活用したが,床や造作材は
工務店経由で入手した方が安いとわ
かり,そちらのルートを採用した

猪股氏は「木村さんと協力して設計
を煮詰めていけたから, コストダウ
ンの効果も大きかった」と施工者を
早めに決める利点を強調する。
木村氏によれば, うまくいく秘訣
は,見せられる所はお互い見せ,関
係を明確にすること。例えば,同氏
は猪股氏に木材のネット価格を提示
し,それに何パーセント乗せるかま
で明確にしているそうだ。
もっとも両氏は特命発注にこだわ
っているわけではない。猪股氏の設
計で2000年8月に完成した三重県合
歓の里の住宅「アヤ杉の家− 2 」で
は,木村工務店に加えて2社,計3 社
で相見積もりをとった結果,見積額
が最も低かった会社に決定した。木
村氏は「現場が遠かったりすると,
条件が合わないことがある。建て主
の立場になれば,見積もり合わせを
する方がいい場合もある」と話す。
井村家ではどう見ているか。「家づ
くりは大変と聞くけれど,今回はプ
ロセスを含めて楽しかったし,あの
値段でよくできたと思う」(井村夫
人)。設計・施工の協力体制は好意的
に受け止められている。
材をコーデイネー卜する
自称“新しい形の材木屋

木原氏が主宰する木童は現在,国内
各地に17 の協力工場(右図参照) をも
ち,建て主や設計者から出−される条件
に応じて材をコーディネートしている。
例えば,井村邸では手ごろな価格の
乾燥材ということで,都城木材のアヤ
スギを選んだ。同じスギでも長さ12m
の長尺材が必要なら徳島の平井製材所
が出している相生スギ,柾目で無節の
壁材は鳥取のサカモトから調達すると
いうように,各工場が扱う材の特徴を
十分踏まえたうえでの選択をしている。
木原氏がウッドコーディネーターを
始めたのは7年前。以前,木工用加工
機械を取り扱う会社に勤めていた関係
で製材所に知り合いの多かった同氏は,
どこでどんな材がつくれるか情報をも
っていた。また,塗料の販売を手掛け
たことがあり,設計事務所を営業して
回った経験もある。
国産材があまり流通していないこと
にかねてから疑問を抱いていた氏は,
木の産地と設計者を結ぶ仲介役を買っ
て出ることにした。それが木童の活動
のスタートだ。
設立から4年間,回った設計事務所
は京阪神で2500社を数えた。「ただ最
初の2年間は, こちらの意図がなかな
か伝わらず,仕事はさっばりだった」
と振り返る木原氏。しかし,氏の熱意
は徐々に実り,今では年に70 〜80棟
をコーディネートする。国産材に対す
る想いを共有する設計者や工務店との
ネットワークも生まれつつある。
「普通なら木の産地のことを知る機
会はないが,木原さんと組むとだんだ
ん詳しくなる。彼の場合,材木をただ
売っておしまいでなく,建て主も含め
てみんなで産地へ見に行くから製材所
の人と話ができるし,メンテの仕方な
どもわかってくる。木の選択はこれか
らも木原さんに任せることにしたい」
( 猪股氏) と, 設計者から絶大な信頼
を得ている木原氏。ところが,木の相
談役としてのフィー,いわゆるコーデ
ィネート科はとっていない。
氏は産地から調達した木を工務店に
買ってもらって現場に提供するという
手順を踏んでいる。「言ってみれば,
新しい形の材木屋」。木原氏は自らを
こう位置付けている。