立ち居振る舞いというか所作というか
庭のクマゼミの、大合唱はじまって、ついに夏がやってきたムード。昨年の夏前に竣工した木村家のリフォーム工事では、庭はほとんど、そのままだったが、芝生だけは、工事中に痛んだので、新たに張り替えた。ところが、その芝生がうまく育たず、1年たって、10分の1程度しか残らなかた。なので、今度は、おもいきって、人工芝に張り替えてみようかと、思案していた。最近の人工芝はとっても良く出来ているらしい。それに、芝生の手入れから解放されるのも、なんとなくちょっと嬉しいし…。今年は、この状態で我慢して、来年には人工芝にしようっ!と、密かに企んでいたら、うちの庭園管理をしてくれている海平造園のウミヒラ親父が、もういちど、ほんまもんの芝生を挑戦しましょぉっ!と電話を掛けてきた。
70代になっても、植木の手入れに毎年来てくれる海平造園の親父さんは、イサムノグチアトリエの和泉さんと懇意なこともあって、20年以上前から、イサムノグチアトリエに連れていってくれて、いろいろなコトを学ぶきっかけを提供してくれた。当時のうちの家の楠木は、盆栽のような剪定のやり方だったので、ちょっと気味が悪い感じだったが、ウミヒラの親父さんが剪定してくれるようになって、とっても自然な樹形の楠木になって、家の神木のような風格さえ漂うようになった。何十年もかけてコツコツと手入れをすることで、自然な樹形になった。なんていう言い方は、不思議なコトバ使いだが、自然な感じにするためには、そのまま、ほっておいてもダメだし、外観だけ整えるような剪定、それは街路樹の剪定がそんな感じだが、それも不自然な感じになってしまうので、手間をかけて、一枚一枚コツコツ丁寧に剪定することが、自然な樹形のために、必要なのだ。と、ウミヒラさんから教わった。
確か、人工芝って言い出したのは、ウミヒラ親父だったはずだが、そのウミヒラさんが、ほんまもんの芝で、もう一度リベンジしましょぉっ!と言い出したのには、少々、驚いたが、ここは、経験豊かで、職人気質で、ちょっと頑固な、ウミヒラさんの、コトバに乗っかるのが、礼儀というもの。っというコトは、ワタシも、芝生を育てる日々の鍛錬のようなものが、また始まる訳で、いや、やっぱり、人工芝で!って、一瞬、喉元まで、コトバが込み上げてきたが、ま、なんというか、そういう職人気質なヒトの、流れに乗っかって、また新たな経験を積み重ねてみるのも、面白そうなので、素直に、ウミヒラさんにお任せしますわ!と電話で返事をした。
週末の3日間ほど、庭木の手入れもしながら、芝生を植える土の下地を丁寧に整える作業をするのだけれど、その時、庭の下草が、芝生に覆い被さっているところが何カ所かあって、芝生を貼るのに邪魔になるので、その草花を切らずに、うちの会社にあった、木杭とバラ板を使って、草が芝生側に垂れないように、養生的な作業をした。べつに、なんでもない作業だが、こんなコトにひと手間かけるのが、良い仕事をする、コツのようなもので、うちの若い現場監督や若い大工も学んで欲しい、職人としての所作でもある。

今日の日曜日の午後8時頃まで、「きり」のエエところまで、どうしてもやりきりたいので。ということで、ライトで照らしながらの最終作業となったが、うちのマゴたちが、ウミヒラさんの、植木を剪定する、その立ち居振る舞いが、ことのほか好きらしく、しばしば、その作業をじっと見つめたり、話しかけたりしていた。エエ職人さんが持つ、立ち居振る舞いというのか所作というのか、誰が見ても、魅力的なんだろうな…。
庭で、クマゼミが鳴きはじめた、今週。建築家のウエノくんから電話があり、仕事の話の後、JAZZピアニストのビル・エヴァンスの映画見ましたぁ…?! 夫婦で見たんですけど、良かったですよぉ!っていうので、へぇー、エヴァンスの映画を上映しているなんて、全く知らんかったわ…っと応えて、電話を切ったあと、ネットで検索してたら、偶然にも、土曜日の今日の夜から、大阪の九条のシネ・ヌーヴォで、19時から1回だけ、1週間の上映スケジュールとあった。オンラインチケット販売で夫婦50割を使えば、二人で2200円だったし、ちょうど、昼からと夜の予定がなかったので、今日の土曜日分を、ちょっとしたウエノくんの勢いに乗っかる「のり」で購入した。





そんなマゴ達に、小さなおもちゃとか、ミニカーとか、絵本とか、飛び出す紙模型の葉書とか、プレゼントしたが、なんというか、奥方とか、息子とか、息子の奥さんとか、全く、お土産物のアイデアが思いつかなかったし、えっ!こんなん買ってきたん…..なんて云われそうなものしか、買えないワタシなので、マゴ達も、そんなに喜んでいなかったようだが、唯一、自分のために買ってきた、パリの街を案内した、ポップアップする絵本を気にいってくれて、これぇどこぉ?っと凱旋門やエッフェル塔をさして、説明を求められ、ノートルダム寺院の尖塔が無くなったコトを奥方から教えられると、そのページを開けては、どうして無くなったのぉ?と聞かれ、火災で無くなっちゃったのぉ。と応えるくだりを、3、4度繰り返した。
マゴが、ルーブル美術館のピラミッドを指さして、これぇ、どこぉ?と聞くので、ルーブル美術館。って応えると、あまり魅力的ではなさそうな表情だったが、ルーブルの本屋さんで、一緒に旅行をした建築家の秋山東一さんに、良い本を見つけたと、教えていただいて、一緒にその本の場所まで戻って、その本をゲットしたのが、「Building the Louvre」で、ルーブルの成り立ちをひもといた本なのだけれど、1190年の小さなお城が、年代ごと、権力ごとに、さまざまな建築として拡張され、積み重ねられた時間と歴史の建築を、受け継いだり、壊したり、改修したりしながら、現在のガラスのピラミッドがあるルーブル美術館になったようで、「積層された時間の建築」ともいえそうで、そういえば、見学した、モンサンミッシェルも「積層された時間の建築」だった。













↑ 縄文の遺跡は、海の幸や山の幸や川の幸に恵まれ、風土が豊かなところにある。パノラマな世界で記憶に留めときたい….なんておもってしまう。




